これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

チャージの掟

2012年12月16日 20時44分15秒 | エッセイ
 昼で仕事が終わり、娘と一緒にランチをした。



 贅沢なお昼を食べると、いい気分になる。さあ帰ろうというとき、事件は起きた。
「お母さん、定期がないよ!」
 改札の前で娘が立ち止まり、からっぽの定期入れを見て呆然としている。外側のスライドポケットが緩んでいたので、気づかぬうちに滑り落ちたのだろう。血相を変えて、ブレザーのポケットやカバンを探したが、それらしきものはないようだ。そのとき、いやなことを思い出した。
「……そういえば、この前、チャージしてたよね」
「うん、1万円入れちゃった」
「……」
 何というタイミングの悪さ。
 チーン。
 頭の中で、ハズレを意味する、調子っぱずれの鐘が鳴る。
 まずはランチの店に問い合わせ、次に立ち寄ったデパートでも聞いてみたが、届いていないとの返答だった。
 チーン。
「駅に着いたときは、あったはずでしょ。ないと改札を出られないもの」
「そうだね。でも、すぐ制服に入れたよ」
「じゃあ、制服に入れる前に落ちたんだよ。駅の窓口に行ってみよう」
 駅では、50代くらいのベテランの駅員が、手慣れた様子で対応してくれた。
「落とされたのは何時ごろですか」
「1時くらいです」
 時計を見ると、3時半を回っていた。
「区間は」
「期限は」
 駅員の質問が途切れたところで、娘が大事なことだと言わんばかりに付け加えた。
「表面に、AKB48の篠田麻里子の保護シートが貼ってあります」
 ところが、ベテラン駅員には、篠田麻里子が通じなかったようだ。視線を宙に浮かせ、「なんのこっちゃ」という顔をした。「あの人、わかってないけど大丈夫かな」と、娘は顔を歪めた。心配とは裏腹に、彼はパソコンをてきぱきと操作し、届けられた落し物をしばらく検索していた。終わったときには、声のトーンを落とし、言葉をかけてきた。
「ちょっと、こちらには届いていないようです」
「そうですか……」 
 チーン。
 なかなかアタリが出ない。
「あのう、定期券を使えなくすることはできますか?」
 横から、娘が身を乗り出して尋ねた。
「はい、できますよ。ただ、再発行するのに1000円かかります。チャージした額は、残っている分だけ有効です」
「じゃあ、そうしてください」
「わかりました」
 手続きの間、娘と雑談をしながら待つ。
「なくしてから2時間半だけど、チャージ分は残っているかな」
 私は、少々考えてから答えた。
「使える店は限られてるし、額も小さいからね。全部は使い切れないんじゃない?」
「そうだよね。残っているといいな」
「定期を使えなくするなんて、よく思いついたね」
「あれ、公民の時間に習わなかった? ICカードの仕組みのこと」
「……昭和にICカードはないよ」
 チーン。
 そういえば、父から「定期入れにお金を入れてはいけない」と、何度も繰り返し言われたことを思い出す。定期だけなら戻ってくるけれど、お金が入っていると戻ってこないのだと。
 しかし、IC定期の場合は切り離しができないから、自衛策を講じなければいけないらしい。
「今度から、チャージは5000円までにしておくよ」
「うん」
「あと、スライドポケットには入れないようにする」
 相当懲りたようで、娘も学習したらしい。

 手続きの翌日、再発行定期を受け取ることができる。
 ドキドキしながら、娘と駅の窓口に急いだ。
「お待たせしました。チャージ分は10864円残っていますので、引き継いであります」
「えっ、10864円? 全額残ってますね!」
「よかった、使われなかったんだ~」
 キンコンキンコンキンコーン!!
 二人で顔を見合わせて喜ぶ。
 最後の最後に、アタリが来た。
 定期は見つからなかったけれど、不愉快な思いはせずにすんだのだから、実にありがたい。
 再発行の1000円は授業料である。


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コメント (14)
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