長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

ゆる松さん

2017年12月18日 22時20分41秒 | ネコに又旅・歴史紀行
 けさがた、今季初めて気温が氷点下を記録しました、と天気予報が言っていた。そうそう、そうでしょう、今日から霜月だもの。太陰太陽暦、平成廿九年の十一月、江戸の芝居は顔見世月。

 21世紀の私は、12月の文楽東京公演で「ひらかな盛衰記」を聴いた。ここ数年で世代交替が進み、中堅・若手の方々の熱演が頼もしい。その中でついと、私の耳の中に入ってきたのは大津宿屋の段 ♪紀の路大和路うち過ぎて…なんてこたない地を語る若手の太夫の、何と申しましょうか、役者なれば目に潮ある、とでも例えましょうか…美声というわけではないけれども艶のある、情景に色のある声だった。
 この、事件の起きる前の何気ない景色や状況を説明する、脚本で言えばト書きの部分、ここを面白く聞かせられるようになるのが、けっこう難しいのだ。劇的でない分、表現者の力量が問われる。けれど、その息が分かるようになると、演じる側はとても愉しい。

 古典作品には、このなんてこたぁない詞章、たとえば道行…登場人物が劇的事件現場のポイントへ移動する、その旅ゆく道中の景色を読み込んでいるだけの詞章が、聞かせどころだったりすることがしばしばある。

 そいえば故あって久しぶりに「安宅の松」をさらっていたこの夏のこと。
 能登の国の海岸線に生ふる松、長谷川等伯の松林図などを想い浮かべながら…ぁぁここはもっと深く弾き込んで風景を詠み込むことができたら、もっと面白く作品の魅力を引き出せるのだなぁ、そのように弾けるようになりたいものである、それでこそ古典、伝統を現代にて演奏する意味、作者の意図の昇華、作品への供養…何だろう、言葉が見つからないけれども。
 
 そしてその、安宅松の道行をひさしぶりに浚っていた私は、急にまた、もう二十年以前に舞鶴から金沢への道のりを辿っていた旅程で、偶然にも敦賀の松原で、天狗党の終焉地である処刑場と鰯蔵に往き合ったことを想い出した。

 天狗党の墓の前で私は泣いた。いや、そんなに思い入れがあったわけではなかった。だっていくらなんでも無謀な感じになっちゃってるんだもの…水戸学は幕末の尊王攘夷の理念でもあったわけだが、中学や高校の同級生にI沢正志斎やA島帯刀の身寄り、古文の恩師が渋沢翁旧幕時代の家臣の血縁I坂先生であった私には、身近な話でもあった。

 内紛の末、“薩摩警視に水戸巡査”との言葉に揶揄されるように人材が枯渇したとされる水府ではあるけれども、旅の終着が死地であったとは…無謀であった彼らではあるが、ふるさとを遠く隔てた思いもかけないこの地までやってきて、死んでしまったのである。いくらなんでも、かわいそうだょ………
 自分でも思いもよらなかったことに、彼らの石碑に手向けられた、銘菓・水戸の梅、そして受験時代同じ塾だった学友の生家でもある蔵元の銘酒・一品のラベルを見たら、突然みぞおちから何ものかが込み上げてきて、しばらく海岸の松が枝を渡る松籟に誘われて、はらはらむせび泣いていたのである。

 …そんな気持ちになった旅があったことを想い出したことを、さらにまた国立小劇場の客席で半年過ぎて想い出したのだった。
 年ふると記憶が錯綜するのを通り越し、入れ子になったりするのが、人間の脳の働きの神秘でありますね。

 ときに、あたかのまつ、本名題「隈取安宅松(くまどりあたかのまつ)」。初演は明和六年、1769年江戸市村座の顔見世狂言のうちの一幕。例によってお能の「安宅」の道行の詞章部分を、歌舞伎界では ♪時しも頃は如月の……海津の浦につきにけり、までを「勧進帳」が、♪東雲早く明けゆけば……花の安宅に着きにけり、までを、この「安宅松」が借用しております。

 ご参考までに、道行の詞章をば。

  ♪しののめ早くあけゆけば 浅茅いろづく愛発山(あらちやま)気比の海 宮居ひさしき神垣や
   松の木の芽山 なほ行く先に見えたるは 杣山人(そまやまびと)の板取 
   川瀬の水の浅生洲や 末は三国の湊なる 蘆の篠原 波寄せて なびく嵐の烈しきは
   花の安宅に着きにけり

 さて、この安宅の松、勧進帳と同じく能「安宅」を素材にしていながら、しかもその勧進帳より70年ほど前に作曲されていながら、奇想天外な筋立てになっているのである。なんと弁慶が天狗なのだ…メルヘンですねぇ。
 そして旅先で出会った里の子どもたちと無邪気に踊るのであるが、詞中に子どもたちの名前が羅列されていてなかなかにキュートなのだ。当時のキラキラネームなんでしょうか、いやまぁ、戸籍法でお上のいいように管理されてからこの方の常識ではない感覚から生まれた事どもの面白いことときたら、思い耽るだけで降車駅をいくつも乗り過ごしてしまうのだった。

