これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

名前をいえないあの本

2015年06月28日 20時02分25秒 | エッセイ
 土曜は勤務日ではないが、三者面談やら補習やらで学校に出かけることもある。
「おはようございます」
「おはようございます」
 職員室はすでに開いており、部活の準備をしている教員がいる。だいたい、いつも同じ顔ぶれの「イツメン」である。
 授業のない学校は開放的で、教員もおしゃべりになることがある。
「笹木さん、ちょっといいですか」
「はい?」
 声の主は、背中合わせに座っている20代のサッカー部顧問である。普段はほとんど会話をしないが、今日は用事があるらしい。
「この本、知ってます?」
 彼は日焼けした手で、白い表紙の本を取り出した。もちろん知っている。18年前に、当時はわずか14歳の少年でありながら、連続児童殺傷事件という凶悪犯罪に手を染めた男が書いた本だ。題名を挙げるのもどうかと思うくらい、出版そのものに疑問を感じる。
「……買ったんですか」
「はい。そのうち、出版中止になるかもしれないと聞いたんで」
 彼は無類の読書好きだ。加えて、地歴公民科ということもあり、社会を驚かせたかの事件に興味をそそられたらしい。でも、買ってしまえば犯罪者に印税を支払うことになり、共犯になったかのような罪悪感に苛まる気がする。
「事件のことは知っていますか?」
「いえ全然。たぶん、まだ10歳くらいだったから、記憶にありませんね」
 なるほど、リアルタイムでニュースを追っていた世代と、過去の事件を見聞きした世代とのギャップだろう。報道から、事件の異様さを、これでもかこれでもかと知らされた身としては、何の落ち度もない無力な子どもを、自分勝手な言い分で殺傷するという蛮行を、決して許すことはできない。
 神戸のある書店では、この本の取り扱いをしない方針だそうだ。勇気ある決断に、拍手を送りたい。
「途中までですけど、読みました」
「へえ」
「でもこれ……ダメですね。面白半分に人を殺して、まるで英雄気取り。真似するヤツが出るんじゃないかと心配になります」
「ほー」
「遺族の方の気持ちなんて、これっぽっちも考えていないし」
「そんな本をよく出版するわね。何て出版社かしら」
 おそらく、彼はこれが言いたくて、話しかけてきたのだろう。消化不良を起こしそうなこの問題作を、受け止めきれなかったのかもしれない。
「よろしければ、読んでみませんか」
「ううう」
 私も本が好きなので、ときどき誰かと貸し借りはする。
 でも、これはちょっとね。
 感想なしで悪いけど、お断りしておきます。


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コンビニカフェラテ

2015年06月25日 21時18分45秒 | エッセイ
 たしか、2年前。
 福岡に行ったとき、泊まったホテルの周辺にはコーヒーショップが見当たらなかった。しかし、ローソンはある。入ってみると、私の好きなホットのカフェラテが販売されており、人ごみから友人を見つけたような喜びを感じたものだ。
 それ以来、コンビニカフェを利用する機会が増えた。ドトールやスタバだと、太るとわかっていながらも、ワッフルやケーキなどを組み合わせるリスクが潜んでいる。でも、イートインスペースのないコンビニでは、それはできないから諦めもつく。財布にも血糖値にもやさしいのである。
 コンビニカフェラテは、値段の割においしいところが気に入っている。当時、ローソンではポンタカードを提示して180円だったが、ファミマが150円で売り出してからは値下げして横並びの価格となった。
 最初の値段は何だったのか? とのツッコミはさておき、コスパ的に満足できるところは高い評価をしたい。
 ファミマのカフェラテも何度か飲んでみた。味に大差はないが、こちらはセルフである。レジでカップをもらい、マシンのスイッチを押して自分で注ぐ。子どもだったら面白がるだろうが、大人はすぐ飽きてしまう。面倒に感じるのは、私がものぐさだからかもしれない。
 実は、昨日もファミマに行く用事があった。買い物ついでにカフェラテを頼んだけれど、自分でボタンを押してフタをしめると、何かが足りない気がした。味はいつもと同じなのに、なぜだろう……。
 今日もカフェラテが飲みたくなり、仕事帰りにローソンに寄った。
「いらっしゃいませ」
「ホットのカフェラテのMサイズをください」
「はい、少々お待ちください」
 ローソンでは、店員さんがカフェラテをいれてくれるから、ただ待つだけでよい。
「お待たせしました」
 カップを両手で持ったお姉さんが、ニコッと微笑んでこちらに差し出す。思わず私も笑顔になり、すり減った心に張りが戻る。そうか、昨日の疑問はこれなのかと納得した。
 おそらく、私は、ただカフェラテが飲みたいのではないのだ。コーヒーショップのように、誰かにいれてもらうことを望んでいる。「ごゆっくり」とか「ありがとうございました」などと声を掛けてもらえば、もっと気持ちが和らぎ、一日の疲れが軽くなるのである。
 よし、値段は同じでも、これからはローソンで買うことにしよう!
 誰かに甘えたがっている自分を見つけて、私は照れ笑いを浮かべた。


