いいもの見ぃ~つけた!

「いいもの」は探せばいっぱいあります。独断と偏見による個人的「いいもの」情報発信所です。

<現役ミュージシャン> 意外な年齢のミュージシャンたち-山下洋輔

2021-01-31 14:06:44 | MUSIC

 「山下洋輔」

  1942年2月26日生まれの78歳。

 ジャズの虜にさせた我流のピアノ
 1週間ピアノに触れないとツライという山下さんにとって、音楽はもはや体の一部だという。

 幼少の頃からピアノに親しんできたそうですが、正式にレッスンを受けていたわけではありません。ご本人の言葉を借りれば“じゃれていた”にすぎないとか。むしろ、ヴァイオリンのほうが本格的で、小学校の頃からちゃんとしたレッスンを受けていました。やがて、中学3年のときに、当時大学生だった兄のジャズ・バンドにピアニストとして参加し、初めてスイングジャズを弾くことに。それ以後いよいよ本格的にジャズに打ち込むようになります。
 「一応はピアノが弾けたので参加したんですが、そのうちバンドの技量に満足できなくなって、それでいろいろなアマチュアのところを転々としては腕を磨きました。人前で演奏することもあったんですが、一度とてつもない額のギャラをもらったことがあって、それでもうこの道しかないと決めてしまった。」

 こうして将来進むべき道を決定づけたピアノ。しかし、本格的にレッスンを受けていたヴァイオリンと違い、基礎さえも習っていない全くの我流。
 「もともと譜面を渡されるのがイヤな性格なんです、いろんな意味で。ヴァイオリンをやめてピアノに乗り換えたのも、自分で好き勝手に弾けるというのが性に合っていたから……。ジャズに惹かれたのも同じような理由で、型にとらわれることなく自由な演奏ができるからです。」

 “この道しかない”と決めてからはもうジャズ一筋。気の向くままに弾きまくり、テクニックはぐんぐん上達していきます。でも、どこまで行っても満足することはできない。“一度専門的に音楽を学んでみよう”という思いが自然に芽生え、国立音楽大学の門をたたくことになるのです。

 大学は“宝の山”
 「入学願書の履歴欄には、確か『現在ジャズピアニストとして活躍中』と書いたと思います。ジャズマンの代表として入学するんだ、みたいな生意気な意識があったんですね(笑)。」

 大学時代はそれこそ自由奔放で、勉強もそこそこに野球ばかりしていたと話す山下さん。作曲科(現在の作曲学科)に籍をおく一方で、積極的なプロ活動を展開。1965年、日本で初のフリージャズを志向するグループ、富樫雅彦カルテットに、翌66年には、渡辺貞夫のグループに参加。    そして、同年8月には自己のトリオを結成し、その年の暮れに滞在中のエルビン・ジョーンズとセッションを重ねています。
 「学校を一歩出たら、もうジャズ、ジャズでしたね。クラシックは僕には生理的に合わないんです。でも、根っからダメというわけではなく、本当はいいもんなんだという幻想みたいなものが絶えず僕の中にはあります。」

 この春、バッハ生誕300年の誕生日に『J.S.バッハへの捧げ物』と題した演奏会を開いたのも、こうした意識の表れだとか。また、大学卒業後、山下洋輔トリオを結成し、フリーミュージックをはじめたことが自らの音楽的なエポックになったそうです。
 「大学は“宝の山”です。掘り出すほどに金銀財宝がザクザク出てくる。問題はどこを掘り出すかで、僕のような型破りな者でも、掘り方次第では多くのことが得られます。とにかく自分の好きなことをやるのが一番。天才はそんなにいるわけではないのですから。」

 ジャズを愛する山下さんもまた、型にとらわれることのない自由な発想の持ち主であるようです。

*https://www.kunitachi.ac.jp/introduction/kunion_cafe/interview/50on/ya/yamashitayousuke.html

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<日本酒> 福島 國権/國権酒造

2021-01-31 13:59:39 | 日本酒

 【平成30酒造年度全国新酒鑑評会 金賞銘柄一覧(仙台国税局)】
 〈福島〉 國権/國権酒造

 全国新酒鑑評会で11年連続金賞を獲得する、福島県・国権酒造のぶれない酒造り 2019.03.12

 全国新酒鑑評会で金賞を獲得する酒蔵の数が、都道府県別で6年連続1位を更新中の福島県。錚々たる実力蔵がひしめくなかで、金賞の連続記録でトップを行くのが福島県南会津町の国権酒造です。

