これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

規則正しく美しく

2008年08月31日 20時08分24秒 | エッセイ
 私は決まりを作るのが好きだ。
 平日は遅くても5時半には起きること。
 1日1時間以上は歩くこと。ただし、信号が青だったら走ること。
 朝食にはパン、昼食にはご飯、夕食には魚を食べること。
 お弁当には必ず肉料理と果物を入れること、などなど。
 そして、作った決まりを守り、「今日もよく頑張った」と満足する毎日を送っている。

 決まりのひとつに、「年賀状やメールをもらったら、必ず返信をすること」というものがある。
 これは親の躾によるところが大きい。小学生のとき、仲の悪い級友から年賀状をもらった。「返事は出さなくていいよね~」と呟いていたら、母に「もらったものはキチンと返しなさい。それが礼儀だよ」とたしなめられた。
 たしかに、くだらないことで自分の評価を落としたくない。返事を出しておいてよかったと、今でも思っている。
 忙しいときでも、眠いときでも、メールや手紙の返事は出すのが基本だ。
 それなのに、それなのに、私が出した年賀状やメールに返事をくれない人がいる。
 特に親しくない人であればともかく、身近な相手にはショックを受ける。そして、こんな礼儀知らずな人と仲良くしていたのかと後悔する。
「送信エラーになってたのに気づかなかった、ゴメン」
「いや~、バッテリー切れだったんだよ」
 いちいち言い訳するところが癇に障るのだが、非難の言葉は口に出せない。「いいのよ、別に~」などと無難に受け流し、あくまでも外面のよさをキープする習性は、我ながら歯がゆい。

 ブログの更新日も決めている。4月から6月までは記事数を増やすためにバラバラと更新していたが、7月は月・水・土、8月は日・火・金を更新日と決めた。記事を投稿する日付など、あとから直すことができるけれども、それはズルになるから私の中ではご法度である。
 左端のカレンダーは9月なので、8月そして7月をクリックしてご覧になっていただきたい。更新したことを表す明るい色の日付が、縦にズラッと並んでいるのがわかるだろう。
 何と、美しい……。
 ブログを確認するたびにウットリと見とれてしまい、自分の律儀さにひたすら酔いしれる。
 キチガイかもしれないと、時折ブレーキがかかることもあるが、すぐ忘れる。
(8月1日は那須の両親のもとに出かけたため、更新除外日となっている)

 しかし、ついこの間、更新の危機に陥り冷や汗をかいた。
 8月29日金曜日のことだ。この日も、東京は最近話題になっているゲリラ豪雨に見舞われていた。
「お母さん、ミキはね~、ゴリラ豪雨かと思ったよ」
 小学6年生の娘は、ときどきカタカナを見間違えて失敗する。しかし、このところの雨の激しさは、ゴリラのほうがピッタリなのではという指摘もあり、我が家では『ゴリラ豪雨』と呼ぶことにした。
 雷が近づいてきたので、テレビや電話、パソコンのコンセントを抜いた。昔、雷通過後に電話が故障してしまったことがあり、電気屋さんに教わった知恵だ。
 
 今日は更新日だから、早く雷がおさまらないかなぁ~。

 すでに記事はWordで作ってあるので、あとは投稿するだけとなっている。雷がおさまったのは夕食後だった。後片付けもそこそこに、私はパソコンのコンセントを入れて、ブログの管理画面を呼び出そうとした。
 しかし、インターネットが接続しない。

 え? 何で? 雷の影響かなぁ? もうちょっとしたら、またやってみよう。

 筋トレ前、入浴前、入浴後と試してみたが、やはり『ページを表示できません』のメッセージが出てきてしまい、私は焦った。
 時計を見ると、すでに23時50分……。更新は無理だなと諦めかけたとき、突然ピンときた。

 そうだ、テレビのコンセント!

 案の定、テレビと一緒にルーターやモデムのコンセントも抜いたままになっていた。
 これでは、つながらないのも当たり前だ。私は急いでコンセントを戻し、パソコンを立ち上げた。思ったとおり、今度はyahooに接続できた。管理画面を呼び出し、マッハで新規投稿を終える。時は23時57分……。

 やった!! 間に合った!!

 任務遂行の達成感はあったけれども、何でここまでしなければならないのかという疑問を感じた。
 まったく、損な性分である。

 9月の更新は、日・木を予定している。
 万一、更新が間に合わなかったら、それはきっとゴリラの仕業だ。



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天井からポトリ

2008年08月29日 23時57分37秒 | エッセイ
 高1の夏休み、日暮れから机に向かって英語の宿題をやっていた。プリントの英文に空欄があり、適切な単語を記入せよ、という問題だった。
 結構簡単なので、やっているうちに熱が入ってきた。カーテンを閉めた窓から、コツコツと何かがぶつかる音がしたが、宿題に集中していたから無視した。
 あとちょっと、というときに、机の上に黒いものが落ちてきた。そいつは器用に回転したあと、足から見事な着地を決めた。
 ゴキブリだぁー!!!
 思わず両手を上げてのけぞり、とっさに椅子から飛びのいた。大っキライなゴキブリが、よりによって目に前に降ってきたのだ。心臓が非常ベルのようにけたたましく鳴り響く。これは、戦わねばなるまい!
 ゴキブリも必死だったようで、6本の足を小刻みに動かして、プリントの下に潜り込んだ。
 逃すものか!
 手をグーにしてプリントの上に振り下ろした。あまり強く叩いてはいけない。手ごたえがあり、プリントをめくって痙攣しているゴキブリを確認した。あとは何枚も重ねたティッシュで始末するだけだ。
 まだ手足がガクガクと震えていたが、プリントの続きに取りかかった。だが、解いているうちに、大変なことに気がついた。
 やばい、ゴキブリの油がプリントについてる……。
 羽の油だろう。仕留めた場所の紙の色が、うっすらと透き通っていた。でも、これは宿題だ。申し訳ないと心の中で謝って、私は油つきプリントを提出した。
 宿題が返却されるということは頭の中になかった。しかも12月だったから、夏の忌まわしい出来事など完璧に忘れている。名前を呼ばれてプリントを受け取り、汚れが目に入った。はじめは先生が汚したのかと思った。夏休み・宿題・汚れがキーワードとなり、恐ろしい記憶が蘇ってきたのは、プリントに無造作に触れたあとだった……。
 !!!!!
 ……悪いことはできないものだ。
 ゴキブリが平気な人を私は心底尊敬する。

