これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

切れない関係

2010年05月30日 19時50分46秒 | エッセイ
 私はコーヒーが好きだ。愛していると言っても過言ではない。
 仕事のストレスを軽減する豊かな香りや、苦味走った独特の味、飲み干したあとに残る口の中の存在感など、コーヒーのよさをあげたら切りがない。
 学生までは、もっぱらインスタントコーヒーばかりで、レギュラーコーヒーは飲まなかった。しかし、教員一年目の学校で、たまたま教頭の近くの席だったために、毎朝彼からレギュラーコーヒーのおすそ分けをもらい、好きになった。
 以来、1日1杯は欠かせないし、多いときにはもっと飲んでしまう。特に、ここ2年ほどは仕事量が増えたせいか、毎日4杯以上飲むのが当たり前となっている。

 だが最近、これは健康にも美容にもよくないと気がついた。
 コーヒーは、ホットで飲んでも体を冷やす作用があるそうだ。シナモンを入れれば、多少緩和されるらしいが、唾液のような匂いがするシナモンは遠慮したい。
 もともと冷え性の私が、体を冷やすコーヒーをガバガバ飲み続ければどうなるか。血行が悪くなるから肌はくすみ、代謝が下がって太りやすい体になる。しかも、免疫力も減退するので病気にかかりやすい。
 実際、コーヒーの量が増えた頃から、私は少し太ってしまった。食事制限をしても、運動を増やしても、なかなか元に戻らない。もちろん、白米や果物なども体を冷やす働きをするから、コーヒーだけのせいではないだろう。でも、これがデブの直接の原因ではないかとにらんでいる。

 そんなわけで、先週からコーヒーの代わりに、体を温める作用のある紅茶に切り替えた。付き合いの長い彼を捨て、品のある英国紳士に乗り換えたのだ。馴染むまでに時間がかかったが、飲んだあとは体がポカポカして気持ちいい。もう紅茶なしではいられない。
 私が好きなのは、レモンやオレンジ、ストロベリーなどのフルーツティーである。ダージリンやアールグレイなども好みだ。今日は買い物がてら、アールグレイとフェイマスエディンバラという紅茶を買ってみた。どんな味がするのだろう。楽しみだ。



 一方、コーヒーの消費量は激減した。家にはまだ、フィルターも粉もたくさんあるが、一向に出番がない。お客さんが来たとき、頼りにするくらいだろうか。
「昨日の友は、今日の敵」という言葉が浮かんできた。

 しかし、コーヒーとの関係は、そう簡単に切れるものではないらしい。
 先日、PTAの歓送迎会に参加し、お母さん方と一緒にお酒を飲んだ。若い頃、こういう会は苦手だったが、年齢が近くなった今は、同化してしまう自分に驚いた。
「じゃあ、ビンゴやりますからね~!」
 宴たけなわというとき、元気な会長さんが自ら仕切り、ゲームを盛り上げていく。私はくじ運がない方なのに、このときばかりは妙についていて、かなり早い段階でビンゴとなった。
「じゃあ、賞品でーす!」
 係のお母さんに大きな箱をもらい、「わあい♪」と喜んで持ち帰った。
 家で包みを開けてみると……。
 中から、コーヒーメーカーが登場した。



「ウケる~!」と私は苦笑する。
 やはり、そう簡単に別れられるものではないらしい。
 1日1杯くらいなら飲んでもいいかな、と考え直した。




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他人の答案

2010年05月27日 20時25分04秒 | エッセイ
 2学期制の学校でなければ、5月は中間考査が行われる時期だ。
 勤務先の高校でも、つい先日試験が終わり、採点後の答案を返している。
 私が高校生のときは、テストの点数を友達にも教えないのが普通だった。88点とか92点であっても、「あー、悪~い♪」などと言ってぼかし、あからさまに喜んだりしない。しかし、64点とか70点のときは仰天し、息が止まりながらも無理矢理ポーカーフェイスを装った。
「じゃあ、答案に間違いがあったら持ってきなさい」
 答え合わせが終わると、必ず先生はこう言う。○なのに×がついていたら、何が何でも持っていく。でも、×なのに○になっていたら申し出ない。間違えた先生が悪いのだ。ときどき、正直に申告する友達がいたが、偉すぎて、欲のない仙人のように見えた。