 2018年で11年連続金賞を獲得した国権酒造の吟醸酒造りについて、蔵元社長の細井信浩さんと杜氏の佐藤吉宏さんにお話を伺いました。

 出品酒のレベルを上げて、市販酒にフィードバック
 国権酒造は創業明治10年(1877年)。今でこそ新酒鑑評会では11年連続の金賞を受賞する県内有数の蔵元ですが、昭和30年代には厳しい経営環境のため一時「集約製造」に参加し、醸造を他の蔵と集約して3年ほど造りを止めたこともありました。

 その後国権酒造は独自の醸造を再開しますが、3年間のブランクは大きいものでした。売れ筋だった普通酒の商圏はすでに他の酒造に侵食されていたため、これまで同様の商売のやり方で売上を以前通りの規模に戻すことも難しい状況。ところが、ここで当時の蔵元は一念発起します。当時はあまり大きな注目を浴びていなかった品質の高い高額品に力を入れ始めたのです。

 福島県の酒蔵としては、いち早く大吟醸酒を商品化。また、このころから全国新酒鑑評会で金賞を取ろうと吟醸造りに力を入れたのだそう。これは、市販酒の酒質をより高めるには鑑評会の出品酒のレベルを上げて、その成果を市販酒にフィードバックする必要があるという、蔵元と杜氏の共有認識に沿った戦略でした。

 その結果、国権酒造は昭和55年(1980年)から4年連続して金賞を獲得するまでになったのです。

 4年連続金賞受賞で変わった蔵の意識
 「最近でこそ、金賞の連続記録は多くの蔵が実現していますが、当時は3年連続金賞でも全国的に話題になったほどで、4年連続は周囲に非常に驚かれました。当時、大吟醸は二級酒として売っていましたが、随分と注文が増えたと聞いています」と細井さん。

 

 4年連続金賞受賞をきっかけに、品質の高い酒で勝負しようという蔵の意識はさらに高まりました。そして平成4年(1993年)に日本酒の等級制度(特級、一級、二級)が廃止されたことを契機に、国権酒造は普通酒と決別。特定名称酒(本醸造、純米、純米吟醸、大吟醸など)のみを造る経営へと舵を切っています。

 軸のぶれない酒を目指して
 平成4年(1993年)から平成30年(2018年)までの27年間で、国権酒造が獲得した金賞の数は19回。福島県の酒蔵としてはトップクラスの成績です。

 その立役者が、級別廃止の直前に国権酒造の杜氏となった佐藤吉宏さん。岩手県紫波町で農家の長男に生まれた御年67歳です。夏場は農業を、冬場は酒造りをするという典型的な南部杜氏で、鑑評会以外でもいろいろな賞を獲得している腕っこきの佐藤さんから、出品酒造りへの心構えについて、次のように語っていただきました。

 「ずっと山田錦35%精米の大吟醸で出品していますが、理想のお酒というのは、香味のバランスが良く、呑んだ後にスッと切れることです。そのゴールを目指して、逆算で糖化酵素の力がある麹を造り、望ましい香りを造る酒母を育て、醪の温度管理をしっかりやります。

 我々が理想とする出品酒の軸はぶれません。金賞を獲得した酒蔵のお酒の多くが香り高いという年もありますが、翌年はそれを参考に香りを出すようにしたりはしないのです。

 

 出品したお酒については、後日、審査員からの指摘が送られてきますが、これは欠点だと理解して蔵元と徹底的に議論し、造りの修正に活用しています。ここまで11年連続で金賞を獲得する間には、出品する段階で、絶対金が取れるなと確信した年も何度かはありますが、たいていは予想がつきません」

 原発事故がレベルアップの転機に
 一方、蔵元の細井さんは福島県全体のレベルアップが大きいと話します。

 「東日本大震災の原発事故が大きな転機でした。それまでも、県の指導でレベルは上がってきていましたが、原発事故で福島の酒造の運命共同体としての意識がはっきりとして、各蔵がそれぞれ持っている技術やノウハウが惜しげもなく相互に提供するようになったのです。これが間違いなく、金賞数でナンバーワンの県になった要因です」

 現時点で、5年連続以上金賞を獲得している福島県の酒蔵は以下の7蔵です(括弧内は銘柄名)

 11年連続受賞=国権酒造(國権)
 10年連続受賞=東日本酒造協業組合(奥の松)、名倉山酒造(名倉山)
 8年連続受賞=大和川酒造店(弥右衛門)
 7年連続受賞=松崎酒造店(廣戸川)、鶴乃江酒造(会津中将)
 6年連続受賞=白井酒造店(萬代芳)
 酒造りの真骨頂は、その過程にある

