これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

こんなところに

2016年04月28日 23時33分13秒 | エッセイ
 4月は実に忙しかった。
 授業の準備、転学生徒の書類送付、各種調査の回答に加えて、オリンピック・パラリンピック教育の予算申請、新任者の歓迎会の手配などで、7時前に帰れた日は少ない。
 その日もすっかり遅くなってしまったが、ようやく仕事の目途がつき帰ることにした。
 しかし、ポケットを探っても、ロッカーのカギが見つからない。
 机の中だったかしらと引き出しを開けてみたが、それらしきものはない。レターケースにもデスクの上にも、ないないない。
「えーっ、どこにいったんだろう……」
 ロッカーにはカバンが入っている。定期券に財布、家のカギ。大事なものは全部この中だ。これを出さずに帰れるはずもない。
「うーん、困った」
 もう一度、白衣のポケットに手を突っ込む。思った通り、手ごたえはない。パンツのポケット、机、デスクトレーと、心当たりを片っ端から確認したが、ないものはない。
「となると……」
 スペアキーはないので、カギがなければロッカーを破壊するしかない。カギの部分を金づちでパコーンと叩けば、部品が外れて扉が開くだろう。
 だが、一度壊したものは元に戻らない。ただでさえ、お金がなくてピーピーしている学校の備品を破壊するとは何事か。無残な姿と化したロッカーを見て、物品管理の責任者は激怒するに違いない。行動範囲を広げて、もう少し探してみよう。
 ロッカーのカギには、大天使ミカエルのキーホルダーがついている。机のカギも2種類ぶら下がっているから、落とせば音が出るはずだ。気づかぬまま、こつ然と姿を消した大天使。いったいどこに行ったのか。「戻ってきてよ!」と強く念じた。
 ふと、夕方に講演会の準備をしたことを思い出した。機材を出すため、特別教室のカギを同じポケットに入れたのだっけ。
 ひとまず、特別教室に行ってみよう。何かヒントがあるかもしれない。
 キーボックスを開き、特別教室のカギを手に取ろうとしたとき、発信機の「ピッピッ」という音が聞こえたような気がした。
「ん? 怪しい。何かありそう」
 根拠は何もない。いわゆる動物的直感というヤツだ。私はキーボックスのカギを端から順にチェックし、「ピッピッ」の音の出どころに近づこうとした。キーボックスは、整頓されておらずゴチャゴチャだ。ひとつのフックに2つも3つもカギがかかっていて、かかり切らないものがいくつか底に転がっている。かきわけ、かきわけ見ていくと、銀色に輝くミカエルが顔を出した。



 何と、こんなところに私のカギが眠っていたとは。
「あったあった!」
 これで備品を破壊せずに帰ることができる。猪を仕留めた猟師のように、私の心は達成感ではちきれそうになった。
 なぜ、ポケットの中のカギが、キーボックスに移動したのか、真相を探ってみる。
 講演会の準備が終わり、特別教室を施錠するときだった。「僕が閉めておきますよ」と申し出た男性教諭がいたので、ポケットの中のカギを渡した。このとき、ロッカーのカギもまぎれてしまったらしい。同じ場所にあったことが裏目に出たようだ。
 この男性は、異動してきたばかりで、キーボックスの中を見たことがない。ミカエルのカギも特別教室の一部と思い込み、忠実に収納したのである。いわば、自分の不注意から招いた事態であった。
「よしっ、スッキリしたぁ~!」
 すっかり遅くなってしまったが、カギ穴にカギを差し込み、勢いよくロッカーを開ける。カバンを取り出せたときは、涙ぐみそうなくらい嬉しかった。
 キーホルダーはミカエルに限るねっ。


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祝オスカー 「レヴェナント 蘇えりし者」 

2016年04月24日 20時58分21秒 | エッセイ
 たまたま六本木に行く用事ができた。
 ついでに美術館に寄ろうと考えたが、好みの展示がない。ならば映画である。
 あったあった。
 レオ様悲願のオスカー受賞作「レヴェナント 蘇えりし者」が、公開されたばかりだった。



