伊達だより 再会した2人が第二の故郷伊達に移住して 第二の人生を歩む

田舎暮らしの日々とガーデニング 時々ニャンコと

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水彩画サークル展

2024-04-04 13:02:43 | 元同僚

私の大学の一年先輩で退職した時の学校が一緒だった

元同僚のHさんから

水彩画サークル展の案内が来た。

左上が彼女の作品

すごい上達です・・・観に行きたいけれど

4月は何かと忙しく時間がとれないので残念です。

H先生、サークル展おめでとうございます。

私も伊達の地て゛頑張ります・・・。

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札幌の校長人事で驚く

2024-03-24 19:05:15 | 元同僚

毎年札幌の教員人事を楽しみにしている。

今日は校長と教頭の人事が道新に載っていた。

なんとなく

心が騒いだ・・・ひょつとして

と思って新聞をひらいたところ

的中

元同僚で私がT中学校に転勤したとき

新卒で一緒に勤務したAさんが校長になられた

昨年教頭になられたので

期待はしていたが・・・。

彼女は私の女子大の後輩で家庭科を教えていた

早くに結婚されお子さんも二人おられる・・・

産休明けに私と同じ学年になり

若いのに

仕事の要領も良く速く

とっても女性的で美人さん

それに

なよっとしたところがなく

芯が強く私は大好きだった。

おまけに

高校は室蘭で

なおのこと親近感がわいていた。

中学校の女性の校長は少なく

大変でしょうが

彼女なら大丈夫

私まで心が躍った日だった。

私も

こうしちゃおられない・・・夕食は

心を込めて・・・フッフフフフ。

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元同僚と現役時代

2024-03-20 06:50:55 | 元同僚

昨日珍しく元同僚のHさんから電話があった。

数年前3人で旅行したがその後は時々メールで

話すだけ。

退職して再雇用3年目という

4月から転勤とのこと

転勤先は私が20代の時勤務した懐かしいH中学校だった。

転勤したら生徒会誌を見てみるね・・・と喜んでいた。

HさんはH中学校から転勤した次のK中学校の生徒だった。

教えていなかったので私は知らなかったが

当時生徒会長をやられていたというので

うっすらと記憶にはあった。

西高から北大と進学した才媛だった。

後年T中学校で同僚になり

何かと

私のことを慕ってくれ

生徒指導でしんどい時はよく数人で

ススキノに飲みに行ったりした仲間である。

現役時代はお付き合いがあり

私が退職して伊達に移住しても

数回旅行にも行った。

まだ年金が出ないので

働かなければならないのよ・・・と嘆いていた。

私の時もすぐ年金は出なかったので

再雇用で一年だけ新卒の教諭指導という立場で時間講師として

懐かしいK中学で働いた。

その後も仕事があったが

と再会

働かないでと言われたので

におんぶに抱っこで

伊達に移住

今に至っている。

私も一人で2人の子供を育てたが

Hさんもまた

2人のお子さんを一人で育て上げた

境遇が同じなので何かと相談にのってあげたりした。

まだまだ

いろいろと悩みを抱えておられ

大変そうである。

私で良ければ

悩みをぶちまけてOKよ・・・。

これでも

対話心理カウンセラーとかの資格もあるんよ

退職してから取得したのであまり活用されていないけれど。

学校も昔とは様変わりして大変そうである。

心のバランスが崩れると

教育も辛い・・・。

昨日の夕食の会話は珍しく私の現役時代の話。

退職金は家のリホームなどで殆ど残らなかったし、年金がすぐでなかったので

計画性のない私は苦労した・・・。

今は勤勉なのお蔭で何とか毎日を生きて行かれます。


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デレッキが飛んでくる

2023-07-23 11:44:16 | 元同僚

私が新卒の時の話である。

先輩の女先生の家に数人招かれたことがあった。

そこには御高齢の元教師のお母さんがいらした。

皆の会話に加わり

昔話をしてくださった。

強烈に忘れられない話があり

今でも時々思い出す。

その他のことはみんな忘れてしまった。

戦前の田舎の小学校

夫は校長でご夫婦で教師をしておられた。

住居は学校に隣接されていた。

朝夫婦喧嘩をすると職員の朝の打ち合わせで

気に入らないことがあると夫は妻にデレッキを投げたという・・・

すごい世界に私達は驚嘆した。

短気な夫だったらしい・・・

そんな校長を支えたお母さんも偉いと感心して聴いていたものである。

いろいろな苦労話を聴いたが憶えているのはこのことだけ。

温かい優しい雰囲気のお母さんだった。

男がまだ威張っていた時代・・・今では考えられない。

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亡き元同僚の夢を見た

2023-02-09 17:57:53 | 元同僚

 今朝がた亡き同僚の夢を見た。

 学校に行くと誰もいない・・・

 いろいろと教室をのぞくと着物を着た清楚な

 K先生がニコニコしておられた。

 お顔は50歳で亡くなられた時のままお若かった。

 K先生はわたしよりも二歳先輩で

 30代の時にS中学校に赴任した時に初めてお会いした。

 二人とも転勤組だった。

 理科を担当され才媛だった。

 曲がったことは大嫌いでよく職員会議などでは他の同僚と衝突していた。

 その後

 転勤先の学校でお亡くなりになった。

 余命一年とドクターに宣告されたKさんはマンションを売り

 世界一周を愉しんだ。

 病気が分かった時に一度学校に遊びに来られ

 私の手を取って「良かった貴女にお会いできて」と

 喜んでくださった。

 その後私は札幌一のマンモス校T中学校に転勤

 生徒の荒れかたも半端なく

 超忙しく彼女のことは心配していたが一度もお見舞いに

 行けず心残りだった。

 彼女は登山と旅行が大好きだった。

 高校受験に落ちた生徒を連れて山に登ったという話を

 聴きとても感動した。

 彼女のような真っすぐな人間はまだ見たことがない。

 教師として尊敬できる唯一の方だった。

 最後はクリスチャンになられ

 安らかな最期だったとのこと。

 お別れの会は教会で行われ

 最後にゆっくりと手を合わせ

 お祈りしてきた。

 

 

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