 11年連続で全国新酒鑑評会の金賞を受賞することにはもちろん大きな価値があります。しかし、国権酒造の酒造りの真骨頂は、その結果ではなく過程にあるのではないでしょうか。

 自分たちの理想の信じる理想の日本酒造りに向けて毎年チャレンジを続けるなかで、あるいは福島県という大きな運命共同体の中で、ときには協力し、ときには切磋琢磨するなかで、国権酒造の日本酒は今もぶれずに成長を続けています。

 ちなみに、今年の出品酒造りについて、佐藤さんは「かってないほどに山田錦がやわらかくて困惑している。これほど造りづらいのも久しぶり。今年は結果が心配です」と本音をポロリと漏らしていました。

 平成最後の造りの出来はいかに。全国新酒鑑評会の結果が今から楽しみです。

 (取材・文/空太郎)

*https://jp.sake-times.com/knowledge/sakagura/sake_g_kokken より

*https://item.rakuten.co.jp/hamadaya/10002289/?scid=af_pc_etc&sc2id=af_115_1_10000448 より

 国権酒造株式会社 福島県南会津郡南会津町田島字上町甲4037

 ブランド一覧

 「國権」特撰大吟醸・大吟醸・純米大吟醸 (金ラベル)・純米吟醸 (銀ラベル) ・純米吟醸 (銅ラベル)・純米酒・本醸造

 「一吉」純米大吟醸

 「てふ」純米大吟醸・純米生貯蔵酒 など

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<地理的表示(GI)保護制度> 登録番号 37. 万願寺甘とう

2021-01-31 11:56:26 | 食品

 登録番号 第37号 万願寺甘とう

 特定農林水産物等の区分 第1類 農産物類 野菜類(とうがらし(青とう))

 特定農林水産物等の生産地 京都府綾部市、舞鶴市及び福知山市
 登録生産者団体 全国農業協同組合連合会

 特定農林水産物等の特性 辛み成分のない甘味種とうがらし。ピーマンのような肉厚な果肉を有する。大型果であるが果肉は柔らかく、丸ごと食べられる。肩部のくびれとやや湾曲した果形が特徴。さわやかな甘い香りと、ほのかなとうがらしの香りが匂う独特の風味。

 地域との結び付き 舞鶴市万願寺地区で「伏見とうがらし」が自然交雑して誕生した「万願寺甘とう」の在来種を基に京都府が品種「京都万願寺2号」を育成。種子の採種など品種の維持については、生産地の生産者部会と地元JAによって管理されており、この地域でしか生産できない。

 *https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/i37.html より

 

 「田子の浦しらす」は、静岡県田子の浦沖で獲れ、同県富士市田子の浦港に水揚げされたしらすで、鮮度が良く、傷が付いていない形の良い状態で水揚げされ、透明でぷりぷりとした食感が特徴です。
 生しらすは、元より鮮度が落ちやすく変色しやすい性質ですが、「田子の浦しらす」は鮮度の高さから、朝の水揚げ後、管理次第で当日の夕方まで透明でぷりぷりとした食感を保つことができます。生しらすを冷凍しても、解凍後も透明でぷりぷりとした食感で、水揚げ時と区別がつかないほどです。
 釜揚げにしても鮮度が高く、身に傷が少ないため、茹で上がるとしらすが首の辺りで折れ曲がり、『しの字』型でふっくらとした旨味の濃い釜揚げしらすができます。
 このようなしらすの鮮度・品質の高さから、日本の中でもしらすの漁獲量が多い静岡県の他の漁港のしらすの価格と比べても明らかに高い価格で取引されており、近隣のしらすの産地の流通・加工業者も、田子の浦産のしらすを買い求めるようになっています。
 「田子の浦しらす」の最大の特徴である鮮度の良さの要因のひとつには、漁場の近さがあげられます。駿河湾最北に位置し、富士山や南アルプスの雪解け水により山の栄養が豊富に注ぎ込むことなどにより、田子の浦港から近いところにしらすの好漁場があるため、しらすの鮮度を落とさずに港まで移動することができます。
 また、田子の浦の漁場は地形が急深なため、二艘曳きの漁法には適さず、一艘曳きの漁が続けられてきました。一艘曳きは二艘曳きほど量は獲れませんが、しらすを傷付けずに漁獲できるのです。
 そして、各漁船では、しらすの漁獲後に船上ですぐにしらすをザルに移し、水分を切りながら多量の氷により氷締めします。ザルを使用することで余分な水が切れるため、しらすがふやけるのを防ぎます。また、多量の氷を入れてしらすを傷付けずに手でかき混ぜます。この氷締めの作業を徹底することで、しらすの鮮度が保たれるのです。

 田子の浦周辺では明治時代から浜辺から地引網漁でしらすを獲っていましたが、1961年に漁港が完成すると大型船が係留出来るようになり、しらす漁船による漁獲に移って行きましたが、一艘曳きの漁法はその時以降続けられ、透明でぷりぷりとした食感を持った鮮度の良いしらすを水揚げしてきたのです。

*https://gi-act.maff.go.jp/register/entry/37.html より

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<漢字検定> 準1級 四字熟語 27.回答 28.出題

2021-01-31 11:38:31 | 漢字検定

 前回の回答

 

 問1から問5の四字熟語の読み方を答えてください。
 ※読み方が複数あるものには代表的な読みを答えとして表示しています。

 


 問1 朝盈夕虚-ちょうえいせききょ-人の一生が儚いことのたとえ。「盈」は満ちるという意味で、「虚」は「盈」の対語になる言葉で、空になるという意味。朝に繁栄したものが夕方には滅びるという意味から。

 


 問2 規行矩歩-きこうくほ-心や行動がきちんとして正しいこと。品行方正なこと。また、古いしきたりや決まりごとにとらわれて融通のきかないこと。歩き方がきちんとした法則にかなっている意から。

 


 問3 口角飛沫-こうかくひまつ-激しい勢いで議論を闘わすさま。

 


 問4 麟子鳳雛-りんしほうすう-将来性のある子供のたとえ。麒麟の子と鳳凰のひなの意から。▽麒麟も鳳凰も想像上の動物で霊獣・霊鳥とされ、これらが現れると、めでたい兆しとされた。

 


 問5 輿馬風馳-よばふうち-速度が並外れて速いことのたとえ。「輿馬」は乗り物と馬のこと。「風馳」は風のように速く走ること。

 

 今回の出題

 

 問1から問5の四字熟語の読み方を答えてください。
 ※読み方が複数あるものには代表的な読みを答えとして表示しています。

 

 問1 咳唾成珠

 

 問2 長身痩躯

 

 問3 棄甲曳兵

 

 問4 光焔万丈

 

 問5 臨淵羨魚

 

 

 

 *漢字検定Web問題集 HP より

 *goo辞書・四字熟語辞典ONLINE より

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<経産大臣指定伝統的工芸品> 秋田 秋田杉桶樽

2021-01-31 06:51:49 | 経済産業大臣指定伝統的工芸品

 「秋田杉桶樽」

 

 歴史
 秋田市寺内にある高清水公園内の秋田城遺跡から、15~16世紀のものとみられる桶と榑の底板、取手類が発掘されています。 慶長17年(1612年)秋田藩家老「梅津政景日記」に、旧雄勝町の酒屋で桶が使用されていたという記録が残っています。旧角館町の青柳家には、文久年代(1830年)の手桶、おひつ、岡持が残っています。これは溜塗りで銅たが、竹たがが使われています。形状は現在のものと同じです。
 特徴
 秋田杉を使った桶樽の歴史は古く、秋田城からは平安後期と推定される桶が見つかっています。
江戸時代の亨保年間には佐竹藩の保護のもと産地が形成、大量に生産されました。
 桶は柾目の材料を使い、竹・銅たがなどで締め、木底をはめた器で、おひつなどのように固定した蓋のないものをいい、樽は主として板目の材料を使い酒樽など固定した蓋のあるものをいいます。
 特に、天然秋田杉は年輪が揃っていて木目が細かく美しく、香りも良く収縮が少ないため狂いが生じにくい特徴があり、秋田杉樽桶の木のぬくもりは、生活に潤いと豊かさを与えてくれます。

 産地
 秋田県 能代市、大館市、八郎潟町、秋田市、横手市、男鹿市、北秋田市、湯沢市、鹿角市、上小阿仁村、五城目町、にかほ市、羽後町

*https://www.tohoku.meti.go.jp/s_cyusyo/densan-ver3/html/item/akita_04.htm より

*https://kougeihin.jp/craft/0605/ より

 

