折にふれて

季節の話題、写真など…。
音楽とともに、折にふれてあれこれ。

太陽をいっぱい... By空倶楽部

2019-03-29 | 空倶楽部

「9」のつく日は空倶楽部の日。

     ※詳しくは、発起人 かず某さん chacha○さん まで


桜シーズンを控えた金沢。

腹が立つくらい寒い日が続いている。

開花予想は例年より早い4月1日だったはずだがいまだその気配なし。

それどころか、昨日すでに福井と富山が開花宣言を出したので

北陸では金沢だけが取り残されている。

そこへもってきて、ここひと月は土日ごとになにか用事が入って

カメラを持ち出せていないので、写真在庫は枯渇。

ということで今回の空倶楽部は蔵出し。

それも、昔々奥深くしまい込んだ中から探し当てた

「置き去りにできなかった」写真、空倶楽部版を。

(...あまり空も映っていないので、雰囲気だけでご容赦を)

写真の履歴を見ると2012年の2月、場所は江の島である。

かなり時間は経っているが、この風景のことはよく覚えている。

遠く、相模湾越しに富士山がくっきりと見える冬晴れの中、

高台から見下ろしたヨットハーバーが

どこか地中海の海辺の景色のように思えたのだ。

とはいえ、実際の地中海を見たことはないので、

それは古い映画からの刷り込み。

そう。フランス映画の「太陽がいっぱい」を思い浮かべて

シャッターを切っていたのだ。 

今回、蔵出しにあたり、褪色ぎみに現像し、

刷り込まれた海のイメージに近づけてみたのだが

往年の映画を知っていて、そう感じた方がいらっしゃれば幸いだ。

題して「太陽をいっぱい...(ちょーだい!)」

この寒空、早くどうにかなってほしいものだ。

 


 「太陽がいっぱい」といえば、だれもが思い浮かべるのがこのラストシーンだろう。

衝撃的で凄惨なシーンの後、ニーノ・ロータの美しい曲とともに映し出されるのどかな海辺の光景。

「最高だ...」とつぶやくアラン・ドロンが印象的だった。


映画「太陽がいっぱい」 オリジナル・サウンドトラック盤 Versailles 90M312

 

 

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隅田川 灯かげの誘惑

2019-03-24 | 語りかける街

2月終わりのある日、勝どきの事務所で仕事を片づけた帰り道でのこと。

ふだんなら地下鉄で宿泊先の最寄り駅まで向かうところ、

その夜は多少寒さが和らいでいたこともあって

「銀座あたりまで歩いてみるか」という気になった。

 

途中、隅田川にさしかかったところ、

ライトアップされた勝鬨橋の姿が妙になまめかしい。

その光景が気になりつつ、いったんは橋の途中まで進んだのだが、

思い返して橋詰まで引き返し、携行しているコンデジを取り出したのだった。

 


RICOH GR DIGITAL Ⅲ   f/9,5sec,ISO-100   

 

カメラの設定変えながら何枚か写した後、

「こんなものだろう」と自分にいい聞かせ、

先を急いだのだが、橋の中ほどまで進むと、

今度は川面に映る色とりどりの灯りが気になる。

そしてまた、コンデジを取り出すことに...。


RICOH GR DIGITAL Ⅲ   f/6.3,3.2sec,ISO-100   

 

寒さが和らいだとはいえ、頬にあたる川風はかなり冷たい。

けれどもその冷たさも忘れ、勝鬨橋を行ったり来たりすること20分あまり。

「これこそが都会の夜景!」とばかり、

隅田川の灯かげを楽しんだ次第である。

 

さて、そのあとは…、

気をよくして銀座で寄り道。

写真を「肴」に飲んだビールはうまく、

思わぬご褒美をいただいたことに感謝、感謝!

 

 

 

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季節はずれの日に

2019-03-21 | 日常の中に

今日の金沢の予想最高気温は20℃。5月並の気候となるそうだ。

それを知ってふと思い出した光景がある。

 

写真を趣味にしていて、撮った写真をパソコンに保存している。

まずは年度ごとにフォルダを作って、その中を月ごとのフォルダに分類する。

さらに、その月ごとのフォルダの中に撮影日や撮影場所を記したフォルダを作り

写真を仕舞い込む、といった具合だ。

そして時々、「あの時の今時分は何をしていたのかな」と

ヒマにまかせて過去のフォルダをのぞきこむのだが、

10日ほど前にも、その「過去のぞき」をやっていて

2014年3月のこんな写真に目が止まった。


Sony α99  Vario-Sonnar  24-70㎜/f2.8 (f/10,1/80sec,ISO160)    

 

加賀市の加佐の岬に近い海岸。

猫の額ほどの砂浜に続く崖の上から、

ふと聞えた歓声に、波打ち際で遊ぶ子供たちにカメラを向けたものだ。

不思議なもので、そのときの風、波の音、さらに潮の香りまで感覚的に思い出すことができる。

しかし、それにもかかわらず、意外だったのは、それが3月のシーンだったということだ。

海の色はもちろん、子供たちの服装からは夏のひとコマとしか思えない。

この写真を見たときは、

「あたたかい日だったのだろう」と、首をかしげながらもそれ以上の詮索はしなかった。

ところが、今日が5月並の気候になることを知って、妙にこの「写真の日」が気になりだしたのだ。

それで、その日2014年3月29日の気象統計を振り返ってみることにした。

午前6時の最低気温が9.4℃。

その後急激に気温が上昇し、午前10時には20℃を超え、

12時台には最高気温22.3度を記録したとのこと。

また、西南西の風とあるから、フェーン現象が起っていたのかもしれない。

さらに日没後も気温はほとんど下がらず18℃台とあるから、

一日を通して、3月としては記録的にあたたかい日だったのだろう。

これで写真の雰囲気に納得。

海の色も、そして、こどもたちの服装も腑に落ちた次第である。

 

そんなこんなで、どうでもいいことを書き記していたら、時間はすでに11時を回っている。

せっかくの春分の日、長くなった日を楽しみに街へ出かけようと思う。


 

春めいた気分で!


Doobie Brothers - What a fool believes 

 

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海まで10Km   By空倶楽部

2019-03-19 | 空倶楽部

 「9」のつく日は空倶楽部の日。

     ※詳しくは、発起人 かず某さん chacha○さん まで


三月中旬の金沢。

まだ冷たい雨が降って、それがみぞれに変わるなど季節逆戻りの日もある。

けれども、晴れ間の時間も増え、明るい季節の到来を刻々と感じ始めてもいることも確か。

それで、そんな北国の春をより強く感じたくてやってきたのが大乗寺山丘陵公園。

 


Sony α99  Vario-Sonnar  24-70㎜/f2.8 (f/6.3,1/800sec,ISO100)    

 

ここでは四季折々の花も咲くが、

明るい空の色とは裏腹に、あたりはまだまだ冬の様相だ。

それでも、枯れた草木には小さな蕾が顔をのぞかせ、芝生にも緑の新芽が。


ふと...。

遠くに見える海が、そして、真一文字の水平線が街並みと空を分けていることに気づいた。

思わず立ち止まり、しばらく見入った次第だが、

ここから海が見えることは金沢人なら誰でも知っている。

それにもかかわらず、この眺めが気になったのは

この時期に海が見えることが珍しく

しかも、春めいた青さが

見慣れたはずの風景を新鮮に見せてくれたからだと思った。

海まで10Km...。 春はもうそこまで来ている。


なんとなくの選曲。 

春の到来を実感すると聴きたくなる

ヒューイ・ルイスの明るくパワフルな楽曲。


 Huey Lewis And The News - Do You Believe In Love

 

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The Remains Of The Day(日の名残り)

