katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

キウイとくじらの相席教室と下地彫り終わり

2022-05-31 07:24:54 | モザイクタイル教室

今日はキウイとくじらの相席教室。なんだけど、来る時にろ過機が壊れたらしく、来るのを断念しようかな・・・と思ったら、旦那さんが買って来てくれるって事で無事解決したんだけれど、売り切れって連絡が入ったりして・・・。

何だか慌ただしくなっちゃったのね。ちょっと落ち着いて出来なかったのは残念なのね。キウイの方は

ひとまず4つ揃ったんで目地。白いタイルを使っているから、白目地は避けて、でも薄いのが好きだからクリームを選択。まぁ先日の棟梁のクラフト的な作品と言い、タイルのカットに困らない人達の作品は安定感があるのね。

例えば料理とすると、包丁さばきのようなもので、おぼつか無いようだと、肉じゃがのジャガイモと人参の大きさが、揃わなかったり、きんぴらの幅がマチマチとか、もっとおぼつかないと、リンゴの皮が剥けなかったりもする。

それが上手いね・・・となると、魚を三枚に下ろせたり、もっとになれば、飾り包丁なんて事になる。これが最初は均等に揃えるだったり、キチンと同じにとか、ガタガタじゃ無くて、スッと裏表同じようにとか、更に料理とは離れて、美と

しての見栄えの技術。こんな感じに包丁の使い方が変わるように、丸く切るとか1cmの4分の1の四角を切るとか、まず切るだけ。それを同じ大きさに揃えるになり、その四角を丸くして、それも均等にする。飾り包丁となると、葉っぱや花

になり、しかも今度は同じにするとは限らない。逆に大きさに変化を付け、花に見せる、葉っぱに見せる、見せる技術になり、均等にするとは違う技術が必要となる。ここまでは切る技術の話。そして今度は張る事になる。

でも、未経験の人は、切る事は技術であっても、張るのは技術と思わない人が多いのね。これが無意識にね。例えば、後は張るだけ・・・ってセリフはあっても、切れば良いのね・・・とは言わないのね。でしょ?

これが厄介で、無意識だからなのね。自覚が無いのね。これを踏まえて、そんな事は無いです・・・って言う人が、実は無意識であって、でも本人は確かにそんな事は思っていない・・・って場合、意識が揃わないと、自覚が無い分、言われれば卑屈になりやすいのね。

これが無意識であっても、無意識に危機管理能力がある場合、草食動物のように敏感に察知するのね。つまり、これをやると失敗するかも・・・って。すると、何をしても深追いをしないから、失敗しない分、安定してまずまずの結果になる。

しかし、逆を言えば、安定する分、冒険が無いから、秀でる結果は求められない。こんな人には、慣れて来たら、もっと攻めよう・・・ってアドバイスになったりする。逆にこうしたいみたいに、やりたいことをやりたいって場合、技術が

無いと、どんなに絵が上手くても、その絵と同じには切れないから、理想にならないし、でもどうしても・・・と言うのなら、拡大してこの大きさ・・・となると、その大きさならいらない・・・なんて事もある。切るって技術はそんな話。

それが自由に切れるなら、後は張る事になるけど、切る事が上手いから張るのが上手いとは限らない。今度はスポーツで例えると、打つ事が上手いからって、守る事が上手いとは限らない。しかも意識としての話はさっきと同じ。

キチンと判れば難しさは同じと思えるが、セリフとして、後は・・・って無意識の場合、切る事が上手くなればなるほど、見劣りする事になるだろうし、逆に警戒し過ぎて、進まないなんて事もある。そしてここからが本来のスタートなのね。

切る張るに困らなくなった。2つ揃った。じゃ次は?ここでオリジナル・・・つまり考えるって事になる。考案する事になる。勿論、別にオリジナルをしなければ、後は似せるに徹すれば良いのね。これは反復すればある程度身に付くのね。

でもオリジナルは、考えれば結果が必ず出るもんじゃ無いのね。切る張る技術は反復である程度何とかなるものなのね。勿論、それも続けないと人それぞれだから、素早い人もいるし、遅い人もいる。けれど、ある程度時間で解決出来る。

しかし、オリジナルは、まず感じる事なのね。何処が?何が?どうして?何故?みたいな子供の頃のような好奇心みたいなものが無いと、大した知識も無いのに、あぁあれね・・・とか、思い込みで判断してしまうと、ドラマの主題歌をちょっと

聴いただけで、みんなの前でカラオケやったら、サビとか聞いた事が無くて、えっ?みたいに外した・・・そんな感じになるのね。キチンとしようとするなら、キチンと何度も聴いて、まず音を外さないように・・・とか、節回しとか、

息継ぎの場所だったり、そっくりにするなら、声質とか、癖なんて言うのも探し出すなんて事になる。ほら、これが似せるって行為の原点なら、そんな好奇心で何でも見るようになれば、その好奇心で自分のモチーフを見る目が養われる。

見たまま描けば、そっくりさん。見たモチーフの奥を見たら、ドラえもんの異次元空間に旅をするように、その原点の景色が見えたりすると、タンポポ1つでも、今の風景では無く、50年前のあの時の景色で描けるし、そうなると大人では

無く子供目線なら、ゴジラが上から見るのでは無く、ほんの数十センチしか離れていないのね。背が低かったから。こんな事が想像力。さっきのは洞察力や観察力。つまりオリジナルとなると、この見えない力の3つを練習になるのね。

こんな事を踏まえて見て見ると、棟梁の作品は、何処でも売っていた100均の下地。これに目を付けた。発見したのね。俺は記憶に無いのだから、その時点で凄いと思うのね。でももしそこにただモザイクしていたとしたら?

