うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

人は安心しようとする

2016年11月30日 | 日記・エッセイ・コラム

11月も今日で終わり。時間のたつのは早い。

今年はいろいろあって、さっさと終わってほしいとは思っていたが、実際にはまだまだ先が長そうだ。

そして、実は今週はとても長い1週間で、これまた、先が長い。。

 

今年もいろいろなことがあった。

先日も韓国の大統領が退任を示唆したり、先週末にはカストロ前議長が亡くなったりと、世界は休みなく動いている。

これらのことは、この先に起こる、波乱の一因となる可能性がありますよね。。

 

今年の大ニュースといえば、は6月のBrexitと、今月の米大統領選。

どちらも、多くの識者がその予想を大きく外し、世間の人を驚かした、という共通点を持つ。

これらも、この先の色々な波乱を生みそうな感じがする。。

 

予想を外したことについて、後講釈でいろいろな議論がネットをにぎわしている。

なかには、世間の専門家たちが不勉強であったかのような言い方をしている論調もみられる。

そうじゃないだろう、というほどの知識も見識もないが、ただ、一つ頭に思い浮かんだことがある。

それは、人は安心したがる、という、素朴な気持ち。専門家が予想した、EU残留、民主党候補の当選、どちらもより現状に近く、相対的にリスクが小さい選択だ。

専門家がどのような情報をもとに判断をするのかは知らないが、多くの人々の心理には、不安定な情勢の中で、少しでも安心させてくれる情報がほしいと思い、予想を求める。

その答えとしては、波乱よりは安心させてくれる情報のほうが、より好まれる。

もちろん、変化を求めたがっている人もいるだろう。でも、そういう人は、こうなってほしいという強い願望があるのであり、あるいはこうでなければならない、という信念があるのであって、予想などはあまり気にしない。

社会的に、何かの予想を求められている立場の人たちは、そういう無言の要求(安心できる情報が欲しい)と向き合いながら、言葉を紡いでいるんじゃないかな・・。

などと、考えてみました。

 

風邪をひいて、オフィスの空気の乾燥が気になってきたので、前から使っていた加湿器を取り出してきた。

ところが、外見上は問題ないのだが、なぜか使っていると水が漏ってしまう。一時期流行した、ペットボトル加湿器で、結構気に入っていだのだが、あきらめて新しいのを買った。

デスクトップ型というか、そこそこに小さいが携帯式ではない、というタイプ。加熱式なので、より衛生的。タンクは1リットルで、8時間連続加湿できるらしい。

見た目、そんなに湯気が立っているようには見えず、気休め程度の加湿しかしてないようにも思えるが。。

朝タンクをいっぱいにしてボタンを押して、8時間で全部使い切ったら、今日の仕事は終わりということにして、片づけて帰ろうか、と思ってはいます。

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山下公園

2016年11月27日 | まち歩き

・・雪の日あたりから風邪気味になり(何しろ寒かった!)、風邪薬で防戦するも週末にはだいぶきてしまった。。

幸い土曜日中は特に用務もなかったので静養したが、夜予定されていた忘年会は断念せざるを得なかった。翌日にも用事があり、無理はできないと思ったのだ。

熱はそれほどでもないと思うが、時折のどが気持ち悪くなり、咳が出るとちょっとしんどい。

 終日、うつらうつら寝ていたが、けっこう夢でうなされたな。こないだも似たような夢を見たが、なぜかうちに(アル、ココ以外にも)何羽かインコがいて、ああ、この子たちの世話もしなきゃと焦る夢とか。

 明け方見たのは、これまたなぜか(夢ってのはそんなのばかりだが)ロンドンに出張するため、飛行機に乗る。それも、埼玉県のどこかから乗って、成田かどこかでトランジットするということになっている。埼玉を飛び立つと上空から地上の様子が、やたらと良く見えるのだが(ほとんど空中遊泳しているに等しい)、一面の田畑のところどころににょきにょきと高層ビルが立ち並んでいるという風景。まあ、実際イメージ的にはそれに近い情景もありそうだが。。

乗り換えは非常に手間取り、どうも部内の政治的状況がらみの陰謀で、出張は取りやめになりそうだ、という憂鬱な状況に。しかも、(また鳥が出てくる)、留守中アルとココの餌やりを頼みます、と家族に頼んで渋られて、更に憂鬱になり。。

