これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

現地主義

2008年06月04日 20時34分29秒 | エッセイ
 朝は時間との戦いだ。弁当を作り、朝食の支度をし、洗濯にゴミ出しに筋トレまで終えて出勤するのだから、化粧に割く時間はまずない。
 大抵は、日焼けしない程度にファンデーションを塗るだけで、すぐに家を出る。出勤時刻ギリギリに職場に駆け込み、カードを通して一安心してからトイレで続きに取り掛かる。アイラインを引き口紅を塗ったら、仕上げにコンタクトレンズを入れて完成だ。
 一重まぶただからアイシャドーは映えないし、チークは面倒くさい。1時間化粧すれば浜崎あゆみのようになるというなら頑張るが、たとえ3時間かけてもそれは無理だろう。せいぜい5分で充分だ。
 さらに時間のない日は、歯磨きまで職場ですることもある。一見、自宅と職場の境目がないようだが、これでもマシになった方だ。
 もっとも堕落していたのは、前の職場にいたときだ。自転車通勤だったので、日焼け止めだけ塗って家を出ていた。職場に着いたら、まず顔を洗って汗を流し、ファンデーションから順番に塗り重ねていく。
 面白いことに、自転車通勤の主婦は同じ発想をするようで、毎朝鏡の前には私を含めて三人が、一心不乱に化粧をしていた。まったく、怖いものなしである。
 数年前に職場を異動し、電車で通勤するようになってからも、しばらくは「一から職場で」化粧に励んでいた。もう、習慣になっていたからやめられない。さすがに鏡の前に並ぶ仲間はいないが、電車で知人に会うこともないし、家で化粧をしてくる理由は何もなかった。
 ところがある朝、職場でバッグの中を見て呆然とした。
 化粧品、忘れた~!
 これは一大事だ。もはや、日焼け止めだけで人前に出る勇気はない。誰かに頼んで化粧品を借りるしかないではないか。必死で職員の顔を思い浮かべ、頼みを聞いてくれそうな人を探した。
「どうぞ、どうぞ、使ってください」
 人当たりのよい佐藤さんが、予想通り快く貸してくれた。でも、口紅まで借りるのは悪いと思い、ファンデーションだけで我慢した。
「今日は顔色が悪いね」
 口紅をつけないと病人のように見える。他の職員からいらぬ心配をされ、いたたまれない気持ちになった。この失敗を教訓に、「最低でもファンデーションは家から塗ろう。できれば口紅までつけてこよう」と決めたわけだ。
 家できちんと化粧を終え、すがすがしい気分で出勤できる日はまだ少ない。
 たまたまそんな日に、職場に着いてすぐ上司の男性に会った。トイレを素通りしたところで、後ろから声をかけられた。
「あれ、今日はお色直しをしなくていいんですか」
 ……結構、見られているものだ。



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コメント (8)
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