そうなると全く興味が沸かないが、木彫の実力でそこを彫り、更にモザイクの実力に、デザインも加えて、オリジナルを作った。しかもグレードとしても良い。だから凄いのね。それを見たらそんなの真似出来るなんて思うのは、思い上がりで、

発表していない以上、棟梁のものなのね。つまり見ようが見まいが、二番手以降は真似となる。当然真似ならそれを超えないと、後だしじゃんけんで負けた事になるから、プロならかなり恥ずかしい結果になるだろうね。

そんな事も踏まえると、キウイのは単なる100均のコースター。つまりモザイクの実力だけの結果になる。だから誰にでも権利のあるスタートなのね。彫らなくて良いのだから。そうなるとオリジナルのデザインの良さと、切る張るの技術。

切る張るの技術は何の問題も無いのだから、後はデザイン力。らしい・・・って感じがするし、お楽しみって作品だから、色違いだけで、1っのデザインでやっているから、大きく悩まずに丁度良い仕上がりになっている。

小物だから・・・では無くて、2人共に、ちゃんと自分らしいオリジナルになっているのね。こんなのがサラッと作れるようになると、何を作っても楽しいのね。しかも大作の休憩としても、良い箸休めだったりするのね。

そんな後はねまたコーナンさん。

彫り終わったのね。


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中学生教室が2人と浦安の魚の下地とコープみらい東京下地

2022-05-29 23:54:46 | モザイクタイル教室

今日は午前午後と2人の中学生教室。まず1人目はちょっと今までとは違っていて、メインのモチーフが決まっていないのね。そんな訳で、ん・・・そうね、例えばメインディッシュが決まっていないから、小鉢やサラダから作ってスペースを

取って置くみたいな感じにやる事になって・・・それらの下絵を確認からスタート。とりあえず2枚はOKを出したが、6枚はもう少しなんで、検討って事にして次回って事で、張り出したのね。午後の子も同じで、下絵の確認から。

こちらも割と決まっていて、ただ手直しも少なく、すぐに下地に描き写して、やはり張り出したのね。まぁどちらもスタートはしたものの、まだ始まったばかりなんで、特に広がる話も無く、何しろいよいよ始まった・・・そんな感じ。

その後はコーナンさんへ。引き続きコープみらい東京さん分のドーナツトレイを6枚。今月いっぱいまでは受け付けているので、ひとまず・・・なんだけれどね。それと浦安の魚の作品の手直し彫り。どちらも後1回行けば、彫り終わりそうなのね。

 


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kameyaさんとリピーターさん教室に・・・

2022-05-29 07:38:57 | 出張教室

今日は久し振りのkameyaさんの出張教室。たった数ヶ月なんだけれど、色んな事が変わっていて、周りの景色だけじゃ無くて、みんなの環境や状況も・・・そんな中、4人みんなが久しぶりに揃ったのね。それではラパンさんから。

とうとう張り終わったのね。きっと長かったとは思うけど、これで何年習っているの?って誰かに聞かれた時に見せられる作品が出来たのね。しかもバックはもっと長く習っているステンド仕上げなんだから、そんな人達にも見せられる訳で。

後は目地となるんだけれど、まぁ普通なら淡い目地を選ぶ人が多かったりするが、ステンドをやっているって事なら、そもそもガラスを繋げる部分が黒を見慣れているはずだから、濃い色合いでも違和感無く出来るとは思うのね。

そんな後に、途中だった作品の続きとなって・・・

こんな作品が途中なんて言うんだから、豪華な話なのね。これらを完成する間に新作を考えるって事らしいのね。では久しぶりにおかみさん。

ここはバックの絵が決まっていて、下絵を見たが、何も問題は無さそうだけれど、相変わらず細かい事が好きだから、また時間の掛かりそうな事を選択していたのね。ただ完成したら、完全に同じように代表作になるのね。

しかし、久し振りに見ても上手いなぁ・・・って思うんだから、安定感あるのね。で、りょうさん。

張り終わり。ここも後は目地だけ。ただ一応タイルオンタイルで、外に出せる前提作品な事と、ここも以前ステンドをやっていたから、単なる外用のグレーじゃ無くて、黒っぽい目地なんて選択もあるのかも・・・。

それが終わってから、棟梁に下地を貰った・・・って事でお楽しみ作品。

手持ちのタイルで遊んでたのね。で最後は棟梁。この下地をトリマーじゃ無くて、手彫りって言うんだから、木彫恐るべしなのね。

判りづらいけど、グレーとブラウンの2色の目地なのね。何か娘さんに1つずつ・・・って。ただこの前振りで・・・

これを見た時、えっ?これも彫ったの?って質問したんだけれど、両サイドのスプーンやフォークは元からで、中心だけ彫った・・・って。すると昔100均で買って・・・って。これがショックなのね。俺だって結構100均には行っているのね。

なのにこれに目が行かなかった・・・まぁ仮に目が行ったとしても、このグレードのサンプルが作れたか?となると、お見事としか言いようが無いのね。勉強になったのね。まぁみんな元気そうで何よりだったのね。それから送迎に・・・。

今度はアトリエでリピーターさん教室。

ここは本人にも行ったんだけど、余程の事が無い限り放置・・・悩んだら声掛けて下さいって感じにしているのね。何しろ切る事に関して特に言う事は無いし、色にしてもとても色数は少なく、何しろそうなると果てしなさのみなのね。

つまり孤独的な、ぼっち・・・な感覚にならないように、話し相手だったり、気分だったり、そんな事がひとまず・・・の役目で、困った時に出動って感じなのね。余計な口出しは無用ってね。あえて・・・ね。

そんな後は、コーナンさんで、コープみらい東京さんの下地。

本当なら丸々1日って感じで終わらせたい所だけれど、そう言う時間が取れないから、ちょこまか行って、何とか逃げ切る方向なのね。本当なら浦安の魚作品も後少しなんだけれど・・・。

 

 


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リピーターさん教室と浦安の魚の下地の続き

2022-05-28 06:59:17 | モザイクタイル教室

今日は朝からリピーターさん教室からスタート。ただ大雨の中だったんで、大変だったと思うのね。と言う訳で、お教室は、自宅でやったコースターと前回完成した鍋敷きの縁取りが1枚剥がれちゃったらしく、その補修から。

感想としては、そんなに難しく無かったとの事。そんな訳で新作の下絵を見るものの、これは良くある話なんで、ちょっと説明すると、まず全体の大きさが決まっていたりして、尚且つその中にモチーフの大きさも決まっている。

