これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

なかったことにしてください

2020年02月09日 20時53分05秒 | エッセイ
 洗濯物に水垢のような汚れがつくようになった。
「あーあ、洗濯槽を洗わなくちゃ。この前やったばかりなのに」
 この前といっても、10月か11月だった気がする。3カ月に1回は掃除しなくてはいけないのだろう。
 うちの洗濯機の場合、「槽洗浄コース」は3時間か11時間のどちらかを選ぶ。11時間だと夕飯までかかるので、いつも3時間にしている。仕事のない日を選び、通常の洗濯に続けて槽洗浄をするのが常だ。
 この日も槽洗浄のスイッチを押してから、洗濯物を干し始めた。今年は暖冬。洗濯物が短時間でパリパリに乾く。厚手のパジャマもスウェットも、乾燥機の世話になる必要はない。
「あれ? 靴下が片っぽないや」
 すべての洗濯物を吊るしたあとで、足りないものに気がついた。夫の靴下だ。右足分はあるのに、左足分がない。さて、どこにいったのだろう。



「廊下に落としたのかも」
 洗濯物がたくさんあると、移動の際にカゴから落下することがある。それかと思ったのに、廊下に靴下はなかった。
「脱衣所かな?」
 運悪く、脱衣所で迷子になる衣類もある。洗濯機に入れてもらえず、扉の陰などでひっそりと誰かに見つけてもらえるのを待つのだ。だが、ここにもなかった。
「となると、残るはひとつ……」
 一番やってはいけない可能性が残っていた。もしかして、洗浄中の洗濯槽に入っているのかもしれない。
 一時停止ボタンを押して洗濯機の扉を開けると……
「あちゃ~、やっぱりここか!」
 洗浄剤が溶けて空色になった洗浄水の上に、夫の白い靴下が「プカア」と浮かんでいた。水死体を見たことはないが、こんな感じなのかもしれない。無言で抗議しているような切ない姿が目に痛い。望んでこんな状況になったわけではないと、責められている雰囲気だ。
「ゴメンゴメン、今出してあげるからね」
 おそらくは、洗濯槽から洗濯物を出すときに、上部の死角にへばりついていたのだろう。これだけ取り残してしまったようだ。青い洗浄液に手を伸ばし、溺れている夫の靴下を救った。茶色の水垢も一緒についてきたが、潔く水で洗い落とす。そのまま両手でゴシゴシとこすり、かたく絞って物干しに吊るした。証拠隠滅。これで私の悪行がバレることもない。
 日本海側はどうか知らないが、カラカラに乾燥した関東地方は昼過ぎに洗濯物が乾く。夫の靴下も、両足分が何事もなかったかのように、畳まれていた。
「いやあ、気持ちいいな。洗濯物もバッチリだ」
 夫はすこぶる機嫌がいい。
 舞台裏は知らない方がよさそうね。


    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする