町田営業所業務日報

地元周辺の鉄道・バス車両について気紛れに綴ります。

就役20周年を迎える新交通ゆりかもめ7000形VVVF車

2019年01月29日 | モノレール・新交通システム

東京臨海副都心のアクセス路線として親しまれる新交通ゆりかもめ線が開通したのは1995年11月1日のことで、当初この路線は1996年に開催予定だった都市博覧会への輸送を見込んでいたため注目を集めましたが、当時の東京都知事だった青島幸男氏により中止が決定され、年間約40億円程度の赤字が見込まれるなど前途多難な形でスタートを切りました。しかし、開通してみると沿線に観光施設が林立していることや1997年の港区台場へのフジテレビ本社移転もあり乗客が増加、新交通システムでは数少ない黒字路線になりました。

路線開通と同時に営業運転を開始したの初代車両が7000系で、日本のAGT車両では初のステンレス車体を採用しました。初期の1〜3次車は交流電車(ゆりかもめ線は三相交流600V・50Hz電化)ではオーソドックスなサイリスタ位相制御を採用し、車内はボックスシート配置でしたが、乗客が増加の一途を辿る1999年からはVVVFインバータ制御に方式を改めた通称7200形として区別される編成が増備され、現在残存する7000系列は全てこのグループになっています。写真上の7221Fからは3次車以来の車体デザインを引き継ぎながら台車の構造がそれまでの4案内輪車軸ステアリング方式から4案内輪車軸ボギー構造に設計変更されました。

 5次車からは虹の模様が変更され、印象が変化しました。5次車で一旦車両増備は中断し、間が空いて次の導入は開通10周年と翌年の豊洲延伸を控えた2005年の6次車2編成でした。

1次車以来のグレー系配色を踏襲しながら3次車で初採用されたロングシートとボックスシートを配置する車内。初期車はオールボックスシートでしたが、増加する利用者に対応する為に変更されました。

車内案内表示は座席の配置上からドア付近ではなく天井に設置して、どの方向からも見れるように配慮しています。


ついこの間登場したような感覚がまだありますが、初代7000系の登場から既に24年の月日が経過し、VVVF編成でさえも今年で20年を迎えてしまいました。先述のように、サイリスタ位相制御+直流電動機の編成は全車廃車済みで、今年からはVVVF編成の置き換えに着手するという事実に、隔世の感を覚えます・・・。

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秋葉原に出没した元神奈中車

2019年01月27日 | 保存車両・廃車体・特殊車両

首都圏の大手バス会社から引退した車両は、大体が地方都市の事業者に譲渡されて再起することが多いですが中にはアドトラックのように、乗客を乗せない走る広告媒体や映画・ドラマの撮影で使用される劇用車、または自動車学校の教習車などに用いられる事例があります。こうした車両は基本的に自家用登録の非営業車のため実態が非常に掴み難いですが、今回はバスマニアの間でも有名な元・神奈中車を秋葉原駅周辺で撮影することができました。

中央通りに現れた首都圏では有名な通称バニラバス。4台が存在する内の1台で、元は平塚営業所に在籍していた“ひ112”号車(KL-MP35JM・2003年式)だそうです。正面の運賃支払い表示窓で一目で判別出来ますね・・・。正面にはスピーカーが設置されており、あのアタマが狂いそうになる曲を流しながら走行しています。如何わしい成人向けビデオ撮影やら映画の災害シーンで横倒しにされるわで、散々な余生だった某社の元D960号車に比べればマシな使われ方ですね。

近年、移動型のライブハウスとして注目を集めるライブバスとして使用され、各地を巡回し注目を集めている元は030号車(KL-UA452MAN・2001年式)です。2016年末には日本テレビの人気番組・ガキの使いやあらへんで!の企画で使用され、車体にラッピングを施されTVに登場したことから話題を呼びました。ライブバスとしての使用は2017年4月からで、5月には湘南神奈交バス所属時の表記か1015が復活してアクセントになりました。アーティストのライブは勿論のこと、NHKや民放各社のテレビ番組のロケにも起用されています。何れも保有主は横浜市の株式会社フレッサという事業者ですが、これらの他にも多様な車両を保有し、撮影会などバスマニア向けイベントも実施しているようです。

 

所有している事業者のHPはこちら→https://live-bus.com/

オーナーのツイッターアカウント→https://twitter.com/junya_tani

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首都圏に残る東武8000系ワンマン車

2019年01月24日 | 東武鉄道

1960年代、日本が高度経済成長期に突入すると当時の鉄道事業者は増大する輸送量への対応と近代化が急務になり各社で車両の大型化や高性能車の開発が相次ぎました。関東地方最大手の東武鉄道ではこの時期日比谷線直通専用車である2000系電車が初の高性能電車として就役していましたが、更なる課題として多く残存している戦前からの旧型車両や昭和30年代の時点でも陳腐化が進んでいた戦後割り当てのの7800系列に代わる汎用通勤車の開発を計画しており、1963年に登場したのが8000系電車です。登場から1983年まで20年間も増備が続き、総勢712両という大所帯で国鉄を除いた私鉄の電車では最多数派となり未だこの記録は破られていません。その後2004年に伊勢崎線向けワンマン車の800・850系3両編成への改造のため付随車のサハが解体処分され、41年目にして初の廃車が発生しましたがこの時点でも600両以上が在籍していました。しかし、比較的消費電力が大きく老朽化も進行していることもあり、新形式の増備が進む2010年代からは編成単位での廃車が開始され、2009年度には伊勢崎線浅草~館林間、2015年に東上本線池袋~小川町間での定期運用を終了。以後はワンマン運転を実施する支線や本線末端区間を中心に運用されています。

越生線で運用中の森林公園研修区所属編成81119F。1979年以降に製造された編成はインフレナンバーに突入し、5桁の車番が付与されるようになりました。読み方は「クハはっせんひゃくのじゅうきゅう」です(他車種も同様)。基本設計が1960年代の電車にしては珍しく、前照灯がHID式に換装されており、近代的な表情を見せています。

亀戸線運用に就く2両編成8570F。同線は曳船~亀戸間を結ぶ東京都江東区・墨田区内の路線ですが、終日に渡り2両編成のワンマン車両による線内折り返し列車で運転しており、西新井駅から分岐する大師線と共通で南栗橋研修区春日部支所の所属編成が充当されています。今や抵抗制御車自体珍しくなりつつある東京都内で、40年以上前の車両が行き来する光景が日常的に見られるというのも中々凄く、マニア的には贅沢さも感じてしまいます・・・。

更新工事施行済みの車内設備。抵抗制御車では珍しく登場時より静粛性確保のため、主電動機点検蓋の設置は見送られました。1997年からはバリアフリー対策と共に最新形式の30000系にサービスレベルを揃えるべく、行先表示のLED化や車内案内表示器の新設が実施されましたが、2003年度からはそれらに加えて座席へのスタンションポール設置、一部窓の固定化やワンマン運転対応として自動放送装置、車外スピーカーなどの新設が追加を行っています。

戸閉装置は未改造ながら、鴨居部に新設されたLED表示器は30000系と同様のドアチャイムも鳴動し、各車両に千鳥配置とされています。

 

かつては日本の電車の最多両数を誇った103系に準えて「私鉄の103系」の異名を持っていた同形式ですが、現代では老朽化も進み、昨年には20000系改造の20400系の登場で宇都宮線で運用されていたバリアフリー対応ワンマン車から廃車が発生しました。今しばらくは支線でその活躍が見られるものの、高度経済成長期を支えた昭和の名車にも終焉の足音は確実に迫っているようです・・・。

 

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改造工事・増結が進行中の小田急3000形

2019年01月19日 | 小田急電鉄

現在の小田急通勤電車の最多数派3000形ですが、2010年から輸送力増強の為6両編成の後期製造分に4両の新造中間車を増結し10両固定編成化が施行され3091F~3095Fの5編成が登場しました。その後しばらく組成変更は一時中断になりましたが2017年度より8両編成に2両の中間車を増結することが発表され、同年中に落成した新造中間車を3665Fに組み込み、新たに3081Fとして営業運転を開始しました。現在進行中の代々木八幡駅の大規模改良工事が完了すれば新宿~本厚木間で近郊各停も10両編成になることが計画されている為、今後も更に複数の編成の10両固定化が進行していくものと思われます。

元・3665Fの3081F10両編成。1000形で初登場した10両固定編成は車両番号の10の位を90番台にしていましたが、3000形では3095Fの続番とならず、新たに80番台の車号が付与されました。他の10両編成とは異なり、帯のインペリアルブルー化と車内案内表示器の換装(15インチ画面1台から17インチ画面2台)、主電動機の全密閉式化など、単なる増結だけではない更に踏み込んだ内容の工事になりました。

在来の8両編成も、6・7次車を中心に帯の更新や液晶画面の換装など順次改造工事を受けており最新形式の4000形に近い水準に改められつつあります。しかし3次車を初めとしたグループには未だ更新が及んでいません。

10両編成化に伴い新造された中間車の車内。基本的な仕様は3091~3095Fの新造中間車に準じていますが、表面を加工して滑りにくくした手摺や近年採用が相次いでいる三菱電機セサミクロの17インチワイド液晶画面による車内案内表示など更に改良した設備に改められています。

従来の車両も改良されていますが、ドア付近の黄色化や手摺の増設、座席の交換は見送られており同一編成内でまたサービスレベルに差異が生じました。もっとも編成組み換えや転配を繰り返して滅茶苦茶な状態の東急5000系列に比べれば軽微な差ではありますが・・・。

 

今後は10両編成化の進行は勿論、沿線火災で被災し工場入りしている3651Fの出場時期や登場年数を考えればVVVF制御装置の更新予定が出てきても不思議ではなく、しばらくは楽しませてくれそうな予感です。

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消滅が近づく福島交通のエアロスターM

2019年01月12日 | 東北地方の地下鉄・路線バス

東日本の路線バス事業者で、三菱車の一大ユーザーと云えば真っ先に神奈川中央交通を思い浮かべる向きが多いと思われますが、東北地方の福島県全域に渡って路線を展開する福島交通も大株主が三菱自動車工業である関係で、長年に渡り三菱の純正車両を導入していることで有名でした。地方都市の民営バスとしては珍しく、1997年まで中古の移籍車両が存在せず自社発注車のみで統一されていたのも特筆されますが、1998年よりJRバス関東より高速路線向けのエアロバスが、一般路線では東京都交通局よりMP218系列の導入が開始され、福島交通では初めてとなる前中扉仕様車が登場すると共に、新呉羽自動車工業のボディーを架装する通称エアロスターK(現在は全車廃車済み)も加わりました。それでも中古で導入される車両も全て三菱車に限られる状態が続きましたが、2009年には東急バス・関東バス・都自動車からの車両を導入するようになり、この時点で一気に日野自動車・いすゞ自動車・日産ディーゼル車が初めて登場したことから長年続いた三菱車統一の時代に終止符を打ちました。今回記事にするのは三菱車が栄華を誇っていたころに導入された福島交通のエアロスターMです。

福島駅ロータリーで待機中の福島22か・22-56(U-MP218K、1993年式)。大量導入されたU-規制のエアロスターの内の1台で、福島営業所に所属しています。今年で26年目に突入しますが、移籍車導入で続々仲間の置き換えが進む中で未だに活躍し健在振りをアピールしています。

郡山営業所に所属する福島22か23-26(1993年式)。かつてはこのスタイルが福島交通のスタンダードでしたが、首都圏からの移籍車攻勢で続々数を減らしています。ちなみに裏被りしている三菱車といすゞ車は、前者が京王バス東で後者が川崎鶴見臨港バスからの移籍車で、今や首都圏からの車両のほうが多数を占めるようになってしまったことに時代の変化を感じずにはいられません・・・。

上の車両より1年新しい1994年式の福島22か・23-34です。首都圏でも見慣れた角ばったフォルムに、ラッチ式二段窓を持つ側面も今や珍しい存在になってしまいました。

奇しくも新旧の自社発注者同士が並んでくれました。隣のノンステップは三菱ふそう・エアロミディのTKG-MK27FHF(2016年式)です。これ以前に日野・いすゞの中型路線バスが新車で断続的に導入されていますが、2016年度の導入車は数少ない三菱ふそう車の導入となりました。

 

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