これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

あて先知らず

2008年09月28日 17時22分58秒 | エッセイ
「ただいま留守にしております。ピーッという音のあとにメッセージをお入れください」
 またか、と三原はウンザリした顔をした。
「××高校の三原と申します。今日、慎一君は欠席でしたが、どうしたのでしょうか。この調子で休むと2年生に進級できません。休まないように気をつけてください。では、失礼いたします」
 担任している生徒に問題があれば、教員は保護者に連絡をしなければならないが、電話をかけてもなかなか繋がらないという家庭も多い。平成ひと桁の年では携帯電話も普及しておらず、家庭連絡は教員の悩みのタネだった。
 ひとまず留守電にメッセージを残し、1学期の成績が出たころ、じっくりと三者面談をしよう。
 三原はそう考えて、その後も慎一が遅刻、欠席を繰り返すたびに、メッセージを吹き込んだ。しかし、家庭から学校に折り返し電話をもらうということはなかった。
 ある日、三原が慎一の家庭にメッセージを入れようとしたときだ。「ハイ」という声がして、珍しく電話が繋がった。三原の心臓は、うれしさのあまり、三段跳びをしそうな勢いで弾んだ。
「××高校の三原ですっ!! 何度か、留守電に録音させていただきましたが、慎一君のことでゆっくりお話ししたいことがありますっ。いつなら学校にお越しいただけますか~?」
 ついつい、声が大きくなってしまった三原だが、受話器から聞こえる声は冷ややかだった。
「ああ、××高校の先生ですか……。いつか言わなきゃと思っていたんですが、間違い電話なんですよね。うちには子供がいませんので……」
 ええっ! 
 ということは、慎一の家には何ひとつ伝わっていないばかりか、何の関係もない家に、せっせと迷惑メッセージを吹き込んでいたのか!
 三原の顔は、みるみるうちに熟れた柿のように真っ赤になった。
「ご迷惑をおかけして、大っ変、申し訳ありませんでしたっっ!」
 受話器に向かって平謝りするしかなかった。
 引っ越しをして電話番号が変わったことを、慎一が報告しなかったせいで起きた喜劇、もとい悲劇であった。自分の名を名乗った上での失敗は、とてつもなく恥ずかしい。三原の落ち込みぶりは激しかった。

 携帯電話の普及にともない、今は保護者との連絡にさほど苦労をしない。生徒ともすぐに連絡がつくし、昔の苦労がウソのようだ。
 しかし、携帯が料金滞納でストップしたり、壊れたりするとどうしようもないというデメリットもある。
 私も先日、携帯が故障して困ってしまった。寝ているときは電源をオフにしておくのだが、起床してパワーオンにしても「wait a moment」のメッセージが出たままで、待受画面にならない。どのボタンを押しても反応せず、電源を切ることさえできなかった。
 ひとまず出勤し、仕事が終わったらショップに寄るしかない。
 しかし、そういうときに限って生徒は悪さをするものだ。
 帰りのホームルームに行ったら、一人生徒がいなくなっていた。春山という男子だ。周りの子に聞くと、具合が悪いから帰ると言っていたらしい。
 たとえ、体調不良で早退するとしても、担任に何のことわりもなく下校した場合は無断早退となる。一年生ならともかく、三年生でこれをされてはかなわない。
 私は春山に連絡を取ろうと思ったが、今日は携帯が使えないことを思い出した。

 あ、アドレス! 春山のは簡単だったから、あれならわかる。

 たしか、ha-ruだったはずだ。私は学校のパソコンを使って、春山にメールを打ちはじめた。
『笹木です。携帯が故障中なので、このアドレスに返信をください。今日はどうして帰ったのですか? 三年生にもなって無断早退は許されませんよ。明日は細菌検査(検便)の提出があります。忘れないように注意してください』
 うまく送れるか心配だったが、エラーもなくすんなりと送信できた。だが、待てど暮らせど春山は返事をよこさない。大抵の生徒は、自分に都合の悪いメールは無視しようとする。春山、お前もか、と腹立たしくなった。
 仕事が終わりショップに寄ると、まずまずイケメンのお兄さんが、あっという間に私の携帯を元通りにしてくれた。
「フリーズですね。こういうときは電池パックを取り出すと、リセットできるんですよ。他の機能に異常はないので、これで大丈夫だと思います」
 なんだ、そんな簡単な操作で直せたのか。無知とは恐ろしい……。
 私は恐縮してお兄さんに礼を言い家路についた。メールをチェックすると、何と春山から来ているではないか!
『お腹が痛くて我慢できなかったので早退しました。言わなくてスミマセン』
 ウソ! 故障中だって教えたじゃん!! ……まさか。
 私は急いで春山のアドレスを確認した。
 ha-ru-@×××
 ああっ、uのあとにハイフンがついてたんだぁ~!
 どうやら、縁もゆかりもない相手に間違いメールを送ってしまったようだ。焦りながら、何か変なこと書いたかなぁと内容を思い出した。
 ゲッ、検便!!!
 きっと、受信した相手は驚いたことだろう。食事中だったら申し訳ないことである。
 げに恐ろしきかな、三原現象……。



お気に召したら、クリックしてくださいませ♪
※新ブログ 「いとをかし」 へは、こちらからどうぞ^^

コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする