これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

お年寄りになったら

2010年09月05日 20時20分39秒 | エッセイ
 留守中、15年ぶりくらいに、高校時代の恩師から電話があった。
「帰ったら電話してほしいって。これが番号だよ」
 夫にメモを手渡され、番号をプッシュする。恩師は父と同じ歳だから、今年で72歳になる。とうの昔に定年退職し、悠々自適の毎日だと聞いている。
「ああ、久しぶり。実は頼みがあって電話したんです」
 この恩師は、通称ミキオ先生といい、暇さえあれば旅行に出かけるアウトドアな社会科教師である。
「お姉さんは、たしか税理士だったね。相談したいことがあるから、連絡先を教えてほしいと思って」
 ……なんだ。私ではなく、姉が目的だったのか。
 ちょっと気が抜けた。
「自宅に連絡先のFAXをもらえれば、こちらから電話しますと伝えてください。番号は……」
 先生が言うFAX番号は、電話番号と同じだった。
「わかりました。姉は今、時間がないという話なので、連絡可能な時間帯も書いてもらったほうがいいですね」
「ああそうなの。こちらも留守がちなので、FAXがいいですね。番号は……」
 また同じことを言い始めたので、途中でピシャリと遮る。
「先生、さっき聞きましたから大丈夫です。じゃあ、姉に伝えておきますので、少々お待ちください」
 そこで電話を切った。

 翌日は土曜日だった。仕事がないので家にいると、珍しく電話が鳴るではないか。我が家の着メロは「森のくまさん」である。
「ハイ、もしもし」
「……」
 応答がない。いたずら電話か??
「もしもし、もしもし?」
 受話器を置こうと思ったとき、ようやく相手のモグモグした声が聞こえてきた。
「あの、ワタクシ、実は……」
 どこかで聞いたような男性の声である。誰だったかなと記憶の糸を手繰り、答えにたどり着いた。
「……失礼ですが、ミキオ先生ですか」
「ああ、そうそう。よくわかりましたね。ちょっと教えてもらいたいことがあって、電話しました」
 昨日のことだろうか。
 それにしては何か変だ。
「声が妹さんにソックリですね」
 そこでピンと来た。先生は姉に電話している気になっている。
「先生、だって私、妹ですから」
 私は名乗り、再度、姉からの連絡を待つよう説明をして電話を切った。
 大丈夫だろうか……?

 義母は10月で88歳になるが、こちらも高齢のため、ときどき対応に困ってしまう。
 我が家は二世帯住宅なので、イベントのケーキなどは義母の分も買ってきて、おすそ分けするのが常だ。
 出勤前で忙しい朝、出かける前に一階の義母に声をかけ、「いってきます」と挨拶することにしている。だが、あるとき、「ちょっと待って」と引き止められた。
 早く行きたいのにと思いつつ、イライラしながら待つと、ようやく義母が戻ってきた。
 それからノンビリと、「昨日はごちそうさま。美味しかったわ」と言って、ケーキの載っていた皿を返そうとした。

 今、返されても!!!

 仕方がないので、ひとまず受け取って階段の隅に置き、家を飛び出したということもある。
 
 歳をとるのは喜ばしいことだが、年齢を重ねるにつれ、善し悪しの基準を測る物差しが狂ってしまうようだ。その結果、本人がよかれと思ってした行為が、茶飲み話になるのだから恐ろしい。

 だが、私の物差しは、元々狂っているらしい。子どものときから、何度も「ズレている」と言われて育った。
 歳をとったら、さらにズレていくのではないか。
 たとえば、ケーキをいただいたら、空の皿を持って「美味しいからもっとちょうだい」とたかるかもしれない。蟻並みだ……。
 食べた皿を洗いもせず、汚れたまま返そうとする可能性もある。口に合わなかったときは、「不味かったわよ」と正直に言ってしまいそうだ。
 今なら、「そんなことをしてはいけない」という理性が働くけれど、お年寄りになってもそう思えるか、自信がない。
 嫌われ者の砂希バアさんにならぬよう、丈夫な物差しを持たなければ。




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 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (10)
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