ふぶきの部屋

皇室問題を中心に、政治から宝塚まで。
毎日更新しています。

新章 天皇の母28

2020-09-24 07:00:00 | 新章 天皇の母

大変や大変や后の宮さんが・・・・

突然、御所が揺れに揺れ、大騒ぎになっていた。

早く御匙・・早くやっ!

典侍が叫び、女官や侍従らが駆け回る。

顔色が真っ青の后の宮はすぐさま、ソファに寝かされ口元の血が拭われる。

ああ、后の宮さん、しっかりしはって!

后の宮は突然ご自分が吐血された事に驚き、ソファに寝かされてもまだ心臓がどきどきされているようだった。

一体、何があったのだ」

飛び込んで来たお上は后の宮の手をとり、「早く医者を呼ばぬか」と珍しく語気を荒げる。

お上・・お上、私は大丈夫です

后の宮はそうお答えになり起き上がる。

起きはっても平気どすか?」

ええ。自分の部屋に行きます。ああ・・床を汚してしまったのね

そんなもん、掃除したらよろしいわ。お戻りさんになるんなら侍医が参ってから」

その方がいいのかしら

后の宮は自分で判断するのをやめてしまったようにぐったりともう一度ソファに横になる。

慌てて駆け付けた侍医がすぐさま脈をとり、丁寧に診察した。

吐血は腸壁が破れた結果と存じ上げます。出血が治まるまでお食事は控えらえ、点滴にいたしましょう。今までにも何度か鼻出血なされていますし、過度な精神的なお疲れが原因かと思います」

それでは大事ないのだな

はい。見た目ほどは。ただ、これは心の問題が原因のようでございますので、なるべくストレスのかからない環境を」

私が愚痴を言ったばかりに」

お上はつい先日、后の宮に女一宮について話した事を後悔した。

いつも后の宮は真面目に受け止める癖があるからこうなのだ・・・もっとご自分がしっかりしなくてはと思われたのだった。

 

それでも帝の心はささくれ立ってしまう。

なぜ東宮は参内しない?東宮妃は一体何を気に入らないというのか。

二言目には「皇室の決まりごとが時代遅れ」とののしるが、確かにそういうものに苦しめられてきたことは事実だが・・・

后の宮もまた静養に赴いても少しもお気が晴れないようだった。

東宮妃は私に似ている)

后の宮そう思うと背筋が凍る思いをされた。

そうではない。似てなんかいない。私があの頃、流産をきっかけに気が塞いでしまったのは、先帝の元に参内するのが嫌だったのは、他の妃殿下達から虐められていたからよ。

あの当時は時代が変わっていた。

旧皇族や華族が臣下となり、財産の多くを手放す一方、成り上がりがアメリカなどとの貿易で資産を築く。伝統や格式よりも、財産を持っているかいないかの方が重要だった。

后の宮はまさにそんな時代における成功者の一族だった。

旧皇族の血を受けていない、華族の称号を持ったこともない、上流階級のしきたりも伝統も知らなかった。

けれど、后の宮は裕福に育ち、絵のような西洋館に住んでお手伝いさんがいるような家庭で、女性としては珍しくも大学まで出して貰い、美しい着物もドレスも欲しいまま。

誰もがうらやむ生活を送っていたのだ。

それなのに宮中に入った途端、それらの生き様が全て否定された。

先帝の后の宮を始め、妃殿下方の冷たい視線は忘れない。

いつか乗り越える、いつか上に立ってやるのだ・・・とそれだけを思って今日まで生きて来た。

それが嫁にこのような思いをさせられようとは。

そして、その嫁がよりによって合わせ鏡のような存在とは。

 

后の宮の病状はすぐに公に発表され、数日、葉山の別邸で静養する事が決まった。

二宮からはすぐに連絡が入り、すぐにお見舞いに伺いたいとの旨があったが、東宮家からはそのような申し出がなかったので、后の宮は「慌てなくていい」とお断りになった。

東宮家はいつも通り春スキーにでかけてしまい、そのあまりにも人情味のない行動に回りは呆れてものが言えなかったが誰も批判しなかった。

「紀宮」(きのみや)は東宮家に気を遣いつつも、やはり后の宮が心配で子供達を連れて参内したが、その事が東宮家に伝わると妃はまた心が傷ついたと言って参内しなかった。

后の宮はいら立ちながら思わず「紀宮」(きのみや)に「余計なことをしないで頂戴。あちらの人は神経質なのだから。私の面目を潰さないで」と八つ当たりしてしまった。

二宮家では「なんでうちのお妃さんが叱られなあかんの」と侍女達が怒りで喧喧囂囂と言い合っていたが、二宮も「紀宮」(きのみや)も何も言わなかった。

そんな両親の姿を見つつ、大姫と中姫はそれぞれ中等科と高等科に進学した。

二人とも、両親が大きなストレスを抱えていることはわかっていたし、自分達もまたその巻き添えになっている事も知っていた。

東宮の伯母上はどうしても好きになれないわ。勿論、女一宮は可愛いけど。でも、あんな風に嘘をついていいのかしら」

中姫の素朴な疑問は当然の事だったろう。

身分が上の方には逆らえないのよ。伯母上はご病気なんだから」

大姫が慰める。日々、笑顔が可愛らしくなって来た若宮は姉たちにとってはぬいぐるみのようなもので、始終抱っこしていても飽きないし、お世話をするのも楽しい。

いつかこの若宮が大きくなった時、「陛下」と呼ばれるその日まで見守っていかなくてはならないのだ。

病気なら女一宮もでしょう

中姫ったら。そんな事を言ったらお母さまたちが悲しまれるわよ」

悲しいのは私の方よ。私、若宮の事は可愛いし大好き。こんな風に抱っこしていると癒されるもん。でも、お母様が贔屓なさっているようで少し悲しい

あら、やきもちをやいているのね。そうね、中姫はついこの間まで赤ちゃんだったんだものね

そんな事ないわ。私、ずっとお姉さんよ。お姉さまはご優秀でお父様やお母さまの期待もあるけど、私はスケートをやったり、踊ったりの方が好きだから・・・もしかしたらそういうところが合わないのかな」

どなたと」

お母さまたちと

あら、あなたには手話があるじゃない。あなたの手話はとっても綺麗よ。もっともっとお勉強なさいよ」

そうね・・・お姉さま。人間は正直で真面目に生きなくてはならないとお父様はおっしゃったわ。特別な才能がなくてもよい。皇族として生まれた以上は与えられた務めを果たし、コツコツと自分を磨く事が大事だと。言葉遣いや身のこなしも大切だから私達、小さい頃からそりゃあ厳しく言われて来たじゃない?」

そうね

学校でもお家でも、私達は一時だって気を抜いたことなんかないわ」

「ええ

でも東宮の伯母上は何も出来ないじゃない。お辞儀だってできやしない。それなのにどうして素晴らしいって雑誌に書かれたりするの?そして若宮が生まれたら、どうして私達、悪く言われるの?」

中姫のストレートな物言いに大姫は答えることが出来なかった。

ずるいと思うの。卑怯だと思うの。東宮の伯父上だっておじい様やおばあ様がどんなに心を痛めているか少しもわからないであの伯母上の言いなりだし」

それは私もわかってるけど、それをおとう様やお母さまに申し上げたからって何がどうなるものではないわ。何を言われても潔白なら黙っていなさいと言われるのがオチ。言い訳をすると余計に疑われるからって。私だって週刊誌なんかの見出しをみるとぞっとするのよ。怖いわ。まるで日本中が私達を憎んでいるみたいに思うこともある。だけど我慢しないといけないのよ

訴えちゃダメなの?」

ダメなの。私達は我慢しなくちゃ

私達が適応障害になればいいんじゃない?お母さまが倒れるとか」

それじゃやることが東宮の伯母上と一緒じゃないの。そういうのを同じ穴のムジナというのよ。同じところに落ちてはいけない。それが私達のプライドよ」

よくわからない。難しいもの。毎日、週刊誌の見出して女一宮が天皇になるのか若宮なのかって・・学校でも聞かれたりするし。なんていうか・・悪意を感じるのよ」

私達、なるべく距離を取らなくてはね

二宮家の姫達が、実はこんなに傷ついて、矛盾と戦いつつある事に、残念な事に「紀宮」(きのみや)達は気づいていなかった。

というより、今は毎日の公務で精一杯の状態で、子供達の細かな心の動きまでは図りかねていたのだ。

特に「紀宮」(きのみや)はあからさまになりつつある、自分への誹謗中傷に対し、必死に知らない顔をしていなければならず、それだけで精神的にも肉体的にもかなりきつかったのだった。

最近の、后の宮の態度の変化も気になることだし。

でも、それを口に出す事は出来ないし・・嫁として宮家の妃としての苦悩は大きかった。

 

そんなこんなで毎日が続いていき、いよいよ雨が降り出し梅雨入りも間近という頃、東宮家に大問題が起き上がった。

なんと、東宮の胃にポリープが見つかってしまったのだった。

 

 

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新章 天皇の母 27

2020-08-17 07:00:00 | 新章 天皇の母

女一宮はどうしたものか

ふとした拍子にお上が漏らされたので、后の宮は本を読む手を止めた。

今、何かおっしゃいまして」

女一宮だよ」

少々ご機嫌が悪いように見受けられる。

少しも参内してこようとしない。東宮妃が来ないのはわかるがなぜ東宮が連れてこないのか。あの子は東宮妃に引っ張られすぎているのではないか」

女一宮は大層な人見知りですし、いつもと違う所にいくと発作を起こしますから

だから療育をした方がいいだろうと思っている

そうですわね」

槇の宮は利発で何にでも興味を示し、本当に可愛いことだ。「紀宮」(きのみや)はよく産んでくれたと思う。しかもすぐに公務に復帰してくれて。妃はあのようでないといけないね」