 ネタバレしない程度にストーリーを紹介すると、ときはアメリカ西部開拓時代。レオ様はグラスという役で、白人の狩猟隊の現地ガイドをしている。グラスの隣には、先住民女性との間に生まれた息子、ホークが常に寄り添っていた。
 アメリカ北西部は極寒の地。撮影のため、わざわざマイナス20度の場所をロケ地にしたというこだわりで、春なのにこちらも寒くなってきた。吹雪や寒さと戦いながら、この狩猟隊は毛皮の商いのために狩りを続ける。
 しかし、ある朝、グラスはグリズリーと呼ばれるハイイログマに襲われた。どうにかこうにか倒したが、彼自身も瀕死の重傷を負い、自力で動けなくなった。隊長はグラスを担架のような板に載せ、担いで運ぶように指示を出す。しかし、隊長の目の届かないところで、裏切り者に息子を殺された上、置き去りにされてしまう。
 血まみれのレオ様を見て、ふと「ギャング・オブ・ニューヨーク」で半殺しの目にあった場面を思い出した。かの大作「タイタニック」では死亡、「ロミオ+ジュリエット」でも死亡、「華麗なるギャツビー」でもやっぱり死亡。レオ様、受難率高し。
 クマの爪は恐ろしい。グラスが川で水を飲むシーンでは、口から入った水が切り裂かれた喉から噴き出し「うえっ」と顔をしかめた。
 グラスの心の支えは、息子を殺した男に復讐すること。だが、敵はグリズリーだけではない。オオカミだっているし、凍える吹雪も襲ってくる。先住民の襲撃から逃れ、食べものを求めて、彼は必死に生き延びる。
 現代人は、マッチやライターなしでは火をつけることすらできない。グラスは、火打石のようなものを使って火を起こし、枯れ草に広がったところを石で囲み、慣れた手つきで切り倒した木をくべていく。川に罠をしかけ、魚を捕れば生のままかぶりつく。ときおり「フィッツジェラルドが息子を殺した」と文字に残し、復讐のともしびが吹雪に吹き消されないよう確認しているように見えた。
 自分だけの力で生きていくこと、それはとても難しい。とりわけ、便利さに慣れた現代人には。たくましさに、ちょっと感動した。
 ケチをつけるとすれば、ラストでフィッツジェラルドを追いかけるところだろうか。深い雪の中を、隊長とグラスは2人だけで馬を並べ、走らせていく。
 なぜ、隊長自ら?
 普通、手下にやらせて首を持って来させるのではないか。もし、隊長自身が行くとしても、お付きの隊員を何人も従えると思うのだが。伝記に基づいたとはいえ、設定に無理があると感じた。
 上映時間157分と長かったが、全然退屈しなかった。レオ様の渾身の演技はもちろんのこと、フィッツジェラルド役トム・ハーディの二枚舌を駆使した悪役ぶりが見事である。暗くて絶望的な場面が多い中で、フィッツジェラルドに翻弄される善人・ブリジャーが、先住民の女性にそっと食料を置いていくシーンには心が温かくなった。
 あらためて。
 レオ様、主演男優賞おめでとう~!


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恐怖の3文字

2016年04月21日 21時18分33秒 | エッセイ
 昨年10月に健康診断を受け、相変わらず血糖値が高いとはわかっていた。正常値は越えていないが上限ギリギリ。しかし、年明けに職場の福利厚生課から届いた「健康診断ワンポイントアドバイス」を読み、考えの甘さを思い知らされた。
「あなたは、糖尿病になる一歩手前です」
 糖・尿・病……。
 拳で心臓を叩かれたような衝撃である。
 学生のとき、仲間の一人が糖尿病にかかった。しかも、若年性ではなく老人性の。夏の強い日差しの下で、冷えたコーラやファンタを美味しそうに飲んでいる友人を横目に、彼は下を向いて一人ウーロン茶をすすっていた。何だか気の毒で声もかけられず、彼の小さく丸まった背中を見つめるだけだった。
 私は、そうなりたくない。まずは、仕事帰りのケーキやドーナツをやめよう。一時はやめていたのに、ストレスが増えたら復活してしまった。職場での甘いものもダメ。何か食べたくなったら、ナッツや小魚で我慢我慢。