 Description / 特徴・産地

 秋田杉桶樽とは?
 秋田杉桶樽(あきたすぎおけたる)は、秋田県の大館市、能代市周辺で平安後期頃から作られている桶や樽です。素材には秋田杉を使い、職人の手によって一つ一つ制作されています。柾目(まさめ)と呼ばれる木目のまっすぐな材料を使い、竹や銅製の箍(たが)を嵌めて仕上げた蓋のない製品を桶と呼び、板目の材料を使った蓋のある製品を樽と呼んでいます。
 秋田杉桶樽の特徴は、秋田杉の香りと優れた吸水性です。秋田杉には独特の良い香りがあり、お酒の味をより一層よいものにすると言われています。また、湿気に強く収縮が少ないため、狂いが少ない製品を製作することができることも特徴です。塩分濃度を調整するという独特の長所もあり、漬物を漬けるのにも適しています。秋田杉は木目も美しく、職人による丁寧な手仕事と共に、現代まで受け継がれています。
 History / 歴史
 秋田杉桶樽の起源は古く、秋田城遺跡で発掘された桶などの破片は平安時代後期に制作された、最古のものと推定されています。江戸時代に当時の秋田藩主から奨励されたこともあり、産業として定着し大規模に生産されるようになりました。秋田藩の家老が記した「梅津政景日記(うめづまさかげにっき)」には、1612年 (慶弔17年)に、城下で秋田杉を使った酒樽が使用されていたとの記述があります。このように江戸時代頃から庶民に愛用されてきた秋田杉桶樽は、当時から現代と変わらない形のものが使用されていました。
明治時代から大正時代にかけては桶や樽の需要が増加し、頑丈な秋田杉桶樽は庶民に好まれていました。当時は洗濯用の盥(たらい)やご飯を保存する御櫃(おひつ)、醤油樽など様々な用途に用いられましたが、1960年代ごろからプラスチック製品の台頭などにより徐々に姿を消していきます。
 近年はその高い品質や木のぬくもりなどが見直されるようになりました。

*https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/akitasugioketaru/ より

 

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昨日の藤井二冠-1/29

2021-01-30 09:02:47 | 将棋

 2021/01/29(金)
 第34期 竜王戦 2組ランキング戦 一回戦

 VS   阿久津主税八段

 93手で勝利!

 次戦の対戦相手は「広瀬章人八段」

 対戦日時は未定です。

 

 次戦は、2021/02/09(火)

 第79期 順位戦B級2組 10回戦(持ち時間:6時間)

 VS 窪田義行七段

 現在、B級2組 全勝はただ一人。

 勝てば昇級を自力で勝ち取れる。

 また負けても他の成績次第。

 

 その次は

 2021/02/11(木祝)
 第14回 朝日杯本戦T 準決勝 (持ち時間:40分)

 VS 渡辺明名人

 

 

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<日本酒> 福島 大吟醸 きたのはな/喜多の華酒造場

2021-01-30 08:50:36 | 日本酒

 【平成30酒造年度全国新酒鑑評会 金賞銘柄一覧(仙台国税局)】
 〈福島〉 大吟醸 きたのはな/喜多の華酒造場

 

 喜多の華酒造場は
 会津の北方「喜多方」で地元の米・水・酵母・人とともに昔ながらの手造りにこだわり、ちいさなタンクで少量を丁寧に蔵元自ら醸しています。

 市内にある11蔵元の中でも創業の一番若い蔵であり、伝統ある他の蔵に追いつき追い越したいと日々精進しております。

 飯豊山系伏流水
 推定五百年もの長い歳月を経て、飯豊山系の地下岩盤水脈から湧き出る清水。
 日本酒の八割以上は水。角のないやわらかい水質が酒造りを支えています。

 福島県産米を主流に
 地元農家の酒米生産グループさん(ジュイタック)と低農薬への取組みや造りに合わせた稲刈り時期の指定など、酒米づくりの研究を重ねてきました。

 福島県産の酵母
 複数ある福島県産酵母のなかでも低温長期発酵できるTUAや、華やかで酸の生成が少ない夢酵母などをメインに其々の特性を活かした酒造りをしています。

 喜多の華酒造場を育む土壌
 雄国から望む喜多方喜多の華酒造場のある喜多方市は、福島県の西北にあり、会津盆地の北部に位置しています。
南に阿賀野川、遠くに那須連山、東に雄国山麓、奥に磐梯山の山頂が見え、西北に市の水源、飯豊連峰を望む蔵の町です。
年間平均気温11度、降水量1200ミリ、平均海抜211メートル、面積554.67平方キロメートルで、市の花は「ひめさゆり」、木は「飯豊杉」、鳥は「セキレイ」、魚は巣を作る「イトヨ」、昆虫は「蛍」と風光明媚、豊かな自然に恵まれております。

 