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気まずい忘れ物

2015年06月21日 20時15分51秒 | エッセイ
 高校では、教員の時間割に偏りがあることが多い。授業時間の少ない曜日があったり、多い曜日もあったりというのが普通だ。
 その日、私の時間割には余裕がなかった。休み時間は10分あるが、職員室に戻ってきたときには、すでに2~3分過ぎているし、チャイムが鳴る前には次の教室に行かねばならない。せめて水をひと口飲んでからと思っていたら、私を呼ぶ女子高生の声がした。
「笹木せんせーい」
 生徒は3人ほどで、私のクラスではない。手に持っているのはプールバッグだから、授業での質問ではなさそうだ。どうも、厄介なニオイがする。しかし、呼ばれたからには、行かねばならない。
「はい、どうしました?」
「あのう、今、3階の女子トイレに、変な忘れ物があって……」
「変な?」
 言いにくかったのか、その子はモジモジしていたが、隣の女子があとを引きついだ。
「ブラジャーなんです」
「…………」
 私は絶句した。
「たぶん、誰かが個室で水着に着替えて、そのまま忘れていったのかも」
 それで、男性の先生ではなく、私に声をかけたというわけか。休み時間は残り少ないが、現場を確認しなくてはならない。
「わかりました。これから見てきますね」
「はーい。お願いしま~す」
 女の子たちは安心して、教室に戻っていった。
 フットワークの軽さが私のウリである。水をゴクリと飲み干すと、職員室から飛び出し、一段抜かしで階段を昇って、3階のトイレに飛び込んだ。プールから上がってきた別の生徒が、まだ数人残っており、こちらを振り返る。
「失礼します。何か、気まずいものがあるって聞いたんだけど」
「そこそこ、2番目の個室ですよ」
 案内された個室をのぞくと、サニタリーボックスの上に、黒いブラジャーが無造作に置かれていた。白いレースで縁どられ、真っ赤なバラがデカデカと描かれている。かなり強烈なデザインだ。
 通常、忘れ物は職員室前のガラスケースに並べておき、本人の申し出によって返却する。だが、これを並べたらちょっとした騒ぎになるし、「それは私のです」などとは言いにくいだろう。
「うーん、これは困ったねぇ。取りにくるかな?」
「くると思いますよ。なくても気がつかないってことはあり得ないし」
「そうですよ、先生。持っていかないほうがいいと思います」
「じゃあ、もし、このままだったら、生活指導の先生に渡すことにするね」
「はーい」
 時計を見たら、あと2分で次の授業が始まる時間になっていた。足早に職員室に戻り、授業道具を持って教室へ向かう。教員という仕事は、間違いなく肉体労働である。
 授業が終わったら、ホームルーム、掃除、三者面談と続く。最後の親子と話し終えたのは5時半を回っていた。解放感にひたり、着替えて学校を出る。家に着いてから、大事なことを思い出した。

 しまった、ブラジャーを取りに来たか、確認していなかった!

