あのコルトを狙え

TOKYO2020 子供たちに負債を(笑)

西熱海ホテル 前編

2006-06-30 21:42:25 | 熱海
子供の頃、熱海の付近で崖にそびえる
「もう営業していない古い円型の旅館」を見て幼心に強烈な印象を植え付けられました。
威圧感?もあり「怖い」と思ってしまうのは私だけでは無いようです。
十年程前にそれが『西熱海ホテル』というホテルで営業中だという事を知った(ものすごく失礼)。

そのホテルに泊まる事になるとは思ってもいなかった。

さて熱海に着いた一行が目指したのはホテルではなく
「西熱海ホテルとコルト1100が写真に納まる場所」でした。
しかしなかなか条件に合う場所が見当たらず、やっと探した場所は
ご覧のように松の木が邪魔です。



ものすごく強引なツーショットです


お二人とも好きね~(笑)

しかし、こうして置くと放置車両みたい

(ああ、のこぎりがあれば…なんて思ったりなんかしませんでしたよ)


さて、今回の旅行で最大の目的はここ↓



最上階にある展望台。
例えればホテルエンパイアの最上階、横浜駅旧スカイビルのような60年代チックな
たたずまい。
去年、熱海高原ロープウェイ探索に行った際に見つけました。
望遠で見ても人がいないし、閉鎖している臭いがムンムンです。

しかし、その前に熱海で確認しておかねばならない物件があります。

そう、あれです!

ご存知「玄岳ドライブイン」♪


昭和42年の生まれ同士のツーショットがステキ!(自画自賛…

2月に立ち寄ったら『3月には(ドライブインとして)営業したい』と工事の方がおっしゃっていたので、その真偽を確かめるべく足を延ばしました。

が、予想どおり?に閉鎖中…。
それにしても子供の頃は外観の塗装もキレイだったのに…。

まぁ、現状が確認出来ただけでもいいや。
西熱海ホテルに行こう!

撤収!

ほどなく西熱海ホテルに到着!



もう玄関周辺の佇まいから興奮し写真を撮ります!


写真ではよく判りませんがレンガや「西熱海ホテル」の字体が素晴らしい!

ここだけ時間が止まっているようだぁ~



さっそく館内に侵入、いやチェックインします。


玄関をくぐれば、そこは熱海の大ホテル!
早くも60年代の匂いがかぐわしい!もう死にそうです~
平静を装いながらチェックインを済ませるとシリンダーキーを渡されました。

「714号室」…瞬時にフロント奥のキーボックスを見るとなんと7階は客室階の
最上階じゃないですか!ワンダホ~

『お部屋までご案内致します』とベルボーイさんがご案内!
うわぁ、すげぇ!私の重たいカバンまで持ってくれるよぉ!
なんか偉い人になったみたい! エッヘン♪

あ、私自身が元ベルボーイだったのを忘れていた
立場が逆になると妙に恐縮してしまいます

(話しは逸れますが前に某旅館で案内してくれたボーイさんにチップを渡す時に
いつもの癖で客である私が「ごゆっくりどうぞ」と言ってしまった事がありますエラくこっぱずかしかった)

さて、案内されてエレベーターに向かいます。


「チーン」と昔のエレベーターにありがちな音がしてドアが開くと足元に…

古い日立のマークが!

そしてボタンは…


一同、「あった、あったよこんなボタン!」と大ハシャギ!
さらに上を見ると…


階床表示もステキ過ぎる!

ボーイさんから宿泊塔より食堂塔の方が古いですよ、と教えられる。

7階に着き再度「チーン」と鳴って「7階ハヤミズ家具売り場でございます」
と案内されるはずはないが(ゴメンなさい、関東在住で30歳を超えていないと判らないネタでした)開けた世界もまた我等の期待を裏切りません。


「ステーション(リネン室や清掃スタッフがいる所)」のカウンターもイイ!
しかも中を見ると…

↑カプセルに伝票を入れて指定のフロアに届ける装置
・・・・名前何でしたっけ?
子供の頃に図鑑で見た事がありますが現物を見たのは二回しかないです。


客室に到着


客室内はキレイにリニューアルされておりました。
これもまた素晴らしい!畳の匂いも新しい!
それに広い!

一同感動しながらベランダに出ると


「非常口」の書体とかも古くて泣かせますしベランダの柵がいい味を出しています。

更に!!ご覧ください!