というわけで、(精神的には)すっかりくたびれて目を覚ました。。

ただ、風邪のほうはなんとか抑えられたようで、時折咳が出る以外、外出に差し支えはなさそうだ。

 

今日は横浜で打ち合わせなのだ。

こちらのほうは夢と違って憂鬱な状況になったりはしない。むしろホッとする。

寝てるより、現実世界のほうが余程気が休まるわい。。

 

さて、長くなりましたが、用務終了で街へ。

休日の午後、中華街は大変な賑わい。有志数人で、街を食べ歩いてみました。

 

間もなく雨も降り始めるが、思ったほどは寒くない。

有名な豚饅頭。ちょっと、ボリュームたっぷりでしたね。

さいしょは港の見える丘公園でも、と思っていたが、雨のせいもあり、近くに見えた山下公園に行ってみることに。

氷川丸を係留しているケーブルに、見事にならんだユリカモメたち。

少し船をみてみようということに。

 

船内を見学してみます。

氷川丸は昭和5年に進水した日本郵船の貨客船で、シアトル航路などに使われ、戦後は引き揚げ船としても使われた由。

戦前はもとより、戦後も航空機が海外渡航手段として一般化するのはかなり経ってからでしょうから、そう考えると時代の移り変わりを実感しますね。。

操舵室。くるくる回せるけど、舵は効いていない模様。

観光船を見送る。横須賀の「三笠」とちがい、こちらは係留されている船なので、なんとなく揺れているのがわかる。

というわけでした。

 

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2016年11月25日 | まち歩き

いや~、寒かった。。

ちょっとうっすら降るだけかと思ってたら、けっこう。。

こないだ、地震のあった日は暑いくらいだったのに。

ちょっと、風邪気味。

カメラの設定がおかしくなってて、ぶれた写真がほとんど。

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迷惑メール

2016年11月23日 | デジタル・インターネット

昨日の地震には驚かされた。津波も到来したが、幸い、非常に大きな被害はなかったようだ。朝の緊迫したニュースを聞きながら家を出て、影響で遅れた電車に揺られながら出社した後は、目の前のことに忙殺された。だれも地震のことは語らない。帰りがけ、やはり話したかったのか、会社の子がやってきてひとしきり話したけど。

ついでですから、朝方あちこちの局をザッピングしたときの映像を。

そういえば、「シンゴジラ」で、政府会見が多数のテレビで映し出されている、ビックカメラの店内と思しき場面があり、そのなかで一台だけ、テレビ東京らしき局がアニメを流していた、とネット上で話題になったことがあった。この日の朝、他局が一斉に「すぐ非難を!」「津波、逃げろ!」と、港の映像を背景に放送している中、テレ東だけNYSEからの中継画面になっていて、特派員が株価の話をしていたな。ブレない放送局…。 ただし、テレ東の名誉のために付け加えれば、中継は間もなく終わり、その後はスタジオから地震関係のニュースをやっていた。

あのときは海外でも速報されていて、BBCも6時半(日本時間)のニューストップで報じていた。「あの原発の事故のあったフクシマ・・」と言っていた。CNNでは海外特派員とアンカーが会話していたが、その特派員がどこから中継していたかというと、なんとIstanbul, Turkey からだった。。

なんでやねん、ひょっとしたらCNNはトルコもアジアだから同じようなもんだと思ってんのかいなと、非常に不思議に思っていたのだが。

いましらべたら、Will Ripley さんは2年前に東京に着任した特派員で、日本の現状を積極的に取材している方のようです()。。この時は偶々トルコに出張取材していたのでしょうね。

 

閑話休題。それにしても今年は地震が多い。春には九州で大きな地震が、それも長く続いて大きな被害を出した。ほかに台湾、エクアドル、イタリアでもかなりの被害が出た。気象も例年異常だなどと言っているが、当地では夏には雨が多かったし、昨日はやたら暖かく、明日は雪だと。。