 妹が中3のとき、担任の先生は体育科の男性だった。「プラスアルファ」と言うのが口癖だったので、アルファというあだ名をつけられていた。
「修学旅行で泊まった旅館が、ゴキブリだらけだったんだよ」
 妹から修学旅行での出来事を聞いて、私は仰天した。
 2泊3日の修学旅行の初日、オリエンテーションで生徒全員が大広間に整列しているときに、チャバネゴキブリが現れ、壁を伝って天井へと向かっていた。
 ゴキブリの動きは慎重だ。スススーッと素早く進んだら、ピタッと止まって触角を動かし辺りを警戒する。スススーッ、ピタッ、スススーッ、ピタッを繰り返して進んでいた。
「ねぇ、あれ、ゴキブリじゃない?」
 目ざとい生徒は隣の生徒に耳打ちし、どんどん動揺が広がっていく。当然、誰もが先生の話を聞かずにざわつき、顔を歪めてゴキブリの動きを監視していた。
 ゴキブリは天井に達し、大広間の中心を目指して歩いていた。
 スススーッ、ピタッ、スススーッ、ピタッ。
 しかし、わざわざ中央まで来たところで、いきなりポロッと落ちてきた。その瞬間、大広間には生徒の悲鳴があふれかえった。
「うわあぁ~!」
「ぎゃあ~!」
 もはや、誰一人として並んでいない。少しでも畳に落下したゴキブリから離れようと、生徒は大広間の隅を目指して突進した。生徒同士がぶつかりあい、押し合いへし合いして、大広間は大混乱となった。
 スススーッ、ピタッ、スススーッ、ピタッ。
 途方に暮れたように、ゴキブリは退路を求めて畳の上をウロウロしていた。
 そこへ駆けつけたのが、アルファである。アルファは、日本体育大学仕込みの華麗な足さばきで、ぽっかりと空いた広間の真ん中に走りこんできた。あっという間に、グローブのような大きな手を振り上げ、ゴキブリをワシづかみにした。
 す、素手で……。
 もう、誰も何も言えなかった。全員、口をポカンと開けて、信じがたい光景から目が離せなくなった。
 アルファは顔色ひとつ変えず、手の平のゴキブリとともに大広間を去っていったという……。

 アルファ、すごいなぁ! 実に素晴らしい! ぜひ、一緒に写真を撮ってもらいたいっ♪
 あ、でも握手は結構ですから。



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答案返却

2008年08月26日 08時58分57秒 | エッセイ
 中1のとき、私のクラスでは、校長先生が社会の授業を担当していた。
 この校長、名前を小林フクタロウという。フクタロウが出張のたびに社会は自習となり、いても準備をする時間がなかったのか、いつも行き当たりばったりの授業をして顰蹙を買っていた。
 当然、1学期の中間テストは出来が悪く、平均点が学年で最下位だった。
 校長が受け持っている唯一のクラスが、最低の結果となったので、沽券にかかわると思ったのだろう。答案を抱えて、フクタロウはいつになく不機嫌だった。
「何で、もっと勉強しないんだ! こんな点で満足してどうする?!」
 テストを返す前に、まず大声で説教をされた。「いい授業をしていないんだから、自分のことを棚に上げないでよ」と誰もが不満を感じた瞬間だった。
「じゃあ、テストを取りに来なさい。赤崎!」
 フクタロウが答案を配りはじめると、急に教室が騒がしくなった。理由はすぐにわかった。
「笹木!」
 私の番が来て、フクタロウから答案を受け取った。得点は64点……。たしかに、ひどい点だ。だが、気になったのは点数だけではなかった。
 おや、何で答案が濡れているのだろう?
 点数の近くに、グラスから落ちた水滴のような、丸いシミができていた。
「清水!」
 フクタロウを見ると、指先をベローンと舐めて答案を配っているではないか。このシミは、フクタロウの唾だったのだ。

 どんだけ、唾出してんだよ!!!!

 みんな、そう思ったに違いない。他にも指を舐める先生はいたが、シミができるほど大量の唾液を分泌してはいない。
 生徒の動揺を無視して、フクタロウは答案を配り続ける。
「高橋!」
 高橋は、答案を受け取るやいなや、「ああああ~ッ」と叫び声を上げた。

「やだーっ、泡がついてるっっっ!!」

 高橋のときだけ唾液に空気が含まれたのか、ベッタリと濡れたシミの上にニキビ大の小さな水泡が浮かんでいた。もはや、全員が我慢の限界を迎えていた。
「は~はっはっは!!」
 怒るフクタロウをよそに、生徒は体をよじって笑い転げた。高橋の周りには人だかりができ、貴重な泡が消える前にひと目見ようとする者で埋め尽くされた。
 フクタロウは怒鳴るのをやめ、てんで勝手に立ち歩く生徒を呆然と見つめていた。

 その日から、私たちは校長に親しみをおぼえ、フクタロウは一転して人気者になった。
 何が幸いするかはわからないものだ。



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卵白のゆくえ

2008年08月24日 21時03分48秒 | エッセイ
 気温の高い夏は、パン作りに向いている。
 ここ何年も作っていないが、かつて私は夏休みになると、早起きしてパンを焼いたものだ。
 教科書代わりに使っていたのは、『すぐできる90分の本格パン』田辺由布子著である。もっとも、手際の悪い私は、実際には2時間ほどかかってしまったのだが。
 この本のよいところは、特別な道具を揃える必要がなく、鍋ひとつ、ボウルひとつあれば、失敗せずに美味しいパンができるという点だ。一次発酵は鍋に50度程度の湯を入れ、その上に生地を載せたボウルを置くだけ、二次発酵は暖めたオーブンに成形した生地を入れるだけという手軽さだから、片付けも楽である。
 ひとつ難を言えば、卵黄だけを材料に使うので卵白の始末に困る。味噌汁に混ぜたり、揚げ物の衣で処理するしかないのだが、我が家では揚げ物を年に数回しか作らない。以前からもっと合理的な活用方法がないものかと思案していた。

 娘のミキが小3のとき、自由研究の宿題をするため、この本を使ったパン作りに挑戦した。手先はあまり器用ではないが、力の強いミキにこの作業は適していたようだ。
 強力粉・砂糖・バター・イースト・牛乳・卵黄を混ぜて、まずは生地を作る。
「うわっ、手にベタベタくっつくんだね」
 ミキは、こんなものが本当にパンになるのか半信半疑だ。
「もう少し混ぜると、手にくっつかなくなるよ。がんばって」
 私はミキを励ました。不思議なもので、生地がまとまってくると、指や手の平にこびりついていた粉がきれいに取れる。が、その前に粗塩を加えなければならない。
「ホントだ、ベタベタしなくなった。手触りが違うよ」
 パン作りは順調に進んでいる。まとまってきたら次は力仕事だ。生地を肩の高さからボウルの中に叩きつける、という作業を10分間繰り返す。結構重い生地を持って、腕を上げたり下ろしたりする作業は重労働だ。
「つ、疲れるね~! いつまでやればいいの?」
 ミキは苦笑しながら生地をバンバン、ボウルにぶつけていた。いつも口うるさく注意する私の顔を思い浮かべていたのかもしれない。
「生地がなめらかになるまでだよ。もうちょっとかな」
 15分くらいかかって、ようやくスベスベした感じになった。
「腕イタ~い! 明日は筋肉痛だよ」
 もっと泣き言を言うかと思ったのだが、乱暴者ミキは、力を発揮する機会を与えられて満足そうだった。
 この作業さえ終われば、あとは一次発酵、成形、二次発酵へと進む。
「すごいね~、どうしてこんなに膨らむんだろう?」
 一次発酵が終わった生地は、柔らかくてとても手触りがよい。赤ちゃんの肌がさらにフワフワになったようだ。
 ミキは、赤ちゃん肌の生地を丸めて、ちょっといびつなロールパンの形にした。

 二次発酵から焼き上げるまでに、私はハンバーグを作ろうと思っていた。ロールパンにはさんで、ハンバーガーにしたら美味しいだろう。玉ねぎをみじん切りにしているとき、ふと思いついた。

 残った卵白をハンバーグに入れたら、どんな味になるんだろう?

