荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『毒婦高橋お伝』 中川信夫

2007-07-31 00:32:00 | 映画
 TVにて中川信夫監督『毒婦高橋お伝』(1958)。「明治の毒婦」と呼ばれた幕末・明治初年の実在のヴァンプ、高橋お伝の妖気と殺意、情欲と母性愛、享楽と苦悩を、主演の若杉嘉津子が、洋装・和装取っ替え引っ替え、どぎついセックスアピールで演じきる。新東宝女優・若杉嘉津子の一番いい作品として以前より噂だけは聞き、この度ようやく見る機会を得たが、確かにこれは拾い物。

 いや拾い物とは失礼か、中川信夫が素晴らしくノワールな映画に仕上げている。また、明治初頭の景観を切り取ったロケーション撮影が、現在の僕たちには珍しい空間体験を与えてくれる。戦後に残された建物、道路、路地、鉄柵、植え込みなどにガス灯などを設えて、なんとか文明開化の慌ただしさ、不安感、新奇の風味を出しているし、お伝が最後に根城とする横浜の中国館のセット構造も実に面白い。もはやこれは現在において、『三丁目の夕日』のごとくCGでしか現出し得ないもの。だが、心温まるノスタルジー作品ならともかく、このような生々しい夜叉ものにそのような予算は用意されまい。

 ちなみに高橋お伝は、ウィキペディアによれば、日本最後の斬首刑に処された囚人だそうである(1879年1月)。

隅田川花火

2007-07-28 22:52:00 | 身辺雑記

 隅田川花火のため7時半頃、清洲橋を渡る。

 打ち上げ会場からは少し離れているが、清洲橋からも第1,第2ともそこそこ見える。人が橋上にて結構鈴なりとなっている(上の写真では、新大橋の奥に咲く花火そのものは残念ながら見えにくいのだが)。

 そのまま橋を川向こうまで渡りきり、高橋(たかばし、と読む)の「伊せ喜」にて酒。どじょうなべ、ドロっとした鯉こく、ご飯。今夜は鯉こくを頼んだため、好物の泥鰌汁は頼まず。9時半頃、徒歩にて帰途。

 帰り道は北斎ゆかりの萬年橋を渡り、芭蕉記念館の小名木川対面にて下の写真なんぞをパチリ。今夜は屋形船がひっきりなしに川を下っている。きょうも旨いものに現を抜かしてしまった。


『瞼の母』 稲垣浩

2007-07-28 19:04:00 | 映画
 TVにて稲垣浩監督『番場の忠太郎 瞼の母』(1931)。千恵プロの作品で、もちろん片岡千恵蔵が番場生まれのやくざ忠太郎を演っている。長谷川伸のこの原作はその後、加藤泰、中川信夫、佐伯幸三などによって何度もリメイクされているが、今作はその嚆矢ともいわれる作品で、冒頭の常州・金町の場面から、クライマックスとなる柳橋の料亭「水熊」での母子再会の場面まで、稲垣浩的な情感があふれている。

 ただし、ラストが原作と正反対となっている。母と息子の再会は惨憺たる疑心暗鬼の結果となり、悲嘆的な別離と旅立ちへ、というのが名作・加藤泰版はじめこの物語の本来的な結末であるが、この稲垣版では、思い直した母が、料亭の使用人らと共に忠太郎を大川端沿いに追跡するところまでは同じであるが、再び再会した母子が和解の抱擁をする、というラストカットに改変されている。

 当時、内容の暗さのために映画界で避けられていた長谷川伸の物語をなんとか映画化してみたい、という稲垣浩の強引な主張で製作されたという作品であるだけに、せめてラストだけでも救いようのある内容に改変したのかもしれない。

『街のあかり』 アキ・カウリスマキ

2007-07-26 23:05:00 | 映画
 アキ・カウリスマキ敗者3部作の最終章にあたる新作『街のあかり』は、近年のカウリスマキの好調さを裏づけて、こそばゆいほど活気のある作品となっている。フィンランドの映画作家カウリスマキといえば、登場以来、俳優たちの生硬な演技ゆえにブレッソン的な映画作家と目されることもあったが、今作では、物語展開もなにやら『ラルジャン』風。思わぬ劇的な展開に、かえって違和感が残るほどだ。

 夜警コイスティネンのぶっきらぼうな無力さを、あまりにも的確な演出で重ねていった挙げ句に、素晴らしいラストが待っている。半身気味に横たわった男、守護神のような白い犬、何か福音を告げに来たかのような黒人少年、トラックのタイヤ越しに男に寄りそう女。恥ずかしいほど完璧なる絵画性に近づいた直後の、手と手のクロースアップ。

 傑作『過去のない男』よりは落ちるかもしれないが、それでも荒漠たるヘルシンキの冷気、塵芥と共に、映画の熱気が充満している。

渋谷ユーロスペースにて公開中
http://www.machino-akari.com/

『母のおもかげ』 清水宏

2007-07-25 00:42:00 | 映画
 隅田川からの風景が素晴らしいと評判だった清水宏監督の『母のおもかげ』(1959)をついに見ることができた(シネマヴェーラ渋谷)。だが、正直言って、やや期待はずれの観もなくはない。母親を早くに亡くした児童の孤独の描写には流石と思わせるものがあったが、評判の風景描写はあくまで物語の添え物的な扱いであった。戦後も佳作はあるにはあるが(『しいのみ学園』『蜂の巣の子供たち』『小原庄助さん』など)、清水宏はやはり、戦前の物語なしのルノワール的に開放的な風景描写の作品の方がずっといい。