北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

トランプ新大統領の外交国防戦略【08】 壮大なトランプ軍拡計画の大風呂敷と連邦財政の現実

2017-01-31 23:07:50 | 国際・政治
■トランプ軍拡計画と連邦財政
 トランプ新大統領の就任とともに山積する人事を棚上げし、TPP脱退やオバマケア社会保障廃止等、目玉公約の遂行に着手しました、そして続くのは国防政策がどのように展開するか、興味深く見守りたいところ。

 アメリカ軍の近代化計画、大統領選の時期にかなりの大風呂敷と云わざるを得ない水準が提示されましたが、この政策がどの程度実現性を持っているのか、中東からの兵力撤収やNATOへの前方展開兵力見直しがISIL台頭やウクライナ危機に繋がったように、アメリカの軍事力は世界の安定に大きな影響を及ぼします、その展望を視てゆく事としました。

 トランプ大統領の構想する米軍近代化計画は、現在示され、且つ撤回されていないものを列挙しますと以下の通り、核戦力の近代化と増強、陸軍兵力の54万名規模へ増強、海軍水上戦闘艦艇及び潜水艦を現行274隻から350隻への増強、空軍の戦闘機を1200機へ増強、海兵隊両用戦大隊の36部隊への増強、米本土ミサイル防衛技術の開発、等となっています。

 核戦力の近代化と増強、これは現在、北朝鮮の核開発を端的な事例としまして、世界の核軍縮への経口が復活するまでの期間、核戦力を一方的に縮小しては不均衡をもたらす、としたものですが、運搬手段が重要です、旧式化した冷戦時代の戦略爆撃機後継や大陸間弾道弾に戦略ミサイル原潜新造等、核戦力運搬手段近代化への施策が明確となっていません。

 陸軍兵力の54万名規模へ増強、従来は湾岸戦争後の米陸軍規模がこの水準となっていました。現在は48万名水準ですので、兵員規模を回復させる事はそれほど難しい事ではありませんが、将来装甲車両体系計画FCSの中止、治安作戦費用ねん出によるストライカー旅団戦闘団計画縮小、将来戦車計画の長期凍結等、装備面での近代化は未知数となっています。

 海軍水上戦闘艦艇及び潜水艦を現行274隻から350隻への増強、将来水上戦闘艦計画DD-21がズムウォルト級量産3隻への劇的縮小と沿海域戦闘艦計画が中国外洋艦隊建設により陳腐化するなど、水上戦闘艦整備体系の再検討が必要となり、新大統領のLCS計画への否定路線から、OHペリー級等旧式艦現役復帰を行うか、新型艦を整備しなければ不可能です。

 空軍の戦闘機を1200機へ増強、これは十分可能でしょう、何故ならば米空軍のF-15とF-16配備数は現時点でこれを上回っていますし、空軍へのF-35戦闘機整備計画だけで1700機が予定されていますので、逆にF-35戦闘機の配備計画を縮小しても戦闘機を1200機へ増強する事は可能です、なお、海軍空母航空団と海兵航空部隊の戦闘機が1200機ほどある。

 海兵隊両用戦大隊の36部隊への増強、海兵師団3個体制を維持することで数字の上では可能です。しかし、海兵隊の装備は中型ヘリコプターの可動翼機への換装は完了しましたが、水陸両用強襲車や両用軽装甲車の旧式化が進んでいます。陸軍と同じく、員数合わせにより完結する命題ではありませんので、装備近代化と費用ねん出こそが肝要と云えましょう。

 例えば、陸軍を数の上で充足を目指す軽歩兵主体の国内治安対策に転換し、海軍を大型水上戦闘艦から中型水上戦闘艦へシフト、空軍の従来戦闘機を全廃しF-35計画も縮小し1200機という水準へ留めれば、アメリカ本土に立てこもる専守防衛政策は可能となるでしょうが、実際のところ、トランプ政権が求める国防戦略へ合致する国軍とはなりません。

 費用、これこそが重要です。トランプ政権は減税を併せて提示していまして、大統領就任とともにさっそく暗礁に乗り上げたのは、国防政策の前に雇用創出の基幹事業に位置付けたインフラ創設へは有料高速道路や鉄道への民間投資誘致という、財源に考慮しない施策でしたが、低所得層への施策へ大企業の有料道路建設が資するか暗礁に乗り上げています。

 一つの選択肢としては、現在の連邦予算への歳出赤字に上限を明示した予算均衡法を大統領令により廃止し、際限ない赤字国債を乱発する事も考えられますが、経済力を超えた赤字国債乱発は、アメリカ国債の受け手は海外では日中が多数を占めますが、対中政策と対日政策次第ではこの状況を維持できるとは限らず、歳入増大の施策を考えねばなりません。

北大路機関:はるな くらま
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【特別討論】日本の“正義”とは何か(後篇)譲れぬ一線を画定する国民的合意と政治参加が必要

2017-01-30 21:41:14 | 北大路機関特別企画
■問われる“正義”の定義
 国家として独自の防衛力を構築する際、守らなければならない明確な一線が存在する訳ですが、この一線を守るべく国家が国民と必要な措置を採り、その参加と同意を求める際、共通する価値観が必要となります、本論ではこれを“日本の正義”としました。