(この写真は『安全体操』さんが撮影)

JR来宮駅がマル見えで「新幹線」「伊東線」「東海道線」「留置線」が眼下に!
すごい!交通博物館のパノラマ模型みたい♪

 誰かがポツリと言いました
「Nゲージが好きな人の気持ちが分かる気がする」
全く同感でした。
普通の人は「海が見える部屋」を希望されますが我々は今後『電車が見える部屋』をリクエストします。西熱海ホテルもこれを売り物にすれば、とか考えてしまいました。

さて、西熱海ホテルで感心したのがこれ



こういうのは嬉しいですね~♪本当に普通のお値段でした。


三島からやってくる、さまひさんが来てから展望台へ行くとして
展望大浴場に向かうのでありました


お風呂もリニューアルされとてもキレイで文句無しです。



  訪れる人も無く閉鎖されているであろう展望台に隠された西熱海ホテルの秘密とは何か?行く手を阻む係員と激闘の末に男達の見たものは?

  次回、大都会PART4『高層の狙撃者』ご期待下さい!(なんのこっちゃ)















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次回予告:西熱海ホテル

2006-06-24 21:10:34 | 熱海
さ~て、明日から再び熱海に行ってきます。

今回のお宿は60年代チックな外観が一目見たら脳裏に焼きつく
丸型名建築?

小田原万博探偵さんもきっと絶賛の?
(勝手な願望…)

あまり知られていないが西部警察、いや西武系列の

西熱海ホテル!だあ、だぁ、だぁ…

さて、どんな60年代が残っているのかな?
コルトでGO!

よし寝よう


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お客様と従業員

2006-06-22 17:45:34 | Weblog
入社以来初めて弊社のお客様と飲みに行きました。
以前からそのお客様とは『いつか飲みに行きましょう』とお声を掛けて頂いておりました。
しかし入社時に「お客様とプライベートな関係を気付く事は避けよ」と言われてきました。
でも会員制クラブに異動して職務を越えたお付き合いも必要かな、と思い指定さ
れた麻布十番のコジャレたお店に行ってきました。
田舎モノの私は早く着きすぎてしまったので麻布十番周辺を探索。
横浜には無い雰囲気とシャレたお店や古い建物も有ったりでなかなか良い感じも
街でした。

大好きなお客様なのでお誘い頂けた事が嬉しい反面「ボロを出さないか、お客様
御ひいきのお店で裸踊りをしないか、周りを凍らせてしまう各種マニアネタを熱く語ってしまわないか」
本気で心配でした。
かなり緊張し宴はスタート。

結果…
今の仕事に対する思い等色々なお話しをしたり普段は恥ずかしくて言えない
ようなクサい事も言ってしまうわ・・・。
ホテル業に限らず接客の仕事は『人を好きになる事』だと思って仕事をしている
私の想いをこのお客様には解って頂きたく嘘偽りない気持ちを語ってしまいましたが、
なんだか長年の鬱憤が晴れた爽やかな気持ちでした。
気の合う仲間と飲んだ時の楽しさとも違うスン晴らしいひと時。
 M様ありがとうございました!

しかし今朝起きたらちょっと二日酔い・・・・あまりにも楽しすぎ飲みすぎて
しまったようです(笑)

お土産に持たせてくれたケーキやパンを食べながら夢のように楽しかった昨日を思い出しています。

また誘ってくれないかな~


(しかし本当に失礼な事をしでかさなかったのだろうか…)





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ホテルエンパイア再び・・・その3

2006-06-14 00:22:31 | 錆びたナイフ
先日、職場(某ホテル)で防災講習が開かれ出席してきました。
弊社の消防担当が替わったので内容もそれまでとは違ったものがありました。
その中でも廊下の端にある「非常階段室」に入った事は勤続14年で初めての事だ
った。
ベルボーイ時代にエレベータホール裏にある中央非常階段は常用していたが今回
の階段室は入った事がなかった。
普段は警備員以外の人が入らない階段なので砂埃やどこから入ったのか枯れ葉が落ちてホテルとは思えない雰囲気。

『なんかホテルエンパイアみたいだな、懐かしいな~』

と思った瞬間

『あ、ブログでエンパイアの更新が止まったままだ!』
と思い出した。最近書きたい事がたくさんあるけど書けないしコルトねたばかり
だ。
楽しみにしていてくださる方々に申し訳ないので久々のホテルエンパイアの事を
書いてみます(うわぁ、人気ブログ気取りで思い上がりもはなはだしいですな)。


   (前回からの続き)


4階がないなら3階の次に5階の表示となるはずだ。
非常階段から廊下に出る鉄扉は重たい灰皿を置き、閉じられないようになってい
る。
これは管理側が「もし中に入って扉が開かなくなった場合に備えて」このように
ストッパーの代わりにしていたそうだ。
誰もいない無人のビルに閉じ込められたら発狂ものです。

噂と違って4階はあった。

(4階表示)
しかも「42号室」さえあった。40年以上前の日本初の高層ホテル。
縁起が悪いなんて考えなかったのだろう。
でも考えてみると私のホテルでも4階はあるし無い方が珍しい。
さすがに42がつく部屋はないが。ちなみに建設会社は同じく大林組だ。
 *注! 廊下の表示は402ですが部屋の扉には「42」となっています。

ちなみにこれがエレベーターです。

一階ロビーとは違いダイエー買収後の改装でも客室フロアは開業当時のままだったと思われます。


再びロビーに戻る。が、管理人さんはいない。

(壊されている板の奥がエレベーター&階段に行く入り口)

さっきから何度も往復している。
21階までの階段を昇るというのはどれ位のキツさだろう。
管理人さんもロビーは見せてくれているが上を見ていいとは言ってない。

私は今、念願のホテルエンパイアにいる。二度とこのような機会はないだろ
う。

いつか「あの時、無理してでも上がっておけば良かった」と後悔するのは目に見
えている。
ダメでもともとだ、決心して離れの宴会場グリーンパレスにいる管理人さんの所
に戻る。
暗闇からエンパイアから戻ると照明が眩しく感じられホッとする。
業者さんと待ち合わせをしているとの事だった管理人さんに意を決して
「客室階に上がってよいですか、時間はまだありますか?」と尋ねてみた。
管理人さんは時計を見て唸る。

  『う~ん・・・15分で戻って来られるかな?』

15分・・・無理かもしれない。
20階の階段を一気に駆け上がった事などないし上がれたとしても見学時間も無い

しかし許可は降りたのだ。堂々と行ける。

「判りました、15分で戻ってきます」

そう答え踵を返し厨房を出た。

15分か・・・
その時、買ったばかりの腕時計にストップウオッチ機能がある事を思い出した。
「ストップウオッチなんて日常生活で使わないよ」と思っていたが思わぬ所で役立つ事となった。
苦笑しながらボタンを押すとセイコークロノグラフの1/20秒針が勢いよく廻り始めた。

(つづく)
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併用軌道

2006-06-13 23:53:07 | Weblog
雨の降る夜はコルトと走りたくなる。


3回続いた夜勤が終わった日に夜を待ちワックスを掛けコルトと出かけた
不思議な車だ
コルトで出掛けるというだけでドキドキした高揚を感じる。

とりあえずの目的地は江ノ電の併用軌道区間
電車と車が同じ道を走るという今ではあまり体験出来ない道

雨が降っている時にタイヤをレールの上に載せアクセルを踏むと
駆動輪が滑るあの感触が好きなのだが横浜市電や都電の全盛期を体験しているかのような
気分を味わえる

道路脇に車を置き缶コーヒーを飲み久々のタバコを吸いながら電車が来るのを待つ

終電の時間なので商店街の併用区間は静まり返っている
間もなく終電車がガタンガタンと音をさせてやってきた。

眩しいほどの車内には乗客は誰もいない

私は写真を撮ったりせずただ見ているだけ

電車はあっという間に通り過ぎ行ってしまった。

その行ってしまった後の余韻に浸りながらタバコをもう一本吸った。

何気ない出来事だがそんな時間が大切に思える。

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レディ・ジョーカー 撮影秘話?

2006-06-12 05:27:55 | 映画
図書館に行ったら「レディ・ジョーカー」の上下巻が置いてあったので借りました。
映画は公開時に見ていたので小説も読んでみたかったがかなりの長編だという事なのでためらっていました。



返却期限ギリギリまで掛かって読み終えましたが、確かに長いです。
映画でよく分からなかった事が納得出来たりして面白かったです。

で、映画版も再び見たくなりレンタルで借りてきました。
小説や映画の内容は省きます。



この映画を劇場で観ていた時に
「あれ?よく似ている人がいるな」と気になった方がいました。
セリフも無い日之出ビール役員の一人です。
たぶんエキストラの別人だろう、と思っていたのですがラストの出演者一覧に
お名前がありました。

その名は・・・・

 『高原慶一郎』(敬称略)

なんとユニチャームの会長です!
いつの間に俳優に?と驚き再確認の為に夜勤明けで眠いが再び見る。
そのお姿は間違いなく本人!

