長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

大向うの目玉おやじ

2010年04月11日 05時55分50秒 | 歌舞伎三昧
 昭和40年代を小学生で過ごした世代にとっては、ゲゲゲの鬼太郎は、もはや血肉になっていると言っても過言ではない漫画である。
 白黒のアニメで夕方、学校から帰ってきて、おやつを食べながら異形の者たちがブラウン管の中を闊歩している様を見続けた。スポンサーのココナツサブレが、南洋の妖怪譚で出てきたサボテンジュースとマッチしていて記憶に残る。
 そのころ妹がとっていた学年誌「たのしい幼稚園」の付録に、鬼太郎ハウスの紙製組立て模型がついていた。ただそれだけで、私は妹がうらやましかった。
 シニカルな視線で世の中を描く水木しげるの独特な人生観…モーレツだとロクなことはない、人間社会は虚しさと怪しさで満ちている…というような人生訓を子供のころから刷り込まれていた同世代は、新社会人になったときに、世間から「新人類世代」と呼ばれたものだ。
 二十代の私は、手元に残したいコミックスとして水木しげるの『虹の国アガルタ』と、山上たつひこの『真夏の夜の夢』の二冊を大切に持っていた。『…アガルタ』はメガネで出っ歯の日本人キャラ・山田が、イースター島やアンコールワットなどの世界の遺跡を尋ね、その悠久の妖かしの世界にハマり還らぬ人になっていく、という一話完結の連作集である。
 これは、テレビアニメで鬼太郎シリーズとしてアレンジして放映された。

 私がもっとも歌舞伎座通いをしていた1990年代、大向うにとてもいい声をかけるおじさんがいた。
 勢いがあるタイプではなく、「なりこまやぁ~ぁ…」「音羽屋ぁ…」「ナリタや~ぁぁ」などと、感極まったように情感を込めて、これがまたよい場面でかける。それで客席一同も、うぅむ、まったくだよ、成駒屋はほんとにいい役者だよねぇ、とか、まったくもって昔の人はよくこんな話を考えたもんだよねぇとか、ますますうっとり、しみじみしてしまうのである。
 私は密かにそのおじさんを贔屓にしていた。
 その声が、鬼太郎の目玉おやじの声にそっくりだったのである。もちろん、あのキャラクターのままの発声ではない。演じていた田の中勇が地声でかけると、そんな感じ、の大向うだったのである。
 私は、今でも密かに、あの大向うさんは田の中勇だったのではないかと思っている。
 田の中勇さんが他界なさった今となっては、もう確認するすべはないのだけれど…。
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1 コメント

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Unknown (nagauta-shamisen)
2024-05-16 10:48:20
実はこの記事をupしたのち、暫くしてから歌舞伎座の大向うで、往時とは大分弱々しくなられていたのですが、このオジサマの掛け声を聞きました。例によって私の勘違いでした(;^ω^) …しかし若き頃耽溺した夢野久作の短編、田舎の事件だったかで、思い違いも何かしらの掌編のタネになるものである…と勇気づけられたことを想い出して、このまま御目汚しに掲載しておきますことをお許し下さいませ。(´-ω-)人

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