 教員になりたてのときも、当時の私と大差ない生徒が多かった。
 でも、10年前あたりから、まったく違う文化を持った生徒が見られるようになったのだ。彼らは点数を隠そうとせず、堂々と公開してはばからない。
「ヤマダ、何点だった?」
「36点。お前は?」
「38点。やった、2点勝った!」
「なによ、あんたたちバカじゃない!? アタシ、45点だもーん」
「すげー! 負けた!!」
 もちろん、100点満点である……。
 やがて、答案を見せ合うようになり、友達同士で合計点を競う「得点レース」などという遊びも楽しんでいる。最初は一部の生徒だけだと思っていたが、今では半数程度が「点数を知られてもいい」と考えているようだ。とても昔からは考えられない。
 さらに、驚く光景が続く。
「先生、ここ間違ってんのに、○ついてますよ~!」
 タカダという生徒が、点数の下がる採点ミスを申し出てきた。しかし、本人の答案ではない。友達のアマノの答案である。
 おもに男子に多いのだが、友達と見せっこしたとき採点ミスを見つけると、点数が上がるときは黙っていて、点数が下がるときだけ楽しそうに駆け込んでくる。「いじめ」という感じではなく、場を盛り上げるためのレクリエーションのようだ。
 申告された以上、点数を修正しなければならない。「じゃあ、73点から72点だね」と確認するとどっと笑いが起こり、当のアマノさえも「何だよ~、言うなよ~」などとおどけている。
 先日は、「め」というひらがなの右上に、鉛筆の汚れのついた答案があった。答えは合っていたので○をつけたが、もしやと気にした通り、友達からのツッコミが入った。
「めに点々がついている! ×ですよ、これは!!」
 やはり、本人ではなく、いつも一緒に行動している友達3人が、1枚の答案を持って教卓に押し寄せてきた。
「いいよ、これぐらい」と訴えを却下すると、3人はガックリ肩を落とした。後ろで、当該生徒が両腕を上げ、「イエーイ」とガッツポーズする。
 楽しければ何でもいいらしい……。




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目標は春麗(チュン・リー)?

2010年05月23日 21時03分31秒 | エッセイ
 腰より高い位置を目指して、右足、左足と、交互にキックするエクササイズがある。
 太ももと腹筋、そしてお尻が痛くなり、引き締まる感じがする。アイスの食べ過ぎで丸くなった体をシェイプするチャンスだ。日々の運動に取り入れてみたらどうだろう。
 一世を風靡した格闘ゲーム、ストリートファイターⅡの人気キャラクター「春麗(チュン・リー)」が脳裏をよぎる。彼女の必殺技は「百裂キック」だった。チャイナドレスの深いスリットからのぞく、何ひとつ無駄な肉のない形のいい脚が、敵を倒すため、機械のような素早さと正確さで蹴りを連発し、痺れるほどカッコよかった。
 このエクササイズを続けたら、春麗に近づけそうな錯覚を起こしそうだ。ちょっと頑張ってみる価値はあると思う。

 キックといえば、教員になって3年目に、奇妙なことがあったっけ……。
 
 当時、勤務していた高校で、生活指導部主任の50代ベテラン男性が、女子生徒にとび蹴りをくらうという珍事が起きた。普通、教員が生徒から暴力を受けたら、「他人事ではない」と身構えるものだが、このときばかりは、どの教員も笑いをこらえるのに必死だった。
 私も、第一報を聞いたとき、「うぷぷぷぷ」と噴き出してしまった。男子生徒が女性の先生に暴力をふるったら、誰もが「許せない」と憤るだろうに、女子生徒が父親ほどの年齢の男性を蹴っ飛ばしても、「わははは」で終わってしまうのが不思議である。
「○○は、××先生と1mほどの距離で授業のことなどを話していましたが、突然後ろに下がり、助走をつけて××先生の胸のあたりにとび蹴りをしました。ワイシャツに足跡がつき……」
 職員会議で事実経過が報告される間、どの教員も下を向いて笑いをかみ殺している。ひとり、被害にあった教員だけが、胸に足跡をつけたまま、憮然とした表情で顔を上げていた。

