思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

違憲の判決が出た法律をつくり、騙しや暴力で強制避妊手術を強要した政府は、320万円の一時金でOK!? 菅官房長官談

2019-05-29 | 社会批評




  昨日、
優生保護法  https://blog.goo.ne.jp/shirakabatakesen/e/f1af35e402427302da4a10185d8e5fc3  は、憲法違反であるとの判決が仙台地裁で出ましたが、

菅官房長官は、20年以上経っているので「賠償責任はない」とした地裁の判断は当然とし、320万円の一時金を支払う救済法が国会で通っているので、それでよい、と話しました。

320万円を払うのだから、問題ない!!??

こういうのを病気というのですよ。これで怒らない国民なら、政府の奴隷でしかありません。まったく逆立ちした国=ニッポン。

まさに或る母親が言った通り、「日本死ね!」としか言うほかありません。

 

 

武田康弘(元参議院行政監視委員会調査室・客員調査員=「日本国憲法の哲学的土台」他を国会職員に講義)

 

 

 

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布川事件、警察のうそと検察の証拠隠しを、東京地裁が「違法」として批判。7600万円の賠償判決。

2019-05-28 | 社会批評

もう記憶できないほどの冤罪事件の数々。
警察官の嘘の証言や証拠のでっち上げは、あとをたちませんし、検察庁の独裁国にしかない長期抑留や証拠隠滅は、国連から繰り返し批判されても改まりません。
日本の警察と検察のもつ「悪」-どうしようもない体質は、組織と人事の抜本的は改革(革命にも等しいような)を行わない限り永遠に続いてしまうでしょう。
日本を人権思想に基づく民主制(政)の国にする努力をしないといけません。


武田康弘(元参議員行政監視委員会調査室・客員調査員)


 

以下は、今朝の東京新聞(2019年5月28日)です。

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元号制度は違憲の裁判ー日本をガラパゴスにしてはいけない。全面的に賛同します。(「東京新聞」の特集)

2019-05-27 | 社会批評

わたしは、3月下旬より、明治政府が天皇教を浸透させる柱として作った一世一元の元号制度の恐ろしさ=詐術を繰り返し書いてきましたが、
この度、松本市の弁護士・山根二郎さん(82)らが、「元号制度は違憲」の裁判を起こしたことが「東京新聞」に紹介されていました。31日に東京地検で第一回の口頭弁論が開かれます。わたしは、全面的に賛同します。

 

 

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ノット・東響の定期演奏会・感想ーショスタコーヴィチ交響曲5番「革命」は、明確なイデーをもつ超がつく名演奏。2019.5.25

2019-05-26 | 芸術

 痺れた、全身が痺れた。

 めくるめくような感動に目頭が熱くなった。

 昨日のジョナサン・ノットのショスタコーヴィチ交響曲5番「革命」は、曲のイデー・意味を深く了解させる空前の名演奏で、心底感心し、精神的な興奮が冷めず、今朝は早朝に目覚めてしまった。東響の能力もまた見事。弦には清涼感や透明感があり、コンサートマスターの水谷さんの音の美しさと表現力には心打たれた。木管も見事だし、金管も健闘していた。

 

 一曲目のブリテン渾身の力作であるヴァイオリン協奏曲も適任の大物ダニエル・ホープをソリストに充実の名演だったが、ショスタコーヴィチと並べて演奏されると、作曲家としての次元の違いが際立ってしまう。ブリテンに限らず英国の作曲家は、どうしても「経験論」の世界でcommon sense(常識・良識)の精神風土にあるために、創造者としては限界があることが明瞭になる。一夜のプログラムとしてのまとまりとしては、同じショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲1番の方がよいはずだが、異なる世界を見せるにはノットの選曲でよいのだろう(とても優れた演奏家や指揮者を排出する英国だが、作曲家=創造者はあまり出ない)。

 

 交響曲5番「革命」は、スターリン主義の官僚独裁政府から批判を浴びていたショスタコーヴィチが放った「社会主義リアリズム」に則った交響曲で、当局からも歓迎され、彼は自身の危機を救ったが、しかし、それは騙しであり、この曲には巧妙に隠された意図があって、メトロノームの速度変更に伴う楽曲の読みにより、表層的な浅薄さとは全く異なる世界を持つ。

 

 従来の西側諸国の有名な指揮者とオケによる演奏は、無邪気なハリウッド映画の交響曲バージョンのような演奏で、かつて名演と呼ばれたものは全てそう。ソ連から生まれた洗練されないドラマとしての交響曲。

