長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

明日はどっち…

2018年11月26日 22時55分59秒 | お知らせ
 昭和のころからだったでしょうか、もうずいぶん長い間、吉祥寺の駅ビルに「連獅子」という美容室がありました。
 水道道路と吉祥寺通りの交差点の角から、よく見えるガラス張りの3階、突出し看板にタテ文字で「連獅子」と書いてありました。
 横断歩道で信号待ちをするたび、一体、いかなる美容師さんが、どのような思いを込めてネーミングしたのか、とてもとても気になりつつも一度も入らずじまいでしたが、さてまた、青信号を待ちながら、
「どっちの…どっちの連獅子だろう……?」
 などと、さらにまた妙な連想が湧いてくるほどに、気がかりな店名でした。

 皆さまご案内のように、長唄の連獅子には正治郎連獅子と勝三郎連獅子がございます。
 ともに、弾いても聞いても見ても、ワクワクドキドキ、ムネノコドウが収まらない、日本人のDNAが激しく揺さぶられるソウルフルな名曲です。

 来月12月13日、義士祭イヴの晩、日本橋公会堂にて、伝統長唄保存会主催の第8回伝統長唄伝承の会がございまして、なんと、その二曲を一堂にて聞き比べられる面白い番組立てになっております。
 そしてまた、な、なんと……!!
 金毛九尾の狐の怪異譚「三国妖狐物語」の、上・中・下の巻、一挙上演いたします。鋭意稽古に励んでおります。
 ぜひお越しくださいませ。
 
 以上、明日はどっちだ?ではなく、来月はどっち…?なお話でしたが、さてまた……

 明日、静かに次の場所を待つ両国国技館のご町内にて、第3回Waライブ両国亭が開催されます。
 日本の音楽、邦楽を気楽で身近な寄席空間で愉しんでいただきたいという、プロデューサーの福原清彦先生の情熱が、ついに今月より毎月開催へとつながりました。

 11月27日お江戸両国亭、12時開場、12時15分開演です。木戸は500円です。
 ランチ寄席、ということで、13時半終演予定です。
 今回は三味線、唄、笛、小鼓の番組はもちろん、ギターによる「黒髪」、殺陣由来の剣舞もございますょ。

 そして余談ですが…明日は長唄ではなく、司会にて御目文字仕ります。
 明日はこっち、というわけで、一生懸命勤めますので、皆さまぜひご来場くださいませ。
 よろしくお願い申し上げます。

 
 
 
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むさむさプロジェクト、発表会ですょ!

2018年11月10日 22時15分25秒 | お知らせ
 先般よりご案内の『「合奏曲むさしの」を武蔵野市で弾こう!!プロジェクト』(略してむさむさプロジェクト)、2ヵ月間の講習を経て、いよいよ明日本番を迎えます。

 そも、このプロジェクト立ち上げのきっかけとなりましたのは、わが街・吉祥寺の武蔵野芸術文化財団が行う、華々しき海外オーケストラ招聘公演の素晴らしい業績を示す夥しきポスターの数々を、武蔵野公会堂々頭の掲示板で目にした時のことでした。
 もちろん、クラシック音楽は私も好きです。上野公園や池袋、サントリーホールやオーチャードホール、名だたる交響楽団のコンサート、オペラ公演にも以前はよく足を運びました。
 しかし、邦楽に携わる現在、その夥しい掲示物の中に、わが国の音楽が一枚もないのはどういうことなのだろう…と、寂しさを覚えました。たしかに、日本の文化催事のチラシもありました。完売御礼の札が貼ってある落語会です……。

 音楽は、日本の音楽はどうなのだ………。

 この状況を口を開けてポカンと見ている場合ではありません。
 さいわい、30年余の長きにわたり生涯学習や学校教育の音楽の授業で、邦楽および長唄三味線の体験授業をさせていただいておりましたこともあり、各方面の皆さまのご厚意・ご協力を賜りまして、今回のプロジェクト実現の運びとなりました。

 今回は、子どもたちのためのプロジェクトです。
 小学5年生、中学1年生、高校2年生のメンバーが集まり、はじめて三味線と撥を手にし、9月から11月までの日曜日、稽古を積んできました。

 そして、明日午前中、三味線と尺八と箏と歌パートからなる和楽器オーケストラによる、合奏曲むさしの、を演奏します。

 場所は、吉祥寺駅南口すぐ、マルイ東隣の武蔵野公会堂です。
 10時半開場、11時開演で、三味線連弾「めおと餅つき」、三味線小曲「桜が咲くと」の番組も演奏いたします。
 11時40分終演予定です。

 皆さま、どうぞ、若人たちの熱演をお見守りくださいませ。



 同会場では続きまして、武蔵野邦楽連盟主催の邦楽大会が行われます。



 尺八、筝曲、長唄の合同演奏会です。
 皆さまぜひご来場くださいませ。
 プログラム中の連盟会長・杵屋徳衛のご挨拶文を引いて、ご案内に代えさせていただきます。


    《恥…文化の源》        武蔵野邦楽連盟 会長 杵屋 徳衛

 「お慕い申し上げております」…なんとも奥ゆかしく、いとおしい言葉なんでしょうか。 一度は言われてみたいものです。
 愛とかいう甘さではない、一途な清廉さが漂います。この国の人々の恥じらいの表現でしょうか?
 今、どうしちゃったんでしよう?
 電車の中で大きな口を開けて欠伸はするは、立ったままあんぱんを食べ、化粧はする…呆れ果てるというのは、こうした文化の低俗化を云うのでしょうか?
 自分の事でも、そう褒められる事ばかりな訳ではありませんが、電車の中で、あんぱんは食べません。旅の列車の中のお弁当なら、これは格別の味です。
 グローバル化と称して、「××をしていないのは日本だけです」などという、如何にもしていないのが悪いような物言いに操られてはいけないです。堂々としてればいいじゃないですか。外国では××だって、この国の方式を変える必要はありません。
 二千五百年の経験の末に作ってきた文化を、武器の強力さにおののいて、全てに於いて西洋が勝るとする根拠はありません。
 ようやくこの時代になって、この国の良いものが世界に紹介されて、文化の広がりも散見するようになりました。次は「心」の番です。
 かのピタゴラスが計算で作ったドレミ音階や、メトロノームで刻んだ速度以外の、速くなったり遅くなったりする演奏速度の変化などにも、音楽理論ではできなかった、息・気配などのファジーな音楽に開眼する時代がやってきているのです。
『音の高低はなめらかなカーブで変化してます』『リズムは徐々にも変化出来ます』階段状のドレミファ…だけが音階ではありません。定速で進めるだけが速度ではありません。
 耳の特性は「慣れる」と、他の音を受け入れません。しかし、そこに気づいて、慣れた音以外の音にも受け入れる許容心があれば、耳もまたそちらに慣れてくれます。
 邦楽はそこに息づいてます。
          (*恥・今の感覚で浮かぶ意味とは少々異なる感性です )


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