更にそこにあれもこれもと入れた時、そのタイル切れる?ここなのね。例えば、判りやすく話を大きくすると、注文で家を建てるとする。土地の大きさってもんが決まっていると、庭があって花壇を作り、池も欲しいな、そして3階建てにして・・・

無理です・・・って事になるでしょ?つまりどうしてもその敷地に建てるなら、では3階建ての家だけって事で・・・になる。それは嫌だなって場合、土地を大きくして全部が入るようにする。とても判りやすいと思うのね。

所が良くある話は、じゃ辞めて他のにします・・・って事になったりするんだけれど、こんな場合、本当にそれが欲しいって言うよりも、何かフィーリングみたいな感じだったか、その大きさで作りたかった・・・そんな事だと思うのね。

つまり大きさ重視なら、それに合ったものを作る事になるし、逆に大きさよりも、モチーフに合わせる感じになる。これをまた例えると、作詞作曲の関係なのね。つまり歌詞が先行している場合、その歌詞に合った作曲が必要になるのね。

逆に曲が出来ている場合、当然そこに合う字数や、雰囲気に合わせないとならないのね。全く一緒で、考え方としては、絶対にこれ・・・ってモチーフなら、大きさ辞さずとすれば良いし、逆にフィーリングなら、他のを選ぶと良いのね。

残念だけどね。何故なら絵と違って、必ず制作に時間が掛かるのね。つまり本人が思う以上に掛かるとしたら?フィーリングでなんか決めたら、こんなに時間が掛かるのなら・・・って後悔だけが残るし、展覧会に出すなんて事でも無いと、

目的意識が特に無い分、心が折れやすいから、途中で辞める事も多々あるのね。そもそもどの人も本気に取り組んだ途端、その人にとっての大作なのね。だから本当に欲しいと思うものを選んで作ると良いと思うのね。大作は。

逆にコースターのような場合の利点は、どーぞフィーリングで何枚でも・・・なのね。例えば1枚作ったら、ちょっと色を変えるだけで同じデザインを繰り返せば、1枚目は考えて作ったが、2枚目以降はサンプルありき。大変さは格段に違う。

つまりお手軽簡単になるし、楽(らく)なら楽しい・・・に繋がる。気楽なんて表現も良いだろうね。また気なのね。じゃこれ何枚も作って楽しいか?・・・となると、普通は自宅にコースター50枚欲しい?って5枚もあれば、飽きるまで十分。

となると、少し大きく鍋敷きとかになる。そして少しずつ大きくして行くんだけれど、この方の場合、その普通が当てはまらないのね。全てあげてしまうから。手元に残さないらしいのね。だったら何枚作ろうが問題は無いのね。

ただ同じ事の繰り返しをし続けると、例えば違うデザインにしても、またコースター?って気持ちになる。これを更に例えると、またバラード・・・とか、またカレー・・・みたいに、いくら何でもみたいな気持ちに早かれ遅かれ、そんな事になる。

ただもしそのデザインの使い回しは無し・・・って言うと、1枚目と同じか、それ以上、もっと考えなくてはならなくなり、難しくなって行くのね。例えば、新車を発表するとして、最初はどんなデザインでも良いが、フルモデルチェンジを

するまでは、マイナーチェンジとして、ちょっと変わってる・・・なんてのもある。いずれにしても、オリジナルの勉強って言うのは、常に考える・・・って事なんで、大事だけど、ずっとは疲れるのね。逆に腕の進歩って言うのなら、同じ

事の繰り返しは大事な事なんだけれど、これもまた繰り返しは疲れるのね。でもこれもまた、この方は大丈夫らしいのね。つまり同じ事を繰り返しても、手元には残らないし、同じ事の繰り返しも別に平気となると、全部いつもと違うのね。

それならデザインを変えて、また鍋敷き・・・を作るにして、新作のデザインの拡大だったり、検討する時間となるから、丁度良い息抜きな感じで鍋敷き制作が出来そうなのね。それが次回までの宿題みたいな事になったのね。

この方は労作展の子達と一緒で、ここでやった事の繰り返しで、自宅制作の時間の方が長い方なんで、ここで制作と言うよりも自宅でやる為の準備とか、注意点なんて指導になるのね。だから製作段階の画像がめったに無いのね。

そんなこんなで終わった後に実家。みーちゃんと待ち合わせで、病院やら役所回り・・・色々野暮用。帰って来たら、今度は仁科さんがいらして・・・そんな訳で、その後に浦安の魚作品を彫った中の下絵写しでいっぱいになっちゃったのね。


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イベント用の浦安の魚のモザイくの下地

2022-05-27 08:26:05 | モザイク作家

今日は中学生の下地が2つ・・・からスタート。ただ1つは額縁は後から、1つは丸く切った下地を後から合体して行くって事で、午前中で終わるような事だったんで、近所のコーナンさんで済ませたのね。そんな後に、泉銀さんの話のイベント用の

作品の浦安の魚の下絵の追加で、キスとサヨリを描いて・・・ただキスはザックリ描いてあったんで、そこそこ決まったんで、久し振りにいつものコーナンさんへ。diy baseの方にご挨拶をして始めるも、今日中に終わるかな?と若干不安はあったが、何とか終わったのね。

まぁ何とか雰囲気は出て来たのね。


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外用流しのリピーターさん教室と浦安の魚の作品の下絵

2022-05-26 07:33:50 | モザイク作家

今日は午後から外用流しのリピーターさん教室。その間は先日決まった泉銀さんからの依頼のイベントで展示予定の浦安の魚の作品の下絵。既にスズキやアジはあるんで、それ以外となると、まずアサリは外せない。何しろ今でも地元浦安にお店

があるくらいだからね。ただそうなると海苔なんてのもあるんだけれど、モザイクで手間を掛けても良さが出ない・・・残念だが外したのね。更に地元ならやはり釣り魚としてハゼって言うのも外せない。子供の頃から馴染みがあるのね。