お上のいつもならぬ厳しい口調に后の宮は微笑みながら女官にお茶を命じた。

東宮は不憫なのですからお責めにならないで」

后の宮はそこは断固としておっしゃった。

病気の東宮妃とあのようない女一宮のことで毎日悩んでおります。でも公務はきちんとしております。ただ、東宮妃は心の病なので言葉にも注意が必要です。傷つきやすいので気を遣うのです。毎日、東宮はとても苦労しているのですわ。回りがもっと支えないといけない」

あなたはお優しいことだ

珍しく帝はご不快の様子をたたえたまま、部屋を出て行ってしまった。

よろしいのですか」

お茶を運んで来た女官が恐る恐る声をかけた。

いいのよ。お上だけでなく私だって本当は怒っているのだから。でも、今、それを口にしたら私達は「病気の嫁を虐める舅姑」になってしまう。それだけは避けなくては」

后の宮は温かいお茶を一口お飲みになった。

本当に馬鹿な女。学歴がよいからと嫁にしたのが間違いだったわ」

その后の宮のものいいに女官は思わず震えあがって、早々に引っ込んでしまった。

本当に馬鹿な女。けれど賢すぎる女よりはいい。扱いやすいの。「紀宮」(きのみや)のような優等生は皇室には要らないのだわ。もし、あの娘が皇后にでもなろうものなら、大昔の皇室典範を引っ張り出して、私にああだこうだと理を得に違いない。それは二宮も同じだもの。でも、東宮と東宮妃なら好き勝手やらせている間に、こちらの地盤固めは出来る。可哀想な女一宮を庇う慈愛の皇后は私よ)

后の宮はもう一度女官を呼んだ。

女一宮の着袴の儀の装束は東宮に渡っているのでしょうね」

はい。確かにお渡ししております・・・あの、東宮様からはお礼の言上は」

そういう事に気を回せる人達だと思いますか?

まあ。それではあまりにも不敬では・・・」

いいのよ。そんな事気にしていないわ。私はね、女一宮が無事に着袴の儀を終えることが出来ることを一番望んでいるのです

二宮さまの大姫さまや中姫様の時には先帝陛下の后の宮さまからは檜扇が下賜されました。今回も同じでございますか?」

いいえ、健康を祈って張り子の犬にしましょう。これは健康と子孫繁栄を祈ったものなのよ」

それはよろしゅうございますね」

女一宮が皇室の伝統に沿って無事に着袴の儀を終えることを祈っているわ」

・・・・・・・・・・・・・・・

しかし、当日の女一宮の姿は后の宮の想像を超えるものだった。

帝と后の宮が下賜した装束一式は女官達によって女一宮に着つけられていたが、本人がなかなかなじもうとしなかったのか、あるいは女官の手が悪かったのか、きっちりと着つけられたわけではなく、何となく布地をかぶせたような感じになっていたのだ。

これは「着道楽」の后の宮にとっては許せない出来事で、顔にこそお出しにならなかったものの、内心では怒りで一杯になってしまった。

ところが、事はそれだけではすまなかった。

テレビに映し出された参内する為に現れた東宮一家。

東宮はモーニングを着用していたが、東宮妃はローブ・モンタントではなく普通の絹のスーツだった。極めつけは女一宮の装束で、濃き色の上に、見たことのないピンクと黄色の袿を着ていたのだ。

これをテレビで見ていたお上もあまりにも驚かれ

これは一体・・・誰がこのようなものを?」とおっしゃるのが精一杯だった。

后の宮もさすがに庇い立てすることが出来ず、茫然と見ていた。

画面の向こうで両親に手を取られて立つ女一宮の姿は異様すぎた。

ピンクとレモン色の取り合わせなど日本にはないもの。まるで・・異国の民族衣装のように見えたのだ。

一体誰がこんなものを?女一宮は下賜されたものとは別の袿を用意していたという事になるのか?

そして。

目の前に現れた女一宮は無表情で自分が何をしているのか、さっぱりわかっている様子はなかった。

それにつけても目立ちすぎるピンクとレモン色の袿。

思わず、皇后が「とても変わった色目の袿ね」と声をかけると、東宮がにこやかに

コンクリート卿ご夫妻から頂きました」と答えたのである。

絶句した帝は、それ以上は何も言わず早く帰れとばかりに目を伏せる。

后の宮は「そう。コンクリート卿が・・・」と呟いたが、畳み込むように東宮妃は

私の両親が選んだんです」と言い放った。

よくよく見れば皇室御用達の店であつらえたものではない。

安っぽい生地にありえない色目。コンクリート卿は京にコネクションはない筈。

どこか独自ルートでこの衣装を・・・まるで舞台衣装のようにあつらえたということか。

これはもう・・宮ではない。

そこは帝も后の宮も考えが一致した。

以後、女一宮は二度と「称号」で呼ばれることはなくなった。

 

 

 

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新章 天皇の母26

2020-07-30 07:00:00 | 新章 天皇の母

その日、「紀宮」(きのみや)は久しぶりに衣装を整え、二宮と共に参内した。

「出産後の慎み」が終了したことを報告する為だ。

せめて半年は休養を。高齢出産を甘く見てはなりませぬ」

と主治医からはきつく言われていたものの、このような行事に出席しないわけにはいかない。

「紀宮」(きのみや)は無邪気に遊んでいる中姫と若宮をいとおしそうに見つめながら支度に励む。

大姫は若宮とは歳が離れすぎていて、しかも勉強も忙しいことからなかなか弟に構っていられない。

その分、中姫がまるで「母」のように若宮の面倒をせっせと見ている。

そんな娘を見ていると、自分がちょっと歳をとったような・・微妙な気持ちになるのだが。

皇居にはすでに秋風が吹き始めていた。

もうすぐ后の宮の生誕の祝いもあり。それにも必ず出席しなくてはならない。

出産の慎みが終わったとはいえ、「紀宮」(きのみや)の体調は決して万全とは言えず、過去2度の出産と比べて、どうしても回復が遅いように思われた。

ごきげんよう

帝と后の宮は笑顔で二宮夫妻を迎えた。

体調はどうか」との帝のお尋ねに、「紀宮」(きのみや)は

おかげ様で順調でございます。これも帝の数々のご配慮のおかげと恐縮しております」と答えた。

若宮は・・・若宮に会いたいね」

それは申し訳ございません。本日は私達二人で我慢して下さい」

二宮は冗談めかしていい、場が少し和んだ。

よいよい。近いうちに子供達を連れて参内せよ。大姫も異国へ行き成長しただろうし、中姫の姉宮ぶりも見たい。若宮がどんな顔をしているか忘れない様に何度も参内せよ」

帝は生まれた若宮に夢中のようだ。

若宮は二宮のように理科系に進むだろうか。それとも「紀宮」(きのみや)にならって手話をやるかね。魚に興味を持たせるにはやはり何度もこちらへよこして貰わないとな」

お上は槇宮を魚類学者になさるおつもりですか?」

いやいや、私のハゼの研究に力強い助っ人になって欲しいものだと。なにせ二宮は自分の研究で忙しいしな」

生まれたばかりの赤子の話に未来を託す気持ちの現れに、「紀宮」(きのみや)はありがたいと思った。

お上、あまり若宮ばかり贔屓するのは・・・・」

と口をはさんだのは后の宮だった。

東宮家の事もありますし」

何をいう。あっちが勝手に来ないのではないか。何が気に入らないのか。東宮は嫁のいいなりになりおって。先日も喪中だというのに、女一宮の運動会には嬉々として出て一番前の席で大笑いをしていたぞ。どうしてああもけじめがないのか・・・」

お上、そこまでに。誰が聞いているやもしれません」

誰か聞いていたら支障があるのか」

私達が悪く言われます」

后の宮は微笑みを絶やす事無く、でもはっきりとそう言った。

私達が東宮妃を遠ざけていると週刊誌などで騒がれては困ります。あなた達も若宮に恵まれたからと言って決して驕り高ぶることのないように

二宮も「紀宮」(きのみや)も「はい」と言って頭を下げた。

一体、何のおつもりなんですか」

「官犬大夫」(かんけん大夫)に食って掛かっているのは古参の侍従長だ。

「何って・・・何のことでしょうか」

運動会の話です」

運動会とは」

女一宮様の幼稚園の運動会です。目下、東宮妃には御祖父様逝去における喪中の筈。その体で数々の公務もキャンセルしているのです。それなのに、女一宮様の運動会にお出ましとは本末転倒ではありませんか。女官長がいくら説得申し上げても妃殿下は耳をお貸しになりませんでした。それもこれも「官犬大夫」(かんけん大夫)、あなたの入れ知恵ではありますまいな

これは面妖な・・・奥のことは侍従長と女官長の領域の筈。表を仕切る私がどうして口出しなど」

いえね。「官犬大夫」(かんけん大夫)は外の務ご出身故、皇室の古いしきたりや伝統には疎くていらっしゃるだろうと思って。同時に外の務出身の方ばかりが表に入られ、奥を軽視なさっているんではないかと