 翌日、朝イチで3階の女子トイレに駆け込んだ。
 迷わず、2番目の個室に直行すると……期待通り、派手なブラジャーはなくなっている。「はああ~」と肩の力が抜けた瞬間であった。
 9月まで水泳の授業は続く。
 今度は「先生、トイレにパンツが!」などとならなければいいのだが。


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牛さんの誕生日

2015年06月18日 21時07分17秒 | エッセイ
 6月の第3日曜は父の日であるが、夫の誕生日も近いので、一緒くたにしてお祝いする。ごちそうもケーキも1回ですむ。ついでに、プレゼントも1個でいいから、実に経済的だ。
 一方、私の誕生日は10月である。母の日に近い、5月2週あたりが誕生日だったら大変だ。2回も楽しみが待っていることに優越感を感じる。
 誕生日の前日、デパートに行った。Tシャツかポロシャツを買ってやろうと思ったのだ。しかし、出かけるところといえば、スーパーくらいしかない夫が、果たして袖を通すか疑問である。投資に見合った見返りが期待できないなら、他のものにしたほうがいい。
「そうだ、パジャマなんかどうかしら」
 夫は睡眠時間が長い。22時には布団に入り、起きるのは7時すぎ。その間、パジャマは肉厚な夫の下敷きとなり、伸びたり破れたりして、短期間でヨレヨレになってしまう。
 紳士服のフロアでパジャマを探すと、オシャレなデザインがいくつもあった。その辺のスーパーとは品ぞろえが違う。青のボーダー柄でLLサイズを選び、レジに持っていくと、担当のお姉さんがぎこちない笑顔で尋ねてきた。
「父の日用ですか?」
 少々迷ったが、「はい」と答えた。
「黄色の造花を入れることもできますが、どうされますか」
「じゃあ、お願いします」
「包装紙とリボンのお色は……」
 紳士服売り場には、精鋭の店員がいない気がする。接客業にしては、棒読み調の話し方をし、ラッピングに10分もかかったお姉さんであった。
 誕生日当日は、仕事帰りにケーキ屋さんに寄った。職場の近くには、美味しいお店があるのだ。ホールで4~5人用と書いてあるから、義母の分を入れればちょうどいいかもしれない。
「お誕生日ですか? プレートのお名前はどういたしましょう?」
 私は答えに窮した。子どもの名前だったら、「〇〇ちゃん」だの「△△くん」だのと、可愛く書いてもらえる。しかし、高齢者に分類される男に、「△△くん」はイタイ。まさか、あだ名の「牛さん」などとするわけにもいかないし。
「…………」

「お父さん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
 まずはプレゼント。



 黄色の造花があるだけで、2倍もの贈り物をした錯覚に陥る。
 お寿司のあとはケーキ。



 ファーストネームは避け、プレートには無難に「パパ」と書いてもらった。売り子さんも、楽チンでよかっただろう。
「ホワイトチョコレートだ!」
 夫はプレートをつまみ、真っ先に口に放り込んだ。おやおや、気に入ってもらえたらしい。
 今までカットケーキばかりだったから、念願のプレートだったのかもしれない。


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カンタン合格祈願

2015年06月14日 20時47分59秒 | エッセイ
 本日は、日本商工会議所主催 第140回簿記検定の実施日である。
 わが娘は、経営学科に入学したこともあり、先月、2級を申し込んでいた。範囲はひと通り学習済みだし、過去問題もやったことはあるけれど、残念ながら、あまり理解できていない状態である。過去問題ではどうしても範囲に偏りが出るから、すべての内容が盛り込まれた問題集を買ってみた。