 【 喜多の華酒造場 】 危機からの返り咲き<喜多方市> 2016年06月27日   

 今年の全国新酒鑑評会で「大吟醸きたのはな」が10年ぶりの金賞に選ばれた喜多の華酒造場(喜多方市)。普通酒から大吟醸酒まで多彩な銘柄が並ぶ店内で「喜多の華」のラベルに飾られた三つの星が鮮やかに輝く。星の数は専務の星慎也さん=写真・下=(35)、里英さん(32)夫婦が酒造りを担当した年数だ。

 数年前に廃業の危機に陥った。社長の敬志さん(66)は3人の子どもに恵まれたが、いずれも女性で後継者問題に悩まされ、蔵を畳むことを考えていた。そんな2013(平成25)年秋、印刷会社の営業マンだった東京都出身の慎也さんが長女里英さんの婿として酒造りを決意した。「右も左も分からない状態だった」と振り返るが、酒類総合研究所や県清酒アカデミー職業能力開発校で基礎を学びながら、杜氏(とうじ)への道を歩み始めた。

 酒米の王様と称される「山田錦」で2人が初めて仕込んだ大吟醸酒は、華やかな香りと甘みでバランスが絶妙だ。「大吟醸は冷やがお薦め。純米吟醸は酸味や切れがあり、肉料理の脂っこさをリセットしてくれる」と慎也さんは太鼓判を押す。鑑評会の出品酒には、酒袋に入れた「もろみ」をつるして滴り落ちる酒だけを集める「しずく取り」の技術も取り入れた。

 保管用の冷蔵庫導入や蔵の壁を漆喰(しっくい)に塗り替えるなど、「酒造りの意識が向上するよう、毎年どこかを変えている」と環境面から蔵の改革を進めている。「日本酒を飲むきっかけになるような酒をつくりたい」と慎也さん。酒造りの夢は大きく膨らむばかりだ。

 酒づくり講座受け入れ
 「星正宗」の銘柄で1919(大正8)年に創業。一時廃業となったが、「酒のまち喜多方で一番を目指す」などの願いを込め、戦後に「喜多の華」として復活した。3代目の星敬志さんは県酒造組合喜多方支部長を務め、市民がオリジナルの地酒づくりを体験できる「知的のんべえのための酒づくり講座」の受け入れなど日本酒ファンの拡大や喜多方の魅力発信に力を注いでいる。蔵の見学や試飲も可能。喜多の華酒造場

*https://www.minyu-net.com/gourmet/bisyu/FM20160627-087383.php より

*http://uekiya-shoten.shop-pro.jp/?pid=102834503 より

 合資会社 喜多の華酒造場 福島県喜多方市字前田4924

 ブランド一覧

 「きたのはな」純米大吟醸・大吟醸

 「蔵太鼓」純米吟醸・吟醸・旨口純米・辛口純米

 「星自慢」特別純米 無濾過生原酒 など

 

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<地理的表示(GI)保護制度> 登録番号 36. 田子の浦しらす

2021-01-30 08:34:42 | 食品

 登録番号 第36号 田子の浦しらす

 特定農林水産物等の区分 第10類 魚類 しらす

 特定農林水産物等の生産地 静岡県田子の浦沖(富士市沖・沼津市沖)
 登録生産者団体 田子の浦漁業協同組合

 特定農林水産物等の特性 鮮度が良く、形の良い状態で水揚げされるため、透明でぷりぷりした食感が特徴。冷凍したものを解凍しても水揚げ時と区別がつかない。新鮮で身に傷が少ないため、釜揚げにすると「し」の字の形となり、ふっくらとした旨味の濃いものができる。

 地域との結び付き 田子の浦しらすの漁場は、富士山や南アルプスの山々からの栄養によりプランクトンが豊富な駿河湾の最北部に位置し、水揚港までの距離も短い。更にしらすを傷付けずに漁獲できる「しらす一艘船曳網漁」による漁獲や船上での氷締めの作業等を徹底することで鮮度が良く、形も良いしらすが水揚げされる。

*https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/i36.html より

 

