その夜は、中3の娘が、京都・奈良の修学旅行に出かけていなかった。
夫婦2人きりで狭い家にいると、息が詰まりそうだ。専業主夫の慰労も兼ねて、外食に誘ってみた。
「たまには、フレンチでも食べに行く?」
「いいね! 行こう♪」
普段は引きこもりの夫も、エサがもらえるとわかれば、二つ返事でオーケーだ。実に現金である。
場所は池袋東武の15階。仕事の帰りに、直接お店で待ち合わせた。
「一番、料理の多いコースがいい!」
食いしん坊の夫が、メニューを指差し、力をこめて主張する。
その店に行くのは3年ぶりだったが、メニューがずいぶんリーズナブルになった。以前は、価格5桁のコースもあったのに、今は路線が変わったのだろうか。
平日の18時という時間帯のせいか、客もまばらだ。そういえば、私だって、レストランのディナーは半年ぶりではないか。長引く不景気の中、客足を伸ばすために、価格を下げたのかもしれない。
「お待たせいたしました」
料理が運ばれてくる。まずは前菜からだ。
夫は、かなりお腹をすかせていて、すでに3個目のパンを頬張っている。家で何も与えていないようで、少々恥ずかしい。
スープが終わり、次は魚料理というときだ。ウィン、ウィンという、聞き覚えのある警戒音が聞こえてきた。
「緊急地震速報です、緊急地震速報です」
体が硬直した。ここは15階である。べらぼうに高いわけではないけれど、決して安全でもない。
戸惑う私たちに、館内放送が追い討ちをかける。
「係員の誘導に従って、落ち着いて行動してください」
もしや、大変なことになるのでは!?
私はとっさに、翌日の朝刊の見出しを思い浮かべた。
「修学旅行中、外食中の両親が死亡」
きっと娘は、「自分たちだけで、美味しいものを食べて死ぬとは、何て親だ」と怒るだろう。
母なら、「昔から食い意地が張っていたので、いつかはこんなことになると心配していました」などとコメントするかもしれない。いずれにせよ、立場がない。
「誠に申し訳ございません。何かありましたら、ただちにご案内いたしますので、どうぞご安心なさってください」
ウエイターが各テーブルを回り、静かな声で説明をした。まだ、誰も取り乱していないが、大きな揺れを感じれば、騒ぎになることは必至である。
「全部食べないうちに、避難するのはイヤだな……」
夫が顔を曇らせる。コース料理は、これからが本番だ。私にとっては、デザートがメインディッシュなので、ここで中断されてはかなわない。
願いが通じたのか、まもなく、微かに揺れはしたものの、すぐに収まった。再び、ウエイターが登場し、「震源地は福島だったようです」と報告に来た。いったい、いつまで続くのだろうか。
その後は地震もなく、落ち着いて食事を終えることができた。夫は、結局、パンを5個平らげ、満足気だった。
もし、地震から逃れられないとしたら……。
せめて、デザートをいただいたあとにしてほしい。
お支払いせずに、避難しちゃったりして。
クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
夫婦2人きりで狭い家にいると、息が詰まりそうだ。専業主夫の慰労も兼ねて、外食に誘ってみた。
「たまには、フレンチでも食べに行く?」
「いいね! 行こう♪」
普段は引きこもりの夫も、エサがもらえるとわかれば、二つ返事でオーケーだ。実に現金である。
場所は池袋東武の15階。仕事の帰りに、直接お店で待ち合わせた。
「一番、料理の多いコースがいい!」
食いしん坊の夫が、メニューを指差し、力をこめて主張する。
その店に行くのは3年ぶりだったが、メニューがずいぶんリーズナブルになった。以前は、価格5桁のコースもあったのに、今は路線が変わったのだろうか。
平日の18時という時間帯のせいか、客もまばらだ。そういえば、私だって、レストランのディナーは半年ぶりではないか。長引く不景気の中、客足を伸ばすために、価格を下げたのかもしれない。
「お待たせいたしました」
料理が運ばれてくる。まずは前菜からだ。
夫は、かなりお腹をすかせていて、すでに3個目のパンを頬張っている。家で何も与えていないようで、少々恥ずかしい。
スープが終わり、次は魚料理というときだ。ウィン、ウィンという、聞き覚えのある警戒音が聞こえてきた。
「緊急地震速報です、緊急地震速報です」
体が硬直した。ここは15階である。べらぼうに高いわけではないけれど、決して安全でもない。
戸惑う私たちに、館内放送が追い討ちをかける。
「係員の誘導に従って、落ち着いて行動してください」
もしや、大変なことになるのでは!?
私はとっさに、翌日の朝刊の見出しを思い浮かべた。
「修学旅行中、外食中の両親が死亡」
きっと娘は、「自分たちだけで、美味しいものを食べて死ぬとは、何て親だ」と怒るだろう。
母なら、「昔から食い意地が張っていたので、いつかはこんなことになると心配していました」などとコメントするかもしれない。いずれにせよ、立場がない。
「誠に申し訳ございません。何かありましたら、ただちにご案内いたしますので、どうぞご安心なさってください」
ウエイターが各テーブルを回り、静かな声で説明をした。まだ、誰も取り乱していないが、大きな揺れを感じれば、騒ぎになることは必至である。
「全部食べないうちに、避難するのはイヤだな……」
夫が顔を曇らせる。コース料理は、これからが本番だ。私にとっては、デザートがメインディッシュなので、ここで中断されてはかなわない。
願いが通じたのか、まもなく、微かに揺れはしたものの、すぐに収まった。再び、ウエイターが登場し、「震源地は福島だったようです」と報告に来た。いったい、いつまで続くのだろうか。
その後は地震もなく、落ち着いて食事を終えることができた。夫は、結局、パンを5個平らげ、満足気だった。
もし、地震から逃れられないとしたら……。
せめて、デザートをいただいたあとにしてほしい。
お支払いせずに、避難しちゃったりして。
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「うつろひ~笹木砂希~」(日記)