それは言いがかりでしょう。表も奥も東宮様が「そうしろ」とおっしゃればそう動くしかない。我々官僚というのはそういう仕事です。あなただってわかるでしょう」

しかし、皇室には独特の伝統としきたりがあり、それをお守り頂くのは我々の仕事です」

そんなら説得したらよろしい。私には関係のない事です。近々の女一宮さまのお芋堀りも東宮妃は一緒に参加されるそうですから」

何と。では后の宮さまの生誕の儀もご出席ですか」

さあ、それはお妃さまの体調次第。もっと詳しくお聞きになりたいのなら気鬱の典医がよろしゅうございましょう。私はただ、東宮大夫として東宮様をお支え申し上げているだけですから」

「官犬大夫」(かんけん大夫)大夫は踵を返して去って行った。

頭を抱える侍従長。

侍従長さん」

声をかけたのは女官長だった。

奥ではもう何がなにやら・・・東宮さん達は一体何をお考えなのやら。お妃さんがおかしいのはもうわかってます。でも東宮さんはなんでそれをお許しに?少しは諫めはったらよろしいのに」

それが出来る方なら今の状況はない」

侍従長はため息をついた。

そんな側近たちの悩みをよそに東宮妃は娘の運動会で一番前の席を占拠して、大玉転がしでこちらにやって来る女一宮に大笑いをしていた。

運動会というものがこんなに楽しいものだったとは自分でも意外だった。しかも一番前の席で自分の子供をカメラにしっかり収められる特権というのは、盛って見ないとわからない喜びだ。

恨めしそうな回りの視線を横に、自分達は特別なのだと知らしめることが出来る。こんな楽しいことがあろうか。

ただ、芋堀りは予想外だった。

こういう時は子供と一緒に親同士も会話を弾ませるものだが、東宮妃と女一宮は少し離れた場所で自分達だけでせっせと集中していた。

こういう事も東宮妃はやったことがなかったので、女一宮をほったらかしにして自分が楽しんでいる始末だった。

自分が小さかった時は勉強一筋で、家族らしい楽しいことは何もなかった。回りについていく事が精一杯だった。だけど今は余裕をもって行事を楽しめる。

その日、「官犬大夫」(かんけん大夫)はマスコミ向けに

后の宮さまのお誕生日には東宮様と女一宮さまがお祝いを申し上げに参内されます」と発表。

東宮妃は喪中の為、出席されません

マスコミは色々質問したがったが、それを無視して大夫は引っ込んだ。

 

当日の朝、おふくはぐずる女一宮をなだめるのに必死だった。

宮様、早く準備をしないと間に合いませんよ」

おふくはなるべく優しい声で言いながら、何とか女一宮を着替えさせようとしている。

しかし、宮は素直に従うどころか「嫌」と言いながら部屋を駆け回り、止められると「いやーー!」と言ってひっくり返る。

何が気に入らないのか、女一宮は朝から機嫌が悪く朝食のミルクを床にたたきつけ、「やめろー」と言いながら皿を放り投げる。

一緒に食事をしていた東宮は驚いて「どうしたの?何が気に入らないの?」と言いながら娘を止めることが出来ず「おふく!」と呼び付けたのだった。

妃はまだベッドの中で、喧騒をよそに眠っている有様。

早く準備をして出かけないと遅刻してしまう。

東宮の遅れは他の宮家にも影響を及ぼすからだ。

女官達は大わらわでテーブルを片付けたり、汚れた東宮のズボンを拭いたり、さらに女一宮をおいかける始末。

やっとおふくが女一宮を抱いて部屋に戻り、とりあえず着替えさせようとしたらまたひっくり返って地団駄を踏むのである。

昨日は何時にお休みになりましたか」

おふくはお付きの女官に聞く。

お部屋に入られたんは午後9時くらいやけど、お休みになったんは午前様やないやろか

そんなに遅く?何でもっと早く寝せなかったんですか?」

そやけど宮さんの宵っ張りはすごいのや。絵本読んでも聞かんし、ビデオ見せてもあかんのや。ベッドのスプリングがいたくお気にいられと見えて、ぽんぽん跳ねられて。終いには気鬱の典医に連絡してお薬を貰ったんや」

子供に睡眠薬ですか?」

そやけどお妃さんがそうしろいうて・・・」

眠いから機嫌が悪いのか?

ふと静かになったと思うと、女一宮は床の上で眠ってしまっていた。

ああ・・もう駄目だ。こうなってしまっては。

おふくは眠った女一宮を抱き上げてベッドに運ぶと、そのまま部屋を出て女官長のところへ行った。

本日、宮様は体調不良の為、お出ましになれません

なんやって?」

女官長は思わず立ち上がった。もう時間が迫っているのに。

おふくさん、あんた、女一宮さんのお目付けやないの。何でこういう事にならはるの?」

前夜、宮様がお休みになれなかったようで気鬱の典医が薬をお飲ませしたようです」

・・・呆れたわ。誰がそんなことを」

お妃さまだそうです」

女官長は言葉を失った。そのお妃様はいまだ夢の中。

侍従長さんと連絡をとるわ」

おふくは黙って頭を下げた。

結果的に女一宮は后の宮のお祝いには参内しなかった。

東宮は別段怒るでもなく、「仕方ない」といった風情で淡々と参内した。

しかし、奥では惨劇のあとのような部屋の片づけと、眠りこけている女一宮を何とか起こしてお風呂に入れ、昼夜逆転にならないように女官達は走り回っていた。

昼過ぎに起きて来た東宮妃は、女一宮の話を聞くなり

今日は私、出かけるのやめるわ」と言って部屋に引っ込んでしまった。

夜には東宮夫妻、二宮夫妻、降嫁した女一宮夫妻を招いての「お祝御膳」がある筈。

出産後、まだ回復が完全でない「紀宮」(きのみや)も出席することになっていた。

しかし、「体調の波」が起きた東宮妃は終日部屋にこもりきりだった。

何とか出席を促そうと気鬱の典医にも相談したのだが、

今はお好きにさせることが一番の治療薬です」の一言で話にならなかった。

東宮妃と女一宮は寝たいだけ眠り、夕方からは俄然活発になって食事をしたり、遊んだり、テレビをみたりと好き放題やっていた。

その日の「お祝い御膳」が微妙な空気に包まれていたことにただ一人、気づかなかったのは東宮だけだった。

 

 

 

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新章 天皇の母 25

2020-07-10 07:00:00 | 新章 天皇の母

その日の東宮御所は朝から慌ただしく人が動いているようだった。

「喪服や喪服」と歩き回る女官達。

侍従は時間を調整し、おふくは女一宮の支度を整えている。

いつもは時間が止まったような東宮御所が、いわゆる「活気」に溢れているのは久しぶりなのだ。

忠犬の聞こえ高い東宮大夫はほくそえんでその様子を見守り、逐一誰かに報告しているようだったが、他の部署の職員達は冷めた目で見守っている。

やがて、にこにこと現れた喪服姿の東宮と東宮妃、そして黒いワンピースに身を包んだ女一宮が出てきて、玄関先から車に乗り込んだ。

喪服を着ているのに笑う・・・という行為はおかしいような気がするが、東宮の笑顔は自信に満ち溢れて、また妻や子と一緒の行動が嬉しいようだった。

妃の方も、堂々と外出出来るのが嬉しいらしく、自然に笑顔が出てくる。

マスコミが待ち構えているのだから、出来ればお控えに・・・と東宮大夫が釘を刺す。

ただ一人、無表情の女一宮が最も「喪」にふさわしい姿といえた。

ああ・・ついに行ってしまわれた」

東宮侍従長は頭を抱え込んで自室に入る。

肩を落として弱弱しく、失望感で一杯の様子を見た女官達は、ひそひそと話をしながらいつもの詰所に集まる。

なんや、侍従長さん、えらく落ち込んでるやないの」

なんで?東宮さん達、ちゃんといてたのに

若い女官は不思議そうにお茶を入れながら言った。

すると古参の典侍は「当たり前や」と言って、ため息をつく。

侍従長さんも、そんなんため息ついてはりましたけど、なんや難儀なことが?」

今日、殯するんはお妃さんのおじじ様、といっても外祖父や。しかもこの国で一番大きな公害病を引き起こした会社の社長だったお人や。知ってるやろ?」

しりまへん」

知らないって、あんた・・・学校で習わへんのか?