 痛い思いをした上、笑い者になるなんて、これもまた二次被害というのだろうな……。

 もちろん、その女子は自宅謹慎となった。暴力は暴力だ。笑えるからといって、指導が軽くなるわけではない。
 しかし、なぜとび蹴りをしたのか、その動機がはっきりしないままだった。蹴られた先生は、特別に評判が悪かったわけではないし、蹴った女子も、突出して素行の悪い生徒ではない。会話の中で、生徒を刺激する言葉が飛び出し、衝動的に蹴ってしまったのだろうと結論づけられた。
 でも、カッとなった女子がとび蹴りをするなんて、極めて稀なケースなのではないか。
 思わず手が出ることはあるかもしれないが、わざわざ助走をつけて跳ぶとなると、日頃からの練習が必要だ。何か、特別なことをしていたのかもしれない。

 ふと、自分のことを考えてみた。キックのエクササイズをしているうちに、蹴ることへの抵抗がなくなっていったら、果たしてどうなるのか。
 ひょっとすると、職員会議でこんな報告があるかもしれない。
「6時間目終了間際、私語をやめない男子生徒○○めがけて、笹木先生がとび蹴りをするという事件がありました。体罰に該当するということで……」
 なーんてことにならないように、気をつけます!!




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お気に入りのバッグ

2010年05月20日 21時37分10秒 | エッセイ
 スーツに似合うバッグが欲しいと思った。

 仕事帰りに、池袋で買って行こう!

 JR池袋駅は、東口に西武百貨店、西口に東武百貨店があり、多少混乱する。東口に東武、西口に西武だったらよかったのに。
 どちらに行こうかと迷う。西武のほうが近いので、ひとまずそちらに向かった。
 バッグ売り場は2階にある。目をこらしてスーツにマッチするものを探したが、なかなか見つからない。私が欲しいのは、ビジネスマンが持つような、カチッとしたバッグである。持ち手が短めで、色は黒、光沢があり、型崩れしないブリーフケースのようなものを思い浮かべた。
 端から端まで歩いたものの、目指すバッグは見当たらない。「売れないから置いてないのかな……」と私は悲しくなった。すると、売り場の端っこに、私が求めているバッグに近いものが並んでいるではないか。
「あった~!!」と私は喜び、近寄った。次の瞬間、バッグの上に輝いている文字が目に入る。

 リクルートコーナー

 ああ、これはリクルートバッグだったのか……。
 さすがに、気が引ける。私はもはや、就職活動をする女子学生ではないから対象外だ。
 野球にたとえるならば、1塁方向に上がったフライを、セカンドが猛ダッシュで追いかけ、ファーストに体当たりして吹っ飛ばし、キャッチするようなものだろうか。
「いいや、東武に行こう」と、おとなしく下りエスカレーターに乗った。
 5分歩いて東武に着いたが、そこにもいいバッグがない。売り場を一周して、私はひどく後悔し始める。東武には、リクルートバッグすら売っていない。遠慮せず、あのリクルートバッグを買えばよかったのではないだろうか。
 一応、店員さんに相談してみる。
「あのう、リクルートバッグみたいなものは売っていませんか?」
「リクルートバッグですか? ありますけど、今は下げているんですよ。よろしければ、お持ちしましょうか?」
「ええ、じゃあお願いします」
 さすがに相手はプロだ。「女子学生でもないのに図々しい」という様子は微塵も見せない。私は4種類の商品から、気に入ったものを堂々と選び、ウキウキと家路に着いた。
 購入したのは、こんなバッグである。



「かっこいい」と家族からも好評で、私は胸を張る。ちょうど明日は出張だから、これを持っていこうっと♪
 さて、どのスーツを合わせようかと考えた。
 あった、あった、おあつらえ向きの一着が!
 3月に「フレッシュマン応援コーナー」で調達した、黒のシンプルなスーツではどうだろう。お子様ランチと違って、年齢制限がないのをいいことに買ったのだ。この上なく似合いそうな感じがする。

