これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

ハクソー・リッジ もう一つの戦い

2017年07月13日 22時26分52秒 | エッセイ
 その日は、2年生の生徒を連れて、オープンキャンパスに参加することになっていた。
 いつもより遅い時間に、のんびり出発の支度をしていると、テレビの星占いが始まる。
「今日の運勢第1位はてんびん座です!」
 よしよし、きっと、いいことあるぞ。
 星占いの通り、生徒の遅刻や欠席もなく、オープンキャンパスは昼過ぎに終了した。
「先生、さよ~なら~」
「はい、気をつけて帰ってね」
 このあと授業はないし、急ぎの仕事もない。時計を見ると、まだ12時半ではないか。たまには、午後休暇をとるのも悪くない。
「よし、まずはランチだ」
 せっかく渋谷に来たのだから、東急に行こう。ちょうど、パリ祭というイベント開催中で、美味しそうなプレートが私を待っている。



「甘いものも解禁しちゃえ」
 休暇をとった解放感から食欲も上向きだ。食後はプティガトーも追加した。



「いやあ、極楽極楽。やっぱり1位の星座は違うわね」
 優越感に浸って店を出る。お次は映画館だ。メルギブファンとしては、公開中の映画「ハクソー・リッジ」を見逃すわけにいかない。



 すでに公開3週目に突入したので、上映回数が減った。興行成績がイマイチなのだろうと、勝手にスカスカの劇場を予想していたが、館内はほぼ満席である。レディースデーでもサービスデーでもないから、ちょっとうれしい。
 あらすじを紹介したい。ヴァージニア州出身のデズモンド・ドスは、第二次世界大戦で志願兵となるが、信仰上の理由から銃を持とうとしない。上官に叱責され、仲間の隊員から嫌がらせを受けても、決して信念を曲げることはなかった。
 ある夜、デズモンドは就寝中に襲われる。デズモンドが銃を持たないことで、連帯責任を負わされた隊員が、長距離を走らされたことへの報復だった。ベッドごとひっくり返され、数人から殴る蹴るの暴行を受けた。暴力的な場面では、見ている側も力が入る。
「ん?」
 異変はそのとき始まった。私のお腹の中でも、何かが暴れ出しそうな予兆がある。朝、ちゃんとトイレをすませたのに……。うごめく腹部に気づき、眉毛がハの字になったが、しばらく耐えていると落ち着いてきた。やり過ごせたかと、大きく息を吐いた。
 おそらく、調子に乗って、高カロリーのものを食べすぎた報いであろう。グラスシャンパーニュも2杯飲んだし。この映画は139分と長く、腕時計に目をやると、あと1時間以上もある。はたして、最後まで持つかと不安になった。
 スクリーンでは、いよいよデズモンドが沖縄に上陸し、戦いに参加する場面になっていた。ハクソー・リッジと呼ばれる崖を登った先には、たくさんの遺体が散乱している。砂にまみれて横たわりネズミに食われている者、内臓をはみ出させて息絶えた者、ただの肉片になってしまった者など、とても平常心では見られず、体がこわばった。
「あ」
 いかん、またお腹の中で殴る蹴るが再開したではないか。今度はさっきより激しい。集団ではないが、2人がかりで暴行を受けているようなツラさである。嵐が通り過ぎるのを待とうとしたら、額が汗ばんできた。冷房は十分利いているのに困ったことだ。
 デズモンドは、両足を腿から吹き飛ばされ、苦し気なうめき声を上げている負傷兵の手当てを始めた。足を失う痛みに比べたら、こんな腹痛、どうってこたあない。辛抱、我慢、とヘソのあたりに言い聞かせたが、一向に効き目が感じられない。
「よし、切羽詰まる前にトイレに行こう」と決心し、戦いがひと段落した場面で席を立った。一部、見られなくなるのは残念だが、苦しい思いをしてまで頑張る必要はない。もちろん、これはやせ我慢で、本音としては「腹痛に負けたダメなヤツ……」と落ち込んでいたのだが。
 数分後、無事、用を足して劇場に戻る。でも、通路側ではないので、人の目の前を通行する迷惑を考えた。結局、出入口付近で鑑賞することにする。残り時間はあと40分。亡霊のように、暗闇に潜んでジイッとスクリーンを眺めた。どう見ても怪しいヤツである。どこが1位の星座なのかと苦笑しつつも、腹痛から逃れた喜びの方が大きくて、すんなりストーリーに戻っていかれた。
 デズモンドは、敵・味方の区別なく、負傷兵を助け続けた。自らの危険を顧みず、最後まで武器をとらず、信念に従って戦ったのだ。腹部の爽快感と合わせて、鑑賞後は心の中にそよ風が吹いてきた。すごい人間がいたものだ。私はデズモンドを尊敬する。
 本日の教訓。
 長い映画を見る前に、お腹がビックリするような食事をしてはいけない。粗食に徹するべし。
 喉元過ぎれば熱さを忘れるものである。お腹の痛みは記憶に焼き付けておこう。


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