これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

専属美容師を紹介します

2015年08月06日 20時08分22秒 | エッセイ
 はじめて社会人になった年に、中学時代の同窓会があった。
「教員? 俺が一番嫌いなヤツになって~」
「カツミは子どもが2人もいるってよ」
 8年ぶりにしては会話が弾む。順に席を移動し、次に隣になったのは、週休2日制ならぬ週2日制を貫いた不登校児、志田であった。
「たしか、前に大宮で会ったよね」
 志田とは卒業するまでほとんど口を利いたことがなかった。でも、2年前にふらりと入った美容室で、彼がアシスタントとして働いていたため、同窓会の前に再会している。
「そうだね。まだあの店にいるの?」
「あそこはもう辞めた。あれから美容師の資格も取って、今度は自分の店を出すんだ。よかったら来てよ」
 場所を聞くと、歩いて行かれるところである。オープンの日にちも聞き、ためしに行ってみた。店内にはすでに3人客が待機していて、まずまず繁盛しているようだった。
「来てくれてありがとう。これ開店記念品」
 会計の際にプレゼントを受け取り、ぐうたらだった志田の勤勉ぶりに驚く。カットの腕も悪くなかった。人はどんどん成長していくものなのだと実感し、これからもお願いすることにした。
「へえ、砂希の同級生の店なの? お母さんも行ってみよう」
 やがて、志田の店には母、姉、妹も足を運ぶようになる。雨の日には志田の妻が車で家まで送ってくれたり、所持金が足りなかった妹にはカット代を800円におまけしてくれたりと、家族ぐるみのおつき合いが始まった。
 数年経つと、風向きが変わってくる。やがて、母がこんなことを言うようになった。
「最近、開店ピッタリの時間だと、お店が閉まっているのよ。志田君は来るのが遅いね」
 これには驚いた。10時を過ぎてもシャッターが開かず、客を待たせるとは失礼きわまりない。商売が軌道に乗ったせいか、志田は本来の怠け癖が出てきたようだ。その後、私は引っ越してそれきりになったが、徐々に客足が遠のき、結局、店を閉めたそうだ。
 練馬に越してからは、いくつか美容院を回った。その中で、一番似合う髪型にしてくれた美容師を選び、二度三度と通うようになる。
「こんにちは。今日もいつもと同じですか」
 美容師は、デーモン小暮がメイクを落としたような顔をしているので、「閣下」と呼ぶことにする。


        (広島県ホームページより)
 どの美容師よりも、閣下は仕事が丁寧だ。段を入れるにも、カーラーを巻くにも、髪一本一本を大事に扱っている。他の美容院ではひと月ほどしか持たないパーマも、閣下ならば2カ月近くウエーブが残る。
「どうですか、こんな感じで」
 鏡に映る自分に満足するが、問題なのはここからだ。閣下はカットが上手なのに、なぜかブローは下手。乾いたあとの髪型は野暮ったく昭和くさい。すぐさま家で洗い直し、自分でブローするといい感じにチェンジする。
 文句を言いながらも、閣下の店に通い始めてから、今年で20年目を迎えた。
 こういうのを「魔界通い」というのだろうか。


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 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (12)
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