これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

うれし恥ずかし缶コーヒー

2009年01月08日 19時44分21秒 | エッセイ
 冬は缶コーヒーの美味しい季節。
「僕は出勤前に、公園で温かい缶コーヒーを飲むのが楽しみなんです」
 同僚の山本さんの、ささやかな喜びだそうだ。男性は女性よりも、缶コーヒーを好む傾向があると感じる。
 私は缶コーヒーをほとんど飲まない。あれには砂糖がたくさん入っているし、微糖や無糖は美味しくない。やはり、きちんと豆からいれたブラックでないと。

 そういえば、やたらと缶コーヒーが好きな人がいたな……。

 ちょうど今くらいの季節だった。まだ子供もいなかった20代の半ば、私は前の前の勤務校で、女子バレーボール部の顧問をしていた。
 実は、バレーボールは全然得意でない。生徒に教えるのはOBである建設会社勤務のコーチで、私はもっぱら球ひろいをしていた。
 このコーチは、もうじき40歳を迎える2児の父だった。高田さんという名前で、いつも缶コーヒーを何本も持ってやってくる。練習前にゴクゴク、休憩中にガブガブ、練習後にグビグビといった具合だ。
 せっかくの日曜日でも、試合があれば会場に駆けつけて、ベンチ入りしてくれる熱心な指導者だったけれども、缶コーヒーばかり飲んでいては体に悪い。たまには別の飲み物にすればいいのにと思っていた。
 ある日曜日、たまたま試合が2時頃に終わった。
「乗っていきませんか? 今日は寒いし、この時間なら道路が空いていますよ」
 高田さんは車で来ていたので、同じ方向の私に乗っていくよう促した。お言葉に甘えて、同乗させてもらうことにした。
 見ると、フロントガラス内側のドリンクホルダーにも、飲みかけの缶コーヒーが置いてある。
 私は内心、「ここにまである」とあきれた。
 ところが、この缶コーヒー、意外なことに相当な暴れん坊だった。
 彼が赤信号でブレーキをかけたら、飲み残しのコーヒーが勢いよく飲み口から噴き出して、フロントガラスにかかったのだ。

 バシャッ!

 まるで泥水のような液体がフロントガラスを流れ落ち、ダッシュボードにたまる様は実に汚らしい。私はビックリ仰天した。
 一回ならまだしも、高田さんがブレーキを踏むたびに、それは何度も繰り返された。

 キキッ、バシャッ、キキッ、バシャッ。

 しかし、高田さんは一向に気にする様子もなく平然としている。

 信じられない、きったなーい!!

 私がぼう然とダッシュボードの水たまりを凝視していたら、高田さんに気づかれた。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、別に……」
 乗せてもらってケチをつけるわけにもいかない。私は言葉を濁して目を逸らした。
 少し走ったところで、信号が赤になった。高田さんは車を止めると、運転席のドアを開け、急いで外に走っていった。

 何? 何が起きたの??

 見ると、彼は自動販売機の前にいた。何かを買って信号が変わる前に、走って運転席に戻ってきた。
「はい、どうぞ」
 彼は温かい缶コーヒーを私に手渡した。
 いつまでも握っていたい温かさなのに、私の心は凍りついた。

 ちがーう!! 欲しくて見ていたわけじゃないっっ!!



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コメント (18)
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