これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

クリスマス攻防戦

2009年11月29日 21時13分17秒 | エッセイ
 まだ11月も終わっていないのに、すでにクリスマス商戦は始まっている。
 テレビをつければ消費者の購買意欲を煽るようなコマーシャルが流れ、ポストにはおもちゃのパンフレットや、衣類のカタログが届けられる。
 中一の娘は、いいように刺激を受けてしまったようだ。
「ねえねえ、お母さん、クリスマスプレゼントにiPod買って~!」
 私はオーディオ用品に無知である。
「iPod? いくらするの?」
「8GB(ギガバイト)で、14800円って書いてあるよ」
 ちんぷんかんぷんだ。
 娘は遠慮がちに続ける。
「本当は16GBのが欲しいんだけど、高いし、ケースやスピーカーも必要だから、8GBでいいかなぁ」
「8Gと16Gの違いは何?」
「8Gだと2000曲くらい入るけど、16Gだと4000曲なの」
「2000曲入れば十分でしょ」
「えー、少ないよ! だって、いきものがかりは全部入れたいし、Greeeenとか絢香とか、大塚愛に吹奏楽の曲もあるんだもん!」
 そういうものなんだろうか?

 子供が成長するにつれ、プレゼントも高価になっていき、とどまるところを知らない。
「iPodはお母さんにもらうとして、デジカメと自転車は誰に頼もう……。お祖母ちゃんかな?」
 それはちょっと悪いだろう。私はきっぱりと言い聞かせた。
「ダメダメ、年金暮らしの人に、そんな高いものをねだらないの」
 娘は渋い顔をして考え、ニヤリと笑って切り出した。
「じゃあ、サ、サンタさんに頼めばいいんだね!!」
「……」
 サンタの存在を信じているとは思えぬ年頃だが、親としては答えに窮する提案で、一本取られた形になった。
「すっかり忘れてたよ、サンタさんがいた~」

 早く使いたいからという理由で、今日は娘と電器屋さんに行き、iPodを買うことにした。
 本体はすぐに見つかったが、ケースやスピーカーなどのアクセサリーがわからない。店員さんを呼び、聞いてみたのだが……。
「iPodですか。音源が限定されるし、アフターサービスも悪いので、個人的にはお勧めしませんが」
「ええっ!!」
 私も娘も、声を揃えて叫んだ。しかし、思い当たる節がないわけでもない。
 勤務先の高校で試験監督をしていたら、生徒の制服に入っていたiPodが突然鳴り始めたことがある。イヤホンが刺さっているのに音漏れが激しく、周りの生徒に迷惑だった。急いで止めようとしたのだが、ロックされていて操作できず焦った。幸い、教室内には雑巾がたくさんあり、何重にもくるんでソフトボール状態にしたら、ようやく音が聞こえなくなったのだった。
 そんなことを思い出し、不安になって聞いた。
「では、どちらがお勧めですか?」
「……そうですね、ソニーさんあたりがよろしいかと」
 娘は音楽が聴ければ何でもいいらしい。案内された売り場で、抵抗せずに商品を選んでいる。
「これは、○○ちゃんが持ってるから、同じのはイヤだ」
「ノイズキャンセラがついているのがいい」
 結局、16GB、スピーカーつきのウォークマンとなった。



 お値段は、21800円。
 何だかんだで、7000円も高くついてしまった。
 娘にしてやられた気がする……。 



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狭き門

2009年11月26日 21時29分50秒 | エッセイ
 陶芸作家が500人いれば、その道のみで食べていかれる者は、わずか4名程度だという。残りの496人は、会社勤めなどをして生計を立てながら、副業として陶芸を続けるそうだ。
 そう教えてくれたのは、陶芸教室で講師を務める傍ら作品を創り続け、ときには個展を開くこともある田口さんだ。
「私は10代のときから陶芸作家を目指していましたが、運も才能もないものですから、それだけでは生活していけず、講師となったのです」
 しかし、彼の選択は正しかったようだ。なかなかのイケメンでトークも上手く、人の心をつかむことが得意な田口さんは、やがて人気講師となり、指導者としての実績をあげている。