さあ・・習ったかもしれませんけど」

典侍の様子に若い女官達は慌ててごまかそうとする。

しゃあないな。ほんの半世紀前の話や。あの頃、都を始めどこもかしこも工場がでけてな。おかげで、沢山の公害が起きたのや」

うちたちが小さかった頃はよく光化学スモッグが心配で外でおひろい出来ませんでしたなあ」

権典侍は懐かしそうに振り返る。

ほれ、何とかいう右大臣のお内儀さんは、毒入り粉ミルクのご出身やったなあ

毒入り粉ミルクて・・・」

女官が震えあがる。

そういうのがあったんや。粉ミルクを作る時にな、間違って毒が入り込んでお子が仰山亡くなったんや。それだけじゃない。あの頃は妊婦は薬を飲んではならんっていう決まりがなくてな。風邪薬を飲まはって、腕や足のない子が生まれたりな」

まあ、うち、怖いわあ」

新参者は本当に怯えているようだった。

それでな。都からあがった所に大きなチッソを作る工場があってな。そこから水銀が漏れ出して川に流れこんだんや。それを魚が飲む。それを人間が食べる・・どうなるかわかるか?」

え・・・」

ある村でな、次々人ががたがた震えたり、倒れたりして亡くなる事件があったのや。みんあ不思議でなんでやって。でもその事はすぐにはわからんかった。漸く川上の工場が垂れ流す水銀が大元やという事がわかって大騒ぎになったのや。これがこの国で一番の公害病になった。その工場をもってる会社は中々罪を認めんで、特に社長は散々「庶民が何を言うか」とか「腐った魚を食べるから悪い」とか言ってな。今も訴訟は続いているのや。何を隠そう、その社長が東宮妃のおじじ様。今、殯中や」

まあ、なんてこと」

女官達は震え始め、沈黙してしまう。

それだけやない。外国からわざわざこの公害病を取材しにきはって、真実を知らそうとした記者さんにな、ヤクザをやとって半殺しにしたのは、その社長や」

「典侍さん。何でそんな人のお孫さんが東宮妃になりはったの?」

女官の疑問は至極当然の事に思えた。

考えてみれば国賊とも思える人物の孫が東宮妃になるなど、古今東西見渡しても聞いた事がなかったのだ。

典侍はまたため息をつく。そこにそっと女官は熱いお茶を持ってくる。

ぶぶで喉を潤して

おおきにな。そやなあ。うちらも考えてなかったなあ。東宮さんがお妃さんに一目ぼれしはって、何が何でも入内させるいうてね。それをお上も后の宮さんもお認めになったんや。そら、嫌々言うた人もいたえ。「筵旗が立つ」いうて反対しはった人も。そやけど、おじじ様の話とお妃さんのことは別やいうて聞かなかったのや。

けどな。国民はみんな知ってる。お妃さんは今も病で苦しむ公害病を引き起こした会社の社長の孫ってね。当のお妃さんはそうは思うてへん。じじ様が悪く言われたって軽く言わはってな。入内してから一度もお上がりになったことはあらへん」

侍従さん達は、そんな死人の殯には東宮さんは行くべきではないとご衷心申し上げたんや。けど、東宮さんは怒って、珍しく大きなお声を出しはって「何が何でも殯に行く」と聞かなくて。そもそも妃の実家の殯に皇族が出るいうんはない事や。ましていわく付きの人の殯に家族総出でいかはるなんて。それで侍従さんは、絶望してはるのや」

忠犬の大夫が東宮さんにおもねってなあ。それで意気揚々や。皇室はもう終わりや

なんでお上はお許しになったん?うち、そこらへんがわからん・・典侍さん、うちはおバカさんなのやろか」

そんなことない。お上はもう東宮さんを止められん。后の宮さんが東宮さんの肩を持つよって。今や、皇室の陰のお上は后の宮さんや」

こうやってどんどんしきたりや伝統がなくなっていく・・・ああ、先帝がおわしましたら」

大粒の涙が典侍の頬を伝った。それを見て女官達はたまらない気持ちになった。

テレビの画面には、葬儀だというのに笑顔に見える東宮が写し出され、東宮御所の女官部屋では、敗北感で一杯の女官達がぼんやりと画面を見ているのだった。

 

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新章 天皇の母 24

2020-06-24 07:00:00 | 新章 天皇の母

親王のお印が「高野槇」に決まり、以後、「若宮」とか「槇の宮」などと呼ばれるようになる。実に41年ぶりの「若宮」誕生に、国民は素直に喜んだ。

「紀宮」(きのみや)達が若宮を連れて退院のおりには、自然発生的に沿道に人が並び、「若宮万歳」の声が上がった。みな頬を紅潮させ、心から国旗をはためかせ、未来の帝の誕生を寿いでいる。

その祝福に手を振って応えながら、二宮も「紀宮」(きのみや)も結婚式のあの祝福の波を思い出していた。あれから幾年月流れたろうか。

うつろいやすい国民の心を思いつつ、ただただ今は、その祝福に、あの頃と同じように素直に応えたかった。

そんな様子を見ながら、中姫は胸をわくわくさせて「弟が宮邸にやてきたら、どんな産着を着せてどんなお世話をしようかしら」と考えていた。

手作りのおもちゃはもう出来ている。お母さまが大変な時は自分が弟を抱っこして、おんぶして、それから色々なことを教えて上げる。中姫にとって若宮は「生きたお人形」のように見えていたかもしれない。

一方、大姫はもうそんな子供ではなかった。

今、生まれたばかりの若宮が肩に背負うものの重さに、姉として「可哀想」と思ったし、一方で彼こそが「希望」なのだとも思った。

大姫は、皇室が変わりつつあり、帝も后の宮も少しずつ以前とは違っていることを肌で感じている。若宮の誕生がもしかして溝を生むかもしれないことを。

沢山の皇室の歴史の中でも、こんな話は沢山あった。

大津の皇子・長屋王・安積皇子・・・・数えたらきりがない程。

古代の物語の話だと割り切れない何かが迫っているような気もする。

だけど、今、一番悲しいのは、大好きなおじいさまやおばあさまの心の中が見えなくなっていることだった。もう小さかった頃には戻れない・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・

よく・・眠れない。イライラする。物にあたりたくなる。

東宮妃はどう表現したらいいのかわからない感情に振り回されていた。

女官が「お妃さん、お茶を」と言っただけでも腹が立ち、茶器を壁に向かって投げつけた。東宮は慌てるばかりで、何かといてばすぐに「気鬱の典医を」と言うばかり。

典医と喋っている時は安らぐ。

彼は愚痴を何でも聞いてくれるし、声が優しく、自分に不快な事は一切言わない。

なぜ私はこの人の妻として生きていけなかったのだろうかと思う。

彼が夫ならこんないら立ちを抱えずに生きていける筈なのに。

あれは自分が3歳の頃。

妹達が生まれて母は一切自分に構わなくなった。

父は自分ができそこないである事を知っていたから、口を開けば「勉強」の事ばかり。

あの時の寂しさが蘇ってくるのだ。

コンクリート卿は、若宮誕生の時には怒りをあらわにして「なぜだ!」と叫んだ。

その「なぜだ!」は自分に向けられたものだと思った。

やはり、父上様は私を愛していない。昔のような出来損ないと思っているに違いない。

そんな絶望感が頭を覆うと一層、いら立ちが増す。

たかが子供を産むこと・・・男子を産むこと・・・これが何年も勉強して最高学府を出た自分には大層なハードルだった。頭が悪くたって成績が悪くたって子供は産める。

だったらなぜ父上様は、自分をそのように育てなかったのだろう。

勉強しろ、成績を上げろ、女性だからって甘えるな。そればかりの人生だったのに。

「紀宮」(きのみや)の出産が、東宮妃を全否定したかのように見えて、絶望感ばかりが募るのだ。

ねえ、先生。私は生まれてきてよかったのよね」

ええ。勿論ですとも」

みんなが私を馬鹿にしている」

「そのような思い込みはやめましょう。回りを見てごらんなさい。みな、お妃様の登場を待ちわびているのですよ」

一人では無理」

東宮様がいらっしゃいます」

あの人はダメ。昔も今も私の気持ちなんかわかっちゃいない。もっとも私もあの人をわかっているかと言えばうそになるけど」

夫婦は理解し合う努力をせねば」

夫婦じゃないわ」

気鬱の典医は驚いたように東宮妃を見た。

結婚してあげたのに全然約束を守らなかったわ。外国にも行けなかったし、子供を産むことを強要された。あの人だけじゃない。父上様までが結婚した途端に子供はまだかと言い始めた。女って子供を産む道具じゃないって教わったのは何だったのよ?女一宮を生んだらがっかりされて。あの人は能天気に女一宮を喜んで可愛がってる。馬鹿なの

東宮妃はさらに興奮していった。

「ハーバード大出の私に偉そうに指図するのよ。父上様がいなかったら何の仕事もないただの男なのに。帝の子というだけで何だっていうのよ」

東宮様はお妃様を心から案じておられますよ」

あなたの口からそんな言葉は聞きたくないわ」

すねたように東宮妃は言った。

今だって。こんな夜中まであなたと一緒なのに咎めることさえ出来ない人よ。話にならないわ。それにしても忌々しい。二宮の所に生まれた槇宮。いっそ・・・」

お妃様」

典医が止めた。

今日は薬を処方しますゆえ、ゆったりとお休みください。明日、お妃様がお目覚めになるまで女官には入室禁じます。無論、東宮様にも。明日の予定は全て白紙ということで」

そうね。でも眠りにつくまではいて欲しい。真っ暗は嫌なの」

はい

東宮妃は薬を飲み、こうこうと部屋の灯をつけたまま、まるで騎士のように気鬱の典医を傍に置いたまま眠りについた。

 

 

 

 

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新章 天皇の母23

2020-06-18 07:00:00 | 新章 天皇の母

東宮様、二宮さまからお電話が」

侍従に促され、東宮は頷いたが電話にはでようとしなかった。

要件を聞いて下さい」それが東宮の答え。

暫くしてまた侍従がやってきた。

二宮さまに男子ご誕生でございます

何だって!」

東宮は顔を真っ赤にして立ち上がった。侍従は恐れおののき、ずり下がる。

東宮はそのまま口を閉ざした。言葉が浮かんでこないのだ。

幼い頃から可愛がって来た6歳年下の弟の面影はとうにかすんで消えた。

二宮が「紀宮」(きのみや)を結婚相手に決めた瞬間から兄弟の溝は出来た・・・と東宮は勝手に思っている。

時分より背が高いのは仕方ないとして、何をやっても弟の回りには人が集まり、弟は笑っていた。好きな学問の分野があって、没頭出来て、しかも女性にも人気だ。

だが、自分が東宮だから、将来はお上のように尊い存在になるのだ。宮家に下がる弟とは格が違うと思うことで均衡を保ってきた心。

それが・・・とうとう弟は男系男子を得てしまったのが。まるでお上の位に上る証のように。

東宮なのに男系男子に恵まれなかった自分、宮家なのに男系男子に恵まれた弟。

それでは女一宮はどうなる?東宮妃がやっと産んでくれた可愛い娘なのに。

時分から皇統を奪いとる気なのだろうか?二宮は。

大体、この時期に懐妊する事自体賭けだった筈。

時代の大博打を打って・・・弟は買った事になるのか?