そうするとハゼ釣りをしていると、昔は稀にカレイが釣れたのね。手のひら位のカレイは何人かで行けば、大抵誰かが釣れるもんだったのね。勿論、今でも釣れるらしいが、一度だけ40cm位のカレイをビクに入れた釣り人を見かけた程度。

そうなると、昔行徳港でアナゴ釣りが賑わった事があるのね。その時に結構仕事帰りにマメに行ってたら、雨が強くなった日があって、止んでから車から出て片付けに行ったら、80cm位のアナゴが釣れた事があるのね。

まぁこの辺で釣れるアナゴはマアナゴって側面に白い点々が付いているもので、良く見る感じのものね。それが茨城よりも上の方になると、クロアナゴなんて種類になるとメーター級はざらで、俺も1m30cm位のを釣った事があったりするのね。

最初滅茶苦茶怖くて、仕掛けを外そうにも手が嚙まれたら、食べられちゃうんじゃないか?って思うほどデカくて・・・そしたら、地元の人がそれ食べられるよ・・・ってカッターでさばき方を教えてくれてね。懐かしい話なのね。

他には、江戸前なんて天ぷらダネって感じで調べると、当然キスなんてのも出て来る。となると、それを食べるフィッシュイーターのマゴチって言う、ハゼを大きくして、頭をドカンって叩いたような平べったい形の変な魚がいるのね。

これもどうやら浦安市の広報的なサイトで見つけて・・・まぁキスだのハゼが餌としてタップリといれば、いてもおかしくは無いんだけど・・・俺が知っている情報では大抵マゴチがいるような所にはヒラメなんかもいて・・・。

千葉の平砂浦なんてのは昔、かなりルアーの人達で賑わう場所だったんだけど。今はどうなんだろう・・・。いずれにせよ、こんな理由から魚種が決まって行ったんだけど、全て今出て来ているのは、砂地にいるような底で生きている魚。

そこをカバーとなると、水面って事なら、ワタリガニやサヨリってのもいるらしいのね。まぁこの辺が落としどころなんだろうけど・・・。そこに最後に浦安って文字が入れば、今は無き浦安魚市場の看板のような絵になるのね・・・。

さてそんな中、陸前高田の担当の方から、色々と話が届いていて、お披露目が終わった後も賑わっているような話で、当日の新聞の記事を数社分と、市長のご挨拶のテレビを見せて下さって・・・良い賑わいだった様子が伺えたのね。

それとこれからも引き続き、案内的な事をして下さるようで・・・何かお役に立てられそうな感じではあったのね。何よりなのね。ではお教室となるのだけれど、どうしても様子を見て作りたい気持ちになっているのね。

例えば、全ての丸の輪郭を切ってから、様子を伺ってから張るってね。でも、実は見なくてもそれはとても難しい事なのね。ただ言葉でも十分理解出来るから、文字で説明すると・・・まず幅を決めて1枚目を切る。

そもそもここで失敗するようじゃ前途多難な訳で。だからここでは何も起こらないのね。でも張らない。それに合わせて2枚目を切る。当然切り直しをしなくては、合うはずが無いんだから、ピンセットでつまんで、1枚目に並べて置いて見る。

これがもし1枚目が張ってあるのなら、動かずにいるが、張っていない場合、2枚目で触ってしまうと当然ズレる。ズレたら直せば良いだろうが、5枚目、10枚目となったら、何度直していると思う?つまりその時点で、真っすぐな丸のラインは

保たれずに大体丸になっているのね。置くだけだから。所がいざ張るとなると、今度は大体置いてあったものを、キチンと張る事になるのだから、当然目地幅も変わって来るのね。だって大体からキチンとに変わるのだから・・・。

この時に大体ザックリ・・・って人と、大体ピッタリって人の違いが出るのね。最初の大体ザックリの人が、ピッタリに変えて張れば、目地幅が詰まって行くから、タイルが足りなくなるのね。所が大体ピッタリの人は、そもそもピッタリ。

でも同じようでも、丸のラインがピッタリにしている分、クネクネってキツキツになっていたりするのね。それをまたキッチリ張り直せば、今度は入らなくなったりするのね。何せキツキツだから。こんな現象が起きるのね。

その人がどんなスタイルの人か?によるのね。ただ人ってそんな単純じゃ無かったりするのね。しかも女の人。結婚と恋愛は別・・・なんて話なんだから、切っている時と張っている時は別って言うかも知れないでしょ?

つまり単純に言えば、切った仮置きも張る時もザックリとか、逆の切った仮置きも張る時もピッタリって場合なら、割と簡単な指導になるのだけれど、所詮仮置きだから・・・張る時修整なんて感じな場合、恋愛と結婚は別になるだろうし、

これ可愛いぃぃって言うから、好みなのかなぁ・・・と思いきや、買うならこっち・・・って全然違うじゃんってな事になったりする。だから、余程の付き合いで好みが少し判っているような場合じゃ無いと、いきなり指導って訳には行かないのね。

だって仮置きなんだから・・・。だから、1枚目から張ってね・・・って言うんだけど、結果を知ってからじゃ無いと、張れないって言う人がいるのね。まぁサンプル教室的な話で、サンプルの結果を見て、1から・・・って順番な制作。

けどね、それは図面やレシピ、楽譜ありきの話で、オリジナルって結果が見られないのね・・・完成するまで。全ては想像力で作るものだから。だから予知的に、こうすれば、こうなるのかも・・・あくまでなるでは無く、なるかもなのね。

それを見えない力の、想像力、洞察力、観察力で、だとしたらこう?かな?ってある意味全ては実験くんなのね。そこで同じ悩みで進まないと思われるフェルメールさんの作品を見せて、どう思う?って質問したのね。

すると、後一息じゃ無いですかぁ・・・的になるのね。でもね、逆にフェルメールさんに見せたら、同じ感想かもね。ただ、本人曰く、ここまで来ても、今年中に終われば良いなって言う事を伝えると、えっそんなに・・・って。

これが今、進まないと思う理由なのね。難しいと思い込めば、難しくしているのは自分なのね。では何故思い込むか?となると、今まで制作して来た完成度からなのね。例えば30点の出来栄えだったと思っていたら?どうかな?