 陶芸の経験はないが、おそらく私に向いていないもののひとつだろう。
 昔見たテレビ番組に、陶芸家が焼きあがった作品をチェックし、失敗作の皿や器を地面に叩きつけて割る場面があった。
 私から見ると、商品として十分通用しそうに見えたので、「完璧主義で自分に厳しい陶芸家」のイメージができた。
 きっと私だったら、「だいたいでいいんだよ」というアバウトな基準のもと、いびつな形の皿や、傾いた小鉢、水もれのする湯呑み茶碗などが出来上がるだろう。
 そして、うっかり手を滑らせて、完成品を次々と割ってしまうに違いない。

 田口さんにも辛いことはあった。
 教室の生徒と一緒に、あるコンクールに出品したところ、賞を取った生徒がいたのに、田口さんは落選してしまったのだ。
「生徒はグランプリ、私は知らんぷりですからね」
 語呂合わせの上手さとトークの巧みさに、思わず声を立てて笑ってしまったが、本当は笑うところではなかったのかもしれない。
 でも、陶芸にかかわる仕事で身を立てられた自分を「幸せ者」と言い切る田口さんに、暗さは微塵もなかった。
 お手本になる生き方をしている人は、皆輝いて見える。

「笹木さんに、私の作品をプレゼントしますよ。何がいいですか?」
 思いがけない申し出に嬉しくなった。
「ええーっ、いいんですか? 何にしようかな……」
 そのとき、娘のミキのお茶碗を買い換えようとしていたことを思い出した。
「じゃあ、お茶碗がいいです」
「はい、茶碗ですね。わかりました」
 ミキは、最近よく食べるようになり、ご飯をおかわりすることも珍しくない。
 田口さんをお見送りしてから、はたと気づいた。
 
 もしかして、私が使うと思って、小さな茶碗をくれるかもしれない。

 どんぶりと言えばよかったなぁ……。



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柿責めの刑

2009年11月22日 19時59分51秒 | エッセイ
 私の実家には柿の木があった。甘百目という品種で、実が丸く、名前の通り甘味の強い柿だった。
 母は、柿の実が熟すとすぐにもいできて、私たちに食べさせた。来る日も来る日も、食後のデザートやらサラダやらで食卓に登場し、柿責めに遭った。食べきれない柿は台所に並べられ、甘ったるい匂いをプンプンさせて待機していた。
「早く取らないと、鳥に突付かれちゃう」と母は木に目を光らせていたが、私は「さっさと食べられてしまえ!」と願うばかりだった。

 結婚して家を出たときは、ちょっぴりホッとした。
 しかし、嫁ぎ先には柿の木が2本もあることを、あとから知った。
「東側の柿は渋柿なのよ。中央の柿は甘柿だけど、自分で食べる柿は買ってくるわ」
 さすがはお嬢様育ちの義母だ。言うことが違う。
 笹木家の柿は食用ではなく、もっぱら鳥の餌や芝生の養分として活用されているのだ。

 柿責めから解放されたと油断していたら、数年前、職場の机に枝つきの柿が6個置かれていた。
「うちの柿です。食べきれないので持ってきました」
 産休代替の先生が、好意で配っていたのだった。

 ……いらんちゅうに……。

 だが、わざわざ自宅から重いものを運んできたのだ。無下に断れず、お礼を言って持ち帰るしかなかった。
 今の職場にも、柿を配る教員はいる。私は「結構です」と言って受け取らないが、もらった先生が皮を剥き、皿に載せて「食べてね」と声を掛けてきたときは、ありがたく頂戴する。人様が手間暇かけたものは美味しい。

 去年の今頃、娘が家庭科の授業で巾着を作ることになった。色鮮やかなバンダナを2枚重ねて縫い合わせ、四隅が上で広がるように紐を通す簡単な巾着だ。
 バンダナの色を各自で選ぶため、娘から「どれがいいかな?」と相談を受けた。
「このピンクと水色がいいんじゃない?」
「うん、じゃあ、それにするよ」
「この巾着、お母さんのお弁当を包むのにちょうどいいなぁ」
「ふーん、欲しい? なら、できたらお母さんにあげるよ」
 そして、完成した巾着をもらったのだが、私はこれが柿に見えて仕方ない。



「なんかさ、柿に似てるね」
「ああ、似てる似てる。そういえば、オレンジ色のバンダナで作った子もいたよ」
「やばいよ! それ、柿そのものじゃん!!」
 そっちのほうが面白かったかも……。

 そして、本日のおやつは、この「柿団子」だ。
 中にはつぶあんが入っていて、とてもいいお味だった。



 実は、柿責めが懐かしいのである。



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選ばれし日

2009年11月19日 18時43分30秒 | エッセイ
※ お断り
 このエッセイは、江國香織さんの著書『左岸』の内容を一部含んでおりますことを、ご了承願います。

 娘の誕生日は5月3日である。
「ミキの誕生日は憲法記念日だから、学校でプレゼントがもらえなくて淋しいな」
「そりゃそうだけど、夏休みや冬休み、春休みに生まれた人だって同じだよ」
 私は慰めにならない返事で答えた。
 もっとも、誕生日当日、ゆっくりとお祝いができるというメリットはある。
「ミキ、憲法記念日というより、ゴミの日ですって言ったほうが、おぼえてもらえるかもよ」
 私がキツいジョークを飛ばすと、娘はムッとしてにらみつけてきた。
 しかし、その後、自己紹介をするときは、「誕生日は5月3日、ゴミの日で~す♪」と言い、笑いを取っているらしい。

 先日、友人のブログを見ていたら、「誕生色」のサイトが紹介されていた。
 興味をひかれて試してみると、私の誕生日、10月18日は「パールグレイ」という聞きなれない色であるとわかった。
 家で夕食の話題にすると、娘も「ミキの色は?」と身を乗り出して聞いてきた。再び、サイトにアクセスし、5月3日をチェックする。
「ティールグリーン? そんな色あったんだね。じゃあ、お父さんの色は?」
 夫の誕生日は6月16日だ。日付をクリックすると、一般には好まれない色が飛び出してきた。
「黄土色だってー!! あっはっは~!!」
 私も娘も、大きな声で笑い転げた。が、夫は無関心を装い、ひたすら洗いものに励むばかりだった……。
 つまらん。

 今、私は江國香織さんの『左岸』を読んでいる。これは、『冷静と情熱のあいだ』に続く辻仁成さんとの共作で、茉莉と九という幼なじみのラブストーリーを、江國さんは茉莉側から、辻さんは九側から展開する話題作だ。
 まだ読み終えていないが、江國さんの得意とするエキセントリックな女性が、波乱に満ちた半生を力強く生きる様が読者を惹きつけ、飽きずに読める。
 最初の波乱は、最愛の兄・惣一郎の自殺であった。大人びた中学生、惣一郎が、母校である小学校で首吊り自殺をしたという電話がかかってくるのだ。運命の日は、10月18日……。

 何で、私の誕生日にするかなぁ!?