 問題集は何種類もあって、どれにしようかと悩んだが、立ち読みした限りでは、これが一番よさそうに見えた。
「新しい問題集だ! やるやる」
 期待通り、娘は新品の問題集に飛びついた。しかし、できないところばかりで、なかなか進まない。
「お母さん、ここがわからない」
「どれどれ。うーん、お母さんもわからない」
「だって、2級持ってるんでしょ」
「お母さんが取ったのは、60回記念の超簡単問題だったからな~」
「ダメじゃん」
「答えを見ちゃおう」
 という具合に、迷走しながらも学習が進んでいく。6月になり、網羅型が終わると、次は予想問題に入った。



 TAC出版を選んだ理由は、仕訳カードがついていたからだ。別の問題集も買ってみたが、誤植ばかりで話にならない。以前も、間違いだらけの問題集をつかまされた経験があるので、偶然とはいえ、ミスのないありがたさがわかった。私はTAC出版の回し者ではないが、「解答用紙が間違ってるじゃないか!」といったイライラは感じず、効率のよい学習ができる点でおススメできる。
 そして迎えた当日。2級は13:30開始である。
「何時に出るの?」
「12時くらい」
 早めのお昼を食べて行くと言うので、娘の好物であるカレーライスを用意する。
 隣の部屋で、彼女は最後の仕上げ学習をしているようだ。追い込みの2週間は遊びにも行かず、テレビも携帯も我慢してよく勉強した。何とか合格できればよいのだが。
 ご飯をよそう時点で、思いつくことがあった。少々手間はかかるが、やる価値はあるだろう。
「お昼だよー!」
「はーい。えっ、何これ、すごい」
 


 即席、合格祈願カレーのでき上がり!
 無事、受かるといいな。


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オジジの喜寿のお祝いに

2015年06月11日 21時20分14秒 | エッセイ
 今月末で父が77歳になる。
「喜寿のお祝いどうする?」
 姉から相談を受けたのが4月だった。両親は那須塩原に住んでいるので、すっかり出不精になった父のために、みんなでお祝いを持って押しかけようと思ったのだが……。
「お母さんは都内に行きたいって言ってる」
 繁華街が恋しい母は、何かと口実を作って遠出したいようだ。ならば、親族みんなが集まりやすい池袋で食事をすることにした。
「ホテルメトロポリタンだったら社割が利くから、そこでどう?」
「いいよ~」
 姉が花、私が記念品を用意することにした。
「これがいいかも」



 富士山の椀やぐい飲み、箸のセットが気に入り、包んでもらう。ちゃんと使ってくれればいいのだが、貧乏性の母は、いただきものを大事に大事にしまっておくことが多い。今度遊びに行ったら、戸棚をチェックしなくては。
「こんにちは~」
「こんにちは」
 フォーマルな場とあって、甥と姪は制服で来たようだ。しかし、母はTシャツ、父は作業着である。年をとると、オシャレをするのが面倒になるのだろうか。
 まあよい。
「喜寿、おめでとう!」
 シャンパンで乾杯し、料理に舌鼓を打つ。
 先付が運ばれてきた。ウニが舌の上でとろけて、幸せな気分になった。



 前菜。蛸柔煮の歯ごたえを楽しみ、おかわりが欲しくなった。



 さざえ沢煮椀。貝類は総じて好きである。貝殻を傾けてお椀に汁を注ぐと、絶品のお吸い物となる。



 造り。氷の屋根が涼感を高める。
 


 和牛フィレステーキ。焼けた石の上に載せると、肉片が「ジュッ」と小さな悲鳴を上げて、身をよじる。



 ミディアムになったところで「いただきます」。



 デザートは、あんみつ、バニラアイスであった。



「美味しかった~」
 食後は、みんなで記念写真を撮った。姉はアルコールで童心に返ったらしく、母の頭にツノを作っていた。



 あとは、まっすぐ帰るはずだったのだが……。
「コーヒー飲みたい」
 まだ遊びたかったのか、母が駄々をこねはじめた。
「じゃあ、ロビーのラウンジに行こう」
 しかし、父は家でくつろぎたかったようだ。おかわりをもらう母を横目に、「そろそろ帰ろうや」などと落ち着かない。母の食欲が満たされたところで、ようやくお開きとなった。
「今日はありがとうございました」
 父も母も、かしこまって頭を深々と下げる。記念品の紙袋を、大事そうに持っているところがうれしい。
 4年後には、母が喜寿を迎える。
 今度は、食後のコーヒーもつけてもらおう。


