荻野洋一 映画等覚書ブログ

http://blog.goo.ne.jp/oginoyoichi

『LIFE!』 ベン・スティラー

2014-03-31 04:30:20 | 映画
 『LIFE!』はベン・スティラーの監督・主演作。頭のてっぺんからつま先までベン・スティラーを見るための映画だろう。ストーリーはJポップの人生応援ソングの歌詞のようで気恥ずかしいものがあるが、この映画はそういう見方ではなく、部分への偏愛で見るべきだと思う。気むずしい気質の主人公が一念発起して、ある名フォトグラファーの行き先を追いかけ、グリーンランド、アフガニスタンの僻地に旅に出る。ベン・スティラーは自分の冒険譚に仮託しながら、その実これらの土地の風景をカメラに収めることに無上の喜びを感じているのだろう。私たち観客も、素直にこれらのロケーションの奇観に感動すべきだ。
 と同時に、これはアメリカの写真グラフ雑誌「LIFE」へのオマージュでもある。「LIFE」は2007年に休刊、翌年よりGoogleイメージ検索でアーカイヴが閲覧可能となった。「LIFE」社のネガ管理係のベン・スティラーがネガ保存庫の暗い空間から冒険の旅に飛び出す瞬間、会社の廊下を走る姿が横移動のスローモーションでとらえられ、歴代の表紙の陳列が見られる。盟友ウェス・アンダーソンのやりかたを用いつつ、この雑誌の精神性を顕揚しているわけだ。私自身かつて「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」という映画雑誌の発行にずっぽりと創刊から休刊まで関わっていたことがあり、ひとつの雑誌への拘泥が、それをつくる人、それを読む人の人生をがらりと変えてしまう、ということを身をもって体感している。だから主人公の心情は、分かりすぎるほど分かる。
 そして、デヴィッド・ボウイー1969年のヒット曲「スペース・オディティ」。管財担当の新経営陣(ユダヤ的な髭を蓄えた合理主義者たち)がまずこの歌の歌詞を誤解し、歌の中の主人公トム少佐との連想から、主人公を揶揄する。その後、主人公が恋するシングルマザーが、彼らの歌詞の誤解を主人公に言い聞かせ、主人公を鼓舞する。彼女はひとつの歌の解釈を介して、自分と主人公が同類であることを間接的に主張しているのだ。昨年に日本公開された愛おしむべきベルトルッチの佳品『孤独な天使たち』(2012)で「スペース・オディティ」のイタリア語版の楽曲が使用されて感動的だったが、2年連続でこの曲に心揺さぶられることになった格好である。
 たしかに新経営陣はトム少佐の解釈を間違えた。そして、トム少佐の醸すロマンティシズムを、ベン・スティラーとシングルマザー役のクリステン・ウィグは共有した。しかし二人は、トム少佐のその後を知っているのだろうか? 知っていても触れないだけなのだろうか? 「スペース・オディティ」で月面着陸した宇宙飛行士のトム少佐はその11年後、1980年のヒット曲「アッシュズ・トゥ・アッシュズ」で薬物中毒になっているのである…


TOHOシネマズ日劇、TOHOシネマズ日本橋などで公開中
http://www.foxmovies.jp/life/
 

昨夜に『ヒネミの商人』を見ながら抱いた、詮なき夢想について

2014-03-27 11:51:22 | 演劇
 映画監督の小津安二郎が亡くなったのは1963年、還暦となる60歳の誕生日だったことは、よく知られている。1903年12月12日に生まれ、きっかり60年後の1963年12月12日に死ぬ。3とか6とか12とかそういう3の倍数がちらちらする数字だけで生が成立するというのは、どういう勘定なのだろう。小津の生没の不気味な規則性は、映画を愛する者が口に出して言わぬ大いなる謎であるわけだが、去年は生誕110年、没後50年の節目だったわけだ。いくつかの雑誌が特集号や増刊号を出している。

 それからさらに新しい1年である2014年となり、座・高円寺1では、遊園地再生事業団の『ヒネミの商人』が21年ぶりに再演されている(作・演出 宮沢章夫)。再演といっても、私は主宰の宮沢章夫氏の病気復帰後の第1作『ジャパニーズ・スリーピング/世界でいちばん眠い場所』(座・高円寺1)からようやく見始めた新参の観客に過ぎない。その後はすべて見てきたけれど、今回の『ヒネミの商人』は、近作で顕著だったパントマイム性、フィジカルな運動性が稀薄で、ドラマ性が強い。セリフの断片化、ループとズレが私たち観客を迷子にする点については、近作同様に鋭利に追究されている。

 小津が60歳で死んだのは1963年。この『ヒネミの商人』が初演されたのが1993年だから、もし小津が生きていれば90歳である。現代医学からすれば、90歳まで生きるというのはありふれたことで、現に市川崑や新藤兼人はそれ以上生きて映画を撮った。ポルトガルのマノエル・デ・オリヴェイラは105歳でいまだ現役である(新作『家族の灯り』が岩波ホールで上映中)。
 とすれば、60歳で若死にせずに、90歳の小津が映画を撮っていて、なんの不思議もない。私がもう大人になっていた1993年にもし小津の新作があったとしたら、どうだろう? 撮影所システムが崩壊し、映画監督のことごとくがインディペンデントの荒野に放り出された。ひょっとすると小津も、ATGで低予算のアートシネマや角川春樹事務所でアイドル映画を撮ったり、フランス資本の助けを借りてジャック・タチ風の子どもコメディなんかを撮ったりしていたかもしれない。そしていろいろな経緯があってなおも事態が推移し、誰かがたくらんで小津のために費用を捻出し、不条理演劇を作らせていたとしたら? ご承知のごとく、小津のドラマ性は不条理演劇の閾までほんの半歩の距離にある。常連俳優の中村伸郎がウジェーヌ・イヨネスコのロングラン上演をおこなったように。

 私が今夜、座・高円寺1で『ヒネミの商人』を見ながら夢想したのは、もし小津安二郎が1990年代まで生き延びてしまったら、どんな映画を撮っていたのだろうという、まったく無為な、見果てぬ仮定だ。『ヒネミの商人』という、恐ろしい不発の時限爆弾が煽る不安がすぐそこにあるのに棚上げされ、話を体よく逸らされる、そういうギスギスした不快さが横滑りしていく。そういう方向感覚を狂わされた感触が、鑑賞後何時間もたっているのに私の身体を貫き、上記のような夢想に逃げこむほかは身の置き場がないのである。そして、片岡礼子という遊園地再生事業団にとっての異物が混入したとき、小津が大映に赴いて撮った『浮草』(1959)における京マチ子の過剰な肉感的存在を思い出させた。1990年代の小津映画では、京マチ子のような異物的肉感性が増大していたのではないか?
 勝手なことを書いているけれど、きのう芝居を見ながら受けた感動を言葉にしようとすると、なぜかこうなってしまう。

ウォン・カーウァイの選ぶ中国語圏映画のオールタイム・ベスト20

2014-03-23 01:32:49 | 映画
 すこし前に香港電影金像獎の依頼により王家衛(ウォン・カーウァイ)監督が製作年代順に選んだ、中国語圏映画のオールタイム・ベスト20を、覚書として残しておきたい。

『神女(女神)』 1934 呉永剛監督 上海
『夜半歌声(深夜の歌声)』 1937 馬徐維邦監督 上海
『一江春水向東流(春の河、東へ流る)』 1947 蔡楚生、鄭君里監督 上海
『小城之春』 1948 費穆監督 上海
『清宮秘史』 1948 朱石麟監督 香港
『紫釵記』 1959 李鉄監督 香港
『紅色娘子軍』 1960 謝晋監督 上海
『早春二月(早春の二月)』 1963 謝鉄驪監督 北京
『梁山伯與祝英台(梁山泊と祝英台)』 1963 李翰祥監督 香港
『大閙天宮(大暴れ孫悟空)』 1965 万籟鳴監督 上海
『龍門客棧(残酷ドラゴン 血斗!竜門の宿)』 1967 胡金銓(キン・フー)監督 台湾
『刺馬(ブラッド・ブラザース)』 1973 張徹監督 香港
『省港旗兵』 1984 麥當雄(ジョニー・マク)監督 香港
『上海之夜(上海ブルース)』 1984 徐克(ツイ・ハーク)監督 香港
『黄土地(黄色い大地)』 1984 陳凱歌監督 西安
『英雄本色(男たちの挽歌)』 1986 呉宇森(ジョン・ウー)監督 香港
『悲情城市』 1989 侯孝賢監督 台湾
『牯嶺街少年殺人事件』 1991 楊徳昌(エドワード・ヤン)監督 台湾
『秋菊打官司(秋菊の物語)』 1992 張芸謀監督 北京
『陽光燦爛的日子(太陽の少年)』 1994 姜文監督 北京

 オーソドックスなセレクトだ。原題、邦題、製作年、監督名のほかに、作られた撮影所の所在地も付記する。これが決定的なファクターだから。北京映画が少なく、香港映画と台湾映画が多いのと、民国時代の上海映画が多いのは、香港人のメンタリティが大いに反映されている。馬徐維邦(マーシュイ・ウェイパン)『夜半歌声』と費穆(フェイ・ムー)『小城之春』、あるいはキン・フー『残酷ドラゴン 血斗!竜門の宿』、楊徳昌『牯嶺街少年殺人事件』あたりは世界的に見てもベストに入ってくるだろう。なお、『神女』は阮玲玉(ロァン・リンユイ 掲載写真の女優)主演。『刺馬(ブラッド・ブラザース)』監督の張徹は、呉宇森(ジョン・ウー)の師匠である。
 邦題については、私の勉強不足によって拾いきれていないものもあるかも。あしからず。

『激写!カジレナ熱愛中!』 安川有果

2014-03-20 20:46:58 | 映画
 梶並玲奈、略称「カジレナ」という落ち目の女優の、奮戦と流転の生きざまを追う。最初のシーンでいきなりヒロインのカジレナ(中村愛美)が死体になって、池のはしっこにころがっている。その鄙びた風情に、これはいいぞと思って見はじめたら、映画はみるみるうちに下世話な俗悪さに染まっていってしまう。有名監督との不倫、腹上死、釈明会見、共演男優との熱愛報道など、芸能界の通俗的な部分がやけにテンポよく、そしてひどく閑散とした画面で続き、これはどうしたものかと考えあぐねながら見ていると、ヒロインのカジレナが勝手にあらぬ方角にハメを外していってくれるので、かえって、こういう奮戦と流転につき合ってみようじゃないかという気になっていくのである。なかなか不思議な感触である。
 「私が愛した男性はみんな不幸になってしまう」という不倫会見でのカジレナの釈明が意外な評判を呼び、彼女は「さげまん女優」のレッテルで表舞台に返り咲く。釈明会見、ドラマ収録現場での過剰な感情表現などでカジレナ役の中村愛美が見せる、困惑、苦悶、自虐がない交ぜになった歪んだ表情は、この作品が下世話さ、俗悪さそのものを燃料とし、また主題ともしながら躍動していることを、雄弁に示している。

 大阪・河内の小都市を舞台に、奔放なカノジョと、カノジョに翻弄されるみじめなカレシを描いた『カノジョは大丈夫』は、ユーロスペースで公開された若手女性監督のオムニバス『桃まつり presents うそ』(2010)の中の一篇だった。私は、『カノジョは大丈夫』の荒削りな作りの中に、訳の分からぬ大きな可能性を感じたことを覚えている。
 その監督だった安川有果の新作を4年ぶりに見たわけだが、ますます訳が分からなくなった。安川監督とじっさいに会ってしゃべってみると、4年前も今も、じつにしおらしい感じの淑女である。奔放なオトコ遊びに興じる『カノジョは大丈夫』のDQNぶりにしろ、今回の『激写!カジレナ熱愛中!』の俗悪さにしろ、あまりにもそれを作った本人から得られる印象とかけ離れているのである。私はこのギャップの得体の知れなさに当惑すると同時に、大いなる面白さを感じている。


