おざわようこの後遺症と伴走する日々のつぶやき-多剤併用大量処方された向精神薬の山から再生しつつあるひとの視座から-

大学時代の難治性うつ病診断から這い上がり、減薬に取り組み、元気になろうとしつつあるひと(硝子の??30代)のつぶやきです

広いアメリカ、オバマケアよ、どこへゆく-闘病生活を経て考えてみたこと⑥-

2024-05-10 06:47:30 | 日記
日本でのDSMの(導入のされ方とその後の)使われ方を見れば一目瞭然かもしれないが、大多数の日本人はアメリカの医療に憧憬の念を抱いているようである。

では、アメリカの医療制度も世界で最も優れているもののうちのひとつなのであろうか。

どの国でも素晴らしい医師たちはいる。しかし、医療制度はあまりそうではないようである。

アメリカの「医療制度」は(も?)、患者を助けることよりも巨大な医産複合体(病院、医師、大手製薬会社、医療機器メーカー、保険会社)に利益をもたらすように設計されている。

ロビー活動費が最も多いのが、この健康産業の面々で、年間2億4000万ドル以上支出されている。

次が、保険産業で1億6000万ドル、政治的影響力を買うことにかけては優れているエネルギー産業が1億5000万ドルで3番目だというのだから、アメリカにおける健康産業のロビー活動費の規模の大きさには驚くしかないのである。

強力なロビイストの圧力を受けて買収された政治家たちは、消費者であり納税者であるアメリカ国民の大きな負担によって、忠実に医療産業の利益を図っている。

医薬品における「自由市場」は自由とはほど遠いのである。

製薬会社と病院が独占的に容赦なく薬科設定を行っている。

それが、患者の支払う金額と命に関わってくるのである。

そうした医療制度に組み込まれてしまった医師に対する報酬は、医療を必要としない人々に対する過剰医療と、本当に医療を必要としている人に対する過小医療という弊害を招いている。

症状が軽い患者、あるいは実際に存在しない問題に対して、過剰な検査、過剰な診断、過剰な治療が行われている。

しかし、そうすることで、本当に病気にかかっている人たちから、乏しい医療資源を流用しているのである。

また、プライマリケア医は、ごくわずかな報酬しか支払われないため、その数は極めて少なく、1人の患者に数分しかかけられない。
一方、専門医には過剰な報酬が支払われるため、その数は多すぎる上に、不要な検査や不要な処置が行われているようになってしまった。

結果、多くの医者が十分に患者のことを理解せず、目の前の患者から目を背け、自分のコンピューターの画面のなかの検査の数値やスキャンの結果を扱うかとになり、さらには、過剰な治療が、数多くの医療ミスを生むに至った。

なんと、医療ミスはアメリカにおける死因の第3位であり、外来患者に対する医療ミスも加えると、医療そのものが死亡第1位の病気と同じくらいの人を死なせているという、恐ろしく矛盾した結果に辿り着くのである。

過剰な治療費がかかる不十分な医療制度からは、健康保険に入る術がなかった3000万人以上の人々を置き去りにするという状況が生まれた。

オバマケアは、解りやすい2つの目標を掲げていた。

ひとつは、国民全員に医療保険を提供すること、もうひとつは、制度に関わる総コストを上昇させることなくそれを実現することである。

以前は、保険でカバーされていなかった新たな加入者に対する治療費は、過剰治療を減らし、製薬会社や病院から請求される独占価格を下げることによって捻出する。

また、公的医療保険のオプションであるメディア・フォー・オール(65歳以上を対象とした既存の公的医療保険制度であるメディケアを基礎として、連邦政府運営の医療保険を全国民に提供する案)が提供されれば、医療制度は大幅に簡略化かつ合理化され、政府が最適な価格を取り決められることによって、患者や納税者が負担する費用は下がっただろう。

もともとのオバマの提案は、医産複合体によって潰された。

合理的かつ公平、効果的で低コストの制度が、強固で強欲な特殊利益団体すべてを犠牲にして作られる、という、彼ら/彼女らにとっての脅威が在ったからである。

その後、業界の激しいロビー活動によって、残念な妥協を余儀なくされた結果、ずっと複雑でコストがかかる制度が出来上がった。

良い話もある。それは、これまでに保険に加入していなかった2000万人に医療保険が提供され、加入者全員に対する恩恵が拡大し、既往症のある人に公平な治療が行われるようになったことである。

もちろん(?)悪い話もあり、それは、製薬会社や病院が、誰からも異議を唱えられずに法外に 薬価を引き上げ、過剰治療が継続され、保険料や免責金額が上昇し、患者にとっての選択肢が減少していることである。

オバマケアには、最も解りやすい方法で改善できる余地がある。

必要なことは、
「本来制度に存在するはずだがロビイストに妨害されてしまったコスト管理を実施することだけ」
である。

保険制度は、他の制度と比較して有利で透明性の高い、簡素なものでなければならないはずである。

そして、それは、公的医療保険のオプションがあれば実現できていたとも思われる制度である。

医師が十分な時間をかけて、患者のことを知ることが出来、かつ、患者が医療上の意思決定に参加できる環境がなければならないことは、明白であるし、そうすることにより、診察1回あたりの費用は高くなるものの、患者が一生涯にかかる費用はずっと安くなるのである。

医療制度はどの国であれ、企業などの短期的な収益性に基づいて運営されるべきではなく、患者の長きにわたる健康の実現に尽くすものであるべきだ、と、私は思う。

確かに、オバマケアは、現状ままであれば、あまりにも費用がかかりすぎて、長期的にはうまくいかないであろう。

今、アメリカの医療制度が現実に向き合うことは、私のような素人の理想論かもしれないが、医産複合体などの利益を守ることよりも患者を助けることを目的として設計された合理的な制度を作ることを意味するのではないだろうか。

もちろん、過剰医療を正すことは簡単ではないであろう。

今だに、患者にとって害となる、過剰な治療費、過剰な検査、過剰な治療が、医産複合体が持つ強大な経済的・政治的な力によって進められ守られている。

国民が継続的に現状を確認し、ときに怒りの声を上げ、地道に政治を1票から変えるることだけが、治療費の削減と、国民が受けるに値するよりよい治療の実現に繋がる。

それは、日本でも、同じことが言えるのではないだろうか。

ここまで、読んで下さり、ありがとうございます。

今日は、久しぶりに綺麗に晴れてなんだか嬉しいです(*^^*)

洗濯日和ですね( ^_^)

今日も頑張り過ぎず、頑張りたいですね。

では、また、次回。