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運動音痴の体育祭

2015年06月07日 20時06分15秒 | エッセイ
 5月末から6月にかけて、体育祭や運動会を実施する学校が多い。私の勤務先も同様で、先日体育祭が行われた。
「雨は大丈夫みたいですね」
「カンカン照りじゃないから、かえってよかったかも」
 お天気が心配になる時期だが、この日は夕方までは持ちそうな曇り空であった。雨天で順延になると、生徒は授業に身が入らない。一度で終わらせることができればラッキーなのだが、生徒だった頃の私ならば、中止を願うところだろう。
 なにしろ、体育祭も運動会も「大」がつくほど嫌いだったからだ。
「笹木さんて、足が速そう」
「運動神経いいでしょ」
 などと言われることがあったけれど、実は真逆で、私は相当な運動音痴である。50m走では「ビリになりませんように」と祈ってコースに立った。もっと嫌いなのがリレーで、自分のところで他のクラスに抜かれ、順位が落ちたらどうしようとドキドキしながらバトンを受けた。
 しかし、今回担任しているクラスでは、長年のうっぷんを晴らしてくれることが多く、初めて体育祭が楽しみになっている。
 1年生の担任時には、俊足ぞろいのメンバーに恵まれリレーに期待をかけた。予行では、スタートからゴールまで1位をキープ。本番では転んだ生徒がいたから一時は2位に後退したけれど、アンカーの活躍で逆転し、1位でゴールイン。胸のモヤモヤが、すべて吹き飛んでいったことを思い出す。
 2年生では、まとまりのないクラスなのに、大縄跳びで優勝した。大柄の男子2人が跳びやすいように縄を回し、声を出して励まし合った成果である。賞状をもらったときは穴が開くほどじっくり眺め、気がすんだところで淡い色紙に貼り付けて、チャチャッと教室に飾った。
 そして、迎えた3年生。クラス替えはなかったから、リレーに期待はしていなかった。でも、生徒たちは「誰を何番目に走らせるか」を真剣に考え、作戦を練っていたようだ。
「位置について。よーい」
 パン!
 スタートの号砲が鳴り、第一走者が飛び出した。団子状態の集団から真っ先に抜け出したのは、意外なことに、私のクラスの生徒である。スラリと伸びた長身で風を切り、サッカーで鍛えた長い脚を駆使して、先頭を譲らなかった。
「速ッ!」
 私だけでなく、他の生徒も驚いている。続く第二走者もサッカー部。2位以下をぐんぐん引き離し、第三走者にバトンタッチしたが、このあとが問題なのだ。
「抜かれる~!」
 第三、第四走者には、一番足の遅い子があてられている。予想通り、順位が入れ替わり、1位から3位に転落した。何だか、自分を見ているようで悲しくなる。
 しかし、これは計算していたことだから、生徒は冷静だ。後続の生徒が差を縮め、すぐさま2位に浮上した。1位のクラスはなかなか抜けないけれど、差が開かないよう食らいついている。
「あっ」
 トップのクラスがバトンゾーンでトラブった。ラインを越えてしまい、戻ってやり直している。これはチャンス。2位と3位が、隣を猛スピードで駆け抜け、一気に形勢逆転となった。
 運よく、首位奪還に成功できた。足の遅い子はもういないから、あとは逃げ切れるかどうかである。落ち着いてバトンをつなぎ、転ぶこともなくアンカーに渡った。
 アンカーもサッカー部。赤いたすきをはためかせ、筋肉質の体を躍らせながら、肉食動物の追跡をかわすように全力疾走する。自分の前には誰もおらず、視界はこの上なくいいはずだ。カーブを回ると、白いゴールテープが待っている。彼は照準を定めたように加速し、両手を上げてゴールテープに突進した。
「やったー!」
 観客席からも、トラックからも、大きな拍手がとどろいた。
 運動音痴の担任の分まで活躍してくれたから、日頃の服装違反や赤点の山はどうでもよくなる。
 スポーツの爽快感を生徒たちから教わり、教員をしていてよかったとニンマリした。