ポレポレ東中野にて3/21(金)まで
http://cinema.artport.co.jp/kajirena/

南條竹則 著『泥鰌地獄と龍虎鳳』、そして張競 著『中華料理の文化史』

2014-03-16 11:49:29 | 
 南條竹則は、わが知的好奇心を大いに搔きたててくれる作家である。恐怖小説や近代随筆といったイギリス文学への注意の喚起の仕方には虚を突かれ、中国料理についてのうんちくは享楽への勧誘として、私の心を捕らえてきた。正直に白状すると、私はこの方の本職である小説は一冊も読んだことがなく、その点では恐縮なのだが、『中華文人食物語』『飽食終日 宴会奇譚』『人生はうしろ向きに』などを読むだけで、今のところはじゅうぶんに満足なのである。
 尖閣諸島や靖国神社参拝など問題山積、悪化の一途をたどる日中関係だけに、中国料理についてうんちくを垂れるのに、現在はあまり適した時代ではないかもしれない。ところが南條竹則は、そんなアクチュアリティなどお構いなしに、エピキュリアンとしての外道を驀進してみせる。この姿勢に、私は敬服するのである。
 南條の新著『泥鰌地獄と龍虎鳳』(ちくま文庫)は、「泥鰌(どじょう)地獄」なる都市伝説じみた料理がほんとうに実在するのかどうかをめぐって、大まじめに古今の日中文献を渉猟する。「泥鰌地獄」は、誰もが一度は聞いたことがあるものだろう。冷たい豆腐と生きたどじょうをいっしょに鍋で煮る料理のことである。やがて熱さに耐えきれなくなったどじょうが豆腐の中に逃げこんだまま死んで、どじょうが突き刺さった状態の湯豆腐をいただくという趣向である。たいがいの場合はどじょうが暴れて、豆腐はバラバラになってしまい、完成することはめったにないらしいが、この幻の「泥鰌地獄」成功の秘訣を南條は探ってみせるのである。
 ナンセンスと言われればそれまでだが、この手のことをあれこれ真剣に考えながら一冊の本を書きあげてしまう著者の心意気を、私は敬愛してやまない。ちなみに「龍虎鳳」というのは暗喩による料理の命名法で、龍も鳳凰も架空の動物なのだから、そもそもそんな料理をできるわけがない。じつは「龍」とはヘビのことであり、「虎」はネコ、「鳳」はトリのこと。ヘビとネコとトリを使って丹念に味つけした高級鍋料理の美称である。日本ではまず見ることのできない料理であろう。
 『泥鰌地獄と龍虎鳳』より少し前に、同じくちくま文庫から出た張競(ちょう・きょう)の『中華料理の文化史』は、上海出身で日本在住の著者が、中国料理の歴史と本質を日本の読者にきちんと理解してもらいたいという意図を前面に出している。フカヒレ、エビチリ、ラーメン、北京ダック……これらの定番料理がはたしてどの程度伝統的なものと言えるのか……そして、日本では箸を横に置くいっぽう、中国大陸や朝鮮半島では箸を縦に置くというのが常識となっているが、どうやら中国でも唐代くらいまでは箸を横置きしていたらしい……などといった事象を、考古学的・文献学的・イコノグラフィックに調べ上げて披露する。『泥鰌地獄と龍虎鳳』が謳歌する無責任な外道ぶりから比べると、ややきまじめな印象はまぬがれないかもしれない。しかし虚心坦懐な研究心は健在である。この人の前著である書評の集成本『本に寄り添う』(2011 ピラールプレス刊)は文章も表紙も美しく、わが愛読書となっていた。書物としての息が長いのは案外、『泥鰌地獄と龍虎鳳』よりも『中華料理の文化史』のほうであるかもしれない。