 ハンバーグのつなぎになるうえ、卵白の処理もできる一石二鳥のアイデアだ。卵黄がないと味が落ちると予測できたが、試してみたいという好奇心が勝った。
 ハンバーグを焼いていると、ミキが思い出したように言った。
「そういえば、おばあちゃんもミキが作ったハンバーガーを食べたいって~」
 え? 何でもっと早く言わないの?
 一階に住む義母は大正生まれだが、川村学園を出ている正統派お嬢様である。いつもきちんと化粧をし、言葉づかいや立ち居振る舞いにも育ちのよさが表れている。
 果たして、卵白ハンバーグが義母の口に合うかどうか……。
 私は焼きあがったハンバーグを、おそるおそる試食してみた。
 何という、不思議な食感……。まるでゼラチンか寒天でひき肉を固めたような、不自然な柔らかさである。ハンバーグなのに、プルプルっとした感触がある。味は水っぽく、コクがない。食べられないほど不味くはないが、メインディッシュとしては不適切だ。
 これは……ソースをたっぷりかけて誤魔化すしかない……。
 やがて、香ばしい匂いとともにパンも焼きあがり、ミキはわくわく、私はドキドキのランチタイムとなった。
「いただきま~す!」
 焼きたてのパンは、ふわふわしているせいか、つい食べ過ぎてしまう。
「美味しい! ミキが作ったんだよ。結構簡単にできるんだね」
 あの粉やバターがパンに変わる過程を知り、ミキはひたすら感動していた。
 冷や汗もののハンバーガーも、アツアツのパンと一緒ならば、まあそれなりに美味しくなった。私は胸をなで下ろし、やはり卵白の処理は味噌汁しかないのだと決めた。
 食事のあと、義母の部屋に空いた皿を下げに行くと、満面の笑みで話しかけられた。
「すごーく美味しかったわ。やっぱりパンは焼き立てに限るわね。ところで、あのハンバーグはどうやって作ったの? 普通はあんなに柔らかくできないでしょ」
 思いもよらない展開だった。歯の悪い義母には、卵白ハンバーグがウケたのだ!
 しかし、元祖お嬢様にあんなハンバーグを食べさせるわけにはいかない。しどろもどろの、要領を得ない説明をしたあとは、逃げるように戻ってきた。

「大きくなったら、パン屋さんになろうかな~」
 すっかり気をよくしたミキが、将来の夢を語り始めた。



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いいもの見たゾウ♪

2008年08月22日 22時31分49秒 | エッセイ
 昨日、ゾウの接触観察ができるツアーに参加した。
 国内では、生きているゾウに触れるチャンスなぞ滅多にない。せっかくのよい機会なので、妹一家も誘い、上野動物園まで行ってきた。
 10時に動物園表門集合。大人と子供が入り混じり、総勢30人ほどだろうか。地学団体研究会主催の小ぢんまりとした巡検ツアーが、そろそろ始動しはじめようとしていた。
「お母さん、テレビの撮影みたいだよ」
 娘のミキが指差す方を見ると、テレビカメラや大型マイク、スチール板を抱えたスタッフたちが、こちらに向かって歩いてくる。何かの番組収録が動物園で行われるようだ。真ん中にいる3人の若い男性がそれに出演する芸能人らしい。
「あっ、上地雄輔だ!」
 ミキの目つきが変わった。今人気のある『羞恥心』というグループの一員だそうだが、私にも妹にも、どれがその人なのかはわからない。
「小泉孝太郎もいる! すごーい! お母さん、早く撮って! 早く!」
 小泉孝太郎はわかる。私は急いでカメラを出すと、ズームにして3人組を撮影した。あっという間に3人は通り過ぎていった。
「あ~あ、行っちゃったよ。また中で会えるかな?」
 ミキは目一杯首を伸ばしたまま、名残惜し気に後姿を見送った。撮影の都合か、彼らは券売機で入園券を買い、中に吸いこまれていった。
「お母さん、今の写真見せて」
 実のところ、私に写真の才能はない。デジカメなのにピントがずれたり、被写体が枠からはみ出していたり、構図のセンスも悪かったりする。それを十分承知のミキは液晶画面を確認し、ほっとしたようだった。
「よかった。一応、上地と小泉ってわかるね! お母さん、ありがとう」

 本日の案内人は、比較骨学の第一人者、東京大学医学部解剖学教室助手の犬塚則久氏である。
 氏が一緒だと、ゾウ舎に入れてもらえるそうだ。ゾウ舎に掲示されている『ゾウの体のしくみ』という解剖図は氏が作成したものらしい。
 まずは、サルの観察をした。
「サルは鼻と尾をよく見てください。鼻の穴の間隔が広いものが広鼻下目、狭いものが狭鼻下目となります。広鼻下目にはオマキザル、狭鼻下目にはニホンザルがいます」
 氏の説明はかなり専門的なのだが、ときにはこんな調子になる。
「タカとワシの見分け方は簡単です。大きいほうがワシ、小さいほうがタカ」
 突然の単純な説明に、同行しているワンパク小学生がすかさず突っ込みを入れた。
「そーゆー問題かぁ?!」
 氏は子供慣れしているようで、上手くあしらっていた。
「ははは、そういう問題なんだよ。イルカとクジラも同じだよ。大きいほうがクジラで、小さいほうがイルカ」
 思ったよりも、親しみの持てる人物だった。

 いよいよ、ゾウ舎にきた。サル山に近いシャッターから中に入れてもらい、ゾウのもとへと歩いていく。鎖で仕切られた一角には、すでに14歳のゾウが顔を出して待っていた。
 お、大きい!!
 ゾウの中では体が小さいほうなのだが、人間と比べれば相当大きいので、泣き出したり逃げ出したりするちびっ子もいた。

