荻野洋一 映画等覚書ブログ

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庭劇団ペニノ『ダークマスター』

2017-02-12 10:20:04 | 演劇
 タニノクロウ主宰の庭劇団ペニノの新作は、『ダークマスター』(こまばアゴラ劇場)で、これは2003年に下北沢駅前劇場、2006年にこまばアゴラ劇場で上演された戯曲の再々演である。3度目となる今回は大阪の場末を舞台にして大幅に改訂されたものである。改訂されたとはいえ、ペニノ旗揚げ3年後に初演された作品ということで、これまで何本も見てきたタニノクロウの演劇作品のなかで最もオーソドックスに小劇場的な、いわゆるお芝居だった。
 腕は一流だが、客あしらいの悪さとアルコール依存症のために、客足がぱたりと途絶えた洋食屋のワンセットドラマである。偶然店にやって来た東京のバックパッカーが、「自分捜し」ついでに、成り行き上この店の見習いとなる。料理未経験の若者の耳に超小型のWiFiイヤホンが装着され、店の主人の指令どおりに料理する。店のありとあらゆる場所にミニカメラが仕掛けられ、上階に閉じこもった主人は的確に指令を出し、若者のつくる洋食はSNSやグルメ評価サイトで好評を得て、あっという間に行列店になってしまう。
 大阪弁の荒っぽい主人と、東京から来たナイーヴな若造の、奇妙な友情と成功をニヒリスティックに描いた喜劇かと思いきや、どうやらそうでもないらしい。若造の耳にイヤホンを入れた次の瞬間から主人は上階に引きこもってまったく姿を現さなくなり、ただ単に指令の声だけの存在となる。それも徐々に若造の腕前が上がるにつれて聞こえなくなっていき、芝居の序盤では主人公とも思われたはずの店の主人は、存在しているのかどうかさえ分からなくなる。
 リモートコントロールによる指令、実体のない司令塔、知らぬ間に群衆を寄せつけるプロモーションなど、ある種ドクトル・マブゼ的、洗脳主義的なドラマが薄気味悪く展開していく。若造の料理パフォーマンスは客たちによってスマホで撮影され、YouTubeなどで世界中に流布される。こんな分かりやすいタニノ演劇があるとは。初期らしい作風なのかもしれない。近年のタニノ演劇はもっと不可解で謎めいていた。おととしの東京芸術劇場アトリエイースト・リハーサルルームにおける『タニノとドワーフ達によるカントールに捧げるオマージュ』などはその極北であった。だから、今回の『ダークマスター』は最新の上演なのに、すこし懐かしい、アナクロの感触がある。
 後半に登場する、札束攻勢で店を翻弄するバブル的な中国人客と、店の若造との確執は、あまりにも分かりやすい比喩的表現に落ち着いていて、疑問に思えた。劇を通じて会場内に笑いが絶えず、その点では成功作ということになるのかもしれない。しかしながら、この大阪的笑いに落ち着いている点に、私は物足りなさも感じた。喜劇ではダメだと言うのではない。しかしもっと挑発的であってほしい。


こまばアゴラ劇場(東京・駒場東大前)できょうマチネで終演
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