もうどーでも良いや・・・って進められると思うのね。でも既に2年近く費やしているのね。その時点で完成度が30点のはずが無いのね。つまり今まで自分なりにちゃんと積み上げて来た感じがするでしょ?って事は何点?

それが80点だとする。結構良い点数なのね。そうなると、2年積み上げて来て、後ちょっと・・・まっ適当に終わって点数が下がった所で75点位には見えるかっ・・・って出来る人は、2年も1作に掛けないのね。つまり最低でも80点のまま・・

こんな気持ちで取り組んでいるのね。ただ問題はその自覚は一切無い事なのね。本人はいつも通りだと思っているから。でもね、そう言う事になるでしょ?それは人それぞれだから、90点なら、最低90点って思っているし、60点なら最低60点

ってね。所が、結婚と恋愛は別・・・果たして自分の評価の点数・・・最初の評価合っている?ここね。もし大きく見間違えていたら・・・自分は80点としても、人は95点だったとする。って事は、自分評価を過小していた事になる。

つまり無意識に15点の差に苦しむ事になるのね。だって仮に80点だって、どんな分野であっても、かなりの高得点でしょ?それは簡単じゃ無いのね。なのに実際は95点・・・もはや満点に近いのね。ではこんな場合のやり取りは・・・。

凄いね・・・凄く無いです。えっ凄いよ・・・いえまだまだです。こんな事になる。もはや150点でも足りない感じね。逆に受け入れる場合、凄いね・・・は、本当ですか・・・やったー。じゃそれキープね。に変わる。

つまり常に自分評価の人は、自分が納得したら・・・になる。でも、そうなると、自分の眼の評論家の自分と、作り手としての実力の両方持てないと、曖昧な判断、つまり気分での評価になってしまうのね。

これが良くある、褒められたらおしまい・・・なんて教えで生きた人のセリフの説明になるのね。それを受け入れると天狗になるって言われるし・・・まぁ面倒な話なのね。だからきちんとした眼が必要なのね。作品作りには、特に。

どんなものでも、どんな人にでも、他人の評論で左右するのでは無く、自分の眼できちんと見て、自分なりの解説が出来るようになると、持論なるものが出来る。それを思い込まない為に、ワクチンを作る為に、他人から意見を頂くのね。

勿論毒が強ければ、大きなダメージになるし、きちんと入れられれば、抗体さえ作れれば、ウイルスはワクチンになる。つまり自分には無かった考え方が出来た事になる。思い込みってのは鎖国みたいなもので、ペリーが来航しないと、

いつまでも島国のまま。まぁ受け入れるのは勇気だけれどね。そうやって繰り返すと、そんな考え方ってあるんだ・・・って新しい発見になる。勿論、最後に使うか使わないか?は自分の判断になるのだけれど、思い込みでは1つの考えのままになる。

これがね、こんなの関係無いわって人は良いんだけど、日常にいっぱいあるのね・・・毎日の暮らしの中に。進撃の巨人を知っているのなら、リバイ兵長の、仲間を信じて失敗して、自分を信じて失敗して・・・次はどうする?

スポーツをしていても、このボールってパス?シュート?・・・入れば褒められ、入らなければ地獄だね・・・でも安全にとか、危険回避してパスを選択したら、何故打たなかった・・・って言われるかも知れない・・・とか、株今売る?いや、

少し待つ?・・・ティッシュをここで買う?あっち見てからにする?・・・時間差はあるものの、日常に常に判断を求められる事があって、オリジナルの物作りなんてその最たるもので、常に考えて進める・・・。ひたすら作業じゃ無いのね。

同じ事を繰り返しているばかりじゃ無いから。良く心技体なんて言うけれど、体はからだって読んだだけじゃん。って言うと、じゃ健康って事にして、じゃ技は?って言うとテクニックとか、技術なんて事を言う人がいるのね。

じゃそこまではセーフにして、じゃ心は?って言うと・・・平常心とか言うのね。じゃ判っているならそうすれば・・・なのね。俺はこう思うのね。心は気なのね。気・・・元気、負けん気、根気、勇気、のん気、短気・・・気って付く字は

山ほどある。つまり先人は気ってものが、どんなに大切か・・・と教えようとした訳ね。きっと。判っていても出来なかったりするから。もっと言えば、判って無いから。もしそうなら、先生やって行くってのは、気を一定にする事かもね。

俺はプラスには出来ないと思うけれど、0に戻す事は出来る気が済んのね・・・気ね。ただこれも、薬だって万能じゃ無いから、本当にそう思う人にしか効き目は無いんだけどね・・・所詮俺程度の戯言。だから信じるも信じないもご自由に。

まぁ必要な人がいるから、20年続けられたんだけど・・・ただこれも、モザイクの先生katsuなのか?作家katsuなのか?で教え方は変わるのね。先生なら、モザイクの話しか出来ないし、作家なら、オリジナルを作る考え方だから、モザイクの話

じゃ無い事の方が多くなる。考え方だからね。歌う事を重視なのか?作詞作曲の話をして良いのか?全く違うスイッチだからね・・・中々こっちも難しいのね。まぁいずれにしても、後一歩。


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ちょっとふなばし三番瀬海浜公園に・・・

2022-05-25 08:10:00 | 休み?

今日は色々と話が来ていた事が正式に決まって来て、その1つが昨日の泉銀で伺ったワークショップの話で、浦安の魚ってモチーフで・・なのね。もう絶対外せないのは、そうなると何と言ってもアサリ。

今でもアサリを使った業者さんがいたりするのだから・・・じゃ描こうって事になるけれど・・・ 全然休んで無いし、気分転換も兼ねて、ふなばし三番瀬海浜公園に貝殻拾いって事にしたのね。 

そうね、ここは行き付けの店のコーナンのすぐって感じだから、わざわざ遠くへ・・・って訳でも無いのね。今は埋め立てで砂浜は無くなっているから、こんな近くにあるのはラッキーなのね。とは言え、シーズン中じゃ混雑するけれど、

もう今年の潮干狩りは終わっているし、平日の浜にいたのは数人だったのね。だから50過ぎの親父の貝拾いは異様な光景であっても、見ている人はいないし、どうぞご自由に・・・って感じだったのね。

折角だから海の画像と言いたい所だったが、夢中になり過ぎて、撮り忘れ。慌てて入口の看板を撮った始末なのね。そんなこんなで1時間位いたのかな?帰ってかぐやと話したんだけど、アサリの模様って昔と変わって無い?