 ゾウの方は意外と人懐こく、長い鼻を上下に動かして「パオ~ン」と鳴いたり、鎖に体を押し付けてこちらに来たがっている様子だった。青い作業服を着た飼育員が指示を出した。
「じゃあ、お子さんたちはバナナを食べさせてあげてください。皮は剥かなくていいですからね」
 バナナを手にへっぴり腰で近づく子供たちだったが、ゾウが鼻をクルクルと動かして器用につかみ取り、うれしそうな表情を浮かべて口へと運ぶ姿を見て、警戒心が解けたようだ。
「もっと近づいて、触っていいですよ」
 何しろ、顔を突き出しているので鼻や耳しか触れない。鼻はゴワゴワしていてキャンバス地の手触りに似ていた。頭や背中には釣り糸のような毛がたくさん生えているので、上に乗ると服を着ていてもチクチク感じるのだという。穏やかな優しい目には、長いまつ毛がボーボーに伸びていた。
 若ゾウがチヤホヤされているのに気づいたようで、31歳のナイスミドルゾウが横から割り込んできた。ゾウの平均寿命は60歳というから、ちょうど折り返し地点の年齢なのだろう。若ゾウを押しのけて場所を奪うと、こちらも愛想を振りまいて、人間たちのウケを狙っているようだった。
「はい、じゃあ写真撮影をしましょうか。ご家族単位で集まっていただけますか」
 ゾウに触らせてくれるばかりか、飼育員の方が写真まで撮ってくれるという、本当にありがたい巡検ツアーだった。
 私とミキは、妹一家と一緒の写真に収まった。あとから見たら、みんな自然ないい笑顔で映っていたのだが、怖がりの甥だけは硬い表情のままだった。
 この31歳のゾウはサービス精神が旺盛と見え、カメラのシャッターを切る瞬間に動きを止める。空気が読めるのかもしれない。まさか、カメラ目線になってはいないだろうが、年の功という感じだった。
「楽しかったね~!!」
 妹もミキも大満足でゾウ舎をあとにした。
 しかし、はしゃぎ過ぎた私はここで体力を使い果たしてしまい、午後の見学がとてつもなくツラかった。もともと、暑さには弱いのだ。真夏の動物園なんて、正直言って気が進まなかったけれども、普段はほっぽらかしのミキにアカデミックな体験をさせたくて、ちょっと無理をしてしまった。
 おかげで、アシカとアザラシの泳ぎ方の違いを聞いても頭に入らず、オオアリクイの食事シーンを見ても眠気に勝てず、意識朦朧としたまま巡検終了となった。
 犬塚先生、ごめんなさい……。
 ミキは久しぶりに甥と姪に会い、終始ごきげんだった。ヤギやヒツジとたっぷり戯れたあと、疲れも見せずに、元気いっぱいのまま帰路についた。

「今日見たもので、何が一番よかった?」
 帰りの山手線で、私はミキに聞いてみた。ミキは迷うことなく言い切った。
「決まってるじゃん、上地だよ!」

 あ~あ、やっぱりそうだったか……。



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お別れメールはパソコンで

2008年08月19日 20時29分23秒 | エッセイ
 先日、久しぶりに高校時代の友人、真理に会った。
「聞いて、聞いて! うちのパソコンからコンピュータウイルスが見つかったの。『トロイの木馬』ってヤツなんだけど、知ってる?」
 喫茶店でケーキセットを待つ間、真理は食欲をなくすような話題を持ち出してきた。私は、思わずのけぞりそうになって答えた。
「トロイの木馬? よく知らないけど、聞いただけでゾッとするね~」
 真理は、まるで手柄話のように続けた。
「こないだ、『パソコンが危険にさらされている可能性があります』というメッセージが出てきたの。ビックリしたよぅ! そういえば、セキュリティが有効期限切れですとかいうメッセージを見たことがあったけど、すっかり忘れてたんだよね」
 悪気はないのだけれども、真理はかなり雑な性格である。私もよく『テキトー』な人だと非難されるが、真理ほどではない。よくもまあ、セキュリティなしの状態で何カ月も放置していられるものだ。
「あわててウイルスバスターをダウンロードしたら、『トロイの木馬を削除しました』というメッセージが、4回も立て続けに出たのよ。一体いくつあるんだとビビッて、パソコンをスキャンしてみたら……全部で11個も入ってたよ~!」
「ええっ、コワ~い!!」
 得体の知れないものだけに、鳥肌が立ちそうだった。
 
『トロイの木馬』は重要なファイルやシステムなどを破壊するなどの悪さをするらしい。ときには、ユーザーIDやパスワード、クレジットカードの番号などを盗むこともあるという。いやはや、恐ろしい限りだ。

「しばらく前から、電源入れても起動しなかったり、インターネットがつながらなかったり、プリンタが認識できなかったりとトラブル続きだったんだよね。ウイルスのせいだったんじゃないかな」
 そのとき、私は重要なことを思い出した。

 あれ? ちょっと前に、真理からメールをもらったよね……。

 いつもは携帯メールばかりだが、写真を添付するとき、真理はパソコンメールを使う。
 それに気づいたとき、彼女の失敗は他人事ではなくなった。
 ウイルスに汚染されたメールを受け取れば、自分のパソコンまで感染する可能性があると、以前に聞いたことがある。我が家のセキュリティは、胸を張って万全といえるレベルではない。
 非常に不安になり、家に着くやいなやパソコンのチェックを始めた。約1時間かけて、パソコン内部をくまなくスキャンさせたが、幸いウイルスは検出されなかった。
 ああ、よかった! これに懲りて、きちんとウイルス対策をしなくちゃ。
 電話で真理に「パソコンは無事だった」と知らせると、彼女は相当自己嫌悪に陥っていた。
「ごめんね、砂希にまで迷惑かけちゃって……」
「ま、いいよ。何も問題なかったんだし」
 万一、トロイの木馬が見つかったとしても、真理から受け取ったとは限らない。何よりも、自分の危機管理がなっていないから悪いのだと諦めがつく。真理を責める気にはなれなかった。

 凹んでいたはずの真理が、急に明るい声に変わった。
「あたし、雅幸にもメール送っちゃったんだよね~」
 雅幸というのは、真理の元彼氏である。年下の元彼はこっそり二股をかけていて、もう一人の女が妊娠したことを機に、一方的に真理に別れ話を切り出してきた。真理は何とかして元彼の心を取り戻そうとしたが、結婚して父親になるつもりだと突き放され、これは勝ち目がないと諦めた。
「私の気持ちだけは伝えたくて、長いメールをパソコンから送ったの。携帯だと時間がかかるでしょ。まさか、汚染されているとは気づかなかったけど」
 謀らずも、フラれた腹いせに、元彼のパソコンに感染メールを送りつける結果となった。
「やるじゃん!!」
 私は声を上げて笑った。何と絶妙の報復行為!
 
 さて、元彼のパソコンは元気でいるだろうか?