 とたんに、著しく感情が入り込み、「なぜ自殺を」ではなく、「なぜこの日を」が私の中では焦点となった。1年は365日、いや、うるう年も含めれば366日あるというのに、すごい確率である。
 先が読みたくなるストーリー展開なのだが、ここだけはどうもいただけない。

 通勤カバンからはみ出た本に、ミキがチラリと視線を走らせた。
「左岸って、どんな本? 面白い?」
「うーん、難しくって、中学生にはまだ読めないと思うよ」
 私はすまして答えた。
 ナイショ、ナイショ、ナイショにしておかなくっちゃ♪



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毒入り餃子

2009年11月16日 06時06分19秒 | エッセイ
 先日、久しぶりに作った餃子が好評だったので、第二弾に挑戦した。
 今回は、やや大きめの皮を生協で注文し、きっかり20個分の具を用意した。過不足がないと気分がいい。
 試験を控えた娘を勉強させ、私が一人で皮に具を詰め、餃子を完成した。夫が様子を見に来て、ズラリと並んだ餃子に感嘆の声をあげた。
「あっ、キレイにできたね」
「でしょ~!」
 そこまではよかったのだが、どちらが焼くかで揉めた。
「私が作ったんだから、焼いてくれてもいいじゃない」
「でも、俺はチャーハンも作らなきゃいけないんだ」
「今日は私が夕飯を作るのよ」
「……じゃあ、いいよ」
 結局夫が折れて、私はノンビリひなたぼっこしながら、チャーハンと餃子のランチを待つことになった。
 ジャージャー、という威勢のいい音が聞こえてくる。ごま油の香りも漂ってきて、「早く食べたい」という気持ちが高まった。
「できたよ~」
 夫に呼ばれ、食卓に向かった。
 しかし、皿の上に載っていた餃子は、焼き色が不十分であるばかりか、ところどころ皮が破れていた。むき出しになった具は生ゴミを連想させ、盛り上がった気持ちを一気に萎えさせる。

 何これ! 私の力作がぁ~~!!

 夫は、直径26cmのフライパンに、20個もの餃子を無理矢理詰め込み、たっぷりの水を入れて焼いたようだった。皮が差し水で膨れあがり、水気が飛ばないまま盛りつけられていた。
 パリパリの餃子が好きな私は、激しく後悔した。

 自分で焼けばよかったーー!!

 しかし、大役を押しつけた身としては、夫に文句を言うわけにいかない。「美味しい」とも「不味い」とも口にせず、黙々と箸を動かした。
 あとから娘がやってきて、夫特製のカニチャーハンを食べ始めた。
「うん、美味しい、美味しい! お店で食べるのより上手だよ」
 お腹を空かせた娘は、チャーハンを食べることに夢中で、まだ餃子が目に入らない。
 半分ほど食べたところで、娘はレンゲを置いた。右手に箸を持ち、餃子に視線を移すと、一呼吸置いて言った。
「……あれ? なんかボロボロだね……」
 ましな形のものを残しておいたのに、フニャフニャでひしゃげた皮に包まれた餃子は病人のようだ。皿のあちこちには具が飛び散っていて、荒れ果てた雰囲気を醸し出している。
 ミキは、箸を伸ばして餃子を取ると、パクリと頬張った。無言でモグモグ口を動かすと、率直で残酷な感想を述べた。
「うん、これは、餃子というよりワンタンだね!」
 私は笑いをかみ殺すのに苦労した。たしかに、ワンタンといえないこともない。ふやけてやわらかくなった皮ばかりが、存在感をアピールしている。
 子供の無邪気な発言は、大人の嫌味よりも、ある意味破壊力が大きい。ミキはさらに問題発言を続けた。
「お母さん、水餃子ってこんな味? ミキはまだ食べたことないんだけど」
 おおっ、そこまで言うか!!
 私は返事に困り、どう切り返したものかと悩んだ。
 それまで沈黙を守っていた夫が、ようやく、消え入りそうな声でつぶやいた。
「……ごめんね……」
 