 アラフォーですが、フレッシュマンスーツ着て、リクルートバッグ持って、明日は都庁に行ってきます!!
 追い返されたりして……。




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サッポロ一番(猫舌用)

2010年05月16日 20時03分12秒 | エッセイ
 マイミクさんの日記に、「即席麺が食べたくなり、エースコックのワンタンメンを買って料理した。美味しかった」と書いてあった。なんでも、カップ麺と違って、鍋で煮る麺が欲しくなったらしい。ちょっと、わかる気がする。
 私が即席麺で好きだったのは、サッポロ一番だ。しょうゆ味とみそ味も捨てがたいが、最も気に入っていたのは塩味で、さっぱりしたスープに魅力を感じていた。
 あの味を思い浮かべたら、かなり食べたくなってきた。しかし、インスタント食品を嫌悪するプロテスタントの友人が、「身体の中が汚れるから、非常時以外食べるべきじゃないわ」と言っていたのを思い出し躊躇する。
 でも、やっぱり食べたい……。
 いつも自炊しているから、たまにはいいかなと自分を甘やかす。同意を求めて、娘に聞いた。
「ねえ、今日のお昼、サッポロ一番でいい?」
「サッポロ一番? ああ、前にお祖母ちゃんに作ってもらったラーメンだよね。別にいいよ」
「しょうゆとみそと塩があるんだけど、どの味にする?」
「うーん、みそがいいかな」
「じゃあ、お母さんは塩にする」
 あっけなく交渉は成立し、私はスーパーに走った。即席麺を買うのは何年ぶりだろう。カップヌードルなら去年も食べたが、サッポロ一番は娘が生まれる前に食べたきりではなかっただろうか……。
 ということは、十数年ぶりということになる。長いブランクだ。

 サンヨー食品株式会社が「サッポロ一番しょうゆ味」を売り出したのは、1966年というから、相当なロングセラー商品といえるだろう。「塩らーめん」の登場は、1971年と少し遅いが、こちらも息の長い商品であることは間違いない。
 お目当てのものを買い、台所に立つ。



 まずは、娘のみそラーメンを作る。
 お湯500ccを沸騰させ、麺を入れて3分茹でたら、粉末スープを入れてできあがりというお手軽さだ。麺を茹でた湯は捨て、新しい湯でスープを溶いたほうが美味しいという説もあるが、以前に試したときは水っぽくなったため、書いてある通りに作った。
 具にチャーシューと小松菜、味付け玉子を載せて、焼き立てのギョーザと一緒に食卓に並べる。
 次に、私の塩らーめんに取りかかる。こちらもすぐに完成し、キティちゃんの丼に移した。



「いただきまーす」
 箸で麺をすくい、口に運んだとたん、私は目を白黒させた。
「アチッ、アチアチ、アチィ~!!」
 鍋からおろしたばかりの麺は、猫舌の私にとって、過酷な温度だったのだ。
「ひー、火傷したぁ」
 思わず涙目になる。サッポロ一番って、こんなに熱かったっけ!?
 今度は慎重に、フーフーしながら箸を動かす。うん、美味しい。柔らかくてフワフワした即席麺も、尖った塩味のスープも、昔と全然変わっていない。
 だが熱い。フーフー、モタモタ、ズルズルと繰り返していたら、すっかり麺が伸びてしまった……。即席麺の柔らかさがアダになったようで、最後のほうは離乳食並みに、噛まずに食べることができた。気分は赤ちゃんだ。

 猫舌の者がこのラーメンを食べるには、ひと工夫しなければならない。
 まず、500ccのお湯を400ccに減らし、食べる直前に減らした分を水で加える。そうすれば、仕上がりの温度が下がり、食べごろになるだろう。
 しかし、お湯が減ると、大きな鍋を使った場合、麺に湯がかぶらないことも考えられる。鍋は丸いのに、麺が外袋と同じように、四角に形成されているからいけないのだ。麺を鍋に合わせて丸い形に仕上げてくれれば、小さな鍋でも茹でられるではないか。
 猫舌の消費者のため、ぜひ、サンヨー食品には丸型麺での製造をお願いしたい。