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新しい先生を紹介します

2008年08月17日 20時51分33秒 | エッセイ
 ときどき、教室を間違えて授業に行く先生がいる。当然、本来の授業の先生と鉢合わせし、照れ笑いをしながら職員室に戻る羽目になる。生徒には笑われるし、カッコ悪いことこの上ない。
 生徒は慣れているからすぐ忘れるのだが、珍しい場合は忘れられない。
 私の妹は中学生のとき、3人の先生が自分の教室に集まってくる現場に居合わせた。
「2人ならたまにあるけどさ、3人っていうのは滅多にないよね」
 たしかに、そうそう見られる光景ではない。正規の授業担当者だって、2人も余計な先生に来られては、自分が勘違いしているのではないかと不安になっただろう。そのインパクトの強さで、話を聞いただけの私ですら、20年経ってもまだおぼえている。
 しかし去年は、その上をいく強烈な出来事が起きた。
 2学期のはじめ、病気で休業する先生に代わって、講師の先生がやってきた。私が勤務する学校では、そういう場合、副校長が教室まで新しい先生を連れて行き、生徒に紹介することになっている。
 チャイムが鳴り、新しい先生のデビューとなった。副校長が彼女を迎えに来た。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
 講師の先生は、やや緊張した面持ちで副校長のあとをついていった。私も授業だったので、2人を見送ってから教室に行った。
 廊下がやけに静かだった。どうしたのだろうと思いながら、教室に入ろうとしてビックリした。
 何と、副校長が新しい先生と一緒に、そこにいるではないか!
 講師の彼女は、ドキドキした表情で、一生懸命自己紹介をしているところだ。一瞬ためらったが、他に手はなかった。
「あの~、副校長先生、お教室が違うようなんですけれども……」
「ええっっっ!!」
 副校長はこちらを振り返り、宇宙人か何かをみるような目つきで私を睨んだ。
「ここは、私が授業をする教室です。お隣じゃないんですか?」
「なにぃ~!? 本当?」
 副校長は、なかなか私の言葉を信じようとしない。いつも自分が授業をしているわけではないから、前もって教務担当の先生に教室を確認したはずだ。だが、残念なことに、その情報は間違っていたらしい。
 生徒は、思ってもみない展開に度肝を抜かれ、ただただ呆然と見ているだけだった。
「笹木さん、何でもっと早く教室に来ないんですか! あなたが遅いから悪いんですよ」
 すっかり立場のなくなった副校長は、責任転嫁に必死だった。彼はさらに生徒にまで当り散らした。
「何で君たちも違うと言わないんだ! 黙って見ているなんて人が悪いぞ!!」
 顔どころか耳まで赤くして副校長は出て行った。その後ろを、講師の彼女があわててついていった。
 2人がいなくなると、教室の中にはクスクスと笑い声がしはじめた。
 立場上、私は笑うわけにはいかなかったのだが、こらえるなんて到底無理だった。



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ワタシの恋愛運

2008年08月15日 20時30分47秒 | エッセイ
『恋愛占い あなたの恋愛運を無料判定』
 昨年の今頃、インターネットでこんなサイトを見つけた。長年、ときめくこともなく退屈だった私は、興味本位でクリックしてみた。
「あっ、お母さん、またパソコン使ってる。ミキも使いたいんだけど、まだ終わらないの?」
 小六の娘のミキは、誰かがパソコンを使い出すと自分も使いたくなるという悪癖を持っている。誰も使っていないときは見向きもしないのに、私や夫が電源を入れるとすぐに横取りしようと近寄ってくる。
「ねーねー、まだ? 早くぅ~」
 スピッツのようなミキのかん高い声が頭の中でギャンギャン響き、静かな環境が好きな私は気分が悪くなってきた。
「昨日もお母さんがいっぱい使ってたんだよ。いつも長いんだから~」
 隣でワーワー喚かれると集中力がなくなる。画面の文字を見てもすんなり頭に入ってこない。上の空のまま、よく読まずに操作を進めた。
「ねーねー、あとどのくらい?」
 やかましさと戦いながら、メッセージを理解しようと務めた。どうやら判定結果を受け取るには、サイトに登録する必要があるらしい。ちょっぴり不安を感じたが、まあいいかと登録フォームに住所や誕生日などを入力し始めた。いつまでもパソコンを占領するわけにもいかないので、メールアドレスは携帯の方にしておいた。
「……じゃあさ、終わったら教えてよ」
 相手にされないとわかり、ミキは渋々引き下がった。やっと静かに作業できると安堵し、私は再び画面に集中した。登録ボタンを押すと、確認画面が表れる。
『登録を完了しました』
 これでよし。すぐに判定結果が表示された。恋愛運は低調で、もっと努力が必要だとか何とか書かれており、お遊びとはいえガッカリした。
 パソコンをミキに明け渡して、5分ほど経ったころだろうか。携帯電話のメール着信音が鳴った。
『ラブ・×××よりお知らせ  ◆藤尾雄太さん(22歳)からメールが届いています◆』
 何じゃこりゃ、と思ったが、ひとまずメールを開いてみた。
『はじめまして。プロフィールを見てピンときました。砂希さんは何ねらいですか?』
 そういえば、さっきの占いサイトに『ラブ・×××』という文字があった気がする。となると、登録フォームはプロフィールだったということか。 私が登録したサイトは、占いだと思いこんでいたが、これはもしかして……。
「ねぇ、お母さんは大事なことを調べたいから、ちょっとパソコン貸して」
「ちょっとだけ?」
「そう、ちょっとだけ」
「なら、いいよ」
 ミキからパソコンを奪い返し、履歴から先ほどの画面を呼び出してみる。『プロフィールを確認する』という項目を選んでクリックすると、たしかに私が入力した画面が表示された。
  ニックネーム  砂希          住所  東京都練馬区
  年収       秘密           職業  秘密
  血液型     不明
 年収や職業は入力しないと『秘密』となり、血液型は『不明』となるらしい。
 その下には『年齢 39歳』と書いてある。私は「ギャッ」と悲鳴をあげて卒倒しそうになった。
 なにしろ、占いサイトだと思い込んでいたものだから、よく読まないまま誕生日も住所も正直に申告してしまったのだ。
 さらに、もっと驚いたことに、備考欄に『オールOK』と書かれているではないか!
 これは入力したおぼえがないので、初期設定となっているのだろう。プロフィールにピンと来たとしたら、この条件以外に考えられない。何とか修正したかったが、ミキが隣で怖い顔をしているので諦めた。

 こ、これは、まさしく、噂の出会い系!! とんでもないものに入会してしまった~!

 こちらが青ざめていようとお構いなしに、また着信音が鳴る。
『◆有名タレントのマネージャーさん(26歳)からメールが届いています◆』
 見るからに怪しい差出人である。
『私は、とある有名タレントのマネージャーですが、本人が、貴女にお会いすることを希望しています。ご連絡ください』
 ……連絡する女がいると思っているのだろうか。こんなの放置、放置。
 あまりにも見え透いた手口に腹が立った。
 おや、液晶画面の『180pt 』という数字は何だろう? さっきは『190pt 』だったのだが……。
 またまたミキが使用中のパソコンに割り込み、システムの確認をした。入会すると200ptが無料でもらえるが、メールの送受信に10ptかかり、相手のプロフィールの閲覧に5pt、写真の閲覧に15ptかかるとある。つまり、200ptを使い切ったら有料になるというわけだ。……ならば、まだ無料ゾーンではないか。もうちょっと続けよう。
 確認の最中にも、新たな着信音が鳴った。何て忙しいのだろう。
『◆外科医の立川雅也さん(36歳・月収350万以上)からメールが届いています◆』
『信頼できる相手と見込んで、貴女を選びました。無視だけはしないでください』
 これまた、金をチラつかせて相手をつかまえようという魂胆がミエミエだ。きっと、今まで散々無視されてきたのだろう。写真がついていたので閲覧してみた。
 目にした瞬間、私は笑いをこらえることができなかった。
「あっははははぁ~!!」
 風俗通いをしていると噂されている、知人の阿部によく似ていたからだ。急に親近感がわいてきて、返信することにした。
『ごめんなさい。間違えて登録したようなので、そろそろ退会しようと思っています。写真を拝見したところ、知人に似ているので驚きました』
 脈ありと見たのか、意外にしつこい。すぐに返信の返信が来た。
『実家が練馬なんだよ! 費用は心配しないで、大人の関係を楽しもうよ』
 やはり、人の性質は顔に表れるものなのだろうか。言うことまで阿部にそっくりだった。
「さっきから、一体、何やってるの?」
 夫に声をかけられ我に返った。彼は受け取った釣り銭が足りなかったような顔をして、近くに立っていた。たしかに、着信音が鳴るたびに、妻が慌ただしくパソコンと携帯の間を行き来し、青ざめて悲鳴をあげたり、笑い出したりしていれば妙だと感じるだろう。
「いや~、ちょっと失敗しちゃってね。でも、もう終わるから大丈夫!」
 トロいことをして出会い系に引きずり込まれたと知られるよりは、頭がおかしくなったと思われた方がマシだ。
 まだポイントは残っていたが、早々に退会手続きを取った。