まだ1年を振り返るにははやいが、そういえば今年はやたらとスパムメールが発生した年でもあった。春ごろまではなんてことなかったが、夏にかけてやたらと来るようになった。オフィスと、自分用の二つのアドレスに来る。ほとんどはフィルターされて迷惑メールフォルダに収まるが、時折選別されないものがあるのが厄介だ。自分用アドレスのうち、niftyのものはフィルターがきちんと効くので、キーワードをいくつか設定して受信拒否している。

ocnにもフィルター機能はあるが、どういうわけかこれがうまく機能しない。設定してもすり抜けて受信してしまう。やったものがうまく行かないのは気になるもので、一時期はあれこれ悪戦苦闘していろいろ試したのだがだめだ。一度キーワード「題名:TANUKI」がついていないものは受信拒否、とやってみたら、普通のメールは当然来なくなるが、迷惑メールだけは来てしまったのには笑った。

結果、何をしても来るなら何もしないほうがまし、ということになり、キーワードフィルターは撤去した。ほとんどのものは「迷惑メールフォルダ」に入るのだから、未読メールの数が増えてくるのさえ気にしなければ、実務上問題はない(ただし前述のように、すり抜けがあるので気を遣うが)。

一番上の写真は「迷惑メールフォルダ」にたまったメッセージ。ウィルスは自動で削除されている。

ここにも「佐川急便」というタイトルが見えている。今月中旬にも、Amazonを語るフィッシングメールが一斉に飛んだことがあった。NEXONを語るフィッシングメールは、今週に入ってから多数飛んでいるようだ。

日本語タイトルの場合は注意が必要だが、実はこれらのアドレスは日常来る相手が限られているので、スパムと混同する可能性はまずない。それでも銀行ネットバンク(送信元アドレスも、本物そっくりの)からのメールが来たときはぞっとした(この銀行にネットバンクの設定はしていないが)し、使ってないゲーム会社から「登録アドレス変更のお知らせ」が来たときは、実際にその会社のサポートに通報した。

1日の到来数は、ocnの場合多いときで8~9件あった。全体の傾向として、どういう理屈なのかわからないが、土日は件数が減る。英文メールの多くはビジネスメールを語っているので( 'Documents required' とか、'shipping documets'など)、整合性を図るためだろうか。これが今のような処理法にした9月ごろから最近まで続いていた。

今月中旬ごろから到来メール件数が滞り始め、日によっては来ない日も出るようになった。これを書いている現在、日平均2通くるかこないかというところ。ただし油断はできない。ここ数日でもすり抜けが数件出たし、ウィルスアラート(本文または添付ファイルにウィルスを検出した場合削除し、その旨警告連絡をしてくれる機能)も再三出ている。

今日の迷惑メールの多くは、フィッシングメールとか、標的型スパムというやつなのだろう。単に不快なだけではなく、個人情報搾取とか、実害があるだけに厄介だ。

藤沢周平が街の落書きを見て、「こうしたものは、社会がそのバランスを保とうとしていることの現れなのだろう」などと言っていたが、まあ世の中には現実問題として一定の「悪」が存在するということか。

フィッシング対策協議会:URL

うむ・・軽く書くだけのつもりが、長くなってしまった。

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地震

2016年11月22日 | 社会・経済

1時間ほど前、揺れで目が覚めました。

今は小名浜港に津波が到達したと、テレビが報じています。

心配ですね。どうか皆さまご無事で。

12:51追記; 首都圏では電車が遅れた程度で、またいつもの日常が戻っている。 被災地の方々はさぞ怖い思いをされたことだろう…。阪神大震災の時のような、未明の地震。 目が覚めてすぐラジオをつけたが、アナウンサーによる緊迫した途切れなく続く呼びかけ、港からあわてて沖に向かっていく漁船。 災害を乗り越え、目の前の状況に立ち向かう人々の姿…。
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手入れ

2016年11月19日 | 日記・エッセイ・コラム

金曜日は暖かでいい気候、と思っていたら、土曜日は雨。寒いし、週日はいろいろあった反動か、なんか調子悪くて・・。

掃除とか、家の中にも手入れしないといけないことがたくさんあるのだが、どうもやる気にならなくて昼寝したりしている。「ヨコハマ-」のアルファさんの世界だな、これは。

日中にやればいいものを、夜中まで起きていて寝落ちしたりとか、どうも生活が乱れていて。。

 

金曜日、帰りがけに一念発起して買ってきた透明プラケース。

東日本震災で、CD棚が倒れた際、割れてしまったケースがまだ残っていて、それをいつか何とかしようと思っていた。

あまりひどいものは震災後すぐに直したのだが、先日「浄夜」を聴こうと思ったら、ケースが割れたままだったので。

右側にはこれも先月末に落札したまま、手入れをしていなかった鉄道模型。

ついでにCD棚も整理しないといけないのだが。もう買ってきても置くところがないまま、隙間に詰めたりしているのだ。文庫本もそうだな。

年内には間に合いそうにないかも。

そういえば、「カラマーゾフの兄弟」、電子書籍にただ同然でダウンロードした後、いくら読んでも終わらないと思いながらひっちゃきになって読んでいたが、どうやら2/3くらいまで読み進んだようだ。もともとひどい遅読なもので。。

こっちは年内に何とかなるか。来年は「ああ無情」でも読もうかしら。あれはたしか5分冊くらいで、最終巻の、あとちょっとというところでなぜか止まって読了していないまま、30年たってしまったのだ。。

夜、久しぶりに行ったレストランに掲げられていた鳥さんの絵。

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おくれ

2016年11月18日 | 日記・エッセイ・コラム

おくれ・・

「送レ」とカタカナにすると、そういえば「シンゴジラ」で自衛隊員さんが、盛んに通信していましたね。。

「標的が報告と違う、送レ」みたいな。

あれはこの夏のこと。なんか懐かしいですね。

今週は(も)オフィスで小変化があり、いろいろ慌ただしかったりもしました。

まあ、全体的には悪くない方向で、週末をむかえることができたかな。さいきんにしては珍しい。

ただ、いろいろやることが押していて、いろいろなことが少しずつ遅れてきているんですね。

じわじわと、年末が近づいています。。

今年もシステム手帳のカレンダーリフィルを買う季節になりました。

例によってPTMのリフィルを買いに行ったのですが、値札を見て「・・・」。

税込みで2000円近い。こんなに高かったっけ??

リフィルじゃなくて、単体でちょっとした手帳が買えてしまいますよね。上手くすると革装のやつとかも買えそう。

去年いくらで買ったのかな?すっかり忘れていて・・。

と思って机の本立てを見たら、2013年のリフィルを見つけた。1,400円+税(当時は5%だったので、税込み1,470円)でした。

これはイタリア製なので、日本の祭日は別途シールが付属していた。が、それも今年は廃止になったのだそう。

来年は純正品はやめて、もっと安いのにしようか。

 

システム手帳も、使っている人は減っているんだろうな。

会社の子は小さいころ、お父さんの手帳に興味があって、よく遊んでいたのだそう。

処理済みを示すために、上隅にミシン目が切られていて、終わったらちぎるようになっているリフィルが珍しくて、印象に残っている、と話してくれた。

システム手帳は昔ちょっとしたブームになって、オリジナルリフィルのついたムック本とか出ていたんだよ、知らないよね、、と僕。

色々あったが、今週は夜残らないでとっとと帰っている。

だから遅れるっていうのはあるが。

まあ、毎年同じような写真を撮っていますが。

今日は日中も陽ざしが明るくてさわやかだったし、夜もそれほど寒くない。いい気候。

まだ早いんですけどね。6時過ぎ。

人、いっぱいいますね。

この子たちも去年、写真撮ったね。

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季節

2016年11月15日 | 日記・エッセイ・コラム

先週よりは寒さは和らいだが、季節は確実に進んでいる。

毎日駅に向かう道で仰ぎ見ている、欅の木々も色づいてきた。

いつもは机に向かいっぱなしだが、差k実は珍しく日中外出した。

銀杏並木も、いつもより少し早く色づいているように思える。

数年前なら、気候の良いときはよく公園のベンチでランチということもしていたのだが、さいきんはさっぱりだ。

季節はうつろい、また厳しい季節がやってくる。

これから寒くなっていくのを、避けるということはできない(避寒のためどこかに移住というのも現実的ではないし)。

今がこの先しばらくのうちでは一番暖かい、だから今が一番幸せ、などと考える人はいないだろう。

まあ、季節のうつろいだけなら、なんてこともないが、人生全体のなかで、これからまた辛い思いをしなければならんのか、と案じているときが一番嫌だな。

 

スーパームーンは雨で見られなかったが、1日遅れの月もやはり大きい気がする。

 

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ポリーニ ベートーヴェン 後期ピアノソナタ

2016年11月13日 | 音楽

ポリーニのベートーヴェンは先日初めて手を出したのだが、そのときこの後期ソナタを買うかどうか、ちょっと迷った。

ご存じ(の方はご存知)のとおり、この録音はファンの間でセンセーションを巻き起こした(らしい。当時のことは知らない)もので、評論家の間でも賛否両論が飛び交っていたようだ。

そういう話は伝わっていたので、僕もなんとなくこれまで買うのをためらっていたのだ。そういえば、先年亡くなられた有名な評論家の方も、舌鋒鋭く批判しておられたな。。そういう影響を、まったく受けなかったと言えば嘘になる。 まあ、ポリーニに興味が向いた、せっかくの機会なので、聞いて損は無かろうという気持ちで買ってみた。

うちにはこの曲(作品101、106ハンマークラヴィーア、作品109から111)のCDは何枚かある。バックハウスのステレオ録音(これは全集で持っている)と、ブレンデルの90年代の録音のほうだ。

この種の感想を文字であらわす才能は持ち合わせていないが、あえていうならバックハウスは骨太で味があり、ブレンデルはやわらかい中にも芯がある、という感じかしら。

ポリーニは、同じような表現の仕方が思い浮かばない。なんとなく、それまで満足していたデジカメを買いかえたら、画素数が増えてローパスもないからシャープネスも半端ない、目から鱗、という感じかしらね。。

これに慣れてしまうと、ほかの人の演奏がちょっと鈍く感じてしまうのは否定できない。 特にブレンデルは、改めて聞くとあれ、と思ったりもした。

しかし流石に、バックハウスは強いですね。。ウェブではテンポが揺れるとか、年齢による衰えとか、録音がどうの、という批判も散見されるが、それはそうだとしてもやはり聞くとホッとするものを感じる。もともと耳がこの曲はこういうものとして、」慣れている、というせいもあるが。。

ワルトシュタインは、ポリーニ2度目の録音(’97年)です。旧録音は知らないのですが、ウェブでの評によると、キレに加えてコクも増してきた、のだそうです。

バックハウスはステレオのスタジオ録音と、最後の演奏会(’69年6月)を持っていますが、個人的かつ今のところ、バックハウスに軍配を上げます。

作品101は、「愉悦的な中にも、内に秘めた苦しみに耐えて前進しようとするベートーヴェンの姿云々」、という解説を読んだことがある。生涯結婚しなかった彼が、友情で結ばれ続けた弟子(ドロテア夫人)にささげた曲だとか。

次の「ハンマークラヴィーア」には、そういう内面的な深みを示唆するような表現はあまり聞かないが、こういう曲などはたしかにテクニックよりも、なにか人生の深みを伝える様なサムシングが必要なのかもしれないですね。。ただ、それをあからさまに求めるのはどうかと思いますが。

作品109-111は、よりそれが顕著になってきます。なにやら辞世の句を詠んでいるような感じが、聞いていてしてくるんですね。「夢は枯れ野を駆け巡る」みたいな。

生涯を振り返り、あるときは光のさんざめくような愉しい心象、また苦しかったこと、腹立たしかったこと、そして、ここまで来たことへの無念さ、あるいは逆に感謝の念、みたいのが、走馬灯のように次々とめくってくる。人から見たら偏屈者で、度々衝突を繰り返したり、いろいろな目に遭ったりもしたけど(そういうところを自分と重ね合わせたりもするわけです)、これらの曲は、そうしたことを包み込むというか、その一段と上に立って、静かに振り返っているような気がします。もちろん、ただ自分で勝手にそう思っているだけなのですが。

考えてみると、ベートーヴェンがこれを作曲した年齢を、自分はもう通り過ぎてしまったのですね。彼が生涯を終えるのは、作品111を出版してからなお5年あとのことですが、ベートーヴェンは既に自らの人生に対し、ある種達観していたのかなあ、と思ったりもします。

ポリーニはこの曲を、全集の中のもっとも初期、30代そこそこで録音しています。だから余計反発を感じさせたりもしたのでしょうね。とはいえ、若いからこれらの曲の真髄がわからない、という批判はどうかな、とも思います。僕自身30の歳の今頃、夜中にこの曲を聴きながら、心にしみるものを感じてましたからね。

