むすんで ひらいて

すべてが帰着するのは、ホッとするところ
ありのままを見て、気分よくいるために

生まれたての一日

2015年02月14日 | 日記

友人に誘ってもらったおかげで気合を入れて早起きし、バリはサヌールの朝日を12年ぶりに見に行きました。

はじまりの時間、リセットの時。

昨日と今日は違う、新しい一日。

子供の頃のそんな気持ちに出会えました

 

時間を追って載せてみます

日の出前、空が明るくなってきました。

 

 

 

 

 

漁師さんが時々、水面に網を広げたり手繰り寄せたりしながら、陸に近づいてきます。

 

 

 

太陽が、顔を覗かせました!

 

 

 

 

 

海と雲を射す、ちょうどこの陽ざしは、子どもの頃に毎年3泊4日で行った、和歌山県串本の海水浴場の朝の記憶を蘇えらせました。

・・・ 朝食をとっているホテルのレストランの窓にはひまわりの模様が施してあり、それを透かして広がる青空、もっと先にはわたしたちを待っているはずの磯の匂いのするあの浜!

イソギンチャクやウニや蟹がいて、海の家のラーメン屋さん ― 濡れた水着で座ると、クッション入り折り畳みイスの暖まったビニールがベタッとくっついて妙に気持ちわるく、何度もお尻をずらしイスのくぼみに溜まる海水をはらった。 それだからか、赤い丼の醤油ラーメンは、潮水と潮風に混じって、体が味わった感覚を覚えている ― が、もうすぐ開店準備を始める。

これから海へ行くんだ!という、わくわくしてはち切れそうなあの気持ち。 ・・・

 

 

 

全体が明るくなってきました。

これから海に入る釣り人が浜辺にあぐらをかき、準備をしながら釣竿を伸ばしたので、それまでわたしの周りでじゃれ合っていた3匹の子犬のうち一番大きな黒い子が、静寂を破って吠えました。

 

 

 

笠をかぶった釣り人が沖まで歩き、海と空の真ん中で釣り糸を垂れました。

 

 

 

闇の忘れ物のようなコウモリが舞い、夜の漁を終えた漁師さんが、水面を揺らしながら戻ってきました。

  

 

 

 

 

朝のジョギングをする人、海辺のレストランで朝食を始めるお客さんたち、みんな起きだして元気な一日が動きだしました

 

 

  


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ごほうびの時間

2015年02月10日 | 旅行

陽ざしが、だんだん懐かしい色に変わっていく。

さっきまで混んでいた岬の休憩所は、人々が、日没に合わせて開演されるケチャダンス会場に向かい始めたので、空いてきたところだ。

 

バリ島の夕陽鑑賞で有名な、このヒンドゥー教のウルワツ寺院には、海の霊がまつられている。

案内してくれたドライバー兼ガイドさんは、ベンチに腰掛けてこちらに身をよじり、わたしが先日の夜中に聞いたのはトッケーというヤモリの声だったのか、ヴィラのオーナーが言ったカエルの声だったのかと、両方の鳴き声を真似て確かめていた

「うん、やっぱりあれはトッケーだったと思うよ」

それで、わたしの小さな疑問が消え、もう一度彼が、

「ああ、トッケートッケー!だからね」

と繰り返した瞬間、天井から突然、

「トッケェェ、トッケェェェー」

と、今度は本物の鳴き声がした!

「ああ、これこれ」

と、思わず頷きながら、あまりのタイミングのよさにお互いビックリして見上げた。

通りかかった観光客の男性も一緒に声のする方を覗いたけれど、結局誰も姿を見ることはできず、三度聞こえてピタッと止み、後はもうそれきりだった。

早く着いて日の暮れるのを待っていたわたしたちは、そこにかれこれ1時間は座っていたが、あれが10日ぶりくらいに聞いた、愛らしくひょうきんな、まるで鼻の奥から出るような関心の音だった

 

「ここには神様がいるから。 今話してるの聞いていて、教えてくれたんだよ

と、ドライバーさんが、ぐるりを振り仰いだ。

 

(ふしぎなことに、これを日暮れ前のホテルのビーチで書いていたら、ちょうど先の鳴き声のところに「トッケー」と書いた瞬間、後ろでまた本物が鳴いた! 