 さすがに、夕方になればお腹もすくけれど、糖尿病の3文字を思い浮かべてやり過ごす。血液中の糖度が高まれば、血管を傷つけたり失明したりと、命に関わる問題が起きる。たかがおやつのために、危険な目にあうのは真っ平御免だ。
 先日、たまたま夫が見ていたテレビ番組で、血糖値を下げる食事のコツを特集していた。普段、テレビに興味はないのに、このときばかりは息を殺して画面を食い入るように見る。
「朝の血糖値を上げないことが大事です。ご飯はとろろ芋などのネバネバした食品と一緒に食べると血糖値が上がりません」
 へ? とろろ? 考えたこともなかった。
「つまり、消化のいいものを食べるから血糖値が上がるわけで、消化が悪くなるようにネバネバでコーディングするんですね。みそ汁の具も、なるべく大きく切ってください」
 ほおお。納豆やオクラでも同様らしい。
「食前のフルーツも効果があります。適度に糖分をとることで、インスリンの準備運動ができて糖の仕分けがスムーズになります」
 ダメで元々。試してみる価値はある。早速山芋を購入し、すりおろして製氷皿に冷凍保存する。



 これを2つずつ取り出し、自然解凍してご飯にかけるのだ。



 食前のフルーツとしてはリンゴを勧めていた。血糖値の上昇を抑える働きがあるのだとか。
 ……本当?
 白黒つけるのは、しばらく続けてみてからにしよう。効果があることを期待して。
 しかし、時間が経つと危機感が薄れ、疲れた脳が「甘いものをよこせ」と命令してくる。忙しいときは「時間がないから無理よ」と断れるが、暇なときが危ない。まめに体を動かして、脳につけこまれないようにしなくては。
 最近は、「スイーツにとろろをかけて食べたらどうよ」と誘惑してくる。
 んん?
 それって、もはやスイーツじゃないのでは……。


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ささやかな支援

2016年04月17日 21時46分48秒 | エッセイ
 屋根瓦が落ち、石垣や櫓が崩壊した熊本城の痛々しい姿は、本当にショックだった。
 熊本を襲った大地震で被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。

 義父が熊本出身ということや、先月佐賀を訪れてよい印象を持ったこともあり、この震災で何ができるだろうかと考えていた。そんなとき、facebookに熊本在住のユーザーアップした記事を偶然目にした。
「今、熊本は大変なことになっています。スーパーに食料はなくガソリンにも制限がかかりました。天気が崩れて気力の面でもギリギリです。どうか救援物資を送って、私たちを助けてください。必要なものは、水、紙おむつ、粉ミルク、タオル、食料……」
 切実な投稿である。読んでいると、息ができなくなるような切実感に胸が苦しい。
 見かねて、夫と娘を連れてスーパーに走った。救援物資を用意しなくては。
「お母さん、東日本大震災のとき、ラップがあると食器を洗わなくてすむから便利だと書いてあったよ。あと、ウェットティッシュより赤ちゃんのお尻ふきのほうが大判で使いやすいって」
 大学2年の娘も、ツイッターなどで同様のつぶやきを見て、何かせねばと思ったようだ。駐車場に夫を待たせ、買い物かご3つ分の日用雑貨を買い求めた。



 実にささやかなものだけど、何十人何百人もの人が、ちょっとずつでも送ればまとまった量になる。ゼロは何倍してもゼロのままだが、1や2なら、ちりも積もれば山となるのだ。
「えーと、区役所で送れば送料無料と書いてあるけど、何階に行けばいいだろう」
 帰宅して区のホームページを見ると、「救援物資の斡旋はしていません」などという事務的な文字が目に入る。どうやら、まだ対応できていないらしい。ならば宅配便でと思ったが、主要な業者は被災地向けの荷物の受け入れを停止していた。
 どうすりゃいいんだ?
 海上自衛隊のページでは、輸送艦「しもきた」が、本日午前に大分県大在港にて救難物資を陸揚げしたと報告していた。よくやってくれたと感動し、「超いいね」ボタンを押した。でも、熊本まで届くとは限らない。この切羽詰まった願いをアップした方は、物資を手にすることができるのだろうか。テレビに映る避難所の方たちも、口をそろえて食料が足りないと言っているのに。
 あれこれ調べていたら、救援物資の受け入れが、被災地の大きな負担になる現状を訴えたサイトにヒットした。私のように、大きな箱にあれもこれも詰め込むやり方は、物資の仕分けに手間暇がかかるためNGだという。ひとつの箱にはひとつの種類だけにして、「生理用品」「水」「紙おむつ(M)」などの中身を書いた紙を外側に貼れば、仕分けがいくぶん楽になるとか。
「なるほどねぇ。じゃあ、箱がいっぱいになるだけの数を買ってこないと」
 物流が復旧するまでには、まだ時間がかかりそうだ。
 近所のスーパーやドラッグストアに足しげく通い、できることをやっていきたい。
 微力ながら、被災された方々の力になれればと思います。