2019-03-15 | 折にふれて

3月9日の空倶楽部、琵琶湖の夕景に「日の名残り」というタイトルをつけ、

それがカズオ・イシグロの小説 The Remains Of The Day からの拝借だったことを白状した。

借りたものは返さなきゃ...。つまり今回は小説「日の名残り」の話。


Sony α99  F2.8G/70-200㎜ (f/2.8,1/800sec , ISO100) 

 

舞台は1956年のイギリス。

執事という仕事に人生をささげてきたスチーブンスにかつて同僚だった女性ミス・ケントンから手紙が届く。

彼女の苦境を知ったスチーブンスは彼女を訪ねる六日間の旅に出る。

スチーブンスとミス・ケントンが共に働いたのは20年前。

当時、スチーブンスが仕えたダーリントン卿は政界に強い影響力を持つ国の重鎮。

要人の来訪が絶えず、屋敷では数十人の使用人が働いていた。

その使用人たちを束ねるのがスチーブンスで

ミス・ケントンは女中頭として彼の高潔な仕事ぶりを尊敬するとともに彼を懸命にささえていた。

やがて、二人の間には師弟関係を超えたほのかな思慕が芽生えはじめるのだが、

ふとした気持ちのすれ違いからミス・ケントンはスチーブンスのもとを離れてしまう。

そんな過去を回想しつつ、そして、旅の先々で出会う人たちのこと、

さらには執事という仕事についての職業観(人生観でもある)などが、

スチーブンスが一人称で語る物語に散りばめられ、上質な文章として綴られていく。

淡々とした展開にもかかわらず、

読み手のボルテージはふたりの再開シーンに向け、否が応でも高まっていくのだが・・・。

結局、ふたりの間には何も起こらなかった。

かつての「思慕」を互いに確かめることすらなかったのだ。

ストーリーに期待するなら「もの足りない」ということにもなるのかもしれない。

けれども、カズオ・イシグロは物語の締めくくりとして

なんとも味わい深いラストシーンを用意してくれている。

ミス・ケントンと別れたのち、スチーブンスが海辺の町で「日の名残り」を眺めている。

その時、ひとりの男がスチーブンスに近寄り、そしてこう語りかける。

「人生、楽しまなくっちゃ。夕方がいちばんいい時間なんだ。

 のんびりするのさ。夕方がいちばんいい。」

 

話は変わるが...。

「日の名残り」はアンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンの主演で 

映画化されていて、私は映画を先に観てから小説を読んだ。

ありがちなことだが、小説が映画化されるとき、随所で登場人物や設定が変更されたりする。

この作品にしてもそう。そして、そのいちばん大きな違いはラストシーンだった。

映画では、ふたりは別れの前の黄昏時を共に過ごす。

次第に昏くなる空。桟橋を照らす明かりが灯るとともに上がる歓声。

映画ならではの映像美でふたりの別れを演出していた。

「いぶし銀のようなラストシーン」だと、その時は感じた。

しかし、小説を読んで思った。

ふたりが別れてしまった後の海辺の町で、男が「夕方が1日でいちばんいい時間」と

語りかけるラストシーンのほうが映画以上に情景的ではないだろうか、と。

そして、さらに思った。

このラストシーンこそ「なにも起こらなかった」ことに対して、

カズオ・イシグロが仕掛けたカタルシスではなかったか、と。

 


なんとなくの選曲。

Still In Love With You    Sade

原曲はイギリスのロックバンド、シン・リジィ 。

荒削りな中に哀愁が漂いオリジナルtとしての良さもあるのだが、

より洗練されて曲の美しさが際立っている点ではシャーデーのカバーが秀逸と感じている。

 

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琵琶湖線...って?  鉄写同好会

2019-03-12 | 鉄道写真

毎月11日は「鉄写同好会」の日。

詳しくは発起人てくっぺさんのブログをご覧ください。高橋さんの写真記念館

 

今回、一日遅延しての運行となりました。

 

滋賀県長浜市  余呉駅付近にて     Sony α99  F2.8G/70-200㎜ (f/4.5,1/1000sec , ISO400) 

 

 金沢駅からから米原駅までは北陸本線のはずだが、

最近、琵琶湖線という路線名も聞いたりする。

ふと、この余呉は何線だろうかと調べてみたところ、

琵琶湖線というのはJR西日本東海道本線の京都駅から米原駅、

さらにJR西日本北陸本線の米原駅から長浜駅を指すのだとか。

けれど、あくまでも愛称とのこと。

だから、この余呉駅付近はぎりぎり北陸本線。

というか、れっきとした北陸本線。

これですっきりした気分!