 夫にとっては、努力が認められなかったばかりか、とんだ毒入り餃子になってしまったようだ。



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いんたーん ★ しっぴ 

2009年11月12日 22時46分08秒 | エッセイ
 インターンシップとは、ご存じの通り「就業体験」のことで、学生が企業などで仕事を体験しながら研修することを指す。
 私の勤務校でも長いこと実施されており、今年度も予定されている。
 しかし、おっちょこちょいの生徒あゆみは、なかなかこの言葉をおぼえられない。
「先生、アタシ、本屋さんでインターシップするんだ~」
「インターシップ? インターンシップでしょ?」
 すかさず、私が突っ込むと、あゆみは「しまった」という顔で苦笑いをした。
 彼女が書いた学級日誌では、クラスメイトの「山本」が「本山」に、「東京都」が「京東都」となっている。テストでもイージーミスを連発するので、一度頭のフタを開けて、思考回路を点検したくなる。
 私はさらに付け加えた。
「そのうち、インターンシッピなんて言うんじゃないの!?」
「いや、それはないね」
 あゆみは口を尖らせて否定した。

 インターンシップが広く行われるようになったのは、1990年代後半からである。
 だが、私たち教員は、それ以前から「教育実習」として、就業体験を行っている。母校で実習した2週間は、同じクラスだった友達が一緒で、顔見知りの先生も多く、最初は同窓会ムードだった。
 しかし、仕事は甘くない。早速、教職の洗礼を浴びた。
「このスリッパ、雑巾で拭いてきれいにしておいて」
 指導教諭が、来客用に貸し出しをする何百足ものスリッパを持ってきた。中には、埃をかぶって白くなったものや、黒い汚れが付着したものもある。おびただしい数のスリッパは、拭いても拭いてもなくならない。実習生3人がかりで、1時間はかかっただろうか。 中腰での作業がきつかった。
 高校時代の別の友達からは、「砂希が授業をしているところを見たい」と言われた。だが、スリッパと格闘しているこの姿は、とても見せられないと悲しくなった。
 終わったあと、指導教諭からねぎらいの言葉があった。
「ありがとう、大変だったでしょ。教員は授業を教えるだけじゃないのよ。こういう汚い仕事もあるって、知っておいたほうがいいよ」
 この体験の重みは、実際に教員になってからわかった。生徒が書いた落書きをアセトンで消し、トイレに散乱しているタバコの吸殻を掃除したり、廊下にこぼれたジュースをふき取って、床にへばりついたガムをはがす……。こんなことは日常茶飯事だ。
 教室に消火器を撒かれたときは、部屋中が雪化粧をしたように粉で真っ白になり、さすがに驚いた。教員10名ほどで片付け始めたものの、粉をふき取るのは根気のいる作業で、非常に苦労したおぼえがある。
 ついでに、授業料や積立金を払わない家庭に、電話で督促するのも給料のうちとなっている。
 先日のニュースでは、1年間の試用期間後に正式採用とならなかった新任教員が、過去最多を記録したと報道されていた。せっかく倍率の高い採用試験に合格したのに、辞めてしまうとは残念なことだ。
 私だって、長い教員生活のうち、一度や二度は仕事がイヤで辞めたくなったことがある。だが、そのたびに、実習中に聞かされた言葉が浮かんできて思いとどまった。
「仕事は、楽しいとか楽しくないの問題じゃない。どこまで我慢できるかだ」
「社会では、理屈より先に決まりがある」

 学校行事としてのインターンシップは、長引く不況で逆風にさらされている。
「今年は受け入れる余裕がないため、申し訳ないのですが辞退させていただきます」とお断りされるケースが目立つからだ。
 インターンシップによって離職率が低下し、定着率が上昇するといわれている。
 次世代を担う人材を育成するためにも、景気の回復を願うばかりである。



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問題集失踪事件

2009年11月08日 21時05分33秒 | エッセイ
 勤務先の高校で、生徒から集めた問題集を返していた。
「先生、私の問題集がありません」
「俺のもです」
 おかしなことに、5人の生徒が「提出したのに戻ってこない」と主張する。
 はてさて、こちらは受け取っていないのだが、どこへ行ったのだろう。
 ここはひとつ、名探偵を気取って、事件を解決してみよう!
 ちなみに、私が一番好きな探偵は、金田一耕介でもなく、浅見光彦でもなく、江戸川コナンである。

