これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

無敵の嫁

2010年11月28日 20時43分12秒 | エッセイ
 義母のいる、二世帯住宅に住むようになって、はや13年経つ。
 引っ越してきた当時は、週末、2歳の娘を連れて義母の部屋に行き、お茶を飲みながら世間話をすることもあった。そこで、よく話題にのぼったのが、夫の弟の、元妻である。

「加代さんはね、いつも帰りが遅くて、食事もろくに作らない人だったのよ」
 義弟夫妻は、私たちが引っ越してくる前に離婚したから、加代さんのことはよく知らない。だが、温和で、辛抱強い義母が、唯一我慢できない相手だったのだろう。普段は、誰の悪口も言わないのに、こと加代さんに関しては、いなくなってからも不満を漏らすことがある。
「小学生の子供が、8時9時まで夕飯を食べなかったら、お腹が空いちゃうじゃない? しょうがないから、アタシとお父さんでご飯を作って、食べさせていたのよ」
 義弟夫婦には、幼い男の子がいたが、加代さんは家事や育児よりも、仕事を優先する人だった。そのしわよせは、すべて義母に来てしまい、保育園のお迎えから食事の支度、遊び相手などを手伝っていたらしい。
「それなのに、あの人、帰ってきてご飯ができていると不機嫌になるの。自分が作ろうと思っていたのに、と文句を言って。……そのくせ、残さず食べるんだけどね」

 洗濯物を取り込んでおけば、「どうして畳んでくれなかったんですか」と反撃される。夏の旅行を提案すれば、「私には予定があるのに」と難色を示す。そのくせ、ちゃっかりついて来て、誰よりもはしゃぐのだという。義母は首をかしげながら、理解不能の元嫁について続けた。
「この家には私の居場所がないと言って、あの人は出て行ったのよ。アタシが家のことをやっていたのが気に入らなかったんでしょうね」
 身の回りのものだけ持ち出して、彼女は本や雑誌類をどっさり残していった。読書家だっただけに、何百冊もの本を処分するのが難儀だったそうだ。
「そしたらね、ひと月くらいしたら、ご両親連れて、フラッと遊びに来たのよ! 『来ちゃいました~』なんて言って、いきなりよ」
 義母は、相当驚いたのだろう。当時の感情が蘇ったかのように、1目盛分ボリュームが上がった。
 普通は、一方的に離婚した家に、何の前触れもなく、親を連れて押しかけるなんてことはできない。どうやら、善悪の判断基準が、一般からかけ離れているようだ。
 極めつけは、離婚して半年後、加代さんが電撃再婚したことだろうか。相手は、同じ職場だった男性である。「居場所がない」という離婚の理由は口実で、加代さんは婚外恋愛の相手を選んだのだと、義母は呆れ果てていた。
 
 私も、世間のものさしで測れば、まぎれもなく「悪妻」の部類に入ると思う。
 育児は夫任せだし、部屋の片付けもできない。干した布団をベランダから落とし、落下地点にあった義母の物干し台を破壊したり、ビニールプールに水を入れていることを忘れ、義母宅の水道を無駄遣いした失敗もある。
 でも、義母はいつも笑って許してくれた。
 おそらく、加代さんのおかげだ。彼女に比べれば、私など、スケールの小さな悪妻でしかなく、到底かなわない。無敵の嫁といえるだろう。
 一族にひとり、無敵の嫁がいるとありがたい。
 彼女は、私の隠れ蓑である。




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コメント (20)
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