 それがスターリン死後の彼自身の言葉や1979年のソ連の音楽家ソロモンによる「証言」(その真偽については多くの論争がある)を踏まえた後では、この曲が20世紀の最高の作品(少なくともその一つ)であることを示す名演奏も現れはじめた。

 

 ショスタコーヴィチと深く親交があり、多くの初演を手掛けたムラヴィンスキーは、彼が育てた手兵のレニングラードフィル(当時は世界最高の能力をもつスーパーオケ)と共にこの曲の決定盤と言われる鋼のような強靭な名演を残してしるが、それは、従来の解釈通りの演奏で、演奏が見事な分、内容空疎で退屈な部分もあちこちに散見する。1973年の東京公演でも従来通りの解釈(ムラヴィンスキーの演奏はすべて「証言」前の演奏なので致し方ないが、作曲者と親しかったので期待してしまう)。
  
 ところが、1990年にシュスタコーヴィチの息子マキシム・ショスタコーヴィチがロンドン交響楽団と入れたCDでは、とりわけ問題視された終曲(4楽章)が引きづるような重いテンポで、異様なほどの深い感銘を与える演奏になっている。また、1999年の高齢のクルト・ザンデルリンクによるアムステルダム(ロイヤル)コンセルトヘボーとのライブも従来とはまるで異なる遅いテンポの見事な演奏。1楽章から全曲を通して、さすがの名指揮者に感動する。彼は、若い時にはムラヴィンスキーの元で研鑽を積んだ人で、作曲家との交流をもつ。

 ただし、最近でも従来の演奏を踏襲したような演奏が多く、例えば、高評価を受けた小澤征爾・サイトウキネンでは、イデー・意味の希薄な音響美の音楽になっている。

 

 さて、いよいよ昨日の演奏だが、1楽章冒頭から意味に満ちた内容の濃い見事な音楽が鳴る。ノットの曲のつかみは、かつてない明瞭さで、Shostakovichが楽曲に込めた思いを透視して目前に提示するかのごとく。しかも深い共感と愛がある。身体的かつ知的な興奮を誘い、グングンと惹かれる。2楽章も3楽章もみな、内容が濃くて、豊かで強いイデーが立ち現れる。おわってほしくない、という気持ちになる。終曲は遅いテンポで深く沈む込むよう、もの凄い迫力だが、一つも浮いたとことはなく、ムラヴィンスキーにあった平板な個所もない。この曲が、どれほどのものかが痛いほど分かる。20世紀世紀最高の名曲(少なくともその一つ)であることがヒシヒシと実感される。全編にみなぎる寂しさや哀しさは、20世紀の抒情性そのものだし、それは今日も同じ。カタルシスにより浄化され、痺れに痺れた。ただ感動あるのみ。



写真は、演奏会終了後、興奮冷めやらぬ私(撮影は西山裕天君)
サントリーホール


 

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昔の指揮者  思い出すままに。

2019-05-19 | 芸術

昔の指揮者、ちょっと思い出すままに~~~

 

クレンペラーは、悠然 雄大 磐石。  まるで自然物のよう。山脈であり海である。

対照的なカラヤンは、流麗。スポーツカーのよう。人工物であるゆえの分かりよさ。好きではない。

 

ムラヴィンスキーは、鋼、強靭そのもの。完璧。

クリュイタンスは、お洒落、洗練された美。粋。パリ。 ラヴェルとベルリオーズは最高。1964年の来日のライブの「幻想」は凄い。

 

 ミンシュは、豪快。細部に拘らない。

 

ベームは、優秀な職人。

 

ケンペは、内側からの音楽で、誠実。

 

ヨッフムは、自由で豪快。 モーツァルトとブルックナーは見事。

バーンスタインは、情熱的な天才。人のよいアメリカ人。デフォルメのマーラーは面白い。

 

ショルティは、ビシ、バシで、合理的。

 

レイボヴィッツは、鋭く大胆、作曲家の視点で描き、魅力的。ベートーヴェン交響曲全集の面白さ。サティ「ソクラテス」は最高!

チェリビダッケは、壮麗・厳粛な宗教儀式、閉口する。

デイビスは、落ち着き、英国的な格調、かつ劇的。ベルリオーズ「レクイエム」(ドレスデンでのライブ)はダントツ。

ヴァントは、緻密、学者。面白くない。

マゼールは、クリスタルのような輝きの音楽。悪ガキ(笑)

 

プレートルは、自由でエロース豊かな音楽、最期は、愛すべきお爺さん!