 ポイント制の出会い系は、割高になるため人気がないようだ。ネットで検索してみると、完全無料で良心的なサイトがいくつか紹介されていた。これらのサイトには利用者が多いため、女性が登録した途端、山ほどのメールが送りつけられるのだという。その数、400通というから驚きだ。
 
 翌日、私は同僚の佐藤ゆき子に「3人からメールがきた~♪」と鼻高々で話した。でも、「3人しかメールをくれなかった……」と言うのが正しかったらしい……。
 占いの判定結果がよみがえってくる。
『恋愛運は低調』



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リングは自宅

2008年08月12日 20時40分23秒 | エッセイ
 この4月から、夫が定年退職し家にいるせいで、ものが壊れて困る。
「家のことはできる限りやるから、ゆっくり仕事してきていいよ」
 夫の言葉に甘えたものの、今までろくに家にいなかった彼には、力加減がわからないようだ。しかも元体育教師だけあって、一般の男性より力が強いときているから、余計にたちが悪い。
 帰宅した私が見たものは、ダラリとだらしなく垂れ下がったカーテンだった。
「部屋を掃除しようと思ってカーテンを開けたら、フックが取れちゃったよ」
 そりゃそうだろう。彼がときおり、ガシャガシャガシャーンと激しい音を立ててカーテンを開ける現場を見たことがある。「そんなに力を入れたら壊れるよ」とたしなめても、一向に改善されることはなかった。夫にとっては、十分力加減をしたつもりだったのかもしれないが。
 哀れなカーテンを見ると、プラスチックのフックが根元からポキリと折れていた。

 米をとぎ味噌汁を作る程度ならば、夫も食事の準備を手伝ってくれる。
「今日は茄子の味噌汁にしたよ」
 夫は得意気に言うと、まな板を拭いたふきんを絞った。「フン」という気合いが聞こえたと思ったら、ビリビリビリッという不吉な音がとどろいた。
 私も娘のミキも、びっくりして夫を振り返った。
「あ~あ、破けちゃったよ」
 彼はふきんを広げて、裂けてしまった無残な姿を確認していた。

 洗濯物もたたんでくれるのだが、やはり配慮が足りない。
 ミキの体操着を巾着袋に入れたときだ。袋の口を閉めようと、彼は両脇の紐を引っ張った。ブチッと鈍い音がした途端、ミキが怒り出した。
「ひどい! 体操袋の紐が切れちゃったよぅ!」
 掃除機をかけてくれるのはよいが、きれい好きの彼は最大出力で吸い込ませないと不満らしい。強引に手動でパワーMAXにし、さんざん酷使した結果、うんともすんとも言わなくなってしまった。
 一事が万事、こんな様子だ。
 1993年に引退した元プロレス選手、『ザ・デストロイヤー』をご存じだろうか。
 ジャイアント馬場やアブドーラ・ザ・ブッチャーとも戦った、かの有名な覆面レスラーである。物心ついた頃には彼はすでに大スターで、ほとんどテレビを見ない私でも知っていた。
『デストロイヤー』とは英語で『破壊する人』を意味する。
 夫はまさに、我が家のデストロイヤーだ。わざとでなくても、自宅をリングに活躍している。まさか、掃除機に4の字固めをかけてはいないだろうが、ヘッドバッドくらいは炸裂したかもしれない。フライング・ボディーシザース・ドロップやモンキーフリップまで繰り出された日には、我が家は瓦礫の山と化す。
 ふと、小学生のときの出来事を思い出し、彼の怪力を逆手に取ったイタズラをしたくなった。

 私が小学生のとき、瞬間接着剤『アロンアルファ』のコマーシャルが話題になったことがある。その威力を試そうと、私は真っ二つに折れた定規を貼り付けてみた。
 すごい、本当にピッタリくっついて、元通りになっちゃった!
 感動して、その定規を学校に持っていった。何日かして、隣の席の男子がその定規を貸してほしいと言った。もちろん貸してあげたが、彼は使っているときにうっかり定規を落としてしまった。床に叩きつけられた衝撃で、定規はまた分解した。
「あっ、ゴメン! 折れちゃったよ!」
 彼は、私の定規を壊したと思い込んで平謝りだった。まさか、アロンアルファでくっつけていたとは打ち明けられず、私は「気にしなくていいよ」と答えるにとどめた。
 翌日、彼から小さな紙袋をもらった。中に入っていたのは新しい定規だった……。

 食器棚の取り出しやすい場所に、ウェッジウッドの皿を入れておくのだ。残念ながら、この皿にはヒビが入ってしまったので最近使っていない。彼は何の疑いもなくそれを使い、すぐに割ってしまうだろう。しまったと焦って、新しい皿を買ってくれるかもしれない。
 そんなストーリーを考えて、ニヤニヤしながら棚を探した。が、いくら探しても皿は見つからない。
 おかしいな……。たしか、このあたりにしまったはずなんだけれど。
 すると、ウェッジウッドだけでなく、全体的に食器の数が減っていることに気づいた。たとえば、5枚セットの皿が4枚に、5個あったはずのコーヒーカップが3個になっているのだ。
 何が起きたのか容易に推測でき、ただでさえ低い血圧が一気に最低レベルまで下がった。
 ここにないものは、ぜ~んぶ割られちゃった、ってことかぁ……。
 せっかくイタズラを思いついたのに、先に割られていてはどうしようもない。よくもまあ、次から次へと破壊するものだと私は呆れた。

