これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

昔の知り合い

2022年11月20日 22時15分46秒 | エッセイ
 ときどき、近隣の中学校から「高校の体験授業をしに来てほしい」と頼まれることがある。可能な限り引き受け、中高の交流を図るのだが、その日は波乱があった。
「笹木先生、ちょっといいですか」
 声を掛けられ、顔を上げると、若手のホープ・高田先生が困惑顔で立っていた。
「何かありました?」
「はい。明後日の○○中の体験授業なんですけど」
「ああ、午後の」
「自分が行くことになっているんですが、先ほど、叔父が亡くなりまして」
「えっ」
「葬儀とかぶっちゃいました。どうしましょう」
「なーんだ、じゃあ私が行きますよ。葬儀を優先してください」
「いいですか。助かります」
 高田先生はホッとした表情で頭を下げた。
「何時にどこに行けばいいのかしら」
「ちょっと待ってください」
 彼は自分の机に戻り、中学校からの依頼文を持ってきた。なるほど、13:10までに来いってか。30分ぐらいで行かれる場所だから近くていいやと思ったが、差出人の名を見て凍り付いた。
「なに、校長 杉本孝輔(仮名)って。もしや、アイツでは……」
 さかのぼること30ウン年。まだ私が大学生だった頃、教職課程で顔を合わせるイヤな奴がいた。偉そうに上からものを言うと思えば、くだらないダジャレを飛ばして一人で笑い、常にすべっている男であった。もちろん彼女はいない。
「同じ名前ってことは、奴なのかしら。まさかねぇ」
 そのまさかであった。高田先生が先方に電話を掛け、別の教員が伺うと連絡したところ、どういうわけか杉本校長に私の名前が伝わり、「大学時代の知り合いです」と驚いていたという。
「仰天したのはこっちの方よ。変なの引き受けちゃったな、バカバカ」
 だいぶ後悔したが、高田先生のためだ。気持ちを切り替えて頑張ろうと決めた。
「やあ、久しぶりですね! 今日はよろしくお願いします」
 30ウン年ぶりに会った杉本さんは髪が薄くなり、年齢以上に老けて見えたが、学生時代の面影は残っていた。きっと、あちらも同じように「オバさんになったな」と思ったことだろう。
「ホント、久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
 まずは無難に挨拶を交わす。さすがに学生時代とは異なり、お互いに大人のやりとりができた。
「まだ時間があるからコーヒーをいれますよ」
「いえいえ、お気遣いなく」
「すぐですから。あちっ!」
 落ち着きのない様子は相変わらずだが、精一杯もてなそうとする姿が新鮮だった。社会の波にもまれ、人づきあいがうまくなったのだろう。
「ああ、美味しい」
「よかった!」
 コーヒーをいただきながら、高校のことをあれこれ聞かれる。生徒の進学先になるのだから当然か。話しが途切れたところで、杉本さんは上目遣いにボソッと言った。
「あんまり、昔の話はしないでね」
「あははははは」
 そうか、これが言いたかったのかと納得した。彼は校長なのだから、こちらも心得ている。株を下げるようなことを言うつもりは毛頭なかった。
 時間が来て、体育館で生徒に授業をする。どの生徒もワークシートにメモを取り、熱心に聞いてくれた。杉本校長もウンウンと頷きながら参加していた。学生時代にはまったく予想もしていない光景であった。
「ありがとうございました。またコーヒーをいれますよ」
 終了後、再び校長室に戻った。担当の教員も挨拶に来てくれて、満足している様子に安堵した。
「荷物になっちゃうけど、よかったら召し上がってください」
 杉本さんが小さな包みを差し出した。わざわざ用意してくれたのだ。
 辞去してしみじみと思う。
「大人になるってすごい……」
 30ウン年の歳月とともに、あの杉本さんが、礼儀正しい紳士に成長していたことに感動した。包みの中には地元の和菓子が入っていたが、地域がバレてしまうので、こちらの画像に置き換えたい。



 どうなるかと思ったけれど、行ってよかった。

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コメント (10)
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