やっぱり三度きっかり、ウルワツから帰って初めて聞くし・・・ わたしはトッケーについている♡)

 

 

去年の夏、スミニャックのホテルから浜辺に降りて歩いている途中、「ザ レギャン バリ」というゆったりした外観のホテルが気になったので、先日そのレストランに行って夕陽を待っていた。

目前に広がる緩やかな水平線と、間近に打ち寄せる波に、自然からだがゆるゆると伸び、バリに来た甲斐があったなぁ。と、無心になって潮風に吹かれていた。

連日のように雲は多かったけれど、水平線と空の境目には帯のような虹色の空間が広がり、そこだけぼんやり明るかった

 

ところが、しばらくすると風がぼうぼうと吹きすさび、雨雲がすっぽりと視界を包み、雨がプールサイドのタイルをバチバチと打ちつけ始めた。

そして時々、ほんの一瞬だけ、空と海が昼間と同じくらいの明るさで銀色にパッと光り、暗闇に浮かび上がった。

 

 

ウルワツの前に立ち寄った午後3時のヌサドゥアビーチは、くたくたになりそうな(いや、なった。)強い日差し

 

 

ところが、それから数時間後お寺に着くと、崖っぷちをどんより演出する灰色雲ふたたび現る。

彼方で雨が降っているけれど、何とかこちらは持ち応え・・・

 

 

程なく、晴れ間が見えてきて。

 

 

 

輝いた表情も見られて、よかった

 

 

この後、先のトッケー談をしていたら、光がおいしそうなパパイヤ色に変わっていった。

崖の上の円形劇場では、ケチャダンスが始まり、時々男性たちのケチャケチャビートが風に乗って流れてくる。

 

 

雲と太陽と一直線。

 

 

これまで見た、美しい夕陽を次々に思い出した。

ごほうびの時間は、どこかに一度沈んでいた、信じようとか愛そう!というちからを太陽と交代に連れてきた。

 

 

  


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説得力があった

2015年02月04日 | 日記

見慣れたはずなのに、慣れないものがあります。

心の準備ができていればまだいいのですが、わたしにとって思わぬところで出くわす虫は、いつも生きていればドキッとするし、動かなくなっていればハラハラドキドキします。

子供の頃は家族に見てもらいたくて、思い切ってミミズをつかんだこともありますが、今もよほどのことがなければ思い切りません。

それに、あの頃の「『なんか』面白いカタチをした動くもの」に、「ちいさな『命』」に感じる畏怖の度合が強くなったことで、不用意に殺生するのも避けたくて、さらに近寄りがたくなりました。

どうせならもっと関心を示して構造とか生態を識別すれば、こころのモヤモヤと同じように落ち着いて観られるかな、とも思いますが、今のところその情熱もありません・・・。

とはいえ、バリ島では、コーヒーに飛び込む小バエ、マンゴーを切ったら外側から見えなかった同じ色のにょろにょろ、虫ではないですが昨夜の飲みかけのマグカップに半身浴している朝のヤモリ・・・と、なにかと日本の都心外生命体との遭遇率が高いのです

 

 

 

昨日、ジャワ島の友人と、クタという繁華街にある地元の人向け食堂でイカリングを頼んだら、付け合せの生のキュウリに、ちびアリがついてきました。

現地の小さなお店ではありがちなので、いちおうキュウリをひっくり返してみたら、おっと動いていたのです

後からお皿に上ってくるアリには余裕が持てますが、最初からだとわけが違います。

「わっ、アリ

こんな時、ひとりだと立ち直るまで一苦労ですが、ショックを受け止めてくれる人がいるとずいぶん慰められます。

友人はフフフと笑いながら、じぶんのナシゴレン(焼き飯)についてきたキュウリを裏返してキレイなのを確かめると、それをわたしのお皿に移し、アリつきキュウリと取り替えてくれました。