 ザ・デストロイヤーが使用していた覆面は、夫人のお手製だったという。
 今年のクリスマスは、彼に目出し帽でも贈ってみるか。



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禁断の焼き鳥

2008年08月10日 20時36分02秒 | エッセイ
 これは、まだ私が「チーズと赤ワイン」派ではなかった頃の話である。
 1993年、Jリーグが開幕した年に、私は東京都北区の高校で働いていた。駅から学校までの通学路にはひなびた商店街があり、パンや寝具、鰻、駄菓子などの店が並んでいた。昼間は閑散としていたが、夕方になると人通りが増え、惣菜の匂いが漂ってきたものだ。
「今日は急いでる?」
 たまたま学校を出たところで会い、駅まで一緒に歩いていた事務室の主任、瀬田女史が唐突に聞いてきた。仕事ができるだけでなく、社交的なこの方は、当時20代半ばだった私にとって姉御のような存在だった。
「いえ、別に急いでいません」
 夫はいたけれども、娘のミキはまだ生まれていないときだ。今のように、あわてて家に帰る必要はなかったが、このときばかりは「急いでいる」と返事するべきだった。
 彼女はとたんに足を速め、道端の焼き鳥屋に飛び込んだ。
「レバーとモモと、ネギマを2本ずつね」
 何が起きたのか、すぐにはわからなかった。
 この焼き鳥屋は屋台ではなく、古びた民家の一階にある。中には小さなテーブルもあり、数人ならばそこに座って食べることができた。が、あいにくその日は、日雇い人夫風の男連中で満席となっていた。
「はい、これどうぞ。混んでるからここで食べちゃおう」
 3本の焼き鳥を渡され、ようやく事態が飲み込めた。この人通りの多い商店街の道端で、一緒に立ち食いしようというのだ。
「ええっ、ここで……ですか……」
「いーのよ、いーのよ、アタシのおごり! 気にしないで食べて食べて」
 気になるのは代金ではなく人目なのだが、豪快な瀬田女史には伝わらなかった。彼女は派手な色のパンツスーツがタレで汚れないように前傾姿勢をとり、ワンレングスの髪を耳にかけてネギマにかぶりついた。
 なんと、ミスマッチな……。
 かくいう私も、懐かしのソバージュを揺らし、プリント柄のブラウスにミニのタイトスカート、ハイヒールといういでたちである。通行人の不躾な視線が突き刺さり、見せ物になっていると感じた。
 ここから一刻も早く立ち去るには、この焼き鳥をとっとと平らげなければならない……。
 状況を悟った私は、瀬田女史に倣った。
「じゃあ、遠慮なくいただきます!」
 まずはレバーから。もうすぐ冬を迎える時期だったから、ホカホカしていてありがたい。タレも私好みの味で、意外に美味しかった。
 そのとき、遠くから、見慣れた制服の一団が近づいてきた。練習を終えた野球部の生徒たちだ。食べ盛りの男子らしく、鰻の蒲焼に目を奪われている。
 私は背筋が凍りそうになった。こんなところで買い食いしている現場を見られたら、あっという間に言いふらされてしまう。とっさに後ろを向き、「見つかりませんように」と必死で祈った。瀬田女史は事務職だから生徒との関わり合いがないけれど、こちらはそういうわけにいかない。
 どうにか野球部連中をやり過ごしたあと、2本めの串に入った。今度はモモだ。半分も食べないうちに、通りにはバスケ部の生徒が大声で話しをしながら現れた。
 ええ~、またぁ!?
 さりげなく立ち位置をずらし、瀬田女史の陰に隠れる場所へ移動した。ドキドキしながら会話に聞き耳を立てたが、連中はまったく気づかぬように通り過ぎていった。
 柔らかなモモを口に頬張ったまま、私は後姿を見送った。
 やっと最後のネギマにたどり着いた。これで終わりだと思ったが、安心するのはまだ早い。今度は教員グループがやってきた。
 しかも、その中には意中のカレ、松村雄基似の聡先生もいるではないか!
「ゲッ」と叫びそうになった。しかし、隣の女史を見ると、隠れるどころか堂々と顔を上げ、彼らに話しかける気十分の様子だ。
 こ、これは、まずい!!
 飛び上がらんばかりにあわてたとき、突然、視界が遮られた。店内にいた人夫たちが一斉に席を立ち、ぞろぞろと私たちの前を通過したのだった。私とカレの間には運よく壁ができ、お互いの姿が確認できなくなった。
 壁がなくなったとき、教員たちもまた立ち去ったあとだった。
 私は心から安堵し、残りのネギマに戻った。こんな状況だというのに、今まで味わった中で一番イケる焼き鳥ではないか。いや、こんな場面だからこそ、スリルとサスペンスに味付けされた最高の焼き鳥になったのかもしれない。
 以来、残念ながら、これ以上の焼き鳥に出会っていない。いくら有名な鶏肉を使っていても、秘伝と噂されるタレでも、何か物足りないのだ。
 私が「ビールと焼き鳥」派にならなかったのは、禁断の味を知ってしまったからに違いない。



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恋愛の法則

2008年08月08日 18時50分23秒 | エッセイ
 まさか、結婚式を挙げた2週間後に、理想の男性にめぐり会うとは思わなかった。
 これは、私が24歳だったときの話だ。
 私が勤めている学校では、職場結婚をすると、夫か妻のどちらかが異動しなくてはならない。我が家の場合、私が別の職場に替わったわけだが、幸か不幸か、そこには大変好みの男性がいた。
 カレは松村雄基似の二枚目なのに、性格は三枚目に徹していて、気の利いたジョークで人を笑わせることが得意だった。何しろ、場を盛り上げることに関しては、右に出るものがいない。そして、笑いのツボが私とほぼ同じだから、私の冗談にカレがうけ、カレのジョークに私が笑い、あっという間に意気投合してしまった。
 面白くてカッコよくて気が合う人なんて、そうそう現れるものではない。私は新婚ホヤホヤだったが、3歳上のカレはまだ独身……。カレともっとお近づきになりたかった。
 カレのほうも、あれこれと話しかけてくるし、飲み会では私の隣に来てくれたりと、それなりに反応があった。共通点が多かったから、話題には事欠かなかったのだ。
「笹木さん、大学はどこだった?」
「S大です」
「え、まじ!? オレもだよ! じゃあ、オレが4年のとき1年だったんだね」
 という具合に話題は増える一方で、決して尽きることはない。一緒にいてこんなに楽しい人は、この先も現れないのではないかと感じた。
 しかし……。お近づきになればなるほど、兄と妹のようになっていくのは何故だろう?
 仲良くなるにつれ、恋愛感情が薄れていくような気がした。楽しいだけで色気がない。感性が近すぎると、異性は肉親と化すのかもしれない。
 そのときは、そう思っていた。

 私の恋愛に法則性を見出したのは、それから何年も経ってからだ。
 最初につき合った人は『雄一』、次は『修一』。そして夫は『龍一』という。

 今までの彼氏は、全員『一』がつく名前だったんだ!

 私は一人の人と長くつき合うタイプだから、サンプルが少なくて恐縮だが、友人にはこう言われた。
「3人もいれば十分よ。そんなことがあるなんて、興味深いじゃない」
 そのカレは、残念なことに『聡』という名前だった。
 そういえば、両想いだと感じたのに、いつもタイミングが悪くて、結局すれ違いで終わった『透』という名の男性もいた。
 『雄一』や『修一』よりも、『聡』と『透』のほうが断然よかったのに……。ご縁とは、本当に不思議なものである。

 それから数年後、聡は私より先に職場から去った。そして、私の知らない相手と結婚することになった。
「いよいよ、聡くんも年貢の納め時だよ」
 式に招待されている男性からそう聞かされ、私は心底面白くなかった。
「結婚式はいつなんですか?」
 どす黒く渦巻く心を隠し、平常心を装って聞いてみた。
「3月27日だよ」
 なんと、我が家の結婚記念日ではないか!
 私が結婚式を挙げた日から、ちょうど6年後の同じ日に、一番好みだった男性が結婚する……。
 本当は、ご縁があった人なのではないだろうか。
 せめて、『聡一』という名前だったらよかったのに……。



