これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

冬の幽霊

2009年12月03日 22時40分25秒 | エッセイ
「お母さん、ちょっと聞いてもらいたい話があるんだけど……」
 先日、中一の娘ミキが、お風呂上がりに神妙な顔で話しかけてきた。
 私はパソコンのキーボードから手を放し、「いいよ」と答えた。
 だが、ろくでもない話だった。
「昔、タナカさんていう人がいて、戦争で殺されちゃったんだって」
 延々とタナカさんの怪談が続く。詳細は割愛するが、吹奏楽部の先輩から聞いたという胸の悪くなる話である。ようやく終わったと思ったら、実はここからが本題だった。
「それでね、タナカさんは、この話を聞いた人のところに、血まみれの姿で来るんだよ。朝の4時44分に電話がかかってくるから、それを取らないとダメなの」
「ああ、よくあるパターンだね。でも結局、何もなかったりするんだよ」
 しかし、ミキは真剣な表情で反論してくる。
「違うよ! ユキ先輩もカヨ先輩も、かかってきたって言ったもん!! 家族は死んだように眠って起きないし、受話器を取るまで鳴り続けるから、根負けするんだって」
 ちなみに、わが家の着信メロディは「森のくまさん」である。幽霊からの電話とは、とても結びつかない。
 さらにミキは続ける。
「それで、タナカさんの言う通りにしないと、帰ってくれないんだよ。先輩たちは、熱湯に指を入れたり、包丁を首に当てろとか言われたらしいよ」
「うわ、嘘くさーい」
「本当だよ! 先輩はやったんだから。ミキは昨日聞いたから、電話がかかってくると思ったんだけど、来なかった。でも、3時40分になぜか目が覚めたんだよ」
「4時44分じゃないじゃん」
「だけど、そのあと1時間眠れなかったから怖かった……」
 まったく、筋の通らない話である。
「でね、今日はお母さんが話を聞いちゃったから、タナカさんから電話がかかってくるよ」
「……」
「他の人に話せば、タナカさんは来なくなるから、ミキはもう大丈夫」

 スッキリした顔で「おやすみ」と挨拶し、ミキは寝室に消えた。一人取り残された私は、「そんなの嘘だ」と思いつつ、部屋の明かりが消せなかった。
 幽霊の話は嫌いではないが、私は怖がりである。
 昨年、昔の同僚が亡くなったとき、通夜の様子を友人にメールしようとした。時間は午前1時になる頃だったろうか。かすかにエアコンの回転音が聞こえる部屋で、いきなり「ピシッ」という、小さく甲高い音がした。
 ドキッとしたが、そのままキーボードを叩き続けていると、「ミシッ」「ギシッ」「パシッ」と連続で雑音が響いてくる。

 ラップ音!?

 その瞬間、背筋がヒヤリとして、腕にも足にも鳥肌が立った。私は急いでパソコンを閉じ、ドキドキしながら夫と娘のいる寝室に逃げ込んだのだった。
 そんなことを思い出したら、急に弱気になり、「今日は早く寝よう」と決心する。
 たとえ、ほら話であっても、血まみれのタナカさんを想像するだけで気味が悪い。
 日々睡眠不足のためか、私は大変寝付きがよい。枕に頭を載せたところまでは覚えているが、どんどん意識が遠のいていく。またたく間に、深い眠りに落ちた。
 しかし、夜中に物音がして、いきなり目が覚めた。
「ついに来たか!!」と布団の中で身構えた。が、よく見ると時計は12時47分を指している。電話の音はせず、夫がトイレに起きただけとわかった。
 再び深く眠ったあとは、目覚ましの音で朝を迎えた。時刻は5時10分、タナカさんは来なかったらしい。
「ああよかった」と安心したのが悪かったのだろう。不覚にも、私は二度寝をしてしまったらしい。目が覚めたときは、5時30分を回っていた。

 キャー、寝坊した~!!

 ダッシュで支度をし、どうにか勤務時間に間に合わせた。まったく、怖い話は聞くものではない……。
「昨日、タナカさんは来なかったよ」
 私は恨めしい声で、ミキに報告した。ミキはすまして答えた。
「あ、そういえば、冬は来ないんだって先輩が言ってた」

 幽霊って、寒がりなのかな?



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コメント (20)
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