 その後、御本人にお会いした際『あのう…レディ~に出ていませんでしたか?』
と尋ねると
「え?よくあれだけで分かったね?」
『そりゃ分かりますよ~(笑)』
「へぇ~、見る人が見れば分かるんだね」
『しかしまた何故出演されていたのですか?』
「古くからの友人で日活のNさんという方がいて以前から『日活で再び映画を造る時には高原さん、出てくれ』と頼まれていたんだよ」

 確かに「レディ・ジョーカー」は日活久々の作品だ。そんな秘話があったのか。
 

『あの日之出ビールの役員室はユニチャームの本社ですか?』
「いや、外資系のどこかの会社で撮影したよ」

そんな高原慶一郎様が「財界」の表紙を飾った。



映画がDVD化された時にも日活からDVDが贈られてきたそうです。

私にとって一番の収穫は「出演に気づいた」事によってその後、お話しする機会が
格段に増えた事でした。
何が幸いするか分かりません♪
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32年ぶりの里帰り

2006-06-06 18:27:47 | 三菱コルト1100
彩雲家の三菱コルト1100はワンオーナーだと思われがちだが実は中古です。
母の姉さんのご主人の姉さんが初代オーナーでした。
昭和42年10月に購入され6年後の48年10月に彩雲家にやってきました。
彩雲4号その時2才。
『我が家にマイカーがやってきた』という記憶も無いし『祝納車♪』的な写真も無い。
幼稚園の頃に記憶があるのは「彩雲ちの車は古い」という認識が友達達にあったという事。
何しろ後ろのウインカーが赤一色であったりと昭和51,2年の頃でも「古臭さ」を醸し出していた。
ただし、「古い=凄い」というような目で友達も見てくれていた。

前回掲載した写真は小学1,2年の頃だったと思う。
あれが彩雲家で写したコルト最古の写真。
あの写真を写した時の事はよく覚えている。
浅草に墓参りに行った際、恒例の記念写真となった時の事。
この頃から私はコルトが大好きであったのだが何故か彩雲家には
「車と一緒の家族写真」が無かった。
それでこの時は父に
『たまにはコルトも入れてあげてよ』とお願いして兄がシャッターを切った。
よほど嬉しかったのだろう、昔の写真を見ても子供の頃の私は笑顔の写真は殆ど無いのにこの写真では満面の笑みを浮かべている。
それ以降もコルトの写真というのは少なくとも私が中学生になるまで父のカメラに収まる事はなかった。

家の「普通の道具」であったからだと思う。

昭和61年に中古のジェミニ1800LT(PFDジェミニ)がやって来た時点で
コルトは「彩雲家の第一線」から退いた。(このジェミニがやって来るにあたって
一騒動あったのだがそれはまたいつか書きます。)
「普通の道具」であった時の写真は不思議な位に写されていない。
父は家族の写真を撮るのが好きだったしコルトの修理&整備も自分で行ってきたのに。


さて、私がいつからか実現したいと思ってい事があります。

それは『前のオーナーの所にコルトで行く』こと。
なにしろちょっと遠い親戚になるので私が過去に会った事は10年以上前の法事か葬儀の時でしかない。その10年前にも父母は別の法事で前オーナーに会っていた。その際にコルトを見て「まだ乗っていたの?!!」と、とても驚いていた、と話してくれた。

そのお宅は町田市相原にあるので岩蔵温泉に行った帰りに立ち寄る事を考えていた。それが今回の旅行は「コルトで行かなければならない」理由。
あらかじめ母の姉さんから電話番号を聞き父母とお伺いする話しを付けていた。

岩蔵温泉から16号線で相原に向かう途中に何故かとても緊張していた。
どうって事は無いのに何故なのだろう?
町田市相原の道に入る。
コルトにとって30年ぶりに走る故郷の道はどう写っているのだろう。

 キミはこの町で過ごしたんだね。
 その頃とはすっかり代わってしまったでしょう。

コルトの鼓動を感じるかのようにハンドルを握りアクセルペダルを踏むが
いつも通りにコルトは快調に走る。

家の前の通りに近づくと叔父さんが手を振って迎えに来てくれた。

ついに到着した。
いや、帰ってきたのだ


キミはここに居たんだね…ここで私の知らない6年間を過ごしたのか
二度と帰って来る事は無いと思っていただろうね


コルトの前に軽トラがあり、その前にも車がある。そこがコルトの車庫だったそうな。

昔の車そのものに再会した時はどのような気持ちになるのだろう?
遥か昔に生き別れた息子に再会したような気持ちか、それとも子供達と過ごしたいろいろな思い出が走馬灯のように蘇り自然と涙が溢れ…