最も好きなのは、クレンペラー そして クリュイタンス。

実演を聴いたのは、ムラヴィンスキー(1973年・東京文化会館)で、圧倒されて唖然・呆然。

 

 

 
武田康弘

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西暦=世界暦について。ご存知でしょうか? ユリウス暦をグレゴリオ暦という名称に変えたのはカトリック教会の詐術です。

2019-05-14 | 学芸

 

 ADとは、ラテン語で、アンノドミニ(Anno Domini)の略です。「主(イエス・キリスト)の年に」というキリスト紀元と言う意味ですが、このキリスト紀元という暦は、10世紀ころから欧州で使われはじめ、15世紀以降に一般化したものです。なお、キリストの誕生は紀元前4年ないし5年ころと推定されますから、生誕年とは一致しません。 

 19世紀以降は、キリスト紀元ではなく、世界暦にするために、CE(
Common Era「共通紀元」)に変える動きが広まっています。紀元前は、Before Common Era(BCE)

 もともと、西暦と呼ばれる現在使用されている暦の基本はユリウス暦で、これは、BCE(紀元前)45年にローマ共和国のユリウス・カエサルが制定した「4年に一度閏年(うるうどし)を置く太陽暦」ですから、キリスト教とはまったく関係ありません。

 ただし、1年を365、25日(365日と四分の一日)としていますので、より正確な1年=約365.2422日とはわすかなズレが出ます(1年間で11分強)。それをユリウスによる制定から1600年ほど経った1582年に修正し、400年間に100回の閏年を97回に減らしましたが、この「修正ユリウス暦」を「グレゴリオ暦」とまったく別の名前に変えました。


 
グレゴリオというローマ教皇の名によって誤差修正を行い、ユリウス暦をキリスト教会の暦であるかのよう見せるために名称を変えたのです。ユリウス暦はキリスト教とは無関係(キリスト生誕前)でしたが、ユリウス暦の修正とは言わずに、グレゴリオ暦という異なる名称にしたのは、ローマカトリック教会の詐術なのです。そういう事情で、現在の暦はグレゴリオ暦と呼ばれているのです。


 
なお、1年を12カ月に分けて365日とする太陽暦(一カ月を30日として最後の5日間は特別の祝日とした)は、BCE(紀元前)4000年以上の昔からエジプトで用いられていたもので、エジプト暦と呼ばれています。



 火星2018年1月28日
 白樺教育館21㎝反射望遠鏡で武田撮影


武田康弘

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小学校で「「令和の時代」に向けての作文を書かせる授業がはじまりました。

2019-05-10 | 教育

 

 

 小学校で「新しい令和の時代」に向けて作文を書かせる授業がはじまりました。天皇教の刷り込み教育の開始です。
  
 小学高学年のクラスでは、「令和」時代の希望を書く宿題が出て、出された子は、「平成も令和も何も変わらないし・・・」と困惑顔です。平成時代とか令和時代という時代があると言うのは、なんとも奇妙な話です。
 

 また、小学生も皇族の人にはみな「さま」をつけて呼ぶようになっています。同じ子どもでも、皇族と自分たちは違う、というイデオロギーの刷り込みが行われています。 

 天皇一代につき一つの元号という明治維新がつくった天皇教は、その象徴である元号強く意識させることで、あっという間に広がります。戦前思想(天皇は特別な存在で他の国民とは異なる)に逆もどりです。明治がつくった天皇教は日本の伝統などではまるでなく、近代市民社会の常識とも著しく異なります。

 

 なんという国なのか! 無宗教どころか、国民みなが無自覚のうちに天皇教徒とされ、疑問を挟む余地すらありません。マスコミは異論をもつ者を完全に排除しています。日本にだけしか通用しない国家宗教ですが、大多数はそれに何も思わずに従います。

 

 わたしは、ソクラテス・ブッダ・老子の実存思想につくフィロソファー(恋知者)なので、天皇教には組しない人間ですが、どうも非国民と認定されるようです(笑・呆・憤)。精神的に自立した個人こそほんらい歓迎されなければならないはずです。同じ色に染まらなければいけないというのでは、個人も組織も国も豊かなエロースを持てず、頑なで小さく固まるだけです。


武田康弘

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どこへも行かずに天下を知る ・ 為さずして成す。  老子47章

