むすんで ひらいて

すべてが帰着するのは、ホッとするところ
ありのままを見て、気分よくいるために

いつか、わたしたち

2022年07月23日 | こころ
今のように猛暑でなかった昭和の夏の夜、わたしは5才で、添い寝をしてくれている祖母が、団扇でゆっくり撫でるように扇いでくれていたのを覚えている。
窓は開いていて、月明かりで茂った樫木の影が見えた。
たまに車が通ると、天井と壁にライトがグルーッと巡っていった。
丘の下にある遠くの池からは、ウシガエルの、グブウグブウという大合唱が響いていた。

目を瞑ってしばらくしたら風の動きが止まったので、わたしは横を向いた。
祖母は、薄闇の中で団扇を手にしたまま眠っていた。

あ、おばあちゃん先に寝ちゃった。
ちょっと取り残された気分で、ふと思った。
「いつかおばあちゃんが死んじゃったら、冷凍して、一人分のおっきな冷凍庫にそのままずっといてほしいな。そしたらいつでも会えるから」
それから、窓の外に、カチンコチンのおばあちゃんが立ってるところを想像してみた。
よく身に着けていた、ブルーに白い小さな花柄の付いたかっぽう着で。

❄❄❄

それから22年後、祖母の臨終の知らせをもらった時、お医者さんは、東京にいるわたしが名古屋に駆け付けるまで命がもつか難しいと言った。

3時間半後の夕方、わたしは最寄り駅のホームに降り立った。
途端に、両脚の膝下にみるみる赤い蕁麻疹が広がっていき、痒くてたまらなかった。

部屋に着くと、祖母は布団で、ヒュー、ヒュー。と全力で荒い息をし、目線は少し上を向いていた。
もう、通常の反応はなかったけれど、わたしが今までと同じように話しかけているうちに、少しずつ少しずつ、ヒュー、ヒュー、がかすれていって、30分くらいかけて祖母の目は静かに閉じていった。
わたしはただひたすら、祖母のそばにいた。
逝ってしまった後も、握っていた手は温かくて、わたしの「おばあちゃん」という呼びかけだけが残った。

❄❄❄

カタチあるものはみんな消えてしまうけれど、祖母の素敵だったところも、今思えば未熟だったところも、全部宇宙のデータになって、そこかしこに存在している。

去年、わたしは趣味を通じて、祖母の出身地と同じ小さな町に暮らす人と知り合い、ふしぎな懐かしさを覚えた。
相手も同じだったようで、その人は、親戚なんじゃないかと言って家系図を調べたりしていた。

なぜか、祖母と彼には共通点を多く感じた。
懸命さ、気力と忍耐力の強さ、グレーがかった少し心細そうな目の色、湛えている孤独の種類。
内面の深くまで、自分か、一緒に探索してくれる誰かを持たずにがんばってきた人特有の、シャキンとした気配。
「わたしたち」になりきれず、一人称の「わたし」から発せられる強くて切ない、やさしさ。

祖母は、おばあちゃん子だったわたしそのままを、ただ側にいることで見てきてくれた。
そして祖母自身も、命をかけて愛情や弱さを見せてきてくれた
そのことは、ずいぶんわたしに勇気をくれている。

❄❄❄

今、自分にとって大切な人と会えなくても、上手くいっていなくても、その時できたことが限られていたって、自分の中にその人の、本来の命への「まっすぐ」な想いを灯し続ければ、後から「わたしたち」になって目の前の景色を美しく見せてくれる。

その時、お互いの弱さや未熟さも、きっと、愛おしくなると思う。



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なみだ

2022年07月15日 | こころ
彼女は、よく泣く。

子供の頃、両親に、「美鈴はしっかりしてて、泣いたことがないね」と、おりこうさんを褒められていた分、24才でカウンセリングを受けてからは、涙を放流したんだと思っている。

それから倍の時間生きて、48才になって振り返ると、それがゴオゴオとあふれ出した4つの瞬間が浮かぶ。
まず、父親と母親が亡くなった時。
そして、「付き合ったら今のパートナーとは別れる」と言っていた男性が、付き合い始めたら「やっぱり別れられない」と低いトーンで言った時。
旦那さんが、浮気していたのを知った時。

渋い人生である。

でも、同時に彼らの涙も思い出す。

母親は末期がんで入院し、病室のベッドから、人生を通してその下をよく歩いたテレビ塔にぼんやりと目を向けていた。
海外に住んでいた美鈴が帰国し、部屋に入ってくると、目が合うなり「ワッ!」と眉間にしわを寄せ、口元に手を添えて泣いた。

父親とは、亡くなる3カ月前にケンカをして、簡単なメール以外、連絡をし合わないでいた。
3週間ぶりに夕食の約束をしたレストランで再会して、「その時」の気持ちを話すと、父親は「人間だからね。。」と言って眼鏡を外し、窓の外の、若い頃母とよく待ち合わせをしたという大名古屋ビルヂングの方に顔を背けて、表情を崩した。

子供みたいで美鈴の母性本能をくすぐった男性は、最後に会った時、彼女の涙が開きっぱなしの蛇口の水のように止まらないのを見て、つられて二筋、透明な涙をツーっと流した。
そして、素早くそれを右手で拭った。

