これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

今年の漢字、こんな感じ!

2008年12月28日 19時38分55秒 | エッセイ
―2008年の世相を表す漢字は「変」―
 過日のニュースに刺激され、私にとっての「今年の漢字」を考えてみた。

 やはり、「作」だろうか。
 4月に、以前から開設したいと熱望していたブログを立ち上げた。更新すると、面白いようにいろいろな人が読みに来る。
 私は作品を読んでもらうのが大好きだ。しかも、誰かしらがコメントを書き込んでくれるので、あっという間にのめり込み、立派なブログ中毒患者となった。
 8年前からエッセイ教室に通っているので、開設当初、手持ちのストックはたくさんあったが、週3回のペースで更新を続けていたら4カ月で在庫ゼロに。
 あとは更新日に合わせて新しいエッセイを書かなければならない。家事に育児に仕事もあるからペースダウンして週2回の更新にし、睡眠時間4~5時間で書いては投稿、書いては投稿を繰り返してきた。
 家内制手工業は体力勝負だ。大変だったけれどもやりがいがあるし、何よりも楽しかった。

 7月末からはmixiを始めた。
 ブログのアクセスアップにつながればと思ってのことだったが、ここでも友人ができるとこれまた夢中になる。自分のブログを書くよりも、ついつい友人の日記を読みに行くほうを優先する。何人かの日記にコメントを入れて回ると、はや1時間が過ぎていたなんてこともあった。
 政治・経済に強い友人がいれば、小説を書く友人、映画や料理、読書、写真が得意という友人もいて、大いに刺激を受けた。今後もさらに交流を広げていきたいものだ。

 家庭では夫が定年退職し、自宅で過ごすようになったので、彼の食事を作る機会が増えた。放っておくと、レトルト食品やコンビニ弁当ばかりで済ませようとするから、なるべく手料理のエサ、ではなく食事を準備しておく。平日は出勤前に自分の弁当と一緒に夫の昼食も作り、帰宅してからは夕食の支度をする。手間暇かかって大変だが、夫の健康管理ができるというメリットがある。

 実のところ、最初に浮かんだ今年の漢字は「泣」だった。
 本当によく泣いた年だった。もともと私は冷静で、血も涙もない人間と見られがちだ。感情はあるけれども極力表に出さないし、人前で涙を見せるなんてことは学生時代に卒業したと思っていた。
 そうでないとわかったのは6月だ。このときは、つき合いの長かった友人との関係が壊れてしまい、一転して疎遠になった。
 淋しかった。それまで交換したたくさんのメールを見たり、一緒に出かけた場所を思い出すたびに涙があふれた。
 7月には、前の職場の同僚が急死した。いつも穏やかな笑顔をたたえ、誰にでも親切だった国語の先生。私のエッセイの読者でもあった彼女の突然の死が、ただただ悲しかった。お通夜では、私だけでなく参列者みんなが泣いた。
 12月には13年ぶりに授かった赤ちゃんを流産した。手術前の飲食を禁止されているときにも涙が止まらず、「今泣いたら脱水症状になるのでは??」と心配しながら泣いた。
 不幸の有無にかかわらず、映画を観てもすぐ涙するようになったし、小説を読んでも目が熱くなることが多くなった気がする。
 勤務先の高校でも、仕事中に赤い目をしていたことがあったが、やさしい生徒に元気づけられた。つけまつ毛をして短いスカートをはいた女子生徒が「先生、これ美味しいから食べてみなよ」などとお菓子を渡してくるのだ。幼い発想に苦笑しながらも励まされた。

「泣」にしなかった理由は、以前にエッセイ仲間から教わった話を思い出したせいだ。
「涙もろくなるのは老化現象なのよ。感情のコントロールができなくなったからなの」
 私自身はまだ若いつもりでいたけれども、年のせいだったのだろうか?
 そんなの、絶対認めたくない!