 ああ、口の中がヒリヒリする……。
「ほうら、言った通りでしょ。非常時以外、食べるべきじゃないのよ」
 もし、この場にプロテスタントの彼女がいたら、こう諭されるだろう。
 しかし、ダメと言われると、余計に挑戦したくなるのが人情というもので……。
 次に食べるのは、来年あたりだろうか。




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腰痛菌

2010年05月13日 21時06分13秒 | エッセイ
 朝、目を覚ましたら、腰が重かった。「すわ、腰痛か!?」と焦る。
 何を隠そう、私は20代の終わりにギックリ腰を患い、痛い思いをしたことがある。
 早朝のことだった。出勤前の仕度が早く終わったので、床にペタリと腰を下ろし、電車に合わせて時間調整をしていた。振り返ると、30cmほど離れた場所に私の好きな本が積んである。ちょっと読みたい気分になったのが不幸の始まりだった。体をひねって本を取ろうとしたら、「ピキッ」と電流のような衝撃が腰に走った。

「!!!!!」

「あ」に濁点をつける表現があるが、この痛みを表すには、最も適切なのではないだろうか。予期せぬ鋭い痛みに、私は脂汗を流して苦しんだ。
 それからしばらくベルトをつけて過ごし、近所の整形外科で、お年寄りに混じり電気治療を受ける破目になる。劇的な変化はないが、少しずつよくなっているはず、と信じて通院した。
 結果、2カ月ほどで痛みが引き、治療が終わったのだった。
 あの悪夢は、二度とごめんだ。

 職場にも、腰痛持ちの教員がおり、よく腰痛談義に花を咲かせている。
「昨日、整体に行ったら、イシダさんだったからガッカリしたよ」
 どうも、このイシダという整体師は、痛いばかりで治療にならないらしい。
「そうなんですか、私も前回はイシダさんでしたよ。あの方に当たると、かえって悪くなりますよね」
 不思議なことに、彼らの話に聞き耳を立てると、私の腰までダルくなる。腰痛は伝染病ではないはずだが、腰痛菌なる病原菌がいて、保菌者から感染するような感じだ。ちょっと用心しなければいけない。

 隣の席の先生は、若くして腰痛歴の長い女性なので、最近の不安を相談してみた。
「私もこの頃、腰が重いから心配なの」
「痛いですか?」
「ううん、痛くないけど、その一歩手前って感じ」
「それはよくないですよ。早めに病院で診てもらったほうがいいと思います。コルセットをつけて、安静にして過ごさないと、ドカンと来るかもしれませんね」
「……」
 すっかり怖くなり、今日は帰宅してすぐ、腰を傷めたときに買ったベルトを探した。私は割に物持ちがよい。たしか、20代のときに買ったものは、いくらも使っていないはずだ。
「あった!」
 屋根裏の収納庫から、ベルトが見つかった。たぶん、15年以上昔の、年代物ではないだろうか。「マックスベルト」と書かれた箱には、使用説明書も入っていた。



 出産前のSサイズも、余裕ではまる。「ほほっ♪」と、たちまち私は気をよくした。
 ベルトをつけると、腰が伸びて安心感が生まれる。早速明日からしていこう。
「腰が痛い……」
 腰痛歴40年の夫が、顔をしかめ、ゆっくり居間を歩いてきた。先週末から調子が悪いらしい。寝たきりになるほどひどい腰痛に見舞われたとき、夫は鍼治療に出掛ける。治ると、またしばらく経ってぶり返し、一進一退を繰り返している。

 おそらく、この男の腰痛菌は、かなり強力だ……。

 私はさっと身構えた。するはずのない飛沫感染で、こちらまで具合が悪くなりそうだ。インフルエンザ蔓延時のマスクのように、ベルトが唯一の防波堤に見える。
 ああ、腰痛の予防接種があればいいのに。