泣いたかどうかは覚えていないけど、子供が驚くほどの感受性を持っているのとおなじように、大人の事情が大人にならないとわからない、ということはたぶん、ないのだと思います。むしろ、あまり年を取ると、感受性が幼児よりも退化してしまうのかもしれない。まあ、たしかに年齢を重ねて、ようやく素直にものが見られるようになったことがあるとか、その辺はいろいろですが。

 

 

 

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経済セミナー2

2016年11月12日 | 社会・経済

ちょうど一月ぶりに経済関連のセミナーに行ってきました。

前回と同じような業種の企業さんの主催ですが、今回はより小規模なもので、聴衆はお得意さんらしき人が多かったようです。ちょっと宣伝臭が強い気もしないではなかったな。。

とはいえ、講師の方はこの世界では著名な方であり、お話も興味深いものでした。

なにしろこの時期ですから、話はどうしたって米新大統領の話になってしまいます。。

内容については前回のような紹介はできませんが、いくつか印象に残ったこと。以前は相関の高かった、株価と円相場の関係はいまや崩れつつあり、代わって米10年債や、資源(原油、金。これらは逆相関)との関わりがつよくなっている、とのことです。

新宿も、都庁近辺になると、それほどクリスマス系の装飾は目立たないですね。

丸の内、銀座界隈が異常なのかな。

西新宿の方は、めったに通らないのでちょっと珍しい。

JR駅付近や、御苑のほうとはだいぶ雰囲気が違う。

だいぶ以前には、友人とこの辺で時折飲んだりしていたのだが、彼ともすっかり疎遠になってしまった。

あれはもう20年ちかくもまえのことで。都庁もそのくらいたつのかな。

時の流れのはやいこと。。

今週はいくつかの本の話と、あとCDの話を書こうと思っていたのだが、そっちのほうはまとまらず、選挙やら、こうしたセミナーやらのほうが先行してしまった。

帰り、都庁の展望台に久しぶりに行こうと思ったが、予想外に長蛇の列。あきらめて退散。

てなわけでした。

 

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冬の始まり

2016年11月11日 | まち歩き

10日から仲通りのイルミネーションが始まった。

折しも、今週は後半に寒波が到来し、この日は本当に寒かった。

まだ木々の葉が緑。

今週は日を追うごとにだんだんとめんたるきはじめて・・。

ここに来るとちょっとホッとする。

金曜日は雨。

気温は木曜ほどではないが、雨のために寒々しい。

この日はちょっと珍しく、パイナップルのハンバーガー。

ハワイアンバーガーの店。ここ、不思議と空気がゆったりしている感じがする。

さて週末は気分一新。

寒いので、帰りに外歩くのも億劫だったが、少し外歩いて気持ちを入れ替えないとと思って。。

街はまた変化していますね。

和光のショーウィンドウ。写真を撮っている人がけっこういて、何かと思ったら。

写真撮っている人、半分以上は外国人旅行者だった。

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魯迅 阿Q正伝 藤野先生

2016年11月10日 | 本と雑誌

駒田信二訳 講談社文芸文庫 

 

本書解説にも書かれているが、魯迅の「故郷」や「藤野先生」などは、国語の教科書(「藤野先生」については日中両国で)に取り上げられることが多いとのことだ。実際僕も、中学3年の時に、「故郷」を教科書で読んだ。そのあと、文庫本で阿Q正伝その他を読んでいる。

中学3年のときの国語の先生は山本先生という、太い黒縁の眼鏡をかけた、やや小柄な方だった。2年まで習っていた北島先生も、親しみの持てる先生だったが、山本先生の授業はなぜか人を引き付けるものがあり、この1年間で習った小説等のことはよく覚えている。「故郷」のほか、森鴎外の「舞姫」もとても好きで、後にこれも文庫で何度も読んだ。

「故郷」は少年にはとっつきやすい小説だ。主人公が少年時代を回想するシーンがあるからだ。

諸事情で実家を手放す手続きをしに戻った彼は、閏土と再会する。母から閏土の名前を聞いた瞬間、彼の心に奇妙な絵がひらめく。

「濃い藍色の空に金色の円い月がかかっている。その下は海辺の砂地で、見渡す限り緑色の西瓜が作ってある。その中で十一、二歳の少年が、首に銀の輪をつけ、手に鋼鉄の叉(さすまた)を握り、一匹のチャー(けもの偏に査)をめがけて力いっぱい突き刺す。だがチャーは身をかわして、彼の股の下から逃げていく・・。」