ところで、京都大阪へは列車でよく出かけるものの、

琵琶湖線の米原―京都間には縁がない。

というのも、北陸から京都大阪へ向かう特急サンダーバードは

湖西線(地図でいうと琵琶湖の上側)を走るからだ。

いったん思い込んだら、琵琶湖線への興味は募るばかり。

それで、いろいろと調べるうちにこんな情報が見つかった。

琵琶湖環状線ぐるっと一周車窓旅 

これは朗報、あたたかくなったらぜひ乗ってみようと思った。

琵琶湖通い、範囲を広げてまだまだ続きそうだ。

 

 

 

 

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震災歌集から

2019-03-11 | 折にふれて

偶然だったが、NHKの震災特番、タレントの篠山輝信さんが被災地を巡る旅に釘づけになった。

この時期に被災地を訪ねる旅、もう何年も続いているらしい。

しかも決まって訪れる場所、そして出会う人々がいて、

いわば、復興の進み具合や人々の心境の変化などを

篠山さんという若者を通して確かめる旅でもあるようだ。

篠山輝信さんという人。

これまでは写真家の篠山紀信さんと南沙織さんの息子さんという程度の認識しかなかったのだが、

その明るさ、素直な受け答え、そして人懐っこさなど、この人のことがいっぺんに好きになった。

ちょうど番組を見始めたとき、

篠山さんが訪れていたのは、仮設住宅に一人で住むおばあちゃんだったが、

この春からはようやく公営住宅に住めると、うれしそうに篠山さんに鍵を見せていた。

その無邪気な姿が印象的だった。

決して、優良な住環境とは言えない仮設住宅。

そこで8年間も住まわれたことを思うと、心から「ご苦労様でした」と申し上げたい。

 

ところで...。

この番組に見入った理由がある。

少し前に、俳人である長谷川櫂さんの「震災歌集」を読んだ。

その時、短歌に託された震災への思いに圧倒されたのだが、

この歌集に編まれたいくつかの歌が番組の所々のシーンに重なっていったからだ。

  被災せし老婆の口をもれいづる「ご迷惑かけて申しわけありません」

  身一つで放り出された被災者のあなたがそんなこといはなくていい

  つつましきみちのくの人哀しけれ苦しきときもみづからを責む

  みちのくはけなげなる国いくたびも打ちのめされて立ちあがりし国

長く地元に親しまれた「武ちゃん」という店が再開を果たしたシーンでは

  ラーメン屋がラーメンを作るといふことの平安を思う大津波ののち

そして、この番組の中でもっとも胸を締めつけられるような思いをしたのはこんなシーンだった。

三人の子どもたちを津波で失ったご夫婦が地元の人たちとともにコミュニティの場を作っている。

そのご主人の話。

よく「復興は(階段でいうと)何段くらいですか」と聞かれるそうで、

その時の答え、「何段か上がれたものもありますが、まったく上がれてないものもあります。」

思わず涙があふれそうになった。

建物や道路はいくらでも復興できる。けれど、失った人を取り戻すことなどできない。

  かりそめに死者二万人などといふなかれ親あり子ありはらからあるを

「震災歌集」を知るきっかけとなった歌が、ご主人の「まったく上がれていないものもある」という言葉に重なり切なくなったのだ。

 