 一番多い原因は、実は出していなかったという勘違いだ。提出しなければという思いが、提出したという思い込みに変わると、問題集はロッカーの中にあるだろう。
「一応、ロッカーや机の中を見てきなよ」
 とは言ったものの、5人まとめて思い込むのは不自然だ。
「先生、やっぱりありません」
 生徒たちは、しおれた顔で戻ってきた。うーん、外れたか……。

 提出の状況としては、私の机がある○○指導室前に提出箱を置いておいた。生徒は各自で、その箱の中に問題集を入れるのだ。提出期限になるまで箱は出しっぱなしだから、誰でも手に取ることはできる。
 そういえば、前の学校では、社会科室に生徒のノートが隠されていたということがあった。もしや……?
 私は次の推理を口にした。
「わかった、誰かが提出箱から問題集を持ち出したんじゃない!?」
 これは、まったく受け入れられなかった。
「えー、何のために?」
「そんな陰険なヤツいるかなぁ?」
「違うんじゃない!?」
 やり取りを見ていた生徒までもが反論し、一斉にブーイングをくらった。
 うーん、ちょっと強引だったかな?

 ない知恵をしぼり出し、私は一生懸命考えた。私以外にも、同じ問題集を使っている先生がいる。その先生も、提出箱を用意していたとすれば?
 不意にピーンと来たので、自信を持って言った。
「箱を間違えなかった? 私の箱は職員室前じゃないよ」
「あ、職員室のほうに出しました……」
 生徒も合点がいったようだ。
 普通、提出箱には教員の名前が書いてある。私の場合は「笹木クラス 問題集提出箱」と表示してあるのだが、なぜ他の先生の箱に入れたのだろう?
 すぐに生徒が帰ってきた。
「先生、ありました!! よかった~!」
 やはり、5人の生徒は、自分と同じ問題集が入っている別の箱に入れてしまったのだ。担当の先生が「間違ってこちらに提出してきた」と教えてくれればよかったのだが、箱の中に置き去りにされていたらしい。それもどうかと思うが、ひとまず見つかったから一件落着だ。
 やっと推理が当たり、私はちょっと鼻高々になった。
 まあ、コナンの足元にも及ばない、へっぽこ探偵だったが。

 5人の問題集を採点する。よく書けているものの、提出先を間違えて期限に間に合わなかったから減点だ。全員2点ずつ下げた。
 念のために言っておくが、決して、私の名前をおぼえていなかったから減点なのではない。
 決して!



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仏教徒ではありませんが……

2009年11月05日 22時10分45秒 | エッセイ
 すっかり辺りが暗くなったころ、ドン、ドン、ドン、ドンという大きな花火の音が、耳に突き刺さってきた。まるで、わが家の庭で打ち上げたかのような轟音だが、実際には200mほど先のお寺で上がった花火である。
 このお寺では、日蓮上人の命日に合わせて、御会式(おえしき)が行われる。その日は、命日の前日で「お逮夜(たいや)」といい、屋台やら、万灯行列、纏やらが登場し、夜遅くまで賑っていた。
 夕食後、娘のミキが外出の準備をし、話しかけてきた。
「お母さん、御会式行ってくるね」
 ちょうど、木枯らし一号の吹いた夜で、私は一歩も外に出たくなかった。すかさず、500円玉を渡して言う。
「クレープ買ってきて」
 9時には帰るということなので、床暖房の入ったフロアで暖まりながら娘を待った。
 
 私にとって、7年前の御会式は忘れがたいものがある。
 お逮夜の翌日、つまり日蓮上人の命日には法要が行われる。法要の前に、稚児行列があり、この寺の保育園に通っていたミキも参列することになったのだ。衣装は園が貸してくれるし、ご祈祷と記念写真つきで、滅多に体験できないイベントだった。
 男児の衣装には烏帽子を合わせる。