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暗号ヲ解読セヨ

2010年05月09日 20時09分18秒 | エッセイ
 勤務先の高校では、英検、漢検をはじめとして簿記やワープロ、情報処理など、何種類もの検定試験を実施している。合格発表用のボードには、「簿記検定合格者」「英検合格者」などの紙が所狭しと貼られ、おびただしい数の数字が並ぶ。
「せんせえ、俺の番号、何番ですか?」
 合格発表が行われるたびに、受験番号を聞いてくる生徒が必ずいる。
「受験票は?」
「なくしました」
 さすがに、入試でこういうやり取りはないが、自分の番号がわからなければ、合格発表も意味がない。きっと暗号のように見えるだろう。
「えーと、3087番だよ」
「はい、ありがとうございました」
 生徒は忘れないように、「3087、3087」と口に出して番号を復唱する。そして、掲示板の前で叫ぶのだ。
「あー、俺の番号、ねぇよぉ!」

 クラス全員が受ける検定もある。しっかり者は、ちゃんと受験票を用意しているけれども、7年前に受け持った私のクラスはうっかり者ばかりだった。
 親切心から、受験票がなくてもわかるように、番号ではなく合格者の名前を読み上げる。
「井口、石川」
 生徒がどよめく。
「いきなり、新井が飛ばされてるぜ!」
 その検定は、合格率6割といったところだろうか。思ったよりも出来が悪かった。
 合格者全員を読み上げたところで、いつも元気な理香がうつむき、しばらく動かないのに気づいた。
「理香? どうしたの?」
 声をかけても返事がない。よく見ると、涙をボロボロ流して泣いている。すぐに仲良しの女子が駆けつけ、理香を慰めた。
「もー、先生が名前で言うからだよ!」
 理香は不合格だったので、名前が呼ばれず、たいそう傷ついたらしい。
「きょっ、今日は、も、もう帰ります……」
 かすれた声を絞り出し、よろけながら彼女は立ち上がった。

 ああ、大失敗……。

 かと思えば、絵美子のような生徒もいる。
「先生、アタシ、ワープロ検定合格したの!」
「えっ、そうだっけ?」
 おかしい。たしか絵美子は、ひどい点数で落ちたと担当者が嘆いていたはずだが……。
「ちゃんと番号あったの?」
「あったよ! さっき、○○先生に3101番って教えてもらったもん。見てみなよ」
 たまに、不合格なのに、担当者のミスで番号が載ることもある。もしそうだったら、何と言って納得させようか、と私は悩んだ。
 絵美子は、数字の並んだ貼り紙を指差し、得意気に振り返った。
「ね、ほら。3101、あるでしょ」
 たしかに番号はあったが、それはワープロ検定ではなく、簿記検定の結果だった。
「絵美子、見る場所間違えてるよ……」
 やはり、合格発表は暗号なのだ。




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GWの意味

2010年05月06日 20時01分00秒 | エッセイ
 今年のゴールデンウイークは、遠出することもなく、美味しいものを食べてばかりいた。
 5月1日は、ホテルニューオータニのラウンジで、ジャズを聴きながらビュッフェを楽しんだ。飲みすぎ食べすぎで、その日は体重計に乗れなかった。
 3日は、娘の誕生日だったので、ビールにシャンパン、ワインをいただきながら、美濃吉のお弁当を頬張った。ケーキもしっかり食べた。勇気を出して体重を量ったら、2kgも増えていた……。
 5日は、日比谷に行く用事があり、夫と帝国ホテルでランチをした。夜は妹宅にお邪魔し、こどもの日のお祝いである。
 今年のGWは、「ごっつぁんウイーク」に他ならない。

 カロリーオーバーはもちろんのこと、塩分や水分も取りすぎたのだろう。連休中盤から全身が重くなり、むくみが出てきた。
 私は元々、むくみやすい体質である。指先が鈍感になり、すねを押せば指のあとが残るなんてことは珍しくない。しかし、今回は、肩こりや頭痛まで起きてしまい、やや重症という気がした。

