長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

かくて この日も暮れゆくままに

2014年04月14日 01時14分14秒 | キラめく言葉
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正味(しょうみ)

2014年04月05日 11時45分45秒 | キラめく言葉
 この春、大学時代の恩師が定年退官なさることになった。
 想い出の学窓の中の先生は、いつも静かに笑ってらして、私がバタバタとせわしく恩義も忘れて過ごしているいつの日でも、何となくそのままずっと教鞭を取っていらっしゃるような気がしていたので、なんだかとてもビックリした。
 そりゃそうだ。ゆく川の流れは絶えずして、もとの水に非ず。時は流れているのである。

 祝賀会は2月、懐かしい渋谷の学び舎で行われた。
 しかし、百周年記念事業で、校舎と呼ぶにはあまりにも立派なインテリジェンスビルを中心に様変わりした構内は、でもこの間の新しい歌舞伎座探訪の折感じたそのまま…大駱駝艦のトラックがいきなり横づけして白塗りの異形の踊り子さんが突然パフォーマンスを始めた西門とか、学生運動のタテ看板が並べてあった会館脇の竹輪のテンプラが美味しいと評判の立ち食いそば屋とか、弓道部の同級生が袴の裾を翻しながら颯爽と歩いて行った体育館への小径とか…30年この方見てもおらず、ここに最早存在もしていないのに、はっきりと思い浮かべられるのが不思議だった。
 私は自分の網膜自体が、既に歴史史料になっていたことに気がついた。

 みはるかすもの皆きよらなる…新しい校舎の最上階のホールから眺める渋谷の街並はやはり昭和とは様変わりしているが、青い空は青い空だ。
 日頃の非礼を咎め立てするでもなく、懐かしい先生は、いつものように温和で人懐っこい笑顔で私たちを迎えて下さった。

 先生がご挨拶なさる。
 「皆からおめでとうと言われましたが、通過点だと思っています」
 クールでカッコイイのだ。そういえば先日、友人が文楽の人形遣い・吉田簑助師を、なんだか目だけじゃなくて顔中キラキラしてて可愛いんですよねぇ…と言っていたのを想い出した。一つの道を見定めて進み極めていく、世阿弥いうところの“まことの花”が発する輝きなのだろうか。
 私は初めて、先生がイチローに似ていたことに気がついた。

 「人間、正味で生きていかなアキマヘンなぁ…」
 昨年の暮れ、国立劇場にて復曲公演された文楽「大塔宮曦鎧(おおとうのみや あさひのよろい)」レクチャーで、野澤錦糸師がそう呟かれた。

 少しでも他人によく見られたいという欲…というものが40代ぐらいまでは私にもあったように思う。
 人間は自分が積み重ねてきたことしか出来ない。
 それ以上でもそれ以下でもない。でもだから、無為ではなしに年を重ねることは嬉しい。
 学生時代はヒヨッコがヒヨッコで生きていい、唯一の時代なのだ。
 正味で生きていた頃得た人のつながりとは、有り難いものである。
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