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遠いボトル

2016年04月14日 21時41分42秒 | エッセイ
 20代の頃は白ワインが好きだった。
 30代半ばから、赤ワインのポリフェノールに惹かれて鞍替えしたが、40代後半の今はシャンパンやスパークリングワインなどの泡ものにはまっている。
「ねえ、ワインテイスティングの会があるって。招待状もらったから一緒に行かない?」
 だから、姉からの誘いは実に魅力的で、何を置いても行かねばという気持ちにさせられた。

「いらっしゃいませ。本日、テイスティングできるワインのリストです」」
 担当者のゴツゴツした指から差し出された紙片には、ドイツ、フランスはもちろん、アメリカ、チリ、オーストラリア、南アフリカ、イタリア、ハンガリーなど、多数の国名が載っている。これは楽しめそうだ。
 リストには50種類ものワインが書かれていたが、強力な動物的嗅覚が働き、一瞬にして欲しい商品を見つけた。
「泡ものがあるわよ」
 すかさず姉に耳打ちする。
「どこどこ? あっ、本当だ。飲みたいわねぇ」
 この会にはつまみが出る。担当者はプレートとワインのボトルを準備し始めた。
「じゃあ、まず白からでいいですか」
「あのう、泡ものからがいいです♪」
 姉と2人で、ハモるように頼んでみる。あとから知ったことだが、テイスティングなどでは泡ものは最後に出すのが定番らしい。濃度が高いので、万一酔ってしまうと、そのあとの味見ができなくなるからだ。
「……じゃあ、泡ものから行きましょうか」
 ゴリ押ししたわけではないけれど、売り上げに関わらないと判断されたようで、私たちのささやかな要望は受け入れられた。
 カヴァとシャンパン2種を飲み、ノクターンという商品を買う。ほどよい甘味と舌の上で踊る口あたりが気に入った。ロゼのスパークリングワインはおまけらしい。



 今度こそ白。8種類飲んだ中で、イタリアの「I Frati」という読めない名前のワインは、酸味と甘味のバランスがよくピカイチだった。迷わず注文する。



 最後に赤。姉はガバガバ飲んで何やら買ったようだが、13種類試しても、私には欲しいものがなかった。好みは年々変わっていくのだろう。還暦を迎えたら、焼酎命になっていたりして。
 この会のいいところは、ひたすらワインの味見ができるところである。好きなら買えばいいし、イヤならスルーできる。
「もう一度飲みたいものがあればご遠慮なくどうぞ」
 つまり、おかわりも可というわけだ。
「他に飲んでみたいものはございますか?」
 リクエストもできる。私はドイツワインが好きなのだ。これを買わずして帰れるはずもない。
「この甘口の白は、まだ飲んでいませんよね」
「そういえば、甘口がお好きでしたね。じゃあ、ドイツ2種とハンガリー2種をお試しください」
 また飲む。ボトルがオシャレで、ほどほどに甘くてしつこくない、ピーロート・ブルー・アウスレーゼというドイツワインを買った。



 結局、私と姉が飲んだワインは27種類で、グラス2杯半ほど。一度に、こんなに何種類もの酒を飲むことはないから、お酒だけでなく、非日常感にも酔いしれる。
 テイスティングに使ったグラスはおみやげ。ウシシシ。



 今月早々に届いたが、実はまだ飲んでいない。
 年度始めとあって仕事が忙しく、猫の手も借りたいほど。



 涼しい場所に保管してあるボトルが、遠く遠く霞んで見える……。
 早く飲みたいよー!


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アマリリスと桜と青い空

2016年04月10日 21時40分16秒 | エッセイ
 年明けに妹から純白のアマリリスをもらった。



 初々しく、若いエネルギーを見せつけるように、弾けるような花をいくつも咲かせた。



「うわあ、キレイねぇ。白も素敵」
「豪華だね。見とれちゃうよ」
 私も夫も、思わず彼女を褒めまくる。
 隣には、数年前からいるアマリリスが、波平のような葉を垂らしたまま、無言で横を向いていた。ちょっと拗ねているらしい。