俺には全然違うモノに見えるんだけれど・・・それで殻の画像なんだけど、確かにアサリの殻って言うのは、色んな柄があって、もはや芸術品にも見えたりするのね。だからそれはそれで良いんだけれど・・・。でも明らかに変わっているのね。

何か見た事の無い模様になっているのね。少なくとも牛丼屋さんとか回転すしのお味噌汁の貝は、あれ?って思うのね。ただググって見ても、やっぱり違うんだよなぁ・・・って言うのが、普通に出て来るのね。

ここが難しい話で、食って言うのなら、何でも良いよ、喰っちゃえば味は一緒だよ・・・こんな感覚なら、それはそれで良いんだけれど、絵を描くとか制作するって場合、それ1つで世の中の定番のアサリですって事になるのね。

だって子供の頃の手描きの図鑑ってそうじゃん。シジミなら黒っぽいで済むけど、アサリってどれが普通?って事になると、割と画像は普通っぽいと思うのね。こうして調べて、さてどーする?どれ選ぶって事になるのね。

ただそれは1つ作る場合ね。これが何個も作るのなら、そりゃ色んな柄を選べるし・・・そうね、ランドセル選びみたいなもん。各社競うように色んなものがあって、でもどれもがランドセル。色も模様も素材も今はお金さえあれば選び放題。

でもアサリの模様はそれよりも選び放題・・・その中でアサリっぽいのを1つ選ぶって言うのは、ランドセルは好みで選ぶんだけど、確かに好みは入るけど、三陸と御宿のアワビの違いだったり、アサリだって三番瀬ブルーなんてのがあるらしい。

となると、簡単に俺好みぃぃって決める訳には行かないのね。そんなこんなで一応こんな感じかな・・・って言うのは見つかってね。ただこれはちゃんと・・・ってフォーマルなスタイルなのね。これが今マイブームのレキシさんのようにすると・・・

そもそも矢沢さん、ユーミン、達郎さん・・・ふざけた歌ある?どれもちゃんとなのね。つまりアサリってこう・・・って作ると、図鑑ぽくなる。だから感想は凄く似ているとかになる。これがレキシさんになると、歌詞に幕府とか、武士なんて出て来る。

ただ歌詞はそうでも、ただふざけているのでは無くて、ちゃんとふざけているのね。何しろ曲が素敵なのね。まぁ俺がファンク的なものが好きなせいもあるんだけれど、ただその歌詞じゃ無ければ名曲なんじゃ無いの?って感じなのね。

例えば良くあるもんなら、金魚とか魚みたいなシルエットなら、シルエットで何だか判る。その時にウロコを描いたり、色を忠実にすれば、ちゃんとだから、クラッシックって方向になる。

それをウロコを辞めて、お花畑にしたり、景色、ポップなデザイン、模様なんて事で素敵に個性的になれば、矢沢さんならロックだから、男っぽくとか多くして、時に甘いバラードなんて事になるし、ユーミンならお洒落な比喩なんて事も

あり、達郎さんならいつの時代にもポップなんて感じに、個性なんて事を探し続ける事になる。まぁ月並みだけど、自分探し的な事になる。それがレキシさんは歴史の言葉で歌詞を作るから、滑稽な歌になりがちなのね。

所が、そこを年貢フォー・ユーなんて歌だと、君に届け・・・みたいに、まるで恋愛の歌のように歌うんだけど、僕の相手は庄屋さんなのね。しかもそれを一緒に歌うのが秦基博さんって言うのだから、豪華な話なのね。

それが最後の将軍って歌になると、切ないバラードなんだけれど、あなたと離ればなれになる・・・明日からは独りって歌なんだけれど、もう幕府なんて終わらせて良いのよ・・・最後の将軍って・・・慶喜の歌なんじゃん。

それを松たか子さんとデュエットって事になると、興味沸くでしょ?どれも名曲揃いなのね。しっかり聴けば聴くほど、こんな事がしたいんだろうな・・・俺は。って気になるのね。どー考えても、俺はクラッシックな人じゃ無いし、お洒落ってのも、

流行りもんに縁は無いし、そうなると、俺っぽいって言うのは、俺が俺じゃ無くて、お題の決まった後の、不自由なくくりの中での俺表現となると、歴史くくりの中で作るってスタイルは、先日の陸前高田の名物揃い的なくくりの中の制作や

今回の浦安の海なんて縛りは俺にとてもむいているのね。お題ありきでね。ただ考えてしまうのは、鹿児島の水族館に展示して頂いているウミウシ作品。あれをバラバラに1匹にしてしまうと、芸術作品じゃ無くて、工芸品みたいになり、

上手いね、似てるねになりがち。それを何匹も組み合わせた事でオリジナル感が強く出た事になったのなら、また色々合体すると、浦安に関係した場所に置いて頂けるようになるのか?それとも、個人的に売りやすい1匹モノの方が良いのか?