 「田子の浦しらす」は、静岡県田子の浦沖で獲れ、同県富士市田子の浦港に水揚げされたしらすで、鮮度が良く、傷が付いていない形の良い状態で水揚げされ、透明でぷりぷりとした食感が特徴です。
 生しらすは、元より鮮度が落ちやすく変色しやすい性質ですが、「田子の浦しらす」は鮮度の高さから、朝の水揚げ後、管理次第で当日の夕方まで透明でぷりぷりとした食感を保つことができます。生しらすを冷凍しても、解凍後も透明でぷりぷりとした食感で、水揚げ時と区別がつかないほどです。
 釜揚げにしても鮮度が高く、身に傷が少ないため、茹で上がるとしらすが首の辺りで折れ曲がり、『しの字』型でふっくらとした旨味の濃い釜揚げしらすができます。
 このようなしらすの鮮度・品質の高さから、日本の中でもしらすの漁獲量が多い静岡県の他の漁港のしらすの価格と比べても明らかに高い価格で取引されており、近隣のしらすの産地の流通・加工業者も、田子の浦産のしらすを買い求めるようになっています。
 「田子の浦しらす」の最大の特徴である鮮度の良さの要因のひとつには、漁場の近さがあげられます。駿河湾最北に位置し、富士山や南アルプスの雪解け水により山の栄養が豊富に注ぎ込むことなどにより、田子の浦港から近いところにしらすの好漁場があるため、しらすの鮮度を落とさずに港まで移動することができます。
 また、田子の浦の漁場は地形が急深なため、二艘曳きの漁法には適さず、一艘曳きの漁が続けられてきました。一艘曳きは二艘曳きほど量は獲れませんが、しらすを傷付けずに漁獲できるのです。
 そして、各漁船では、しらすの漁獲後に船上ですぐにしらすをザルに移し、水分を切りながら多量の氷により氷締めします。ザルを使用することで余分な水が切れるため、しらすがふやけるのを防ぎます。また、多量の氷を入れてしらすを傷付けずに手でかき混ぜます。この氷締めの作業を徹底することで、しらすの鮮度が保たれるのです。

 田子の浦周辺では明治時代から浜辺から地引網漁でしらすを獲っていましたが、1961年に漁港が完成すると大型船が係留出来るようになり、しらす漁船による漁獲に移って行きましたが、一艘曳きの漁法はその時以降続けられ、透明でぷりぷりとした食感を持った鮮度の良いしらすを水揚げしてきたのです。

*https://gi-act.maff.go.jp/register/entry/36.html より

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<漢字検定> 準1級 四字熟語 26.回答 27.出題

2021-01-30 08:29:37 | 漢字検定

 前回の回答

 

 問1から問5の四字熟語の読み方を答えてください。
 ※読み方が複数あるものには代表的な読みを答えとして表示しています。

 


 問1 鎧袖一触-がいしゅういっしょく-相手をたやすく打ち負かしてしまうたとえ。弱い敵人にたやすく一撃を加えるたとえ。鎧よろいの袖そでがわずかに触れただけで、敵が即座に倒れる意から。▽「鎧袖」は鎧の袖。「一触」はほんの少し触れること。

 


 問2 甑塵釜魚-そうじんふぎょ-とても貧しいことのたとえ。-「甑」は蒸すための調理器具で、こしきやせいろのこと。「魚」は蚊の幼虫のボウフラのこと。こしきには塵がつもり、鍋にはボウフラがわいて炊事をすることができないほど貧しいということから。

 


 問3 吉祥悔過-きちじょうけか(きっしょうかいか)-吉祥天を本尊としてまつり、罪を懺悔して国家の安泰や作物の豊穣を願い、毎年正月に行われる法会。「吉祥」は仏教の守護神とされる吉祥天のこと。「悔過」は間違いを悔いること。仏教の言葉で、「吉祥天悔過」を略した言葉。

 


 問4 蓮華往生-れんげおうじょう-死ぬこと。肉体が死んで、安寧な極楽浄土へ向かうこと。寂光浄土への旅立ち。

 


 問5 雷轟電撃-らいごうでんげき-「雷轟」は雷が鳴り響くこと、「電撃」は稲光が走るという意味から、勢いが非常に激しいこと。

 

 今回の出題

 

 問1から問5の四字熟語の読み方を答えてください。
 ※読み方が複数あるものには代表的な読みを答えとして表示しています。

 

 問1 朝盈夕虚

 

 問2 規行矩歩

 

 問3 口角飛沫

 

 問4 麟子鳳雛

 

 問5 輿馬風馳

 

 

 *漢字検定Web問題集 HP より

 *goo辞書・四字熟語辞典ONLINE より 

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<経産大臣指定伝統的工芸品> 秋田 大館曲げわっぱ

2021-01-30 07:24:10 | 経済産業大臣指定伝統的工芸品

 「大館曲げわっぱ」

 大館曲げわっぱの歴史
◯秋田杉の曲げものづくりは約1300年ほど前から

 秋田県は冬の寒さの厳しい地域だが、きれいな水や大地など豊かな自然 (県の面積の約7割が森林で占められている)に恵まれている。そんな秋田県で大館曲げわっぱが誕生したのは、1300年ほど前、きこりが杉の木の柾目を使って曲げ物を作ったことが始まりといわれている。