2019-05-06 | 学芸

どこにも行かずに、世のありようを知る。

窓の外をうかがわずに、天道を知る。

遠くへ行けば行くほど、知ることは少なくなる。

だから、聖人は、どこにも行かないで知り、見ずして明らかであり、為さずして成す。

(老子47章)



武田康弘

 

 

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日本人も自分を生きましょう! 永遠に天皇教=元号教では、哀れで不幸ですよ。

2019-05-06 | 恋知(哲学)

 日本人には、にこやかで開放的な人が少ないです。

 固くて、ツマラナイ表情をして、のびやかさがありません。
 形式的な儀式主義者の集まりで、心の底からのたのしさ、内側から湧き上がる豊かなよろこびの世界を持てません。笑顔は仮面で、元からウソの人生を歩んでいます。
 
勝ち負け、人より優越していることがよろこびという深い愚かさの中に沈んでいるので、みな外面人間です。
 自分としての人生を生きる《精神的自立》を持てません。エリートとされる人ほどそうです。他者承認を追い求めるだけの日々です。
 
哀しく不幸な人生ですが、それに気付かず、本音では、「誇れるものは金と地位」としか思っていません。そうなので、永遠に不幸な人の集まりの日本が続いてしまいます。

 

 明治維新がこしらえた天皇教=元号教に従い浮かれ占脳=染脳されて、おなじ一人の男性を「天皇陛下」(なんと「上皇」とまでが復活!)と呼んで世界で唯一の「元号」を用いて、5月1日からまた新年で、新時代が始まったとワイワイガヤガヤ。世界のどこにも通用しない自閉者の自分をよろこび誇り!?(安倍晋三などの愚かで危険な国体主義者に国民みなが同調?)、ニッポンちゃちゃちゃとはしゃぐしか脳がないようです。

 

 天皇陛下万歳!? 日本にだけ、昭和時代とか平成時代とか令和時代があるという、もう言葉にもならぬほど愚かな時代認識しかもてない国民から脱して、内からあふれる豊かな愛情と理性(綜合的判断能力)をもてる一人の人間として生きる人になろうではありませんか!小さく狭く堅い日本人を脱して、豊かでおおらかで優しく強い一人の人間としての日本人になりたいものです。

 

 まず、なにより、令和=元号を使わない人にならないと、です。


 5月3日

武田康弘

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新しい時代になったのは1986年の【ワープロの出現】です。それは、「我孫子丸刈り強制の撤廃」も可能にしました。

2019-05-04 | 教育

 いま思うと、ほぼ全ての漢字が使えるワープロの出現は、活字の権威=印刷物の権威を相対化させた文化の変革でした。それが日本に新しい時代を到来させたのです。

 

 1985年までは、活字は印刷物が独占し、そこに活字という文字言語の権威巌としてありました。しかし、1986年に出現したJIS第2水準と呼ぶ漢字が使えるワープロの出現で、活字は、ふつうの市民が使えるアイテムになり、印刷物=活字の権威は相対化してしまい、新しい時代=市民文化の時代が生まれたのです。それを更に飛躍させたのは、もちろんインターネットの普及ですが、そこでは形式や権威ではなく、内容が問われることになりました。

 

 以下は、岩波書店からの依頼で書いた「我孫子丸刈り狂想曲」(月刊「世界」1992年8月号)の前文になるようなエピソードで、わたしが運動を起こしたキッカケですが、それを可能にしたのはワープロの出現だったのです。33年前のことで現代史の1ページになっていますが、ここから次々と変革と創造が起きたのですから、いま、それを振り返ることには、現代的→未来的な意味があるはず、と思います。

 

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 我孫子市の「丸刈り強制」に象徴される管理主義教育是正の運動  
エピソード   1986年 NECのワープロ発売により運動が始まった!?

 

  すべての漢字(JIS第2水準)が使えるワープロ=文豪ミニ7E (1FDD、9インチCRT搭載)新発売! という大きな広告が新聞に出ました。時は、1986年5月です。

 わたしは、それまでワープロというものを直に見たことはなく、広告の写真で知っていただけでしたが、「漢字が全部使えるなら、哲学的な用語も含めた文章がつくれる、すごいな!」と思いました。活字で文章がつくれることに感動したのです。

 

  次の日曜日、早速、秋葉原に行き、現物を見ました。何件か周り一番安い店で、ローンを組みました(12万円以上もしましたので現金ではとても買えない)、ついでに6歳になったばかりの息子のために、スーパーマリオというゲーム器も買い、両方を担いで電車に乗り持ち帰りました。