合体すれば当然重々しくなる。そうね、答えはまだ出ていないけれど、俺の考える芸術感って、簡単な話、一石を投じる・・・ってスタイルだと思うのね。ただこんな事は誰でも言うから、あえて言えば、子供が数人で話している。

その横の池に石を投げる・・・石の大きさで音は変わる。えっ?何・・・って話は中断する。一旦、その話は終わる・・・盛り上がった話が一旦冷える。仮にこの話が良い話だったら水を差した事になる。しかし、逆に人の悪口だったりしたら

一旦終わる事で、冷静になる時間となったのなら、それは人の気持ちを変えるきっかけになった事になる。これが大人だったら?人数が増えたら?地域は?ありとあらゆる条件が変わって来る。しかもどんな時も巨大岩石なら全て振り向くが、

それではさじ加減も無いし、足りれば良いだろう的であり、何の工夫も無いのね。丁度良いって言うものがある。勿論毎回そうなっている訳じゃ無いけれどね。目指さないと見つからないものなのね。しかもプロなんだから・・・。

そんな事を考えると、依頼品では無い作品作り・・・縛りも無ければ、自由だらけ。だから自由が苦手な俺はかぐやに、俺2・3週間遊んでも大丈夫か?って聞いたのね。すると、大丈夫です・・・と返って来たから、またウミウシ作品のような

自由時間の作品制作が出来る事になったのね。さてどーすっかな・・・

 


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体験教室と久しぶりに泉銀さんへ・・・

2022-05-24 07:50:56 | モザイクタイル教室

今日は体験教室からスタート。一応どんな物を見てやってみたい・・・になりましたか?のいつもの質問からスタートなんだけれど、まぁ要するにタイルを張るだけのスタイルなのか?切ってみたいか?の簡単に言えば二通り。

そんな中、ハリネズミの鍋敷きを見て、これ出来ますか?って事で、パーツは細かいですけど、最初の眼だけ逃げ切れば、何とかなりますよ・・・ってお伝えしてスタートになったんだけど、色んな話をしている中、違う分野で20年続けている・・

って言うのね。20年・・・月に1回だとしたって、20年だよっ・・・勿論、もっとだろうし、まさに継続は力なりですね。って何も見ていなくても判るのね。例えば、パートです・・・って言っても20年続けているって言ったら凄くない?

あえてパートにしたのは、アルバイトで20年って言うと、若干問題があると思うし、これが成立する例としたら、芸人みたいな事をしていて、20年・・・店長クラスになった・・・なんて感じになるだろうが、そうなるとそれも凄い感じがする。

ただ、こんな場合、目指すのは芸人の方だろ・・・って突っ込みが入りそうだけど。いずれにせよ、20年って相当重い。何をしていてもね。つまりもしそこにこだわりなんてあったとしたら?・・・更に増すのね。例えば、友達に誘われてね・・

って話であったとしても、20年続くかな?でしょ?それを単独で続けていたとしたら?そりゃ上手くなるよ。ただね、上には上がいる・・・って言うのね。それも当たり前なのね。例えば小学校で足が速かったとか、頭が良かった、絵が上手かった・・・

そんな程度で中学とか高校とか進んだとして、大学まで続けられた人って、身の回りに何人いる?そんなの俺は見た事無いのね。ただね、それが職業にした・・・って言うと、身の回りには職人なんて人達だらけなんで、いっぱいいる。

でも趣味で習って20年・・・そこまで残っているって事は、周りの人達もそんな人ばっかなんだろうね。だからまだまだって言うんだろうけど・・・そこで更にこんな話をしたのね。そんな場合って、常に繰り返す事は積み重ねの習い事。

でも今日は新鮮な時間。手習いなのだから、出来なくて当然で、出来たらラッキー。いつもなら積み重ねた腕でチャレンジして行くのだから、ベテランにはその結果がおぼつかなく見える事もあるけれど、素人には判らない位、上手く見える。

でも今日はその分野では無く、料理なら猫さんの手・・・って包丁を初めて持つ、そんな感じの結果を楽しむ。必ずハリネズミには誰が見ても見えるから・・・これが大事なのね。他分野でやって来た実績を捨てて、楽しむ。

ただこれって難しいのね。例えば野球の大谷さんがサッカーやって、上手いかな?凄ければ凄いほど見劣りするのね。でも最初からもしヘタッピだったりしたら?もしかしたら、今までのよりもむいていて、結果が出ちゃうかも知れない。

こんな事を踏まえて20年って考えると、手先が器用って言う人なら、結果も出るかも知れないが、20年の結果と同じは難しいだろうね。だからこの気持ちを支える事が難しいのね。ただそこさえクリアーなら、新しい分野は新鮮なのね。

しかも気楽になれる。切磋琢磨のいつもとは違うし、しのぎも削らない。気分転換にもなったりするかも知れないのね。いずれにせよ、次回の予約が入ったって事は、いくらか楽しいと思って頂けたかな?何よりなのね。

ちゃんと、ハリネズミのトレイになったし、結果も全く問題無し。お疲れさまでした。

って事なんだけれど、徒歩で帰られたんで、本当にお近くな方のようなのね。さてそんな後、見慣れた名前が目に入ったのね。泉銀さん・・・今、アオリイカのモザイクを置かせて貰っている魚屋さん。しかもこの方、ロックバンドの漁港名義でCDも出している。

しばらく行って無いな・・・ちょっと俺もバタバタしていたから。でも、泉銀さんはさかなクンとNHKに出ていたり、本も出したり、大活躍だからなぁ・・・俺も負けないように何とかしないと・・・で、今日は何?って読んで見ると・・・

katsuさん、ワークショップやってくれない?って。・・・えっと、日にちさえあえば、やらせて下さいぃぃっと・・・って送って、次のやりとりをするよりも、もう行っちゃおう。って事で、浦安へ。こんにちはーって入って行くと、えっ?

この辺にいたの?って言うから、いや、メールのやり取りするんなら、顔出した方が早いかな?って。ちょうどお教室が終わったし・・・って言うと、今の今、泉銀さんも聞いた話らしく、そんな事をしてくれる人探しをされた時に、いの一番

に声を掛けてくれたらしく、アオリイカ効果が出てラッキーですぅ・・・って返答したのね。この話が決まれば、一緒に参加出来るらしく、決まればそれに越した事は無いが、そうで無くても泉銀さんに憶えて貰っている事が大事なのね。

こんな場合、また・・・があるから。またがあれば、いつかチャンスが来る。またって言う機会を作れるように、毎回の繰り返しなのね。継続って言うのはそうするもんだと思っているのね。俺がそこに居なくても、アオリイカが営業してくれているのね。

昔、金魚を作って金魚の人達に知られて、金魚本にも何回か取り上げられて、そこから仕事も頂いたのね。泉銀さんにアオリイカ置かせて貰って、魚の仕事が決まれば、また違う分野の人達と会える。

