団塊シニアのひとりごと

定年退職して14年目になりました、定年後の生活で
日々感じたことを伝えたいと思ってます。

義理の家族で一番つきあいにくい人は?

2024-05-25 05:31:28 | シニア女性の悩み

婦人公論の特集「義理の家族は悩ましい」のなかで義理の家族で

一番付き合いにくい人は?という読者アンケートがあった、トッ

プ3は「姑」「舅」「義理のきょうだい」

 

たとえば姑の事例だと自分の旦那が浮気したとき「そんなの虫に

刺されたと思って早く忘れな」といわれたがその姑は自分のこと

となると舅の50年前の浮気をことあるごとにネチネチと話す

(51歳会社員)

 

また義理の姉の事例では夕方外出先から帰宅したら施錠したはず

の家に灯りがついていて家に入ると子供を連れて侵入して「餅が

あったから焼いて食べたよ、それにしてもろくなものがないね!」

と言われたこと、戸板をはずして入ったらしい。(57歳主婦)

 

二つの事例であるが、ほどよい距離を保ちたくても相手次第とい

うところが難しい、事例のなかで夫のことには触れてないが、夫

の理解と協力がないと乗り切れないケースがあるような気がする。

 


親の年金をあてにする子供たち

2024-05-24 05:31:50 | 老後の生き方

子供が親を追い越して当たり前、結婚するまでは親が面倒を見る、

いずれ子供は親元を離れ、自立する、正社員になるのが当たり前

というのが私たち団塊の世代の常識であった。

 

しかし現実はどうだろうか?親の収入を上回ってる団塊ジュニア

は2割程度しかいないと言われてる、確かに非正規が4割を占め

る時代であればやむを得ないのかもしれない、それよりも働かな

いで親のお金で暮らす子供達、人間関係を作る努力をしなくても

何とか暮らすことができる、いわゆるひきこもりの人間が増えて

るという現実。

 

先日終末期医療に関するTVの報道番組で延命治療について医師の

ショッキングな実態についての発言があった、本人が延命治療を

希望しなくても子供が許さない、「なんとしても生きて欲しい」

それはあくまでも経済的な問題だという。

 

親の年金で一家が暮らしてて親が亡くなった場合配偶者がいれば

遺族年金が出るが、もしいなければ収入が途絶える、だから延命

治療をしないとクレームが出る、生きてる限り高額医療費を使え

ば実費は知れてる、残額は家族が生活費に使えるわけだ、なんと

もやりきれない話だけど、これが現実、だから親が亡くなっても

届けず年金を受給してるケースが後を絶たないのかもしれない。

 

 


高齢世帯の平均貯蓄額の実態は

2024-05-23 05:27:36 | 老後の生き方

現在高齢者の人口は3623万人、就業数は912万人、就業率

25.1%と過去最高の就業率である、年々働く高齢者が増えて

るのが実態である。

 

そして高齢世帯の平均貯蓄額は約2000万円、一方3割の世帯

が貯蓄額0である、中央値(貯蓄額の低い世帯から高い世帯へ順

番に並べたときに丁度中央に位置する世帯の値)を調べてみると

1100万円であった。

 

貯蓄は現在高い貯蓄額の高い世帯によって引き上げられる、ひと

握りの富裕層が全体の数字をおしあげている、だから信憑性があ

るのは平均よりも中央値と言えるが実態はもっと低いのではと思

う、世帯の収入分布や貯蓄は不平等であり、パレードの法則(8

0対20の法則で全体の20%の人が80%のお金を持っている

ということ)に従っている、貧富の差の拡大、格差社会と叫ばれ

る今日この頃、このままだと金持ちはますます金持ち貧乏人はま

すます貧乏人になりやすいといえる。


ウマが合う人合わない人

2024-05-22 05:24:17 | 老後の生き方

好感のもてる人、どうも好感のもてない人、私たちは、そうい

う好き嫌いの尺度で判断することがある、それがいいことか悪

いことかといえば悪いことかもしれない、それでもそういう尺

度で人を見るのが人情というもの、この好き嫌い、誰の経験の

なかにもあるもの、私たちはこの直感的判断によって左右され

る。

 

この感覚はどんなふうに形成されるのだろうか、きっと容貌だ

けでなく、その人が発散させている雰囲気から判断すると思う、

だから第一印象がよく好感が持てれば打ち解けるのが早いし、

そうでなければ遠ざかる。

 

この好き嫌いを克服するには、やはり話しあうことで変化する

場合がある、実際苦手だと思った人が話し合うことで友人にな

ることがある、趣味でもない、かといっても価値観というほど

でもない、利害関係がからまないでウマが合う人、不思議と一

緒にいるとほっとする人、同性異性に限らず必ずいるものだ、

だから幾つになっても人との出会いは大切にしたいものだ。

 


認知症だった両親について思うこと

2024-05-21 05:31:01 | 老後の生き方

私の両親はふたりとも認知症だった、13年前に亡くなった父は

幻覚、妄想がでるレビー小体型認知症、4年前になくなった母

アルツハイマーとレビー小体型認知症、両親とも共通してるの

初期の兆候として新聞を読まなくなり、趣味や好きなTV番組に関

を示さなくなったことである。

 

母は父の認知症で苦労しただけに認知症だけにはなりたくないと

いう気持ちは強く、父の死後、脳トレ有酸素運動を積極的にやっ

てたが加齢には勝てず、94才のときにとうとうその時がやって

きた、「昨夜泥棒が入った」「〇〇さんがきて泊まっていった」

電話で意味不明なことを言い出した、明らかにおかしいと感じ一

人暮らしの母のもとに行きケアマネジャーに連絡、なんとか施設

に入居することになった。

 

正直、息子として変わり果てた親の姿にうろたえた、怒ったり、

いらだったり、実際上手に励ましたり行動させたりということは

家族だからこそ抵抗があることを実感したものだ、晩年に認知症

になった両親、弱くなっていく情けない自分との不安と葛藤のな

かで最期はどんな思いでいたのだろうか?息子としてその思いを

いまだにひきずってる自分がいる。