裕福な家庭に生まれた主人公は、一時雇いの使用人の子供、閏土(るんとう)と知り合う。忙しい新年の手伝いのために、連れてこられたのだ。閏土は農家の子らしく、小鳥を取ったりスイカ畑の番をしたりする話をしてくれる。お坊ちゃん育ちの彼には、初めて聞く、とても刺激的な話だった。

 

かつて紅顔の美少年であった閏土は、今は顔に深いしわを刻み、手は松の木のようにひび割れていた。かつて少年同士、わけ隔てなく語り合っていた記憶が忘れられない彼は、目の前の閏土が「旦那様…」と呼びかけることにショックを受ける。

なんとも言えなない寂寥感と、荒涼とした世界観を感じさせる短編だが、15の少年にもそれは心にしみる佳作に思えた。もちろん今読んでも素晴らしいと思う。

 

魯迅は明治の後半に日本に留学し、はじめは医学を志した。清朝末期の中国社会は疲弊しており、魯迅はいたるところで見る人々の暮らしに心を痛めていたのだろう。最終的には彼はペンをもって社会の改革に取り組もうとするのだが、そうしたなかでこれらの小説は書かれている。

革命の混乱の中で市中引きまわしのうえ処刑されてしまう阿Q、家庭の事情で無理やり引き戻され結婚させられた上、夫と子供を亡くし、精気を失って戻ってきた、かつてはしっかり者だった女中、試験に失敗したインテリ崩れで、酒場で気の利いた風なことを言っては人々の失笑を買っている男・・彼の小説には、誰ひとり幸福なひとは出てこない。。

ときに小賢しかったり、風変りだったり、はなはだしきは気が狂っていたり・・、人々は彼らを嗤い、ののしり、あるいは小突き回す。教育を受けた者たちは、社会の中で孤立し、その知識を生かす場所を得られない。彼らの心は荒み、まれに居場所を得ても満足できずに死んでいく。努力が報いられることもない。目につくのは「運が向いてきた」とか、「運に見放された」というような会話だ。

小説の中で、こうした市井の人たちが描かれるのは、それほど珍しいことではないかもしれない。藤沢周平の「本所しぐれ町物語」などを思い浮かべたりするが、あれはなんというか、作者の登場人物たちへの愛情がもう少しあるような気がする。それと、やはり底辺に社会への信頼感というものが違う。江戸期の庶民は、自分たちの生きる社会や制度に対し、批判的にとらえる様な視点を(あまり)持っていないのだ。

それこそが魯迅が小説で伝えたかったことなのかもしれない。旧弊な社会や習慣への厳しい視線、それが読む人に、寒々しく荒んだ風景を思い起こさせる。

魯迅と藤沢周平を比べるのはいかにも奇妙だが、庶民風景として、藤沢周平はどこか遠い時代の、別の世界のことのように思える。魯迅のほうが、(確かに描いている時代は新しいのだが)、現代社会に通じるものがあるような気がする。現実の、現代中国もこれに近い状況があるのかもしれないし(地方の農村で旅行者の女性を無理やり嫁にしてしまう、というのはどこかでルポしていたな)、舞台を日本に変えてもそれほど違和感はないだろう。

阿Qが市中引き回しの上、処刑されるときに思ったであろうとする描写の部分、ここは少年時代に読んだ時も今も、とても印象に残っている。僕にはそれが、まるで報われることのなかった阿Qへの、魯迅の愛情の表現のようにも思える。

「・・すっかり気が遠くなってしまったわけではなく、時にはいらいらしながら、時にはかえって落ち着いていた。彼の意識の中には、人として天地の間に生まれた以上、もともと時には打ち首になることも免れられないものだろう、という思いもあるようだった。」

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まさトラ

2016年11月10日 | 社会・経済


他のこと書くつもりだったのですが・。

先月、年輩の知人とお昼をともにしたとき、大統領選の話題になり、彼は「ああ、アレはもうクリントンで決まりでしょう!」と言い切っていた。そのとき心の中で、こりゃ違うかもな、と一人ごちていたのをおぼえている。例のセクハラ発言リークの前のことだ。