俳人の長谷川櫂さんがなぜ俳句ではなく短歌だったのか。

長谷川さん自身にもその理由はわからないという。

ただ、「やむにやまれぬ思い」からとだけ記されている。

その「思い」を他人が詮索するなど無用なことなのだが、

「あとがき」を読んで、ふと思ったことがある。

そこには、紀貫之が「古今和歌集」のために書いたこんな序文が引用されていた。

やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける

―歌とは人の心の中の種から生えた木の無数の葉のようなもの―

さらに紀貫之は続けて、「歌」は天地さえ動かし、鬼神をも感動させると書いているという。

長谷川さんは自らの心情をこう綴られていた。

「今回の大震災は人々の心を揺さぶり、心の奥に眠っていた歌をよむ日本人のDNAを目覚めさせたようだ。」

「やむにやまれぬ思い」であったればこそ、「歌の力」が必要だったのだと思う。

 

まもなく桜の季節となる。それをよんだ歌。 

  人々の嘆きみちみつるみちのくを心してゆけ桜前線

力強く、そして、やさしさにあふれた歌だと思った。

 

 


 

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日の名残り By空倶楽部

2019-03-09 | 空倶楽部

「9」のつく日は空倶楽部の日。

     ※詳しくは、発起人 かず某さん chacha○さん まで


 昨年末、冬至の湖北。

竹生島に落ちる夕日をとらえたくて訪れたのだが、

その時の模様は12月最後の空倶楽部でご紹介した。

    輝きのままで By空倶楽部

そして、今回はその直後、すなわち日没後の空。

まるで...

「一粒で二度おいしい」アーモンドグリコのような琵琶湖の夕景 (苦笑)


  Sony α99  F2.8G/70-200㎜ (f/6.3,1/40sec , ISO100) 

ところで、タイトルの「日の名残り」。

カズオ・イシグロの名作「The remains Of The Day」の邦訳(土屋政雄訳)から拝借した。

人生の晩年をむかえた主人公がラストシーンで出会う夕景。

日が比良山系に隠れた瞬間、美しく輝いた空に、ふと、「日の名残り」の味わい深い情景が重なったのだ。


折にふれての選曲。

 
 The Youngbloods - I Shall Be Released

きわめて個人的な話だが。

北国ではごくまれな冬晴れの、しかも夕刻の空の記憶とともに思い出されるのが、

ヤング・ブラッズの「アイ・シャル・ビー・リリースト」である。

高校生の頃、受験勉強も追い込みとなった冬の日のこと。

「解放されたい」というタイトルの美しい曲の思い出が

その時眺めた夕空とともに、心に深く、そして長く残り続けているのだ。

オリジナルのボブ・ディラン。

この曲を有名したザ・バンドのバージョン。

さらにはたくさんのアーティストによってカバーされている名曲だが、

自分にとってのお気に入りはなんといってもヤング・ブラッズ、

やがて50年に及ぶエバーグリーンなのである。

 

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夢見る想い 

2019-03-03 | 愛犬生活

お気に入りの出窓で日向ぼっこを楽しむ「かのん」

春の訪れを知ってか知らいでか...。

「彼女」、この時期になると、ソファよりも出窓で過ごすことが多い。

おだやかな休日の朝のひととき。

題して、かのんの「夢見る想い」。


 

イタリアの歌姫ジリオラ・チンクエッティ、16歳の名唱。

 Gigliola Cinquetti     Non Ho L Eta  「夢見る想い」

ずいぶんと若い時(というか幼い時)、

耳についた、ノノリタ... というやわらかくここちよい歌声。

ずいぶんと後になってわかったことだが、

わたしにはまだ早い(恋することが...)という歌い出しらしい。

それが転じて、つけられた邦題が「夢見る想い」!

はにかむような表情からも、そんな乙女心がじゅうぶんに伝わってくる。

彼女、1947年の生まれというから、今年で72歳。

きっと、すてきなおばあちゃんになっていることだと思う。


 

ふたたび、かのん!

...と、時にはこんなことも。

 

家内のスマホカメラがとらえた

イタズラに及ぼうとする瞬間!

「こらー!」

 

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