 ダメッ! 「泣」なんてボツよ、ボツ!!
 来年は「勝」「叶」「美」「楽」あたりを目標にするんだからっ。

 そんな経緯があり、今年の漢字は「作」となったわけだ。

 一年間、応援していただきありがとうございました。
 来年はさらにパワーアップできるように頑張ります!
 ご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。



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いつかはこんなクリスマス

2008年12月25日 19時34分27秒 | エッセイ
 横浜は憧れの場所のひとつだ。
 その理由は19歳のときまでさかのぼる。
 ときは昭和61年、私はまだ高校生気分の抜けない大学1年生だった。
「クリスマスはオールでドライブするから来てよ~」
 友達の潤子はとびきり社交的な子で、にぎやかなイベントを企画することが得意だった。潤子のバイト仲間の男の子が5人、友達の私たち女の子が5人集まり、3台の車に分乗して横浜方面まで夜通しドライブをすることになったのだが……。

 はっきり言って、全然おもしろくなかった。

 考えてみれば、彼氏募集中でもなく彼女募集中でもない男女が集まったって、話が弾むはずないのだ。
「オレ、ディズニーランドでお土産売るバイトしてるんだけど、こないだレジに突っ伏して寝てたら、お客さんに『お会計してください』って起こされちゃったよ~」
 なぜかこの話だけは覚えているが、あとは何を話したかも記憶にない。
 場つなぎで私が手品を見せたり、深夜のレストランでスパゲティを食べたりして、楽しむどころか朝までどうやって時間をつぶそうかと悩んだ。
 来なければよかったと後悔した。が、このあとすぐに、まるでプレゼントのような出来事が待ち受けていたのだ。

 外人墓地に着き、ちょっと散歩しようと誰かが言い出した。吐く息は白く、辺りは暗い。時間は午前2時くらいだったろうか、閑静な山手本通りをゆっくりと南下した。



 洋館が点在するハイカラな街並みは、見ているだけでワクワクしてくる。ドアに飾られたクリスマスリースの緑や赤が景色に馴染み、ツリーに点滅する色とりどりの電球が金色のオーナメントを照らし出し、存在感をことさらアピールしていた。
 5分も歩かないうちに、ひときわ明るい一角が目に入った。20人ほどの男女が集まり、庭で深夜のクリスマスパーティをしているようだ。
 ひと目で上流社会の住人とわかるいでたちだった。女性は毛皮のコートを羽織り、男性はスーツを着て、静かに談笑していた。まるで、ハリウッド映画のワンシーンを思わせるパーティだった。
 思わず私たちは足を止め、見慣れない人種に注目した。
 私たちもまた彼らから見えたようで、突如として現れたティーンエイジャーに興味を持ったのか、主催者とおぼしき男性が優雅な足取りで近づいてきた。
「やあ、メリークリスマス。こんな時間にどうしたの?」
 40代後半とおぼしきタキシードに身を包んだ紳士が、シャンパングラス片手に話しかけてきた。品のよい話し方だった。
「いえ、僕らドライブの途中なんですけれど、ちょっと歩きたくなって」
 潤子の友達で年長の男子が代表で受け答えをした。
「ふーん、どう? よかったら飲んでいかない?」
「あ、運転するから飲まないんです」
 紳士は少し残念そうな顔をした。
「じゃあ、ケーキを食べていけば? たくさんあるから手伝ってよ」
 ケーキ!
 それならばと、私たちはお言葉に甘えることにした。
 セレブな人々の集まりに、場違いな庶民がぞろぞろと闖入する様子は奇妙だったが、誰もが温かい笑顔で迎えてくれた。
 お目当てのケーキにはほとんど手がつけられていない。30cm×50cmほどの長方形をした大きなケーキだった。生クリームを塗った表面には、イチゴが端にポツリポツリと飾られており、中央にはしぼったチョコレートで「Merry Xmas」と書かれ、いたってシンプルだった。
「さあ、お好きなだけ召し上がれ」
 面倒見のよさそうな女性から紙皿とフォークを受け取り、私たちは大喜びでケーキにありついた。甘さを控えたさっぱりとした味だった。遠慮しながらも結構いただいてしまい、インスタント・セレブになった感じがした。ウーロン茶をもらって15分ほどお邪魔したあと、私たちはお礼を言ってお屋敷をあとにした。
 なんだかとっても得した気分になった。
 私もいつかはこんなクリスマスが過ごせたらいいな、と心が躍ったひとときだった。