いや、そうではない。后の宮に相談しなければ。今ならまだおたた様が何とか手を打ってくれるかもしれない。

・・・東宮様

声をかけた侍従ははっとして目をそむけた。何と東宮の目には涙が一杯たまっていたのだ。

東宮様、何とお優しい

侍従は共に感涙した。よもやその涙が悔し泣きであろうとは思いもよらず。

東宮様。二宮様へお言葉を」

前から用意してあるでしょう。それを出して下さい」

はっとして東宮はそういうのが精一杯で、すぐに自室に引っ込む為、立ち上がった。

今は何も考えたくないと思ったのに、目の前に現れたのは東宮妃だった。

東宮妃は目を真っ赤にして、しかも流れ落ちる涙を拭おうともしなかった。

東宮をまっすぐにみやると

私や女一宮はどうなるの?私、何の為にわざわざ入内をしたと思っているの?もし、二宮の男子がお上になるくらいだったら私、いますぐ実家に帰る」

妃よ。なぜそんな事?二宮は筆頭宮家とはいえ、皇位継承権では私より下だ。二宮は私が死なない限り皇統を受け継ぐことは出来ないし、無論、今生まれた子がお上になるなんてずっとと先の話で」

そのずっと先に女一宮はどうなるかと聞いているんじゃない」

妃は地団駄を踏んだ。そして東宮に迫って胸元をどんどん叩き始めた。

あなたは死んだあとで何の憂いもないかもしれないけど、残された私達はどうなると思う?全て二宮に吸い尽くされてここ(東宮御所)からも追い出されて、今までのお返しとばかり、御用邸も取り上げられて・・それからそれから」

東宮妃は呼吸が苦しくなって来たようで、泣きながら言葉が途切れる。

大変だ。妃の様子が・・・誰かお医者様を呼んで」

東宮は叫んだ。慌てて侍従や女官などが駆けつけてくる。

ほどなくして、妃の主治医である「気鬱の典医」が呼ばれた。

今や「皇室のラスプーチン」と呼ばれ、東宮妃の病気を意のままに作りだし、操り、誰も逆らえない状態である。

彼は、東宮妃の様子を見るなり倒れそうになる妃の体を支えた。

すぐにお部屋に。気鬱の病ゆえ、今すぐに治療が必要です」

大仰に部屋に運ばれた東宮妃はすぐにベッドに寝かされた。

後はよろしく。みな、部屋を出て」

東宮は侍従や女官を率いて部屋を出て行った。

残されたのは涙にくれる東宮妃と、側につく気鬱の典医。

安定剤を処方しますので、今すぐに飲んで下さい」

みんな私を馬鹿にしている」

誰がですか?」

二宮一家よ。頭が悪くて学歴もないくせに。英語だってそんなに話せないくせに」

それから」

お上と后の宮もよ。きっと女一宮しか産めなかった私に舌打ちしている。あっちの女官達も笑っているわ」

それから」

お父様だわ・・・それから妹達も笑ってるわ。お父様は失望しているでしょう。昔から出来が悪いと言われてきた私だけど、今度ばかりは見捨てられるかも」

ご両親もお上もそんな風にお妃様をご覧になることはありません

じゃあ、何で二宮に男の子が生まれたのよ」

まるっきり脈路が外れている言葉にも気鬱の典医は動じなかった。

きっと二宮様のはかりごとでしょう」

そうよね。きっとそうよ。私への嫌がらせなんだわ。私よりも学歴も語学力も劣るから仕返しして来たのよ。何よ、たかが子供を産んだからってそれがなんだというの?誰でも出来るじゃない。いわば子供を産むことしか能のない女なのよ。「紀宮」(きのみや)という女は」

そうですとも。東宮妃ともあろうお方が気にするやからではありません。お妃様は将来皇后になられるのですから、何の憂いを持つ必要もなく、上から見下ろしていればいいのです。日常を変えてはいけません。そうする事によってご病状が悪化します。だからお好きなことをなさればよろしい。二宮様に男子が生まれたからと言って、特別な事をなさる必要はないのです。今まで通り、女一宮様のご養育とライフワークを見つけること、それが一番大事なのです」

先生・・・・」

東宮妃は大声で泣き始めた。

子供を産むしか能のない女」と馬鹿にしているのだが、女一宮ですらやっとだった自分を思い出さずにはいられない。

「紀宮」(きのみや)は3人の子供を得た。そのうち一人は男子。

たったそれだけの事がどうしてこんなに悔しいのか、どうしてこんなに敗北感に打ちひしがれるのが。

女一宮は正当な東宮家の姫で、東宮が即位したら「皇女」になる。宮家の大姫や中姫にはない称号を持っている。一段も二段も格上なのだ。

そして今回、生まれた子だって称号を持つことはない。ただの宮家の「長男」にすぎない。なのになぜ・・・・要求されれば必ず成果として挙げるずる賢い女、「紀宮」(きのみや)に負けた・・負けたのだ。

 

外の世界では号外が出され、お祝いの音楽が鳴り響いていた。

ニュースでもトップで報道されている。

だが、東宮御所の東宮妃の部屋は何の音もしない。ただ自分と気鬱の典医の息遣いだけが聞こえるのみ。

私は生まれてきてよかったのよね」

そうですとも

私は悪くない

はい」

私はこんな事には負けない。私は私のやりたいようにやる。嫌ことはしない」

それでいいのです」

静かな気鬱の典医の言葉は夫よりもずっと心に染みわたってくるのだ。

 

結局、東宮家が二宮の出産の祝いに病院に向かったのは5日も後のこと、それまで何度促されようとも病院にはいかず、女一宮の為に恐竜展や大相撲を観戦し、当日でさえ展覧会のついでに寄りました・・という形をとった。

他の宮家の方々がお見舞いにいけません」と困り果てる職員達の顔を見るのが楽しかった。ただ、東宮妃はどんな時も女一宮の為という名分はぶれないのだった。

 

 

 

 

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新章 天皇の母 22

2020-06-09 07:00:00 | 新章 天皇の母

その日の朝。

空はどんよりと曇り、いつ雨が降り出すかもしれないというほど雲が厚くたちここめていた。

しかし、その雲の中に「龍」が現れると、それを目撃した人達は「瑞雲が出た」「これは吉兆」だと思い、大いに盛り上がった。

行ってまいります」

「紀宮」(きのみや)は手術室へ向かう時、見守る二宮にそう言った。

二宮は「ああ、行っておいで」と送り出した。

手術室の前にはピストルを携帯した女性警官が四天王のように立っている。

まさに今から生まれ来る神を警護するかのような神々しい姿だった。

二宮はどんよりとした空を見つめ「お前も苦労するのだろうか」と呟いた。

天気予報ではこの日は大雨、台風のような雨が降ると予想されていたのだが、空は何とかもっていた。

殿下、瑞雲が出たそうです」と内舎人の人がネットでその雲を見せてくれた。確かに龍の形をしている。

そう。面白いものが出たんだね」といいつつ、宮はこの雲が妻と子の無事を守ってくれるように祈っていた。

そして、扉が開いた・・・・・

 

その頃、北の大地に帝と后の宮はいた。

通常、親王の子が生まれる時には御所にいて結果を待つのが慣例であったが、「二宮家の出産はそれほど重いものではない」ということを内外に示す為、あえて帝は地方の公務へお出ましになったのだった。

朝から、后の宮は気が気ではなかった。

帝が「やはり御所で誕生を聞きたかったね」とおっしゃったからだ。

通常の出産はいつ始まるとも言えないが、今回は日付が決まっている。

だったら公務の予定を組みなおしてもいいのではと帝は言いたかったようだ。

しかしそれをお止めになったのは后の宮である。

生まれてくる子は女一宮とは立場が違います。東宮の子ではないのですよ。二宮は内廷皇族ではありません。なのにお上がそこまでなさったら、東宮家の方が面白く思われないのでしょう

東宮の子も二宮の子も私の孫。大姫だって中姫だって私の孫に違いないではないか」

東宮家に女一宮は生まれる前はそうだったかもしれませんが、今は違います。女一宮は将来帝になるかもしれない子ですよ」

女子に皇位継承権はないでしょう」

今後はわかりませんよ。とにかく、初めての子ではない3人目なのですから、お上がそこまで気になさる必要はございません」

后の宮の強い口調に押され、帝は後ろ髪をひかれる思いで北の大地までやって来たのだった。

「意図的な出産」「東宮家にあてつけ出産」と呼ばれて幾久しい。

そこまでマスコミに叩かれる以上、帝を悪役にするわけにはいかない。

二宮家の慶事は他の宮家と同じ程度でいかなくてはならないのだ。

公務に出る予定は午前11時。

帝は部屋で身支度を整え、朝食をとっていらした。

その時である。

侍従の人が受話器を持って駆け寄って来た。

お上、二宮様からお電話でございます」

(ついに)