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AかBか

2008年08月05日 21時53分14秒 | エッセイ

 血液型の本がまたブームになっているようだ。
 大学1年のときも、血液型に凝っている男子がいた。
「笹木さんはO型だろ? 思ったことをズバスバ言うから間違いないよ」
 たしかに私はO型だが、そんなことを指摘されたのは初めてだった。
「血液型は占いじゃなくて統計学なんだ。面白いから、この本読んでみなよ」
 彼が差し出したのは、『血液型判断』という題名の本だった。中を開けてみると、なるほど、なかなか興味深い内容が書いてある。
『O型は竹を割ったような性格で、単刀直入な話し方をし、白黒はっきりつけたがる』
 ふ~む、まさにその通り。私の性質をよく表している。
 A型は『常識的』、B型は『個性的』、AB型は『自分を見せない』などと書いてあった。血液型に対応した知り合いの顔が次々と浮かんできて、「当たっている!」とクスクス一人笑いが止まらなかった。
「あの本、ホントに面白いね~。もうちょっと貸してくれる?」
 翌日、彼に会ったので、率直な感想を伝えた。
「だろ~? ゆっくり読んでいいよ!」
 彼は得意そうに答え、私を試すような表情で続けた。
「ところで、僕は何型だと思う?」
 私は彼のことをよく知らなかった。基礎的なデータが圧倒的に不足しているから、答えようがない。
「僕は、独創的なB型なんだ」
 私の周りにB型人間はいなかった。両親ともにO型だから、家族も全員O型だし、友達もO型が多いのだ。
「O型とB型って相性がいいんだよ。僕とつき合ってみない?」
 変わったアプローチの仕方である。ヘンなヤツだと思ったが、特に断る理由も見当たらなかったのでOKした。
 しかし、例の本によると、O型とB型の相性は彼の言い分と違っていた。
『O型はB型のおもりをする』
 おもり? どういうことだろう。
 最初は謎だったが、彼とつき合っていくうちに、その意味がわかりすぎるくらい理解できるようになった。
 なにしろ、B型の彼は自分のことしか考えない。喫茶店に入れば自分だけさっさと注文してしまうし、待ち合わせすればいつも遅れてくる。許容範囲であれば『マイペース』ですまされるけれども、1時間待たされたときにはさすがに堪忍袋の緒が切れた。
 結局、私がいつも我慢するんじゃない!!
 ようやく彼が登場したとき、私は持てる限りの汚い言葉で彼を罵った。これに懲りて、次からは多少の気配りがあるのではと期待したが、それほど落ちこまなかったようで、また大幅な遅刻を繰り返す。私はすっかり呆れてしまった。
 相性がいいと思うのはB型だけ?
 友人からはラブラブだと思われていたようだが、実はケンカばかりしていた。卒業を機にお別れしたのも当然の成り行きだろう。
 今の夫に好意を持ったのは、元彼と正反対のA型だったからかもしれない。
 車に乗るときには助手席のドアを開けてくれるし、常にレディファーストの気配りをしてくれる。待ち合わせには絶対遅れない上、デートコースは前もって考えてある。まさに至れり尽くせりの待遇である。
『A型はO型のおもりをする』
 たしか、元彼が貸してくれた本には、こんな一文も載っていたはずだ。
 何かと夫に世話を焼いてもらうと、この上なく心地よい。あの本は正しかったと確信した。
 しかし、A型の几帳面さに段々ついていけなくなってきた。時間厳守という面が最初は新鮮に映ったが、30分も前に到着されるとうっとうしい。きれい好きなのはよいが、1日3回シャンプーするのは行き過ぎだろう……。細かいことをあれこれ指摘されると、いつしかムカムカするようになった。
 反動だろうか。私は以前よりも大雑把な性格に変わったような気がする。
 それにともなって、血液型を間違えられることも増えてきた。
「笹木さんはB型でしょう!」
 自信たっぷりに言われると、かなりのショックを受ける。元彼の気質は、知らない間に私の中にも種を蒔いていたようだ。非常識なところはイヤだったけれども、実のところ、自由奔放なところは羨ましくもあった。
 A型の夫とO型の妻という組み合わせは、一番離婚率が低いそうだが、B型ナイズされた妻にも当てはまるのだろうか。



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困った味覚

2008年08月03日 22時53分00秒 | エッセイ
 佳美さんは、私がお手本にしたいと思う女性の一人だ。
 誰でも自分にないものを持っている人には憧れるし、少しでもそのレベルまで近づきたいと願うものだろう。
 佳美さんのステキなところは、まず運動神経がよいところだ。スポーツなら何でもできるらしいが、特にテニスがうまい。俊足を生かし、コートの中を縦横無尽に走り回るだけでもほれぼれするのに、男性を負かすパワーでスマッシュを決めたりすれば、痺れるくらいにカッコいい。
 英語がペラペラなのも素晴らしい。外国人を相手に、ときには笑顔でフレンドリーに、ときには厳しい表情を浮かべて、早口でまくし立てることもある。
 私はそんな様子を遠くから眺めて、「何て頼もしい方……」とうっとり呟くくらいしかできない。
 年に三回は海外旅行に出かけるセレブぶりも、コーヒーや紅茶ではなくハーブティをたしなむ優雅さも、違う人種のような印象を受ける。すべてが垢抜けているのだろう。趣味のよいバッグからは、読みかけのベストセラーのハードカバーが顔を出していた。
 港区で一人暮らしをしている佳美さんは、ときどきカレーを作る。
「肉は入れるけど、野菜の代わりに果物を入れて、フルーツカレーにするのよ」
 それは、私にとって衝撃的だった。リンゴと蜂蜜が入っているカレーならよく知っているが、フルーツだらけのカレーは食べたことがない。憧れの佳美さんのレシピならば、一度は作ってみなくては。が、しかし……。
「そんなカレー、食べたくない。いらない」
 夫に拒絶された。彼は佳美さんと違うのだ。ぜひ挑戦してみたかったのだが、聞き分けのない夫を説得するのは面倒だった。
 一方、カレーが大好きな十一歳の娘のミキは、興味津津で食べてみたいと言う。私一人の分なら作る気がしなかったが、ミキと二人分なら話は別だ。夫が留守のときを見計らって、早速、佳美さんに教わった通りに作ってみた。カレーのスパイシーな香りに、パイナップル、リンゴ、プルーン、バナナなどの甘ったるい匂いが混ざる。なんとも不思議な料理だ。
「いっただきまーす」
 わくわくしながらスプーンを口に運び、ミキは念願のフルーツカレーを味わっていた。が、期待していた味ではなかったようだ。
「……普通のカレーのほうが美味しいね」
 たしかに、パイナップルの酸味やバナナの甘味は、信頼を裏切られたような気分になる。なにより、ご飯に合わない。不味くはないが、ぜいたくに慣れたミキは容赦しない。
「もう、しばらくは作らなくていいよ」
 バッサリと斬って捨てられた。調理時間のロスを思うと悲しかったが、私も同感だった。
 神は佳美さんに多くのものを与えた結果、味覚にまで手が回らなかったのかもしれない。



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