 その後、何度か外人墓地に行く機会があったが、パーティをしていたお宅がどこだったのか、まったく見当がつかない。
 どの家にも立派な庭が広がっており、「ここかもしれない」「あそこかもしれない」という状態なのだ。
 うっとりするような思い出は、思い出のままで取っておけということかもしれない。

 あれから22年も経った今では、私もあのときの紳士の年齢に近づいている。
 しかし、ドレスに毛皮を羽織って、まばゆいイルミネーションの下でシャンパン片手にクリスマスパーティという身分には到底なれない。
 せいぜい、スウェット上下を着て髪をひっつめ、缶ビールを飲みながら、狭い庭先で焼き肉パーティを楽しむ程度である。

 ま、それもまたよし、かな。



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インチキお好み焼き

2008年12月21日 12時16分36秒 | エッセイ
 友人から写メールが届いた。
「今日は息子とお好み焼きを作りました」
 材料をまぜまぜしてお手伝いする、5歳の男の子の写真が微笑ましい。
 そういえば、わが家ではお好み焼きなぞ作ったことがない。決してキライなわけではないが、メニューの盲点で思いつかなかったのだ。
「ミキもお好み焼き食べたいよ~! 食べたことないもん」
 12歳の娘のリクエストもあり、その日の昼食はお好み焼きに決定した。
 本を見て、材料を確認する。

 ●小麦粉 1/2カップ
 ●すりおろしたヤマトイモ 大さじ2杯
 ●卵   1/2個
 ●だし汁 1/2カップ

 これで2人分だから、メタボ夫の分も入れると倍量の4人分でちょうどよいだろう。
 豚肉・イカはあるから海老を買ってきて、早速作り始めた。
 しかし、のっけからトラブルに遭遇する。

 小麦粉が足りない~!!

 4人分にするなら小麦粉1カップとなるが、惜しいことに3/4カップしかない。
 2005年に賞味期限を迎えた強力粉ならあるのだが……。
 横目でチラッと強力粉を見たものの、胃腸の弱い夫のことを考えてやめた。
 まあ、どうにかなるだろう。
 ヤマトイモをすりおろそうとして気づいた。

 あれっ、私が買ってきたのは長芋だ~!!
 
 ま、何かネバネバした芋が入っていればいいのだろう。気にしない、気にしないで先に進む。だし汁は最初からとる気がなくて、水に顆粒のだしの素を入れるだけ……。
 我ながら適当だなぁと苦笑する。
 海老はブラックタイガーを買った。丁寧に背わたを取り、イカと一緒にサッと湯通しして臭みを抜くつもりだった。が、イカが見当たらない。
 
 しまった、解凍していなかった!!

 カチンコチンのイカを流水解凍している間にキャベツを千切りに切る。どうせ熱でフニャフニャになってしまうのだから、百切りくらいでいいや~と手抜きしまくりだ。
 どうにかイカも柔らかくなり、ボウルにぶち込んでお玉でまぜまぜした。ひとすくいしてフライパンに落とすと、ジュワーという盛大な音を立てる。
 それを聞きつけたミキが飛んできて、キッチンをのぞいた。
「うわあ、すっごくいい匂い!! ねえ、もうすぐできる?」
「そうだね、手を洗っていらっしゃい」
「ハーイ!!」
 ソースを塗ってマヨネーズをかけ、かつおぶしを散らせば出来上がりだ。



「いっただっきま~す!」
 バナナのような形の目をして、ミキが一口お好み焼きを頬ばった。とたんに目を閉じて、「う~ん」と感心しながら味わっている。
「これ、すっごく美味しいよ。お好み焼きってこんなに美味しいんだね」
 たしかに、いい加減に作った割には会心の出来だと思う。海老、イカ、豚肉が仲良く手をつないで、それぞれの持ち味を活かしているような味。
 夫も感動して、あっという間に平らげた。これでアサリが入っていれば完璧だったかも。
 
