これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

名案の明暗

2010年12月16日 17時39分57秒 | エッセイ
 生徒が就職試験を申し込んだ会社から、電話がかかってきた。
「明日の午前9時から、筆記試験と面接を行います。これからFAXをお送りしますので、生徒さんにお渡しください」
「はい、かしこまりました」
 そう答えたものの、心の中では「明日とはまた急な~!」と焦っていた。受話器を置いて時計を見ると、もうすぐ3時半になるところだ。授業はとっくに終わっており、廊下では下校する生徒のおしゃべりが響いている。
 ひょっとしたら、その生徒も帰ったあとかもしれないが、ひとっ走りして教室を見に行く。各クラスのドアは、上半分がガラス張りになっていて、中の様子がわかるのだ。
 幸い、そのクラスは、帰りのホームルームの真っ最中で、生徒全員が残っていた。
「ああ、よかった~」と安堵したのもつかの間、担任の話が長くて、まだまだ終わりそうもない。

 さて、こういうとき、取るべき道は2つある。
 ひとつは、ノックをして教室に乱入し、担任の話を遮って、自分の言いたいことだけを伝える「押しかけ作戦」だ。ホームルームの妨げになることは間違いないが、待ち時間はないし、確実に伝達することができる。だが、非常時でもないのに、この程度の連絡で、教室まで乗り込むのは忍びない。
 もうひとつは、ホームルームが終わるまで、ひたすら廊下で待つという「待ち伏せ作戦」である。遠慮深い教員は、冷蔵庫のような廊下で凍えながら、10分も20分もじっと待っている。しかし、自分の都合で短気になる私には、決して向いていない。1~2分なら待てるが、それ以上は我慢できない。
 そのとき、名案が浮かんだ。
 紙に「○○先生、連絡があるので、△△を残してください」と大きく書き、外側から教壇に近いガラスに貼り付けておいてはどうか。そうすれば、教室から出るとき、いやでも目に入るだろう。これなら、闖入者にならずにすむし、寒さからも逃れられる。
 早速、メモを書き、ドアまで貼りに行った。教室では、相変わらず、担任の話に生徒が耳を傾けている。私は「あったまイイ~♪」と満足して、部屋に戻った。

「先生、連絡って何ですか?」
 10分後、その生徒がやってきたので、「上手くいった!」と私は自分に酔いしれた。
「ずいぶん長いホームルームだったね」と話しかけると、生徒は渋い顔で答えた。
「○○先生が、怒っちゃって、怖かったんですよ」
 どうやら、素行の悪い生徒がおイタをしたようだ。担任は、「そんなことでいいと思っているのか!?」とカンカンに怒って説教をしたという。
 すると、ガラスの外から、絶妙のタイミングでニューッと顔を出した先生がいた。教室をジロジロ見たあと、おもむろに大きな紙を取り出し、セロテープで貼り付けている。「なんだなんだ」と気になったが、担任の雷が落ちるのではと不安になり、生徒は皆、横目でチラ見する程度にとどめた。
 一応、目的は達成できたけれども、「そんな風に見られていたのか」と私は赤面した。
 気を取り直し、担任にも試験の連絡をしに行く。
 職員室に寄り、「先ほど、メモでもお知らせしましたが……」とおもむろに切り出した。しかし、その担任は、キョトンとしたままで反応が鈍い。
 それもそのはず、悲しい返事が返ってきた。
「あ、俺、頭に血が上っちゃって、よく見なかったんスよね。メモがあったんですか? 全然気がつきませんでした」
「…………」
 名案だと思ったんだけどな。
 単に、運がよかっただけのようだ。
 一瞬にして、酔いから目が覚めた。




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コメント (16)
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