kisetsunokazeni

ときには空を見上げて深呼吸。無駄と思える時間も必要な時がある。

人生の最期をどう生きるか

2016-01-20 20:39:46 | 日記
日本ではある時期から核家族が増え

高齢者と同居するのは

高齢者が病気になったり

生活が相当不便になってからの場合が

かなり多くなった

だから

人生の最期をどうするとか

あまり家族内で話すチャンスもなく

大変なことになってから

家族と医師とで決めることも多い

くわえて医学が進歩したため

とりあえずの延命がはやって

点滴や経管栄養、人工呼吸器まで使って

”生かす”治療をしてきた

最近ようやく

本人の意思とか

家族の負担のことが取り上げられ

意識のない人や希望しない人への延命は控えるような流れが

ようやくできつつあるが

それでもなお

寝たきりやそれに近い方は多く

本人や家族はもとより

医師や看護師などの医療従事者

施設の職員など

誰もが日々忙しく大変な状況で

ウインウインどころか

全員負けてる様相だ

海外を見ると

ヨーロッパでは

寝たきりで回復が望めない高齢者に対しては

点滴はおろか

抗生物質も投与しないところもある

アメリカでは

自力で食事もできないほど衰弱した高齢者には(回復は望めない)

食事介助もしないところもあるそうだ

まあ

人道上どこまで、という線引きは難しいものの

その人の尊厳を保つ、という意味で

それぞれのやり方は

間違ってはいないと思う

いくつになっても

生きるということは

その人そのものなのだから

まず自分はどうしたいか考え

それを家族に伝えることが

とても大切

それと

介護者のことももっと考えなければ

ただでさえいつ終わるかわからない介護

その間に介護者も年をとる

そして

介護者の人生の最期も

くたくたなものになってしまう

最近では

介護のために仕事を辞めざるを得ず

それで生活が追い詰められるケースもある

大切な親とはいえ

なんのための人生かと思ってしまう

もしこれが続いていったら

年々若い世代が少なくなってるこの国では

社会で働ける人がいなくなってしまう

まさに

自滅へまっしぐら


考えてみてください

長い間

自分や家族、世の中のために一生懸命生きてきて

自分なりに誇れる人生をおくってきた

その最後の数年が

意識もなく

胃にチューブを入れられ

寝たきりだったら・・・

最後まで自分らしいいい人生にするために

いまから考えるべきことは

たくさんあるのではないでしょうか
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