 

 実は、使い方も分からずに買ったこのワープロのおかげで「丸刈り」に象徴される管理教育是正の運動が始まることになったのですが、もちろん、購入時にはそんなことは思いもしませんでした。
 説明書を読みながら、使い方をマスターするために、私の教育思想を書いた文章をキーボードで打ち込む練習をしましたが、だんだん出来るようになった時、突然、ひらめきました。

 
 実は、その1年ほど前(1985年)に、幼稚園児だった息子の弘人が、我孫子駅で丸刈りの中学生たちを見て、「なんで毛がないの?」と聞くので、「中学生になると丸刈りにしないといけないんだよ」と話すと、驚き、引きつったような表情で「ぼくは、イヤだ!」と強く言ったのです。

 更にその2年前の1983年3月からは、教え子の綿貫君が管理教育是正を訴えた作文を書き、白山中学の先生と話し合いをしましたが(中学卒業時から計6回も)、全く聞く耳をもってもらえませんでした。

 

 そこで1985年の秋に、白山中学校に行き、受付で、「わたしは、市内の寿で私塾を開いている者ですが、丸刈り強制などの校則について校長先生とお話しがしたいのです」と言いましたが、「校長は忙しいので無理です」と言われ、「いつでも構いません、お時間の取れる時にお願いしたのですが」と言いましたが、「いつになるか分かりません」と相手にしてもらえませんでした。そうか、名前(肩書)のある人でないと校長と会うことはできないのだな、とその時に悟り、なんとも嫌な気持ちで引き返したのでした。

 

  そこで、ワープロです。そうだ!名簿をつくろう。『我孫子児童教育研究会』の名称で名簿をつくり、そこに名前(肩書)のある人を載せればいいのだ!と、ひらめいたのです。印刷物のように活字で立派な名簿ができる!

 

 学校が「権威」と思う人(地元の元教師の長老や医師や弁護士ら)を並べた名簿をつくり、それをもって行けば、話し合いに応じるはず、と思ったのです。そこでわたしは、友人で肩書をもった6名をワープロで書きだし、それぞれの家に行って事情を説明したところ、みなの承諾が得られたので、『我孫子児童教育研究会・代表会員』という名簿をつくることができたのです。1986年6月、わたしが34才の時でした。

 

 この名簿を持って再び白山中学校を訪ねると、前年とはうって変わり、すぐ校長と話すことができました。ここからは、後に岩波書店から依頼されて書いた「我孫子丸刈り狂想曲」(『世界』1992年8月号)にある通りです。ぜひ、お読みください。 

 以下の写真は、1986年7月4日、拙宅での最初の集まりです。

 



武田康弘


 

 

 

 

 

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いまニュースで、同じ87才の交通事故。バイクの男性を意識不明にさせた女性は逮捕され、暴走して二人を死なせた元官僚は逮捕されない。

2019-05-03 | 社会批評

87才の旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長は、乗用車を暴走させて母娘二人の命を奪いましたが、逮捕されず、退院後に事情を聞かれるだけとのことでしたが、

同じ87才の女性が運転する軽トラックがバイクの少年と接触し、意識不明にさせた事故では、即刻逮捕とのこと。

日本という差別大国は、この事件だけではなく、国家権力側にいる人と、ふつうの庶民とでは、別の法律解釈がなされるのが当たり前になっています。

安倍首相の濃厚な犯罪の疑い(森友・加計)は取り調べすらされませんでしたので、国民主権ではなく官僚政府主権のようです。警察や検察には公平・公正の原則がなく、上位者への忖度だけがあるのでしょう。民主制(政)が崩れています。

武田康弘(元参議院行政監視委員会調査室・客員調査員)

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新しい時代が来た!とのことですが、今日5月1日に何かあったのでしょうか? 世界一不思議な国では「令和」の連呼が狂気のレベルにー令和令和令和100万回?