 秋田県大館市にある「大館郷土博物館」には10世紀初頭 (平安時代の頃) に制作されたと推定される曲げわっぱが所蔵されている。その形は、現在とほぼ同じである。

 ◯17世紀後半頃、大館城主が奨励し産業として確立

 17世紀後半頃になると、曲げわっぱは産業として確立。秋田藩・佐竹家の西家が領内の豊富な秋田杉に着目し、下級武士に副業として奨励したことにより発展していく。農民には年貢米や供出代替として山から城下まで原木を運ばせ、作られた製品は山形県や新潟県、関東等へ運ばれた。

 ◯秋田を代表する特産品へと成長

 江戸時代末期から近代にかけて、大館曲げわっぱの技法は職人たちによって受け継がれてきた。近代のプラスチック製品の普及により、大館曲げわっぱの生産が一時衰退した時期もあったが、1980年には国の伝統的工芸品に指定され、秋田を代表する特産品へと成長した。曲げわっぱの伝統的工芸品指定は、2020年時点で大館曲げわっぱのみである。

 木目の美しさやシンプルな自然素材などが現代人の感覚にも合い、現代の暮らしに寄り添った製品が作られている。

 

 「大館曲げわっぱ」とは
 江戸から受け継ぐ技法と魅力 

 秋田県大館市で作られる「大館曲げわっぱ」。整った美しい木目とほんのり感じる木の香りが魅力です。大館曲げわっぱに使われる秋田杉は、吸湿性に優れ、お弁当やおひつの他、茶器・酒器・食器などに適しています。

 江戸時代、秋田藩主の佐竹義宣 (さたけ・よしのぶ) が領内の豊かな秋田杉に目をつけて、 藩の財政を良くするため、武士に内職として曲げわっぱ作りを勧めました。

 今もなお、その当時から変わらぬ技法で全て職人の手仕事により手間暇をかけて丁寧に作られています。そんな大館曲げわっぱの魅力と歴史に迫りましょう。

 大館曲げわっぱとは。
 曲げわっぱの「わっぱ」とは、輪の形をした容れ物のこと。産地によっては「めっぱ」「めんぱ」とも呼ぶ。

 伝統的な木工技法である「曲物 (まげもの) 」(「綰物 (わげもの)」とも) の技術を駆使して杉や檜の薄い板を曲げ、桜の木の皮で継ぎ目を縫い留めて底や蓋をつけたものが「曲げわっぱ」だ。

 その代表とも言えるのが、秋田県大館市の「大館曲げわっぱ」。素材には年輪の幅がほぼ同じ間隔でできている秋田杉の柾目 (まさめ) (※)を使う。

 ※柾目 (まさめ) 年輪に対して直角に切ったときにまっすぐ並ぶ木目のこと。

 まず秋田杉の樹皮を剥ぎ、柾目の板を切り出す「大割り」という工程を行う。柾目部分を薄く剥いだ後、熱湯につけて柔らかくする。これを「ゴロ」と呼ばれる型に合わせて曲げて乾燥させたら、山桜の皮で継ぎ目を縫い留める 「樺綴じ(かばとじ)」を行い、それから底面を隙間がないようにはめ込み、ヤスリをかけると大館曲げわっぱが完成する。

 曲げわっぱのお盆
 ここに注目。機能性と美しさは秋田杉無くして語れない
 曲げわっぱのバスケット
 大館曲げわっぱは、秋田杉があってこそ生まれた工芸品だ。もともと弾力性に富む秋田杉。曲物には最適の素材だった。

 さらに製品にした時に活きてくるのが、軽さ、木目の美しい白い木地、良い香り。

 中でも木地の美しさは、塗料を何も塗らずに仕上げる「白木 (しらき)」と呼ばれる伝統的な技法によるもの。

 これにより、秋田杉本来の木地の白さや木目の美しさが際立つのだ。

 大館曲げわっぱといえば、このアイテム「お弁当箱」「おひつ」
 秋田杉には軽さや白さ、香りに加えて、優れた吸湿性が備わっている。それを生かして作られるのが、大館曲げわっぱを代表する製品の「お弁当箱」や「おひつ」だ。

 秋田杉が余分な水分を吸収してくれるので、蓋の裏に水滴がついてベタつくこともない。

 *https://story.nakagawa-masashichi.jp/craft_post/119419 より

*https://kougeihin.jp/craft/0604/  より

 

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