「ねぇ、お母さん、どうやったらあんなに美味しいお好み焼き作れるの?」
 後片付けをしていたら、ミキが興味津々の様子で聞いてきた。

 そっそれは……。企業秘密です。



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わが家の家宝

2008年12月14日 20時09分53秒 | エッセイ
 同僚の理科教諭が主催する、日曜地学ハイキングという団体の化石採集に参加してきた。
 今回のお目当ては、絶滅したトウキョウホタテである。
「お子さまの顔より大きな化石が取れます」という魅力的なフレーズに誘われ、練馬から千葉まで、はるばる片道3時間弱かけて行ってきた。
 ときは12月7日。外房線の、とある駅からバスで新興住宅街まで行き、そこからさらに20分歩いて採集場へ向かう。車も人もほとんど通らないのどかな道を、小6の娘のミキと並んでのんびり歩いた。
「へぇ~、27年前の化石だって」
 配られたパンフレットを見ながら感心してつぶやくと、すかさずミキが横から訂正を入れる。
「27年前じゃなくて、27万年前でしょ。27年じゃ化石にならないよ」
 え~ん、間違えた……。
 すると、主催者の一人である貝博士がさらに付け加える。
「正確には、27万5千年前なんですがね……」
 なーに、いまさら5千年増えたからって、どうってことはないさ。

 化石は河川敷などの水辺で取ることが多かったが、今回は小高い斜面を登ったところにある崖っぷちで行った。
 この団体は平均年齢が高いのでお年寄りには過酷な場所だったが、苦労した甲斐があった。なにしろ、大きな化石がザクザク採れる宝の山なのだから。
「次々と開拓されていくので、採集地が少なくなっています」
 主催者たちはそう嘆いていた。

 ミキが崖をハンマーで掘ると、早速鶏卵2つ分くらいの2枚貝を見つけた。ずっしりと重い。すかさず、貝博士が近づいてきた。
「これはビノスガイです。ヴィーナスにちなんだ名前なんです」
 なるほど、美しい。ギリシャ神話における、愛と美の女神ヴィーナスから名前をもらっても名前負けしないだろう。

「この貝は縦になっていましたか、それとも横になっていましたか? 縦になっていれば潜って逃げようとした形跡が見られるので生き埋めになった証拠だし、横になっていればすでに死んでいたものが流されてきたと考えられます」
 へええ、すごい、そんなことまでわかるのか!
 しかし、ミキは隣で考え込んでいる。
「う~ん、この貝、斜めになってたよね……」

 しかし、お目当てのトウキョウホタテはなかなか姿を現さない。他の参加者が次々とトウキョウホタテを掘り当てる中、ミキは段々焦ってきた。化石採集は宝探しと同じなので、根気よく掘り続けなければ見つからない。
 今回、私はついていくだけと宣言したけれども、どうしたものか。手ぶらで帰るのもシャクだ。
 すると、私の同僚がミキを助けに来てくれた。
「よしっ、手伝ってあげるよ」
 彼は化石の専門家だ。これで百人力である。
「この辺があやしいと思うよ」
 さすがにスペシャリストの技術は違う。タガネとハンマーを自由自在に操り、10分後には大きなトウキョウホタテを2個も掘り当てた。

 これはスゴイ!!
「写真を撮らせてもらえますか?」
 他の参加者がカメラ片手に話しかけてくる。
「このあと割れてしまうこともあるので、まず写真を撮っておくんですよ」
 同僚はそう言うとデジカメを取り出し、真剣な表情で写真を撮っていた。
 そのあとも慎重に掘り進み、どうにか完全な形でトウキョウホタテを手に入れることができた!

「いやぁ~、これは素晴らしいですね。大事に持ち帰らないと」
 さきほどの貝博士も、目を細めて2つのトウキョウホタテを眺めていた。
「嫁入り道具になるよ」
 同僚が言うと、ドッと笑いが起きた。しかし、肝心のミキは苦笑いを浮かべている。
「いや、別に、そこまでしなくても……」
 つれない返事に、再び笑い声がこだました。