まだ正式じゃ無いので、発表出来ないけど、魚のワークショップ・・・既に以前、なかがわ水遊園でやっているから、あんな事なら、まだぺきぺきがある以上、問題は無いんだけれど、無い前提の0ベースで考えるのも1つの手かな?とも。

そんな事もあってね、次の手も考え始めたのね。無くなったって言うのは、不自由なだけ。きっとまた今までに無い何か?があって、予定調和じゃ無くなった分、考えろっ・・・って神様が言ってるんだろうな?って思えば良いだけ。

折角慣れたのに・・・神様なんているんなら、バカヤロー、少しは楽させろっ。って言ってみたいが、見えないから言いやすいだけで、見えたら見えたで、面倒くさい感じもするし・・・見えなくて良いです。いなくても良いし・・・。

俺の分は、俺以外に使って下さい・・・俺は自分で切り開くから。


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中学生教室と出張教室用サンプル完成

2022-05-22 23:40:22 | モザイクタイル教室

今日は午後から中学生教室。それまでは引き続き出張のサンプル・・・ひとまず昨日下地は出来ていたし、張るだけ張っといて、教室終わりに目地・・・なんて感じになって・・・

こんな感じになったんだけど、さて近々に送ってどうなるのか?って事なんだけど。そんなこんなのお教室は、何しろ1cmタイルなんで、当然切れば数ミリのパーツになる訳で・・・。果てしなさが段々判って来た感じはあるものの、特に

めげる訳でも無いし、そうなると時間の問題って事になるのかな。お見せ出来ないけれど、かなり雰囲気が出て来ていて、完成が楽しみなのね。まぁでも、それだけの大作の横にこのサンプルが置いてあると、先生katsuでは無く、作家katsuとしては、嫉妬な気分になったりする・・・

勿論、アトリエに置いてあるリピーターさんの作品でも同じだけれど、何せ中学生・・・大人げないが嫉妬もうなづけるのね。


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リピーターさん教室と夏の出張教室用のサンプル作り

2022-05-22 08:42:19 | モザイクタイル教室

今日は午後からリピーターさん教室。それまでは昨日の続きで、結局答えが出ないまま、2通りの下地を彫ったのね。

また張ってはいないんだけど、一応こんな感じになる・・・って仮置き。どんな方が来るか?が判らないから、間口が広い分、仮に未就学児の子が来た時に、張るだけ・・・なんて事になると、どんな感じになるのかな?とか、色々あるのね。

ただどちらにしても、単なる好みであって、そこそこ見栄えも良いし、らしい仕上がりになって来た。まぁそれはそうと、しばらくして土砂降り・・・外でやっていた時間もあったんでラッキーだったのね。

そんなこんなのお教室。昨日の話の続きになるんだけれど、良くあるいらしてからの会話に、今日はどーですか?ってのがあって、要するに予約したのは数週間前だったりして、それはお互いが空いていた日にちを抑えただけであって、体調とか、

気分とか、乗っているとか、その日の調子ってのがあるでしょ?その時に、大作なんてやっている人は、慌てて無いし、場所が広い分、何処でも良い訳で。だから調子に寄って、じゃこの辺にしますか?みたいに決めたりするのね。

これが体験なら、何しろ今日完成って事になるし、終わる前提だから、順番通りにやった方が良くなるが、大作は今日は終わらないのだし、難易度の低い場所もあれば、高い場所もあって、その分量も果てしなかったりするのね。

まっ簡単な例なら、料理で、じゃジャガイモの皮剥いて・・・こんなの初歩な感じでしょ?これが体験なら、家庭の料理としての数だから、2,3個って事だろうから、やっとこやったとしても終わるでしょ?所が大作は、披露宴分みたいになるから

50個とか、100個になる。となると、それだけで終わっちゃうかも知れないし、でも簡単な事の繰り返しな訳で・・・。ただこれは下ごしらえなのだから、焼くとか煮るとか、炒めるとか、味付けとなると、難易度は変わって来る。

つまり調子が良かろうが、悪かろうが、体験は完成する事になるし、逆に大作は、調子が悪ければ下ごしらえの箇所を進めれば良いし、調子が良ければ、味付けなんて大事な箇所をやる?なんて事になるのね。だから最初に問診になるのね。

だから間違っても時間の後半の疲れた頃に、味付け箇所なんてやっちゃダメなのね。なるべく前半に。勿論、味付け箇所を次回のさわりに・・・って感じにちょっとだけ説明がてらに・・・なんて事はあるけれどね。

そんな事を話したが、何しろ他分野で何年も習っている方なんで、制作するって時間を過ごす事が慣れていて、しかも男の方って言うのも中々珍しく、ただとても器用で、以前作ったものの画像を何個も見せて頂いたんだけど、知らないながらも、

時間の掛かる作品に見えたのね。そんな事もからも慣れているのかも知れないのね。しかも既にウォンバットを完成させているから実績もあるし、まだ始まったばかりだけれど、今のグレードでこのまま仕上がれば、かなりの作品になる。

本来なら手慣れない事をしているはずなのね。何しろ前回のウォンバットは同じパーツの繰り返しの点での仕上げだったが、今回は流ればかりが続く線での仕上げ。段々細く、太く、と思いきや、元に戻ったり・・・。

これが音楽なら、ただドやミと言った音が出ました・・・それが点みたいな事だとしたら、ドは強く、段々弱くみたいに、デクレッシェンドとかクレッシェンドみたいな指示マークが増えれば、単なる音符より高度になる。

それが線の仕上げみたいな感じ。段々って言うのは、強い、弱いみたいな単純な事じゃ無いからね。どっちか…じゃ無くて曖昧な感じって言うのは、難しいのね。それを既にこの完成度で出来ているのだから、本来ならここで戸惑っていて、

段々上手くなって行く・・・だから、後半に前半の剥がしたい・・・なんて気持ちになるもんなんだけど、既にかなりの高得点。後はこのまま最後まで行ければ、自分の代表作の書き換えになるだろうね。


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