 やばい、ちょっと気をつかわないと……。

 途中から、水分・カロリー・塩分控えめの「我慢ウイーク」に、路線変更しなければならなくなった。
 ああ、情けなや。

 5月1日だったろうか。
 朝はスポッとはまった結婚指輪が、夜には抜けなくなった。石鹸をつけて、どうにか外すことができたが、翌日は、第二関節から下に行かなくなった。

 しばらく、お休みしよう……。

 太った指にはまる指輪を探していたら、あった、あった。
 昔、母からもらったプラチナの指輪が見つかった。



 私の母は指が太く、薬指のサイズが17号である。私の夫が20号だから、さほど違いはない。「飽きちゃったからあげるわ」と言われて、もらった指輪が何個かあるが、サイズ直しに出さないと、親指でも回るほどのゆるさなのだ。
 このプラチナリングは、サイズ直しをすると、ヤスリのような模様に切れ目ができてしまうからと断られ、そのままになっている。

 今なら、ちょうどいいかもしれない……。

 薬指にはめてみたが、やっぱりゆるかった。しかし、中指にはジャストフィットした。
「おおっ!」
 むくみが取れるまで、結婚指輪の代わりに、この指輪をはめておこう。

 今日から仕事を再開したけれど、依然として私のGWは続いている。
 いつになったら、元に戻れるんだろう?




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カニばさみ

2010年05月02日 14時17分23秒 | エッセイ
 昨年7月、本羽田干潟で採集してきたクロベンケイガニは、10カ月経った今でも健在である。
 残念なことに、昨年12月に脱皮して以来、右のハサミがなくなってしまった。
 脱皮の様子は、こちら「さすがのクロベンケイガニ」をご覧いただきたい。
 
 ハサミがもげてしまったのなら、水槽に落ちていそうなものだが、それらしいものは見当たらない。奇妙に思い、仲良しの理科の先生に聞いてみた。
「それは、もしかすると、脱皮に失敗したのかもしれませんね。片っぽのハサミだけ、抜けなかったんじゃないでしょうか」
「ええっ、そんなことあるんですか?」
「うーん、僕は地学が専門なんで、正確なことは言えませんが、そんな気がします」
「たしかに、脱皮したあとの抜け殻には、ちゃんとハサミがついているんです。きっと、中身もあったんですね」

 何ともドジなカニである。私に似たのだろうか……。
 しかし、エサを取るのも、穴を掘るのも、左のハサミだけでしなければならないから不便だ。せっせと体を動かしているが、時間がかかり、気の毒になる。暖かくなったら、自然に帰そうとも思うけれど、これでは死んでしまいそうだ。

 先日、このクロベンケイガニが、2度目の脱皮をした。
 脱皮をすると、2匹に増えたように見えるけれども、片方は抜け殻である。一回り大きくて、動くほうが本体なのだ。



 この写真でいうと、左が抜け殻で、右が本体だ。1回目の脱皮と同様、抜け殻に寄り添う行動が見られ、ほほえましい。
 狭い水槽の中で、ストレスもあるだろうが、うまく環境になじんで成長しているようである。
「お母さん、ベンケイちゃんにハサミがあるよ!」
 娘がカニの変化に気づき、大きな声をあげた。
 こちらは抜け殻である。左のハサミはあるが、右はないのがおわかりいただけるだろうか。


 そして、こちらが脱皮後の本体だ。なんと、右のハサミが復活しているではないか!


「ああっ、本当だ!」
 私は、生命の神秘に目を白黒させた。娘も相当驚いたらしい。
「また生えてくるとは思わなかった。しかも、色が違うし」
「そうそう、白っぽいよね」
「何か、ちっちゃくない?」
「たしかに、小さいね」
 復活したハサミは、色白で華奢だけれども、ちゃんと動く。穴を掘ったり、泥を運んだりと、活躍していた。こんなことがあるとは思わなかった。まだまだ、知らないことがたくさんあるようだ。

 私も娘も、声を揃えて言った。
「ベンケイちゃん、よかったね!!」
 3回目に脱皮するときは、忘れるんじゃないよ!




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