 じゃあ、これはウチの家宝にしよう。
 人様に採ってもらったものだから、とりわけ大切にしないと。
 果報だけでなく、「家宝も寝て待て」なのだ。



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ブラックホールの弱点

2008年12月11日 20時22分43秒 | エッセイ
 掃除機は吸引力が命。
 私のお気に入りは、ドイツ・ミーレ社製の掃除機、シルバースターだ。娘のミキが生まれた年に某通販で買ったからもう12年も使っているが、どんなゴミでもゴゴーッと吸い込むパワーは衰えない。まるでブラックホールだ。床にまで吸い付くノズルを滑らせて、縦に横にと動かせば、お部屋はたちまちピッカピカ。
 ところがところが、夏からこの掃除機のパワーがダウンしてしまった。弱々しい吸引力となり、床には吸い付かない、大きなゴミにはそっぽを向くといった変わりようなのだ。
 すわ、反抗期か?!
 我が家の掃除は、この春から退職した夫が主に担当しているのだが、彼はこれが許せなかったらしい。手動で出力パワーを最大限まで上げ、強引に吸引力をアップさせた。まるで、映画『風と共に去りぬ』で戦火をかいくぐり、故郷タラへと急ぐスカーレット・オハラである。スカーレットは弱った馬に鞭をくれ、無理やり歩かせた結果死なせてしまう。
 我が家の掃除機も然り。最初はイヤイヤ吸い取っていたが、10分も経てばオーバーヒートを起こして自動停止し、熱が冷めるまでストライキを決め込むのだ。
(8月12日付日記『リングは自宅』参照)
 使い物にならないので、古い掃除機を引っ張り出した。が、ミーレ社製に慣れてしまった今はどうも物足りない。しばらく我慢して使っていたけれども、やはりブラックホールが捨てがたい。
 先日、私はようやく重い腰を上げ、サービスセンターに電話をかけた。すぐにオペレーターの女性が出てくれた。
「故障ですか。修理の前に4点確認していただきたいことがあります。まず、ダストパックがいっぱいになっていませんか?」
「交換したばかりです」
「では次に、フィルターは汚れていませんか?」
「あ、それも説明書を見て交換しました。でも吸引力は上がりませんでした」
「そうですか……。では、布団圧縮袋などにお使いになりませんでしたか?」
「いいえ、使っていません」
「最後に、ノズルやホースに何か詰まっていませんか?」
 これは意外な感じがした。
「特に持ち手のくの字に曲がっている辺りにものが詰まり、吸引力が落ちるというケースが多いんです。今、ご確認いただけますか?」
 まさかね、と思った。問題の箇所は暗くてよく見えない。ノズルを振っても音がするわけではなく、何もないような気がした。しかし、一応懐中電灯で照らして中を確認してみなくては。
 すると、触覚だけを殻から出しているかたつむりのように、円柱の細いものがわずかに見えた。
 
 まさか、本当に詰まっているとは!!

 これぞ、まさにコロンブスの卵である。私は一人で納得し、オペレーターに答えた。
「あのー、鉛筆が詰まっているみたいです」
 すると、女性のホッとしたような声が返ってきた。
「では、それを取っても吸引力が戻らなければ、またお電話いただけますか?」
 私は礼を言って電話を切り、鉛筆の救助に取りかかった。細い棒を突っ込んで刺激を与えても、鉛筆はびくともしない。なまじ吸引力が強いために、くの字形のところまで引っ張られて固定されたのだろう。ノズルを下に向けて揺すっても、出てくるのはたまりにたまったホコリばかり。なかなか鉛筆は救出できない。さらに棒を深く差し込むと、今度は手ごたえがあった。ノズルを逆さまにして落ちてきたのは、なんと長さ12cmの赤い色鉛筆だった。

 こんなに長かったのか!!