その直後に聞いたセミナーでも専門家は、まずクリントンだが、辛勝ならその後も尾を引くかも、とコメントしていて、まあたいがいそんな所だろう、と安心?していた。

そう、今年彼は、殆どの専門家の予想を裏切り続け、勝ち続けてきた。まるでシンゴジラが鎌倉に再上陸し、丸子橋を渡り、米軍のマッシブ・ペネトレーターにも屈せずに都心に到達したように。

本来他国の選挙など、自分の意見が反映されたりする訳ではないのだが、報道を見ながら、僕もいつの間にかこの人にはなってほしくないなあ、という立場で見ていたことは確かだ。

今年はその筋の専門家の方々を裏切るようなことが、なんどもおきましたよね。

良し悪しに関わらず、それがあらゆる世界の流れなんでしょうね。

自分の身の回りでも、そういう傾向は日々体感しています。ほんの少し前までは、そんなことはあってはならないと思い、次いでそういうことについていけないのは自分が悪いのでは、と思ったりもしましたが。。

でも、あれですね。これは「いまどきの若いもんは・・」の変形なのかもしれない。

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「嵐が丘」

2016年11月06日 | 本と雑誌

エミリー・ブロンテ 川島弘美訳 岩波文庫

読み始めたのは夏の初めごろだった気がしたが・・途中大きな中断を経て、ようやく読み終えた。

ほかにもいろいろ並行して読んでいたのですが、ちょっと時間がかかりすぎました。残念ながら、僕には「ページを繰るのももどかしい」という感じではなかったのです・。

以前から一度読んでみたいという気持ちはありました。

僕は15,6年前にNHk BSでやっていた「世界 わが心の旅」で、荒涼たる海辺の湿原の風景を背景に、この本が紹介されていた、ような記憶があるのですが、ウェブをちょっと調べてもそれらしい回は見当たらなさそうなので、記憶違いなのかもしれません。

ただ、心の中にはその時見た風景-灰色の空と、黒っぽい岩や枯草、やむことのない強い海風、みたいな風景が、目をつぶると浮かんでくるのですけどね。

決して心愉しい環境ではない、けれど、人というのは心のどこかに、こうした荒涼たる風景を宿しているのではないかという気がします。僕自身、ロックウッドのように、煩わしい喧騒から逃れて、しばらくこのような土地に身を置いてみたい、という気持ちも、少しだけ想ったりもします。。

時代設定は1801年、とされています。ということは、海の向こうではベートーヴェンが耳の疾患に苦しんでいた時期ということになりますね。

ベートーヴェンも、音楽に心を奪われながら、周囲の人たちとはかなりやりあったような評伝が伝わっています。ヒースクリフにとってのキャサリンが、ベートーヴェンの音楽だったのかもしれません。

。。我ながら奇妙な「嵐が丘」評になってしまった。

 

 

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まとめて

2016年11月05日 | 日記・エッセイ・コラム

またちょっと間が空いてしまいました。

非常に忙しいわけではないのですが。

ので、今回はごった煮です。

 

アルが換羽疲れで体重が減り、体調を心配し始めたのは半月ほど前のこと。

今は黒ぽっちりももどり、すっかり元気に。

しかし、体重もまた元に戻ってしまった。

これはだめでしょう。。

本人はこのほうが調子がいいらしくて、大声で鳴き交わし、外に出すとぶんぶん飛び回ります。

ココちゃんんもときどきたしなみ程度に飛ぶのだけど、この子は明らかに飛び方が下手になっており、部屋の隙間とかに落ちてしまう。危険なので気を抜けない。

体重は測り損ねた。

ペットヒーターを付け、ビニールカバーをかけているが、日中の室温は20度台の前半ぐらいらしい。もっとも、日によっては30度近くになっているかもしれないな。

スタバのマスターさんのピーナツバター作品① スマイルちゃん。

その②。 週末なのでちょっと楽しい気分ということで、舌を出しているそうです。。

が、この日はちょうど、三笠宮様の葬儀(剣葬の儀)とのことで、オフィス街では半旗が掲げられていました。

昼過ぎ、晴れてはいたが風が強くなり、管理の人がちょっと心配顔に旗を見ています。

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