これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

横取りセンセイ

2008年06月07日 17時59分11秒 | エッセイ
 娘の通う小学校では、明日から一週間、学校公開をする。クラスメイトの様子や授業風景、学校全体の雰囲気などがわかって興味深いし、娘が喜ぶので、毎年必ず参加することにしている。
 昨年は、図工の授業を見に行った。図工室では児童たちが針金を素材に、丸めたり叩いたりして星や花、犬などを形づくっているところだった。
「毒キノコを作っているんだよ」
 娘も針金を椎茸のようにカーブさせ、金槌で叩いて固定させていた。どの子も真剣な表情で、それぞれの作品づくりに夢中になっている。
「もっとたくさん針金を使ってね。隙間があると、淋しくなるから」
 図工の加賀先生は年配の華奢な女性で、一人ひとりの作品を見て回っては熱心にアドバイスを与えていた。
「そうそう、これくらい賑やかになると見栄えがするのよ」
 褒められた子は、白い歯を覗かせてニッコリと笑い、また作業に戻る。客観的に見ても、どの子が何を作ろうとしているのかがわかる。ただの針金が、曲げたり絡み合わせたりすることで、犬やひまわりらしくなっていくから、子供たちも楽しいのだろう。
 あっという間に、3時間目の終了を告げるチャイムが鳴り始めた。4時間目は道徳の授業だ。片付けて教室に帰りなさいという指示があるはずなのに、先生はいつまでたっても何も言わずに、針金細工に没頭している。
 とうとう、4時間目開始のチャイムが鳴った。しっかり者とおぼしき女子が、たまりかねたように先生に話しかけた。
「先生、4時間目は道徳です」
「え? 図工じゃないの? いつも2時間続きじゃない」
「今日は特別時程だから、3時間目だけです」
 その瞬間、消音ボタンを押したように、教室からすべての音がなくなった。児童も保護者も口を閉じ、次に先生が何を言うのかを待っている。
「ああ、そうだったの……」
 加賀先生は、ようやく間違いに気づいたようだったが、少し考えてから、明るい声で想定外の指示を出した。
「でも、担任の先生は迎えに来ないから、図工をやっていいってことじゃない? いいわよ、みんな、続けて続けて!」
 子供たちはドッと笑い、うれしそうに作業を再開した。保護者の反応は、戸惑ったり吹き出したりと様々だったが、おおむね好意的で、たちまち図工室の音量は最大となった。
 それから10分ほどたった頃だろうか。入口の扉がスルスルと開き、担任の山本先生が登場した。ひきつったような微笑を浮かべながら、ゆっくりと図工室に入ってくる。
 またもや、教室の音量が一気に下がった。児童も保護者も、これからバトルが始まることを期待して、ドキドキしていた。
 この先生は怖い・強い・厳しいの3拍子が揃っていて、肉厚で重量感のある女性だ。小柄でか細い加賀先生に、勝ち目はないように見えた。
 しかし、先制攻撃を仕掛けたのは、加賀先生だった。
「ああ、山本先生! ごめんなさい! 区切りがつかなくなっちゃってぇ~」
 加賀先生は山本先生のほうに駆け寄り、さぞ申し訳なさそうに謝りはじめた。さきほどの「やっちゃえやっちゃえ」とは別人のような態度である。年齢は加賀先生のほうが上に見えるから、先に平謝りされては引き下がるしかないだろう。なかなかの役者だ。
「いいえ、いいんですよ……。もうこんな時間ですし、どうぞ続けてください……」
 こちらも煮えくり返っているであろう腹のうちを隠し、笑顔で答えた。笑っているのに、背筋がゾクゾクするような緊張感がある。口論やつかみ合いに発展しなくても、何ともスリリングでたまらなかった。
 後日、通院のため娘が早退するので、学校まで迎えに行った。5時間目は理科で終了のチャイムが鳴ったのに、教室には山本先生だけしかいなかった。
「まだ理科室から戻ってこないんですよ。そろそろ来ると思います」
 先生と、娘の様子や行事の話などをしていたら、6時間目開始のチャイムが鳴ってしまった。6時間目は教室で算数の授業をするはずだ。先生の顔色が変わった。
「冗談じゃないわ、またかしら?! みなさん、熱心に授業をされるんですけれど、時間を忘れちゃうんですよね。今、連れてきますからっ!」
 山本先生は、バタバタと廊下を走っていった。が、5分後に戻ってきたとき、連れてきたのは娘だけ……。
 果たして、授業を奪い返すことはできたのか?!
 今年も娘の担任は山本先生だ。明日も何か面白いことがあるとよいのだが。



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コメント (4)
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