后の宮は自分の手が震えるのを感じた。

お上はにこにこと受話器を受け取り、「もしもし」とおっしゃった。

男子でございました。母子ともに健康でございます

受話器の向こうから弾むような声が聞こえた。后の宮は思わずスプーンを落としてしまった。

慌ててボーイがそれを拾う。

そうか・・・男子か・・・」帝は声が上ずっていた。目には涙が一杯に溜まっている。

よくやった・・よくやったね。二宮、「紀宮」(きのみや)も。ありがとう。心から憂いが取り除かれていくような心地だよ。あ、そうだ。后の宮にも変わる」

帝はにこやかな顔で受話器を渡す。

后の宮は蒼白な表情でそれを受け取った。回りの目がある。ここはにこやかな顔をしなくては。

もしもし、おめでとう。「紀宮」(きのみや)の様子はどうなの?産後が大変だからゆっくり休ませてあげて」

それだけ言うのが精一杯だった。

男の子だよ。后の宮。皇室に41年ぶりの男子が生まれたのだ。これで皇統は繋がった。本当に嬉しい」

そうですわね」

早く孫の顔を見たいものだ。二宮には写真で送るように言ってあるがね

お上、おめでとう存じ上げます

うんうん

お上は上機嫌であられた。

公務先でもわざわざ「この度の二宮の出産に関して沢山の祝福を貰った。ありがとう」とアドリブで話、会場は拍手喝采した。

すぐに全国的に号外が出された。

「「紀宮」(きのみや)様ご出産。親王様ですよ。41年ぶりの親王さま」

号外はたちまち人の手に移り、驚き、喜び、久しぶりに心が沸き立つような思いをした人が多かった。

天気は相変わらず悪く、夕方にはぽつりぽつりと降り始めたが、それでも天気予報のような台風にも大雨にもならず、人々が号外を手にする時間は妨げられることがなかった。

今や各ビルに設置された電飾ニュースにも、テレビ速報でも、ワイドショーでも「紀宮」(きのみや)が親王を出産した事が伝わり、次々に報道が始まっていた。

二宮家の報道が世間を席巻するなど、ここ数年なかった。

久しぶりの国民的な「紀宮」(きのみや)フィーバーに沸き立っているのだ。

その中で、ただ一人深刻な顔をしているのは后の宮だった。

無邪気に喜ぶ夫を後目に、彼女はいら立ちに負けそうになっていた。

わざわざ皇室に争いの火種を持ち込むとは。そんなにまでして皇位が欲しいのか

后の宮の頭の中では、怒りまくっている東宮と妃の姿が目に浮かぶ。

その証拠に東宮が出した「紀宮」(きのみや)出産へのコメントは。

おめでとうございます。手術が一刻も早く終わりますことを祈っています」というちんぷんかんぷんなものだった。

多分、出産の前からそれを用意して、予定通り出したにすぎないのだろう。

こんなメッセージの在り方に、国民がどう思うかわかったものではない。

どうして、東宮妃はそこまで感情的でバカなのか。こちらが必死に庇ってやっているのに。

しかし、東宮妃の行動はもはや制御不能の域に達していた。

親王の誕生が皇室に安泰をもたらす?とんでもない。その逆だわ。二宮は皇室にいらぬ争いの種をまいた。それが親王よ」

后の宮は憂い顔で雄大な北の大地を見つめた。

「紀宮」(きのみや)という子は恐ろしい・・・こんなことを平気でやってしまうなんて。そうまでして皇太后にでもなりたいというの。あの子は私以上の野心家だわ」

このままでは自分の地位が危うくなる。后の宮は本能的にそう感じていた。

 

 

 

 

 

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新章 天皇の母 21

2020-05-18 07:00:00 | 新章 天皇の母

外はかなりの暑さのようだった。

セミの声はいつまでも聞こえているし、日の長さも変わらない気がします。

病室から見える景色はいつも同じ。

今まで病気らしい病気をしたことのない「紀宮」(きのみや)はすっかり心が折れてしまっていた。

快適な個室とはいうものの、ベッドから降りてはいけないし、トイレに行く時も一々車椅子を使わないといけない。食事も妊婦の血圧が上がらない様に薄味になっている。

一体、お金がどれくらいかかるのかしら・・・「紀宮」(きのみや)は考えるだけで頭が痛くなって来た。今回の療養費は宮内庁の方から予算を組んでくれるとはいうものの、基本的に皇族に健康保険はない為、10割負担である。

差額ベッド代やら食事代やら考えると、こんな涼しい部屋の中であれこれ気をもむのは申し訳ない気になってくるが、それでも「紀宮」(きのみや)は心配せずにはいられなかった。

今日は顔が青いようだけど

見舞いに来た二宮が顔を覗き込む。

「紀宮」(きのみや)がご機嫌斜めの時はすぐにわかる。

まず無口になり、微笑みが消える。物言いは丁寧だけどその強さと言ったら。若い頃、喧嘩してもすぐに謝って来たほのぼの妃は消え、今や宮家のラスボスと呼ばれるだけある。

そう思って二宮は覗き込んだのだが不意をつかれた。

「紀宮」(きのみや)の瞳から大粒の涙がこぼれていたのである。

どうしたんだい?どこか痛いのかい?具合が悪いとか」

いいえ

だって君は泣いているうじゃないか」

はい」

何で泣いているの

わかりません

わからないって事はないだろう。お局に意地悪言われたのかい?」

いいえ

いや、言われたんじゃないか?それとも大姫や中姫がここで何か悪いことでも」

いいえ。何もございません。ございませんけれど、とにかく涙が止まらないのでございます」

二宮はすっかり困ってしまって

何でだろうね。出産の事なら心配しなくてもとあれほど言ったじゃないか。東宮家の事も子供の性別も何も考えなくていい。ただ君は無事に産む事だけを考えていればいいのだから」

「はい。宮様の言葉はいつも心に刻んでおりますわ。でも・・・いえ、ベッドに縛り付けていられるととても不安になるのです。いくら本を読んでも読み切れない気がしますし、子供達の事も気になりますし。もしもの事を考えると」

「紀宮」(きのみや)どうしてそんなに気弱に・・君らしくない」

二宮は怒ったように言った。いつもは「オールウェイズスマイル」と「物事は何とかなる」でどんな辛い事も乗り切って来た。それはいつも「紀宮」(きのみや)がおっとりと側にいてくれたからだ。

それなのに、今は誰よりも弱弱しく泣いている。まるで少女のような白い顔。

懐かしい表情をするんだな・・などと一瞬二宮は思ってしまったのだが。

私達、間違ってはおりませんよね

その言葉に思わず二宮は「紀宮」(きのみや)を抱きしめた。

当たり前だろう。間違ってなんかいない。私達は絶対に間違っていない。誰かがそういって君を虐めるなら私が許さない」

ああ、夫の鼓動が聞こえる。「紀宮」(きのみや)は子供達が生まれる以前の、心ときめく恋物語を思い出していた。あの時はその胸に抱かれると外国製の煙草とコロンの薫りがしたものだった。

今は煙草をやめてずいぶん経つ。だけど変わらないその胸板の厚さ。

「紀宮」(きのみや)はほんのちょっと安心して泣きながらもちょっと笑った。

君の辛さの半分もわからない私は自分に腹が立つ事がある。だから時々どうしたらいいかわからなくなる。どこへ行っても「紀宮」(きのみや)の事が気になる。気になるけど平気な顔をしている」

結婚して以来、こんなにロマンチックな告白を聞くことがあったろうか。

ようやく「紀宮」(きのみや)はニッコリ笑い、

私も同じです。いつも殿下のことを思っております。誰よりも

とんとんとノックの音がしてお局が顔を見せた。

お取込み中でございましたでしょうか?

そんなことない。「紀宮」(きのみや)が泣いていたから。お局に泣かされたのかと聞いていたところだよ」

お局は向日葵の花瓶をサイドボードに起きながら心外という顔をした。

どうして私がお妃さまを泣かしますの?女が泣くのは99%殿方のせいですわ」

お局は容赦なく言った。言い返せない二宮は立ち上がり

そろそろ帰るよ。大姫と中姫の勉強を見てやらないと。それに明日の公務の準備もあるから

ご負担をかけますわ」

いや。いい・・大丈夫。ではお局、あとはよろしく頼むよ」

お任せ下さいまし」

お局は深々と頭を下げた。二宮は挨拶も早々に部屋を出て行った。

まあ、綺麗な向日葵ね」

「そうでございましょう。もう向日葵の盛は過ぎているんですのに。今時のお花屋さんは季節を問わずにお花を置いてくれますから」

私、殿下に愚痴を言って困らせてしまったわ。ここ何日かの鬱憤がほんとうに溜まっていたのね。申し訳ないことをしてしまった」

「どんどん愚痴でも悪態でもついてやったらよろしいんですよ。夫というものは年月が経つにつれて妻の気持ちに鈍感になるものでございますから。適当な時にガツンと雷を落としておけば楽ですよ」

そうは思うけど。やっぱり言えないわ。本質を突くわけにはいかないもの」

お局は箪笥の中から「紀宮」(きのみや)の着替えを出し、揃え始めた。

両殿下の目に嫌でも入る週刊誌や雑誌の見出しは日々過激になっていますわ。悲劇の主人公は東宮妃と女一宮さんで、すっかり「紀宮」(きのみや)様は悪者になってしまわれた。男女産み分けなどの策が弄せる程賢いお方であれば后の宮様の産児制限などに従ったりなさいませんわ。お好きに何人でもお産み遊ばしてそのお子が全員内親王でも平気で、次々旧宮家とでも縁談をまとめてしまわれるでしょうよ

まあ、お局。そんな事を考えていたの?」

「紀宮」(きのみや)はびっくりしてお局を見た。

ああ、「紀宮」(きのみや)さま、その真正直さが国民にとっての癒しなのですわ。かの持統天皇しかり、光明皇后しかり、ご自分の目的の為なら平気で他人を蹴落とし、殺してしまう。皇室とはそういうところでございます。「紀宮」(きのみや)さまはお生まれになるのがもし内親王だったらとご心配されているのですか?」

そんな事ないわよ・・・そんな事、考えてはいけないの

でも、母であれば生まれる子の性別は知りたいと思うものですし、お二人内親王が続いたのですから、次はぜひ親王をと考えるのが普通なんです」

それはわかっているけど」

恐れているのはもし内親王が生まれたら、それ見た事か、東宮妃に張り合って頑張って産んだのに結果的に女一宮様の皇位継承を確立する助けになっただけだと。2000年の伝統は破れ男系男子で継承してきた皇室の終焉と」

・・・・

けれど「紀宮」(きのみや)さま。東宮様にあって二宮様にないもの。それは八百万の神の力ですわ。そもそも二宮様が「紀宮」(きのみや)さまをお妃に選ばれたことも、また皇祖神のお計らいだったのですから」

そう・・かしら」

「紀宮」(きのみや)は不安そうな目でお局を見た。

そうですとも。これは噂ですが本当は東宮家に生まれるのは親王様だったというお話はご存知?

え?どういうことなの?」

お局は支度をやめて、ベッドの脇にある椅子に座った。そしていかにも秘密を打ち明けるように声を潜めて話し始めた。

これは女官達の間では有名なお話で。元々東宮妃さんはお若いころにおいたをやりすぎて石女だという噂が成婚の頃からありまして。また東宮さんも、男女のあれこれにひどく疎くていらっしゃり。まあ、そういうわけでお二人は結ばれたものの、お子の存在はどこか遠くに追いやっていらしたのです。そうはいっても東宮家の役割は後継ぎを産む事で、それをお妃さまにご納得頂くのが本当に大変で。ついに5年以上が経過した後、例の産婦人科では有名な先生をお招きして治療が始まったんだそうです。今は体外受精という方法がありますね。出来るだけ自然な形で医師も東宮さんも望んでいらしたから・・ところがやっぱり何度挑戦しても流れてしまう。

その理由がまあ、過去のおいたさん以上に今のこれ」

お局は煙草を吸う真似をした。

この癖がどうしても抜けなかったと。喫煙は母体にとって最もいけない事です。低体重児や障害を持つ子供が生まれてしまうことがある程。それなのにお妃さんは治療中にも関わらずおやめにならず。

漸くご懐妊の運びとなった時には、お妃さまはそれを隠して飛行機に乗られた。しかも遠出をしてお酒を飲むなど無茶をやられて。またも流れてしまったのです。確かそれは親王さんでした。でも、お妃さまはご自分のミスとはお認めにならず新聞社のせいになさった。一方でお妃さまの御実家では、これは必ず親王が生まれると踏んだんですわ。それで究極の男女産み分け法を試す事にしたのです」

そんなものがあるの?」

「紀宮」(きのみや)はびっくりしてお局に尋ねた。

確かアルカリ性とか酸性とか・・・そういう話は聞くけれど」

そんな方法もございますわね。でもそれは長い時間をかけて男子を産みやすい体にしていくとか、そういうお話でございましょう?東宮妃が2度目の懐妊をされたのは流産からほどなくでしたでしょ?」

そうだったわ」

お妃様は元々妊娠しづらいお方だったのですもの。それを流産してすぐに、しかも男子限定でとなると方法は科学に頼るしかございません。お妃様に施されたのは最先端の医療技術だったのですわ。しかも受精させた時から男子が生まれるという・・いわゆる産み分けの。だってあの先生はその道の権威でいらっしゃいますもの。めでたく懐妊された東宮妃はご自分がお産みになるのは親王殿下と疑っていなかったというお話です。そういうお約束が出来ていたとも。だから、内親王が生まれた時は国民よりも東宮様よりもご本人とコンクリート卿が驚いて大層お怒りになったそうです。今もってなぜ生まれたのが内親王だったのか、誰もおわかりにならないとか」

でも生まれてくる子供の性別を特定するなんて元々無理なことじゃない?それは神様に挑戦するようなものでしょう?」

そうですとも!」

お局は叫ぶように言った。

そうなんですわ。人がいつ生まれてくるか、いつ死ぬか。生まれてくる子が男か女か。それは全て神様がお決めになることなんですよ。「紀宮」(きのみや)様のもとに最初に大姫が、そして中姫がお生まれになったのも、神様がお決めになった事です。つまりこれから生まれるお子も神様がお決めになるのです。それをあたかも人の手でどうにか出来るというような考えを持った時点で東宮様のところは見放されたんです。これは大きな声では言えませんけどね」

結構、大きな声じゃなくて?

申し訳ありません。不遜なことを申しました。ただ、私が申し上げたいのは、今、やきもきしてもすでに運命は決まっているということです。皇統を見放すのかそれともお繋げになるのか、それは皇祖神がお決めになることで、宮様がただご自分のお役目を果たせばよろしいのですよ」

いつの間にかあたりは暗くなり、太陽が沈もうとしていた。

煩かったセミの声も減り、代わりに秋の虫の声が聞こえる。

「紀宮」(きのみや)は窓の外に広がる景色に思いをはせた。

それでも季節は変わって行くのだ。

「紀宮」(きのみや)様、ご結婚された時、どれほど国民は喜び、そして宮様ご夫妻を敬愛したことでしょう。僅か15年でいわれのない中傷を受ける身になられたこと、この局は悔しくてなりません。でも、宮様のご苦労はいつかきっと報われる日がくると、私は信じております

「紀宮」(きのみや)は微笑んだ。沈む日を背にしているその姿はどこまでも美しいとお局は思った。

大御心を思えば、私の悩みなど大したことではないわね。わかったわ。もう泣かない。我慢します。退屈でもつまらなくても腰が痛くても食欲がなくても」

その調子ですわ。ではシャワーの準備を」

お局の足取りは軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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新章 天皇の母 20

2020-05-07 07:00:00 | 新章 天皇の母

お暑いことですなあ」

女官達は貫くような陽射しをよけて東宮御所の門をくぐる。

女官達が住み込みではなく、通いになってから幾星霜。

制服に着替えるロッカールームはいつも混みあう・・・のだが、今日は違っていた。

東宮御所の中はしんと静まり返り、誰の声も聞こえない。

ただ女官の待機部屋は、涼しい風が吹いており、暇を持て余した女官達が手作りのお菓子を持ち寄り、質のいい煎茶でお茶会を開いていた。

みんな、おするするさんでごきげんよう

毎日こんなに楽しくお勤めに励めるなら、うちは天国の心地や」

そうや。東宮さん達がいないだけでこんなにも心躍ることがあるやなんて。余計な音も聞こえん、心がざわつくこともない。眉間のしわも、ほら、みて。消えてしもうたわ」

からからと笑いさんざめいた。

東宮さん達が異国へご出立のみぎりは、色々ございましたなあ。異国へ行かれるゆうのに、賢所へのご参拝をされなかったり。当然、先帝の御陵へもお参りせず。今まで先例のないことやのにさらに先例無視では、お上のお怒りも相当なもんやないかと」

お上なあ・・・」

古株の女官がため息をついた。

なあに、典侍さん、何がご存知なのやら教えて下さいませ」

いや、これは御所筋の女官から聞いたことやから・・・話半分にな。お上は后の宮の言いなりやと。今回の異国行きはお上が最もお嫌さんやよって、当然お怒りのお言葉があるもんやとみな思っていたんやそう。それなのに、黙っていなさる。これはおかしいいうてな」

でもお上はあの蛍狩りの夜に、東宮さんから申し出を受けたご一緒の静養をお断りになったんと違うの?あの夜は、お妃さんがお帰りになるなり部屋にこもられて、大変やったわ。物を投げるわ、壁を打ち付けるわ。何がそんなにお気に召さないんやろうって。いつもは誘われてもご一緒なんかしはらないのに」

后の宮さんは、あの時からもう何を言っても無理やと思われたんやて。それにお妃さんの心を一番わかってあらしゃるのは后の宮さんや。同情されたんではないかとな」

同情?」

女官達は一斉に古株の典侍の方を向いた。

同情って・・・あの東宮妃さんにどうしたらそんな感情抱けるのや」

そうや。「紀宮」(きのみや)様のようにいつもお気張りになって、お勤めをしっかり果たしている方ならともかく

それがなあ。やっぱり后の宮さんと東宮妃さんは似たもの同士やということ。今でこそ后の宮さんは歴史に残る皇后さんであらしゃるけれども、うちのたあさまやおばあさま達から見れば、今の東宮妃さんと何も変わらへんということになるのや」

それは・・・聞いたことあります。うちのおもうさんもあたあさんも、帝にはいい感情をお持ちではあらへん。宮仕えするいうたら反対されました」

そうやろ。国民の多くは后の宮さんの美しさや御召し物の素晴らしさに惑わされてすっかり手の内にはまったけれど、本当は何でもご自分が一番やないと気が済まないお人や。それに背の君を操ろういうお心が見え見えや。それに騙される帝も東宮さんも情けないけどな。あの手の人から見たら一番嫌いなんは「紀宮」(きのみや)様や」