 私は仰天した。これは絶対夫の仕業だ。どうやったら、こんなに目立つものを吸い込むというのだろう。色鉛筆だけならともかく、次々と吸い込まれていくチリやホコリがその周りにたまり、ノズルを塞いでいたようだ。これでは吸引力が落ちるのも当然である。

「……でね、中をきれいにしたら、またパワーが回復したんだよ」
 私は夫にことの顛末を話した。めでたくブラックホールが復活したのだ。
 しかし、彼の返事は私の予想を裏切るものだった。
「ああ、よかった。やっぱりミーレのがいいよ。電話してみるもんだなぁ」
 あれ? 反省の言葉はないの? これからは気をつけようとか……。
 理由はすぐにわかった。
 私たちはお互いに、自分の非を認めないという習性がある。
 彼もまた、私の仕業だと思っているのだ。




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光の国のアリス

2008年12月04日 20時55分12秒 | エッセイ
 イルミネーションの美しい季節になると、東京ミレナリオを見に行ったときのことを思い出す。
 東京ミレナリオは開催時期と時間に制限があり、子連れで出かけるにはそれなりの覚悟が必要だった。面倒くさがり屋の私は「今年はいいや」と先送りしていたのだが、2005年を最後に休止すると知って以来、何としても行かなくてはと決心した。
 夫は絶対来ない。当時小3だった娘のミキと二人では淋しいので、妹と甥・姪、そして子守要員に両親を誘うことにした。
 ミレナリオを見たあとは食事をして、近場のホテルに一泊したい。妹と両親はさいたま市に、私は練馬区に住んでいるから帰ろうと思えば帰れるが、眠くなった子供にグズられるのは真っ平だし、たまにはのんびり外泊するのも悪くない。
 問題は、大人4人、子供3人がどうやって宿泊するかである。が、ホテルは難なく見つかった。八重洲富士屋ホテルには、定員7名の和洋室があるのだ。電話で予約を入れたら、さらに耳寄りな話を聞いた。
「お子様が添い寝なさるのであれば、もう1人大人が泊まれますよ」
 こうなったら、姉を誘うしかないと思った。

 私の育った家庭は、家族みんなの仲がよい。クリスマスや正月には独立した娘3人が帰ってくるし、夏に揃って旅行することもある。
 ミレナリオを見に行くだけなのに、いつの間にやらオールスター勢ぞろいの一大イベントに発展していた。

 2005年12月28日、ミレナリオツアーを決行した。東京駅で妹や両親と待ち合わせ、ホテルにチェックインする。姉はまだ独身で仕事が忙しく、あとから駆けつけることになっていた。
「細長いね、この部屋!」
 幅は広くないのに奥行きばかりが長いこの和洋室には、すでに布団がひかれていた。やはり畳のある部屋は落ち着く。座椅子を並べてお茶をいれ、日没まで両親や妹とおしゃべりをして過ごした。
 姉が合流したら出発だ。
 しかし、スタート地点の東京駅には、すでに長蛇の列ができていた。
「東京ミレナリオはただいま50分待ちとなっております!」
 うそっ!
 後ろから「去年はこんなに混んでなかったよ」などと愚痴る声が聞こえた。私のように、最後だから行かなきゃと考えた人がたくさんいたのだろう。
「ねぇ、どうする? やめようか」
 子供たちよりも気が短かったのは姉である。自由業で接待される側にいる姉は、不便な環境に慣れていない。
「せっかく来たんだから見ていこうよ。少しずつ動いているみたいだし」
 ぶーたれる姉をなだめて列に並び、信号待ちや時間調整などでさらに足止めされながらも、1時間後には幻想的なあのアーチが見えてきた。

 写真やインターネットと違って、本物はやたらと大きくて迫力がある。
「すっご~い!! キレイだねぇ」
ミキはすっかり興奮状態で、高くそびえ立つ光のアーチに目を奪われていた。姪や甥は抱っこしてもらい、まるで昼間のような色とりどりのまばゆさにご機嫌だった。

やはり、子供のころから美しいものに触れ、情操教育をすることが大切だ。
ここはキラキラ輝く光の城。『光の国のアリス』という新しい話ができそうな気がした。

が、中には頭上ではなく、キョロキョロと他人のバッグばかりを見ている男もいた。これは要注意。
「止まらないで! 歩いてください」
 警官が笛を吹いて怒鳴っている声もした。
 ま、どんな話にも敵役は登場するものだ。我慢、我慢。

 大混雑の通りを抜け、ホテルに戻ったら8時半を回っていた。
 みんなヘトヘトだったけれども、誰ひとりとして遅い夕食に文句を言わなかった。
 両親が元気なうちに、ミレナリオが再開するといいな。




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