2019-05-01 | 学芸

北朝鮮のテレビは、ずいぶん控えめと思いました(笑)。

今日の日本のテレビを見れば、超がたくさんつく「令和」の大合唱で口あんぐり、これほど同一の単語が連呼されたのは、間違いなく世界一でしょう。

ヒステリーの極北で、アナウンサーが淡々とそれをやるのですから、冷たいヒステリーです。熱いヒステリーならば燃え尽きますが、冷たいヒステリーは長続きしますので実に恐ろしいです。

それが仰々しい儀式を粛々と進める日本をつくります。思想内容は乏しいのですが、形式がすごいので、嫌だなと思う人も何も言えません。

日本だけ5月1日から新しい時代になったというのですが、いったい何がどうしたというのでしょうか?(笑)

政府とマスコミが持てる力をフル動員して、国民全体の占脳=染脳にあたる、有名人は総動員で、天皇天皇 令和令和。

なんとNHKニュースでは、令和初のヒット、令和初の二塁打、令和初の三塁打、令和初のホームラン、令和初の盗塁・・・・・一覧表をつくり、まだ令和初が出ていないのは〇〇と言っていました。

さすがに温泉場でそれを見ていた人たちは呆れ顔で、白けていましたが、こんな国世界のどこにもないでしょう。日本は世界に例のない集団同調主義の国と言われますが、たしかに怖くなるほどの同調への誘導と圧力です。



武田康弘

 

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新しい時代ー新しい国とは、《共和制の日本》です。【元号天皇制】は、民主政治と背反してしまいます。皇族も含めてみなの幸せをつくりません。

2019-05-01 | 学芸

 一人の人間の老いや死により、時代が変わる国が近代市民社会=主権在民の民主制国家とはとても言えないという常識が通らないのがわが国です。

 

 国民全体が、人為的に「新しい時代」?に投げ込まれ、逃げられません。元号が変わるというのは、別の時代になった事という国家宗教=天皇主義のイデオロギーに巻き込まれてしまいます。

 

 その天皇と呼ぶ人がどのような人間かの問題ではありません。どれほどよい人であろうと、特定の一人の人間の在位期間が終わると時代が変わるというのは、あまりにも不合理で、とても近代社会とは言えないのです。

 

 古代の王は、空間とともに時間も所有し、王が死ねば時代も変わりましたが、その思想が世界で唯一残っているのが日本という国です。

 

 元号で時代を変えられるというのがどれほど恐ろしい思想かを知らずに、唯々諾々とそれに従うのでは、その人は、国の主権者ではなく、国の中の一人になってしまいます。主権者であるわたしやあなたがお金と考えを出しあって国をつくるという民主制社会の原理とはアベコベになります。

 

 一人の人間、たとえどれほどよい人であったとしても、天皇とよぶ人間の老いや死により時代が変わるという思想は、大元から民主主義とは背反します。もう分かりましょう、わが日本人よ。


 皇族とよばれる人も含めて、みなが幸せになるには、共和制へのスムースな移行が必要です。 「私と共和制」-楽しい公共社会を生むためにーをぜひお読みください。人間に生まれによる差別はないのです。



武田康弘

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ゆく時代?来る時代? 元号を変えて、時代が変わる??ビックリの日本という国。

2019-05-01 | 社会批評

 NHKでは、「ゆく時代、来る時代」というテレビ番組で、芸能人やら有名人がみなはしゃいでいました。

 なんともスサマジイ宗教国家だな~~~(笑笑) 天皇教一色ですが、この宗教には中身=内容がありませんので、その時その場の価値観で動きます。

 だから、戦争推進の恐ろしいイデオロギーにもなり、平和主義のシンボルにもなります。世俗の都合や価値に合わせて七変化するのです。

 キリスト教のような一神教は、経典を持ち、世俗の価値を超える思想の原理をもちますので、自己といまある社会の価値意識を相対化することができますが、
 天皇教の場合は、中身がないのでその時々の政権を聖化するアイテムとして作用してしまい、世俗の価値を相対化するのとは逆に、絶対化して強固にする役割をもちます。そのために政治権力者にはとても都合のよいシステムで、長いこと重宝されてきました。

 日本人の多くは、学校の勉強とその延長=「事実学の積み上げとパターン知の習得と丸暗記と情報取得」だけを競い(東大病・東大教)、自分の経験をもとに自分の頭で考えるという人間的な思考力・総合的判断力の鍛錬をしていません。そうなので、中身がなく世俗の価値を追認する天皇教にはとても馴染むのです。自己の実存への問いは封印したまま(無思考)、集団同調で生きることになります。

 技術知とパターン知と情報だけでがあり、「主観性の知としてのフィロソフィー」=実存論はどこにもありません。人間が人間になれないのですが、それをマイナス価値とは自覚しません。

 平成時代とか令和時代というような「時代」などどこにもないのに、まるでそういう時代があるかのようにテレビも新聞も大合唱です。見事なまでの日本国家宗教ですが、怪しむ人は極小です。


武田康弘(恋知者=フィロソファー)

 

 

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