これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

君の名は(平成版)

2009年12月17日 21時36分02秒 | エッセイ
 教員という職業柄か、私は人の顔をおぼえるのが得意である。
 目で読み込んだ画像は脳に送られ、自動的に名前を検索しはじめる。20代の頃は、フルネームが漢字でヒットし、600人ほどの生徒をおぼえる記憶容量があった。
「どうやったら、そんなにおぼえられるの?」と驚く先生もいたが、特別な努力は必要ない。ただ見るだけで記憶できたから、できない人のほうが不思議だった。

 30代になると、検索に時間がかかるようになった。顔を見て、パッと名前に結びつくことがあれば、なかなか思い出せないこともある。
 たとえば、池袋のデパートで見かけた女性がそうだった。ピンクのスーツがよく似合う、丸顔のふっくらしたその女性を、たしかにどこかで見たことがある。しかし、名前が出てこない。

 誰だっけ? 誰だっけ?

 必死で頭の引き出しを探しても、ヒットする名前はなく、むなしく「結果なし」と表示されてしまう……。
 これは、結構、心の負担だ。わかりそうでわからないものは、大変もどかしくてじれったい。何日もの間、ときおり思い出しては「誰だっけ」を繰り返していた。
 だから、解決したときの喜びはひとしおである。

 あっ、○○眼科の先生だ!!

 ある日、答えが唐突にひらめいた。3回ほど通った眼科の女医さんだったのだ。
 自慢の記憶力に、陰りを感じた一幕だった。

 40代になると、脳の減価償却がさらに進む。若い頃は、卒業生が遊びに来ても、「○年卒の誰々」と答えられた。しかし、最近では、卒業生のファイルは新入生のファイルに置き換えられ、上書き保存されるようだ。卒業年度はおろか、名前もまず思い出せない。
 昔の同僚も、卒業生の女の子と駅でバッタリ会ったとき、名前がわからず困ったと言っていた。
「先生、お久しぶりです!」
「あ、ああ、久しぶりだね。元気だった?」
 ひとまず無難に答えたものの、彼の頭の中では「誰? 誰?」と疑問がこだましていた。だが、記憶の引き出しを、片っ端からひっくり返して探しても、答えは得られない。まさか、「お前誰だっけ?」などと聞くわけにもいかないから、彼は焦った。
 そこで、彼は手がかりになる質問を思いついた。
「担任の先生、誰だったっけ?」
 担任がわかればクラスが特定できる。そこから生徒名が浮かぶだろうと考えたのだが、返ってきたのは卒業生の悲鳴じみた声だった。
「ひどいよ!! 先生のクラスだったんじゃない!!」
 
 もし、私が卒業生の名前を失念してしまったら……。
「大事な思い出は、鍵をかけてしまってあるから、今すぐには出てこないわ、ゴメンね」
 とでも言っておくか。
 記憶が衰えた分、言い訳ばかりが上達する。



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コメント (14)
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