どうしてやの?「紀宮」(きのみや)さんはどこまでも控えめで・・・」

その控えめの「紀宮」(きのみや)さんが、40でまさかのご懐妊や。うちとこのお妃さんも、それから后の宮もそれは万に一つも思し召しになったことがない事やったんや」

女官達は、ちょっと黙り込んでしまった。

特に若い女官はさいしょはさっぱりわからないという風に聞いていらけれど、次第に話がおどろおどろしくなるにつれて、息を飲む程に緊張してきたのだ。

風は涼しいのに、額に汗する者すらいた。

「紀宮」(きのみや)さんは前置胎盤にも関わらず、しっかりと公務をこなし、整理をつけてから入院しはった。それが、たまたま、たまたまや、東宮さん達が異国へご出立される日と同じやったやろ」

そうです。まあ、週刊誌には酷いこと書かれはって・・・やれ、病気療養中で静養に行かれるお妃さんに全然気を遣ってないとか、あてつけやないかとか。本当に思い出すだけでも心が凍る」

あれは「紀宮」(きのみや)さんだけやなく、この国の懐妊してはる方全ての人への侮辱や思う」

みんな同様に頷いた。

そら、この世界には望んでも懐妊出来ない人もいる。だからって人さまの家人を喜べん人がいるやなんてひどいと思う」

お妃さんの考えは、ご自分が嫌だから他人が自分に合わせるべきやとのこと。それで国母になれるんやろか思う。今回のご静養だって全て国民の税金を使ってのことや。それを・・・あんな・・・弾ける笑顔やなんて」

この女官は、かの国へ到着し最初に報じられた東宮妃の表情が、いつもは絶対に見せない程嬉しそうな、いかにも勝利したというような笑顔だった事にショックを受けていた。

しかも女一宮まで突然笑いだして、その異様な光景がまたマスコミによって「素晴らしい」のオンパレードになってしまったが為に、まともな心を持っている者ならなお一層傷ついてしまったのだった。

そう思うやろ?后の宮さんはご自分が少しでも悪く書かれたり報道されたりするとすぐに役所を通じて抗議文を出されます。ある時は倒れたりなさる。后の宮さまはそういう所はぬかりないのや。けどな、「紀宮」(きのみや)さんがいくら悪く書かれても庇うことはないのや。東宮妃さんを庇うことはあっても「紀宮」(きのみや)さんを庇うことはないのや。后の宮さんからすれば「紀宮」(きのみや)さんは完璧すぎてお嫌いさんなのやろ」

新しいお茶が足される。

なにせ東宮御所は閑散として、風が吹き抜けている状況なのだ。

「紀宮」(きのみや)の入院と東宮一家の出発日が重なった時は、東宮妃は荒れまくり、「嫌がらせをする気なの?何の為に?何様?」と叫んで大暴れした。慌てて医師が呼ばれ、精神安定剤を処方してもらったのだが、今の東宮妃は何を言われても自分の悪口だと思うし、何をされても嫌がらせだと思うらしく、側仕えとしてはやりきれなかった。

だから、無事に出発した時はみな、心からほっとしたのだった。

とはいえ、出発ロビーでの女一宮の礼儀をわきまえない態度や、「弾ける笑顔」を見るにつけ、相手国の身になって考えると喜んでもいられなかった。

 

一緒についていった人達は何してはるんでしょうね」

それが、相当お暇さんらしいわ。侍従も女官もあちらの宿に足止めされて、することないから毎日泳いではるって。女一宮さんはコンクリート卿のお家でお過ごしになることが多いらしいし。そうそう、お泊りになったお城でどんちゃん騒ぎしてな、次の朝、女王陛下から誘われていたお遊びを無断でキャンセルしはったって。気まぐれに動物園行ったり、植物園行ったり・・・確か動物園では職員がバーベキューの用意をして待ってたらしいけど、見事に無視されてトイレ借りてお帰りになったって」

いやあ・・・もう聞きとうないわ。うち、ご一緒せんでよかった」

若い女官が顔を手で覆いながら叫ぶように言った。

そうや。だからうちらはこうやって一時の安らぎを満喫すればええのや」

みな、平和な笑顔になってクッキーやビスケットなどを心行くまで楽しんだのだった。

 

 

 

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新章 天皇の母 19

2020-04-29 07:00:00 | 新章 天皇の母

大姫が異国へ出発した日。

それを見送りつつ、「紀宮」(きのみや)は思わず泣きそうになった。

どうして涙があふれてくるのだろう。

それはホルモンの問題ですわ」とお局は冷淡に言ったけど、内心は心配してくれている。

それで」お局は「紀宮」(きのみや)に優しいジャスミンティを出しながら訪ねた。

后の宮様は何と」

「紀宮」(きのみや)はつとめてゆっくり香りを楽しみ、それから少し飲んだ。

顔色が変わられて・・・言葉を失っておられたわ

あの時の后の宮の顔を思い出すと「紀宮」(きのみや)自身、心が痛くなる。

そういえば后の宮も流産の経験がおありだった。

それが思い出されたのか、急に白い顔がさらに青白くなり、歳をとったような感じがした。思わず、「紀宮」(きのみや)は

后の宮様、どうかしっかり遊ばして」と女官を呼んで白湯を運ばせた程。

白湯を飲んでようやく落ち着いたのか「これではあべこべね」と后の宮は笑った。

それで今後はどうするのですか

8月下旬に入院いたします。出産可能な日が来ましたら帝王切開になるかと」

帝王切開。でもそれまで母体は大丈夫なのですか」

はい。きっと

優しく微笑む「紀宮」(きのみや)を后の宮は半ば呆れたように見つめた。

よくまあ・・そんな大層なことを軽くおっしゃるものね。「紀宮」(きのみや)、あなたは本当にお気が強いこと

申し訳ありません

謝る必要はありませんよ。私も言い過ぎました」

后の宮は我に返ったように表情を戻し、ため息をついた。

ここまで来たらもうどうしようもないとは思うけど、しっかりと療養して無事に出産に臨みなさい」

・・・・・お局はお茶を入れ替えていたが「相変わらずですね」と突き放すように言った。

お局

やんわり「紀宮」(きのみや)は注意したが、お局は構わなかった。

お妃さまが言えない事を申し上げますわ。后の宮さまのお心には「それみたことか」という思いがありますわよ。素直に女一宮様を後継ぎにすればよいものを、こんな大騒ぎをしてまた内親王が生まれたら、また東宮さんの所からバッシングされますよって

そう・・かも」

そうでなくても、マスコミはもう気づいて色々週刊誌に書いておりますよ。本当に無礼千万。「紀宮」(きのみや)様を何と心得ているのか。どうして宮内庁は反論しないのか不思議です」

お局の胸の中には、巷でみかける週刊誌のむごい見出しが思い出さされ、目が痛くなった。

・「紀宮」(きのみや)様は東宮妃への配慮が足りない

・本当に病気療養中の東宮妃。妊娠は病気ではないのに過剰にしすぎでは

・東宮妃へのあてつけ懐妊に東宮妃様が傷つかれ・・・・

・東宮妃様は異国へ行ったら戻ってこないかも

いくら週刊誌の見出しを見せない様にしても新聞にでかでかと載ってしまうし。二宮も「紀宮」(きのみや)もさらりと流してしまうが、それを目にしている大姫や中姫の気持ちを考えると暗澹たる思いになる。

私達は何を言われても黙っていることにしたの。わかってくれる人がいる限り。いえ、たとえ全ての人がわかってくれなくても今は黙っているわ

でもそれでは姫宮様達が」

そうね・・・」

「紀宮」(きのみや)は表情を曇らせた。

あの子達の将来を思うと、本当に胸が痛い。とはいえ、私達は世情に疎く、策をめぐらせることが出来ない。だから黙っている以外に何も出来ないのよ」

お局は黙ってぽろっと涙を流した。

お局。泣かないで。私まで悲しくなってしまうわ。私がもっと策略家だったらあなた達にひどい思いはさせないわね」

真正直で真面目で明るいの二宮様と「紀宮」(きのみや)様ですわ。私達はそんな策略なんて望んでおりません。ただ・・これから生まれるお子にどんなことが起こるかもしれないと思うと心配で」

皇宮警察が・・・出産の時は警備をつけてくれるそうよ」

まあ。ということはやはり危ない事が起こるやもしれないのですね」

今は考えないわ」

「紀宮」(きのみや)は椅子から立ち上がり、窓の外を見た。

真夏の庭は壁一面に中姫が這わせた朝顔のつるが覆い、それから数々の木立が直射日光を遮ってくれる。

何事もなるようにしかならないわね」

そういってほほ笑んだ「紀宮」(きのみや)の頬は太陽の光を浴びて輝いていた。何と美しく、そして強い方なのだろうとお局は心から思った。

入院する前に、家族写真を撮ろうと思うの。宮様からお許しを頂いたから写真館を手配して頂戴

え・・・写真館で

そうよ。思えば暫く正式な写真を撮っていなかったでしょう。いい機会だと思うの」

かしこまりました」

風が一陣吹いた。「紀宮」(きのみや)の髪をさらっと巡ってまた出て行ったようだ。

守られてる・・・必ず宮様は無事にご出産遊ばされる・・とお局は確信した。

 

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