 まるで、男性陣からチヤホヤされるキャピキャピの新入社員を見て、面白くない顔をしている年配女性のようだ。
「うん、わかるわかる。私だってそうだもん」
 決して、若い女性が悪いわけではないけれど、対応に差をつけられれば腹が立つ。
「じゃあ、若い男性とむさ苦しいオヤジがいたら、笹木さんは平等に接するんですか?」と聞かれたとしよう。お恥ずかしながら、私の答えは「……いいえ」である。
 自分のことはさておき、人に厳しくなりがちなのはよくない。
 遅ればせながら3月中旬に、年配アマリリスもつぼみをつけ、桜の開花と同時に花を咲かせている。この艶やかさを、写真に残しておきたくなった。
 鉢を持ってベランダに移動する。
 植物は日光のあるほうに向かって伸びるので、熟女ちゃんは斜めになっている。



 今日は日光を浴びて、機嫌がよさそうだ。
 透けた花びらが色っぽく映る。白い肌が、ほんのり桃色に染まった女優に見えないこともない。



 今まで4つの花をつけていたが、今回は3つ。栄養不足だったのかもしれない。動物虐待ならぬ植物虐待だったら申し訳ない。ちゃんと肥料をやらねばと反省した。



「あっ、まだ桜が残ってる。桜を背景に撮ろうよ」
 アマリリスは、ちょっとはにかんでいる。鉢をベランダの手すりに載せて、桜の前に配置すると、斜に構えてポーズを取った。



「あら、いい出来。もっと撮ろう」
 その日は風が強かった。東からのぬるい風に身をのけぞらせ、アマリリスが笑っているように見えた。



「おっと、落ちないように気をつけなきゃね」
 風がやむと、彼女はカメラの正面を向く。キリリと姿勢を正し、強いまなざしでこちらを見る。



「はーい、おしまい。よく撮れたよ」
 風から守るように鉢を持ち上げ、室内に戻す。
 早く肥料を買わなくちゃ。来年はさらに妖しく美しく咲きますように。
 ちゃんと新入りアマリリスにもあげますから、ご安心を~!


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お皿は語る

2016年04月07日 21時22分07秒 | エッセイ
 日本商工会議所の簿記検定2級は結構難しい。
 大学2年の娘は、経営学科ということもあり、絶対合格するんだと宣言して臨んだが……。
 1回目は2015年の2月だった。独学で受験すると張り切っていた割には、1月になっても問題集が新品のままでピカピカしている。範囲が広いのに大丈夫だろうかと心配していたら、1か月前にようやく机に向かい始めた。
「うーん、ダメだ。全然わからない」
 当然、検定試験は惨敗。ネットで得点を確認することすらしなかった。
「詳しいから明日から勉強して、6月の検定を受けるよ。受験料は自分で払うから」
 検定料はネット手数料を含めて5278円。バイトもしていない大学生には痛いはずだ。今度こそ、しっかり勉強するだろうと思っていたのに、問題集を開いたのはたったの1日で、あとは遊んでばかりいた。
 また、ひと月前に勉強を再開し、「何だこの問題は」を連発する始末。結果は63点で不合格だった。
「なかなかサイトにつながらなくて、やっと見られたと思ったら、あと7点で落ちてた……」
「勉強しないんだから当然でしょ。もう受けるのやめたら?」
「やだ、あと7点だもん。今度こそいける気がするから、11月にまた受ける」
 しかし、このときは、試験勉強を始めたのが何と3週間前。67点で落ちた。
 高校時代の一夜漬け感覚が抜けないのだろうか。いい加減、私もあきれ果てた。こづかいを何に使おうと自由だが、そんなに商工会議所を儲けさせることはない。
「何回同じ失敗を繰り返すつもり? もうやめなよ」
「ううん、また2月に受ける。これで最後にするから、今度こそ今度こそ!」
 娘は、しつこかった。もとい、あきらめなかった。いや、あきらめが悪かった。
 矯正中の歯をギリギリと噛みしめて、できた問題、できなかった問題を確認し、苦手分野を放置したツケが回ったのだと分析した。
 正直いって、こんなに粘る子だとは思わなかった。これまでは、うまくいかなければすぐに投げ出すし、できるようになると飽きてしまう。まさか、4回もネチネチネバネバと挑戦し続けるとは。
 さすがに過去を反省したのだろう。2カ月前から毎日の予定を決めて、スマホを触りたくても我慢、眠くなっても我慢で、計画通りに学習した。できなかった問題は二回三回チャレンジし、遊びに誘われても断っていた。おかげで、85点で合格できたものだから、娘はどうしたらいいかわからないくらい喜んでいた。
「やった、やった~!」
「よかったね、おめでとう!」
 私もうれしかった。努力が報われたことはもちろん、子どもから「あきらめないで頑張れば、夢が叶う」と教わった気がしたからだ。
 合格証書の交付は4月5日から。早速、娘と一緒に取りに行った。帰りに、スペアリブでお祝いディナーを楽しんだ。
 デザートに、ちょっとしたサプライズをしかける。