  ♪さっても揃うた子宝……一度に問えば、
   おとよ、けさよ、辰松、ゆる松、だんだらいなごに かいつくぼう、ひっつくぼう……

 実は初演時は、懐妊した静御前を、男子なら無き者にしてしまおうという鎌倉からの討手が調べるという窮地を、鞍馬山の僧正坊(義経が牛若丸時代の剣術の師匠ですね)が、弁慶の姿で現れて助け、奥州へ落とすという話だったそうなのだ。
 義経の道行で何故トートツに子宝のはなし?と、曲だけを聴くと思ってしまうが、そんなわけで、物事には必ず理由があるのだった。

 そういえば…弥次喜多道中にもあったけれど、私の母方の実家は商家で、昭和の40年代まで五右衛門風呂だった。
 焚口に薪のほかに古紙や雑誌が積んであって、その中に少年サンデー、少年マガジンやらもあった。家で漫画本を禁止されていた私は、母の実家に帰るたび、少年漫画を読み愉快な時間を過ごした。
 赤塚不二夫や藤子不二雄のギャグ漫画…おそ松くん、もーれつア太郎、天才バカボン、オバQ(これは西武園のユネスコ村に行く列車の中で大学生だった末の叔父が見せてくれたのだったかしら)、パーマン、ウメ星殿下、怪物くん、人名ではないけれど読切短編の「爪のある杖」、手塚治虫のアポロの歌、やけっぱちのマリア、ジョージ秋山の銭ゲバ、水木しげるの河童の三平、悪魔くん、白土三平のサスケ、山上たつひこの僧侶が狼藉を働く話は吉祥寺の叔母の家に行く電車の中で読んだものだったか(永井豪のチャカぽこは、妹の幼年誌だったかしら)、それから…楳図かずおのおろち、イアラ、ちばてつやの蛍三七子…等々がいまでも記憶に残っている。
 道端には露店がたくさん出ていて、鉄道の高架下で、段ボール箱に入れてカラーヒヨコを売っていた時代だった。吉祥寺のサンロードに白木みのるの子供服の店があった。

 安宅松、落ち葉を掻いていた子どもたちが去ってゆく詞章から、さらに天狗が消えうせる段切。

 ♪…扇になじむ風の子や 風の木の葉の散りぢりに 里を指してぞ…
 ♪ゆめゆめ疑い荒磯の いさごを飛ばす土煙 こずえ木の葉もばらばらばら にわかに吹き来るはやち風
  天地も一度に鳴動して 岩石古木ゆさゆさゆさ どろどろどっと山おろしの……

 ちょっとこの辺りは黒澤明監督の『虎の尾を踏む男たち』のラスト、エノケンが六法もどきを踏んで去っていく飄々とした味わい、今まで目にしていた出来事は、松吹く風が見せた幻だったんじゃないかしらん、というような、ファンタジーな味わいになっている。
 
 
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君よ知るや南の国

2017年12月11日 12時11分00秒 | 折々の情景
 芸人の生まれ損ない金を貯め…という句があったかどうかは知りません。
 ささやかながら私も、株を、、、何鉢か、(はち?)、、、持っておりまして、三年前からの桜に加えて、今夏は檸檬が加わりました。
 秋の深まりに相応して、青い実が色を増し黄金色に輝いてゆきます。

 小学生の時、書店で求めたゲーテ詩集の装幀を今でもはっきり覚えています。真っ白で真四角の変型判で、見返しが青でした。函に入っておりました。
 訳者はどなただったのか…。文語体のミニヨンが見ぬ異国への想いを、私の胸にも映したのでした。

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回帰:能から歌舞伎へ(或いは成田屋vs音羽屋)

2017年12月09日 11時45分55秒 | お知らせ
 うっかり大層なタイトルをつけてしまいましたが、早い話が第3回観余会のお知らせです。

 日時:12月17日 日曜日 夕刻4時より一時間半ほど
 場所:下北沢稽古場
 講話:土蜘に関するあれこれ
     蜘蛛拍子舞との関係、頼光と四天王によるモノノケ退治伝説の概要
 実践:長唄「土蜘」切禿の一節を、三味線初体験の方にも弾いていただきます。
 参加費:2千円
 
 どなたでもご参加いただけます。あらかじめ電話:0334680330
 メール:ou.kinetoku@gmail.com どちらかへ、
 ご連絡くださいませ。

 能からテーマを頂いていることの多い歌舞伎ですが、明治期になってから誕生したものほど、より能に回帰しているのは、面白い現象だと思います。そんなことも含めまして、たのしいひと時をお過ごしいただけますよう、頑張ります。


 附:写真は右より、五代目 尾上菊五郎の土蜘の錦絵。
   左 昭和12年7月有楽座「土蜘」、六代目 市川寿美蔵(後の寿海:市川雷蔵のお父さん)の智籌。
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