元旦那さんは、初めて会ってから数回目のデートで、彼女がおつき合いを断って友達ならと答えた時、こちらをまっすぐ見たままで、みるみる目を潤ませた。

美鈴は、涙を素敵なものだと思う。
それを止められた言葉もまた、愛しく思う。

余命少ない父親と夕方の散歩に出かけようとしていた時、症状が進んで鎮痛剤が効きにくくなっていたところに、急にお腹の痛みがぶり返し、二人で躊躇いながらも門を出た。
「痛いならムリしないでいいよ」と言って、グスッとなりそうになった美鈴に、「泣くな」と父は間髪入れず笑いかけ、スッと背を伸ばした。
そして、「だいじょうぶだから、行こっ」と、痛みなんて大したことないみたいに、裏山へ続く道を先立って歩いた。

あれから5年。もう父親はいないが、あの時と同じ言葉を聞いてドキッとした。

浩司さんは、21才年の離れた以前の職場の先輩で、恋愛関係があるわけでもないのに、もう20年以上、美鈴を家族のように気にかけてくれている。

彼の娘さんの、お相手の話をしていた延長で、美鈴がくだんの年上男性に、当時父親を重ねていた、という話題に及んだ。

どちらも頑固だったけど、父は母が亡くなった後、美鈴と話したり本を読んだり、闘病をしたりしているうちに、ものの見方が柔らかく、異なる意見をフラットに受け入れるようになっていった。
でも、好きだった男性は変わることを恐れ、その度、盛大に抵抗した。
時間も必要だし、タイミングもまだ整っていなかったのかもしれないが、それを聞いて浩司さんは言った。
「そりゃ、お父さんがお前のこと本当に好きだったからよ。やっぱり親は違うて」
「そっかあ。。じゃあ、わたしが彼を息子みたいに思っちゃってても、やっぱ他人だったんだね。。その人にとっては」
「そうよ、他人よ。親は特別。オレだって子供や孫に何かあったら出ていこうと思ってるもんね。できるうちは」
「うん。。そういうの、わたしも、安心感あったなぁ。何があっても味方でいてくれて、何かあったら相談できてさ。。でもわたしにはもう、残ってる人、他人しかいないじゃん」
「泣くなっ」

同じ声色だった。
美鈴はまだ泣いてなかったけど、懐かしくて声が震えた。
明るく、とっさに元気づけてくれる、逞しくてやさしい父性。

他人でもいいじゃん。
この世界に散りばめられている輝きの欠片を集めていけたら、と美鈴は思った。








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つながりたかった

2022年07月05日 | こころ
健二くんは25年前、大学の体育の授業で一緒になった女の子に恋をした。
3週間くらいデートをして、めでたくお付き合いすることになったけれど、徐々に彼女のわがままが気にかかるようになって、3カ月後にはお別れしてしまった。

先に彼がちょっと冷たくなり、つられて彼女が少しずつ離れていった。

夜、彼と携帯で話していたわたしは、暗い寝室に移ってベッドに横になって聞いた。

「えー、例えば、どういうところをわがままって感じたの?」
すると、彼は唸った。
「うーん。例えば…俺が地下にある店に友達と飲みに行くとか、携帯の電波が入らないとこに行く時は前もっておしえてって言うんだよ」
当時はピッチだったから、電波の入りは今ほどよくなかった。
「向こうは俺が電話しても自分の都合でしか出ねーのにさ、俺には報告しろって、なんだよそれって。そういう自分勝手だなぁって思うとこばっかだったんだよね。ま、わがままなお嬢さまだったんだよ」

うっ。身に覚えが。全然わかるぞ。
わたしは、自分のことのように弁明していた。

「あー、不安だったんだろうね。わたしの中にも全部あるからさ。人の持ってるいいとこも、よくないとこも。だから思うんだけど、彼女は、健二くんが今どこにいるのかなって、つながりたい時につながりたいって。その安心感がほしかったんじゃないかなぁ
と。

こういう不安て、友達同士でいた時は気にならなくても、付き合って近づいたのに何かが嚙み合わないと、むくむく生まれてくる。
一人っきりで知らない草原に放り出されてるみたいで、位置を確かめたくなるんだ。

でもこれは、あがきだから、応急処置にしかならない。

気を許して、お互いの素が出て、甘えや期待が増して、無意識にもこれまで抱えてきた傷を相手に癒してもらいたくなる時。。それは、自分一人では探求できない愛を深めるチャンスだ。

弱いところも、歪んだところも丸ごとを受け止め合って、糸電話のように心が響き合えたら、二人は大きな一人。

健二くんは、意外にもすんなり感じ入って、
「あー、不安だったのかぁ。だから、俺がだいじょうぶだよって彼女思ってあげれてたら、違ってたんだろうねぇ。あー、もう遅いけどぉ」
と、悔しがった。

どこから気持ちが湧いているのか…怒りの元には悲しみがあり、わがままと見える背景には、不安や恐れがあるかもしれない。

今できる限り自分の底にあるものを見せ合って、共感できるところは一緒に慈しみ、理解できないところはできないなりに耳を傾け、それはいったん引き出しにしまって寄り添う静けさがあれば、心は落ち着きどころを見つけるだろう。

暗がりで健二くんの声を聞きながら、あの時の二人が今、微笑んでいたらいいなと思った。





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