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高齢化の波

2015年06月04日 21時35分06秒 | エッセイ
 今や、4人に1人が高齢者という時代である。笹木家も例外ではなく、隣接した4世帯のうち、3人に1人が65歳以上だ。
「テレビの音が大きいね」
 我が家の1階に住む義母は耳が遠い。補聴器は頭痛がするからと言ってつけず、音量を最大の50にしてしまう。ニュース番組を見ているのか、バラエティ番組を見ているのか、2階にいてもわかるほど音が大きい。この頃は暑くて窓を開けているから、近所迷惑になっているのではないかと心配になる。
「うるさいから、ボリューム下げてくる」
 息子である夫が動き、やっと音が小さくなる。でも、5分も経てば、義母は注意されたことをすっかり忘れ、また音量を50に戻すのだ。
 高齢者とのつきあいには根気がいる。
 夫も高齢者だから、従兄弟たちも高齢者である。先日はこんなことがあった。
「ルルルルル、ルルルルル」
 義母宅の電話が、これまた最大音量で鳴り響いていた。音が大きいと、「ブブブブブ、ブブブブブ」と聞こえて耳障りだ。しかし、義母の耳には届かず、いつまでも鳴り続けている。
「しょうがないな。取ってくる」
 夫が贅肉のついた腰を上げ、電話を受けにドスドス歩いて行った。すぐに、しかめ面で戻ってきた。
「ダメだよ、ピーッって音がするだけで、誰だかわからない」
「ああ、それはFAXだね。おばあちゃんちの電話にはFAXがついていないから、送信できないのに」
 普通だったら、エラーが出た時点で諦めるはずなのだが、この人はそうではなかった。「またダメだった、今度こそ」と考えたのか、繰り返し繰り返し、何十回もFAXを送り続けるのである。
「ブブブブブ、ブブブブブ」
「ブブブブブ、ブブブブブ」
「ブブブブブ、ブブブブブ」
 聞こえの悪い義母は気づかないが、2階の私たちにとっては相当なストレスだった。これはたまらない。
 どうしたものかと思案していたら、今度はうちの電話が鳴り始めた。
「ピー、ピー」
 FAXだ。送信者を見ると、夫の従兄弟になっている。従兄弟同士の交流会を企画したので、ぜひ来てくださいとの内容であった。
「わかった、おばあちゃんのFAXも、こいつが送ったんだ。いつも実家にかけてくるヤツだから」
 うちに届くとわかれば、それで一件落着となるはずだったのだが……。
「ブブブブブ、ブブブブブ」
「ブブブブブ、ブブブブブ」
 相変わらず、1階の電話が鳴っている。受話器を取れば「ピー」。もし、例の従兄弟だとしたら、FAXの届いた番号を忘れてしまったとしか思えない。
 いい加減ウンザリして、義母の電話機の音量をゼロにしてしまった。もう解約した方がいいだろう。
 呼び出し音は聞こえなくなったが、やはりテレビの音は聞こえてくる。
「5日は夕方から雨でしょう」
 今度は天気予報を見ているらしい。夫がまた、お腹の肉をブルルと震わせ、義母のもとへ向かう。
 高齢者の相手は、本当に根気がいる……。


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