今振り返って、もしその時のわたしに彼の行動が思い当るとすれば、「よけとけばいいよ」と言うだけか、そう言って親切にもじぶんのキュウリを分けてくれるかの二つだったと思います。 

・・・ところが、彼は案件のそれをフォークで刺したままパクリ!と、口に入れてしまったのです

「あぁ・・・マカンスムッ(アリ食べた)、マカンスムッ、マカンスムッ!」

としか言えないでいるわたしの前で、彼は悠然ともぐもぐしていて、ほんとにだいじょうぶ!?と目で訴えると、平気だよ!というように目を見開いて笑いました。

わたしは最初のドキッが、ハラハラドキドキになっていくのを感じましたが、アリのことはそこまでにして、「だいじょうぶを体を張って示すとはこういうことか!」と衝撃を受けました。

そして後から、なんでそんなに虫がコワいんだっけ。と思ったのです。

 

 

そういえば以前、同じようにイスラム教の友人が、二口ほど食べたピザにベーコンが入っているのに気づき(豚肉を食べてはいけないことになっているので)、大慌てのムンクの叫びで、「もう死ぬ!」と席から飛び上がったことがありました

まあとりあえず落ち着いてもらおうと、その時わたしも「だいじょうぶだよー」と笑い、ほら平気でしょ!とおもむろにいただきましたが、今回はピザと違います。

友人も、アリを食べたかったわけではないでしょうし、よけるのが面倒なだけなら、取り替えるのはもっと手間がかかるからしなかったと思います。

それをあえてくっつけたまま食べたのは、時々わたしがカルチャーショックを受けた話をしていたから、この場でたいしたことないよ。と安心させようとしてくれたのかもしれないし・・・いやたぶん、「ぼくなんてへっちゃらさ」と得意なとこを見せつつ、ちょっとからかってみたかっただけかもしれません

 

 

ともあれ、それが説得力を持っていたことは確かで、わたしはびっくりして肩の力が抜けました

わからないものを無心に見ていた時より、少し知識を得てじぶんと異なる虫の存在を見分け始めてから目盛がついた分、漠然としたおっかなさが濃くなっていた気がします。

それにしても、食べちゃうなんてすごいな。

 

  


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慣れたものは、おいしい?

2015年02月01日 | 日記

しばしバリ島の海沿いを巡ることになり、一月滞在させてもらったヴィラのオーナーに和食をごちそうすることにしました

といっても、調味料やキッチン設備に制限があるので、豆ごはん、ほうれん草のおひたし、卵焼きに野菜炒め。と、シンプルなメニュー。

野菜をたっぷり摂ることにして、買い揃えた10種類をそれぞれ洗って切って炒めていると、オーナーと犬のプティとネコのヴィスパがやってきました。

にゃーにゃーガスコンロを見上げているヴィスパをオーナーが抱き上げて、一緒にフライパンを覗きこみ、プティは開いているドアの向こうでクゥークゥー笑っています(キッチンは庭の離れにあります)。

 

さすが熱帯夜のちいさなキッチンは、暑かった。でも、もう少しでできあがり!という時にコンロの火が消え、聞くとガスタンクが空っぽになったとのこと

オーナーが、すぐに向かいの雑貨屋さんにタンクを買いに走ってくれました。

お鍋炊きのごはんも、子どもの頃のカレー飯ごう炊さんのようで野外で作るごはんには生きてる手ごたえを感じます。

白い大皿に盛り付けたおかずたちは一見洋食みたいですがひさしぶりの醤油味に落ち着きました

 

後でおすそ分けしたインドネシアの友人は、毎食必須の生の唐辛子をかじりながら食べてくれ、辛い物が苦手なわたしは感心して、味覚も子供の頃に決まるんだなぁと思いました

 

雲がしっとり、雨季のヌサドゥアビーチ

  


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