「あっ、何これ。合格おめでとうだって。すごい!」
 お店のサービスで、記念プレートを作ってくれるのだ。これはまた、別の趣があってうれしい。
 実は、先月、24回目の結婚記念日に家族でランチをしたら、ここでもサプライズがあった。



 口で「おめでとう」と言ってもらえると、思わず笑顔がこぼれるものだ。
 お皿に「おめでとう」と描いてあると、胸にハートマークが飛び込んでくるような衝撃があって、幸せがポロリと落ちてくる。
 お祝いっていいな。


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やっと来られた! 吉野ケ里遺跡

2016年04月03日 21時34分04秒 | エッセイ
 吉野ケ里遺跡は、今から1800年前、弥生時代後期後半(紀元3世紀頃)の吉野ケ里を復元したものである。



 2400年前、朝鮮半島南部から北部九州に稲作耕作が伝わり「生産」が始まった。食料生産が安定することによって、人口は増加し住居も増えたが、土地や水、貯蔵された穀物をめぐって争いが起きるようになる。やがて、それが組織的な戦いに発展したのだという。
 日本史を学んだのは高校生までだ。ウン10年も経っているので、穏やかな稲作王国というイメージを勝手に作っていた。無知とは恐ろしい。
 遺跡からは石鏃、銅鏃、石剣、鉄剣などが多数出土している。また、350体以上発見された人骨には、頭骨のない男性、材質の異なる10本の鏃(やじり)を射込まれた男性、剣の刺さったものなどがあり、戦いによる犠牲者が出ていたことがわかった。
 武器の倉を見ると、当時の戦い方が想像できる。





 また、敵の侵入を防ぐために逆茂木をめぐらせたり



 物見櫓から監視もしていたようだ。



 集落には様々な建物がある。
 大人(たいじん)の家。



 中にも入ることができる。



 主婦としては、煮炊屋の中が気になった。



 王の家は屋根が立派。



 倉は高床式で、ねずみ返しがついている。



 ひときわ大きな建物は主祭殿。指導者たちが話し合ったり、最高司祭者が祖先の霊に祈りをささげたりしていたようだ。





 髪型に時代が表れている。



 部屋の隅に置かれた加湿器らしきものに、クスクス笑いをしてしまった。



 当時の衣装も展示されていた。



 上層人の衣装には絹、庶民の衣装には麻が使われていたそうだ。庶民の衣装を着るコーナーもあったが、あまりにも質素なので遠慮しておいた。上層人の衣装だったら着たかったのだが……。
 特に興味を引かれたものが「甕棺(かめかん)」である。これは、素焼きの土器を使った棺で、北部九州地域に特徴的な墓制らしい。



 埋葬された場所や配置、副葬品の有無や種類から当時の階層、社会制度を復元するのに役立つという。



 北墳丘墓は吉野ケ里を治めていた歴代の王の墓で、14基の甕棺が見つかっている。一般の墓と違って、ガラス製の管玉(くだたま)や青銅の剣などの副葬品が収められていたところから、身分の高さがうかがえるというわけだ。
 甕棺は2つ使用する。一つの甕棺に死者を収め、もう一つの甕棺を粘土でつなぎ合わせていた。



 北墳丘墓からさらに北上すると、一般庶民が葬られた甕棺墓列がある。





 血縁関係のある一族の集まりが、20mから40mごとにひとかたまりになっていて、死んだ後も一緒にいられるのだ。埋葬したあとは土まんじゅうで目印を作ったという。



 甕棺墓は、現在3500基以上が発見されているが、未発掘の区域も多いため、膨大な数が地下に埋まっているそうだ。
 夢中で見ていたら、お昼の時間になっていた。レストランで「吉野ケ里御膳」をいただいた。



 あっさりしていて品数も多く、どのおかずも美味しかったので、おススメしたい。
 満足して帰路についた。
 ところが、この日の夜から、丑三つ時になると目が覚めることが続いた。長いことお墓を見ていたので、何かがくっついてきたのかもしれない。3日後からはぐっすり眠れるようになったが、レジャー気分で見て回り、死者への配慮が足りなかったことを反省する。
 安らかな眠りを妨げないように、静かに静かに見学してください。


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