↑と勝手に妄想していたが、そこまでのドラマはなく。
『懐かしいわねぇー。免許を取った時すぐに買ったのよ。あれから何台も車を変えた。』と「普通に」懐かしがられる。
あ、あのここで泣いてもらう予定なんですが…

むむぅ~実際はそんなものなのでしょうね(笑)

 彩雲妄想劇場 =終= 

さて、上がらせて頂きお話を伺うとなんとコルトには兄弟がおったそうな!
近所に住む親戚に話しを持ちかけ「2台まとめて買うから安くして」と買ったそうな。
そしてコルト1100を選んだ理由は「セールスマンが売り込んで来たから」だそうな。

一時間位話し込んでお土産(お馬さんを飼っているから馬肉♪)を戴き後にしました。
長年の夢が実現出来てスッキリしました。


(初代オーナーの叔母さんと叔父さん。ありがとうございました)

あれ?今書いてて気づいたけど親戚のお宅は商売で馬を育てていて自宅に競走馬の写真をパネルにして飾る位に馬が好きでした。
『コルト(COLT)』の意味は若駒(3~4歳の小馬)だ。
名前で選んだのも選択肢の一つだったのかな?

偶然に私の本名にも「馬」が付いていたりします。








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またまた岩蔵温泉

2006-06-02 12:14:00 | Weblog
先週、両親を連れて岩蔵温泉に行ってきました。
いつかは自分で旅行に連れて行きたいと願ってきましたが
なかなか機会がありませんでした。

本来なら家で使用しているギャランで行けば楽だし確実に目的地まで着けるので
すが
この旅行には別の目的もある為にコルト1100で行かなければなりませんでした。
 
 その理由は後述します

コルトが修理から戻って3日後の出発。
思わぬ不具合も出るかもしれないのでとても悩んだ。
実際に旅行前日にガソリンを入れに給油所へ行こうとした時
二速に入れるとエンスト気味になった・・・(冷や汗)
工場から帰ってくる時は調子が良かったのに・・・
やはりギャランで行くか?でもそれでは「別の目的」が果たせない。
修理をしてくれたヒロタさんに電話で症状を話した所
「う~ん・・・外したクラッチ板がオイル漏れの為にオイルを吸っていた話しを
しましたよね。
その為、今まではオートマみたいに(極端な話)一速から二速が滑って繋がって
いた。
今度はそれが無くなったからある程度エンジンを吹かさないと・・・」との診断で
した。
その点を注意して運転すると問題無し。確かに二速に入れる時は吹かさなかった
な~。
(その後、落ち着いてよく考えてみると急いでいたので暖機運転が短かったのが原因でした。夜勤明けで準備し焦っていた。)

それでも途中で故障したらどうしよう?1人だったらともかく旅行を楽しみにし
ている親に申し訳ないし・・・
前日は夜勤明けなのに不安で眠れなく夜中に目が覚めてしまう状態。

翌日、走ってみるとエンジンも好調で予想より早く岩蔵温泉に着いてしまいま
した。
まだ宿に入れない時間だったのでレトロな街で知られる青梅駅前をドライブ&探索。

(青梅駅前)

街のあちこちにある「映画看板」を見て両親は『懐かしい!』を連発。



しかし、その後車を置き戻って来るとエンジンが掛からなくなりました・・・
ついに来た~(涙)
こんな事、今まで無かったのにと焦りながらも平静を装い各部を点検。
ポイントかプラグかを疑いながらも問題無し。
再び再始動させると掛かりました。

なんだったのでしょう?(内心はムチャクチャ焦りました)
父曰くガソリンの吸い込み過ぎでは?との診断でしたが原因不明。

その後「儘多屋(ままだや)」に到着。
先月に友達と来たばかりですがいつかは親を連れて行きたい、と長年思っていた



その夜はエンジントラブルのお陰で「明日は無事に始動するかな?」とまた眠れ
ない始末。


翌日も問題無くエンジンが掛かった。
暖気するまで駐車場で記念撮影

「親を旅行に招待する」という長年の願いをようやく果たせました。
この後、もう一つの願いを叶える為に岩蔵温泉を後にした。





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