 女児には、烏帽子ではなく金冠となる。



 問題は、金冠がズレて落ちないように、髪をきちんと結わいてほしいと指示されたことだった。
 ミキの髪は強いクセ毛で、しかも量が多いから、全然言うことを聞いてくれない。私も、諦めが早いというかいい加減というか、「そこそこできていればいいや」と安易に妥協する性格である。頭皮から浮き上がり、不安定で中途半端な結び方のまま、「これ以上は無理」と見切りをつけて、保育園に連れて行った。
 衣装に着替えたあと、金冠を載せてもらう順番を待っていたときだ。ゆかちゃんという子のお母さんが、ミキの頭をジッと見ていた。何か言いたげだったが、結局何も話しかけてこなかった。

 なんだろう??

 気になったけれども、あまり話したことがなかったので、そのままにしておいた。
 しかし、彼女は再びこちらに視線を向け、意を決したように近づいてきた。
「あのう、その髪、直したほうがいいと思うんですけど……」
 私はギョッとした。彼女は、ミキの適当に結わかれた髪を見ていたのだ。
「私は美容師なので、よかったらやりますよ」
 ゆかちゃんのお母さんの手には、当たり前のように黒ゴムとハサミ、櫛の3点セットが握られていた。
「えっ、いいんですか!? ぜひ、お願いします!!」
 私は大喜びで頼み込んだ。
 きっと、彼女の職人気質が、ミキの気の毒な髪を見過ごせなかったのだろう。右手をサッと振りかざすなり、奔放なうねりを櫛で抑えつけ黒ゴムをクルクル巻いて、赤子の手を捻るように反抗する髪を制圧した。
「わあ、スゴイ!! さすがは美容師さんですね!」
 私はすっかり感心し、彼女の技を褒めちぎった。詰めの甘い母親は他にもいたようで、ゆかちゃんのお母さんは、あちこちで立ち止まっては子供たちの髪を結び直していた。
 おかげで、稚児行列で町内を練り歩いたあとでも金冠がずれず、よい記念写真が撮れたのだ。私は急に写真が見たくなってきた。

 間もなく、玄関のチャイムが鳴った。
「ただいま。ミキだよ」
 ドアを開けると、お約束のクレープが目の前に差し出された。



 私は娘にではなく、クレープに「おかえり~♪」と言った。



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鑑(かがみ)よ、鑑、鑑さん♪

2009年11月01日 20時50分57秒 | エッセイ
昔の職場の女子トイレ
鏡の上の蛍光灯
カバーの上に座る文字

「絶対に殺虫剤などをかけないでください」

絶対にって書かれると
かえって悪さをしたくなる
かけたら何が起きるのか
好奇心が目を覚ます
殺虫剤はどこにある?

生徒にいつも言っている
自転車タンデムいけません
さっさと降りて歩きなさい

だけどその日は寝坊した
駅から走って間に合うか?
脇を通った我が生徒
チャリの後ろが空いている
ちょっとそこまで乗せてくれ!!

授業中
ガムを噛んでるヤツがいる
私の話を聞きながら
口がモグモグ動いてる
小さな紙を用意して
そのガムここに出しなさい

デスクワークの最中に
外線電話が鳴り出した
とっさにガムを脇に寄せ
受話器を取って名を名乗る

娘がうっかり忘れ物
国語の教科書置いてった
気をつけなくちゃダメでしょう!!

怒ったあとに気がついた
職場に忘れたたまごっち
ボヤッと置いて帰宅した
放っておいたら死んじゃうよ
夫に頼み職場まで
車に乗って取りに行く

立派なことを口にして
やってることは子供以下
鑑よ鑑、鑑さん
たまには羽目を外させて



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