 日本国憲法が禁じた戦争は国際法上の武力攻撃に当たるもので、憲法上の武力行使と国際法上の武力行使は言葉として定義が異なるものであることが見て取れます、仮に国際法上の武力行使を憲法が禁じるならば中華民国政府との国交断行やロシアへの経済制裁、北朝鮮核実験への経済制裁等もこれに含まれる為です、しかし、日本での定義は更に細かい。

 戦闘以外に衝突という概念がある事を近年の国際紛争において定義していますので、戦闘以外の衝突であれば憲法が禁じた武力行使には含まれない可能性が示唆され、また、元々前方全体が自衛権を放棄したものではないとし、最低限専守防衛の範囲内での自衛戦闘は認められ、我が国への影響が及ぶ事態への対応も黙示的に含む内閣法制局統一解釈もある。

 視点を原点に戻し、日本という国家の正義について考えてみます。我が国は戦争を憲法上行わないとしている事から、対外的な政策は、勿論日本外交にも基本指針は確たる体系が存在していますが、国家間の外交関係の極限状態は、極限の均衡が破綻した状況まで踏み込む際、例外的に維持されている国際法上の同盟条約での同盟国に依存する他ありません。革新派等一部の論者が示す、日本がアメリカの属国、というような論理は、そもそも日本国家が譲れない一線を明確化する正義の定義を確たるものとする主権者の政治参加をそもそも放棄している故の産物に過ぎません。

 日米安全保障条約はこの構図から、対外的な外交関係の究極的な状況をアメリカへ外注に出しているという形式が自然に醸成されているといえます、何故ならば防衛力を海外へ展開しない原則を堅持すれば、自国民のリスクへの責任を果たしえない構図が生じ、その代替手段として同盟国に依存する以外の選択肢を、全てではないですが放棄している為です。もちろん、譲れない一線、という曖昧な言葉を選びましたが、この一線を越えられた際には、国家が有する全ての選択肢を行動に含める、という意味を含みます。

 正義、すると日本が提示できる正義とは平和憲法を代名詞とした平和国家、という部分なのでしょうか。しかし懐疑的な視点を提示しますと、平和国家とはいえ、平和主義を世界に広める努力について、平和憲法世界化や平和を広める手段が平和的でない場合に全く積極的ではありません、平和を享受する理念普遍化への努力は宣言や経済支援等に限られる。平和主義だが、自国に被害が及ばない限りは周辺国の戦争には無関心でいる、同盟条約を結び重武装を必要とする永世中立国宣言も行わない、これでは外交の独自性にも限界が生じかねない。

 平和主義といいますが、諸国の平和が破綻し諸国民の平和的生存権が喪失している状況でも我が国は介入し平和の回復へ臨む等具体的施策では冷淡です。この視点で例えば“日本国憲法へノーベル平和賞を”の市民運動がここ数年間盛んですが実現しない背景は世界の平和へリスクを共有する努力へ日本は参加が最小限である実情と無関係ではないでしょう、むしろ歌詞へも授与されたノーベル文学賞を狙った方が可能性は高いのではないでしょうか。

 日本の平和主義姿勢が疑われる背景には、例えば南スーダン政府への経済制裁措置国連決議へ日本が自国へリスクが及ぶ可能性があるとして棄権した事例、核不拡散法体系を進める核全廃絶体系の形成へそもそも核恫喝への防護手段を持たない事から積極的に参加できない事例、日本の外交政策全般からは僅かながら不協和音を示す事例が、散見されます。

 アメリカに依存せず必要であれば独自の必要な措置を行う、必要な防衛上の協力関係を包括安全保障協力宣言よりも進んだ同盟条約や地域的安全保障枠組の構築を恒常化させる、核恫喝に耐えうる耐核退避施設の建設と非核手段での核運搬手段迎撃態勢の完成、禁忌を持たない日本型正義の履行への全ての手段を投じる施策、この国民間での理念の共有など。

 日本が軍事的に独立するには、政策面も含めた、正義への絶え間ない議論と暫定的な結論の政策化と、これにより独自の国家観や国際関係の構築、必要であれば国家に認められている手段の選択に禁忌を設けず対応する、こうした施策を行って初めて、軍事面を日米安全保障条約により一部アメリカへ外注に出している現状から脱却する事が出来るでしょう。

 しかし、お上の論理といいますか、我が国では広く正義や政治を討議し、地域や職域毎に体系化するには、余りに主体的に参加する時間を持てていません。特に、市民政治運動は欧米では保守運動と革新運動が立法府の保守革新の比率と同程度に、均衡が採られているはずなのですが、我が国では一般論として保守的市民運動の動向が活発ではありません。こうなりますと、討議の結果と立法府の勢力が一致せず、議論は空転するばかりとなる。

 自主防衛力とは、単純に現在の国境線だけを固執し防護するというだけは国民の総意に基づく合意と指示を受け続けられるかは疑問です、国境線を維持しても国土が焦土となっては意味がない為です。それならば、国境線の内側へ生じる脅威を排除するための積極行動を是認するのか、と問われれば、何を以て排除を発動するかという際限ない議論を生む。

 日本の正義とは何か、平和主義であれ、国民平和的生存権であれ、現在の国際公序の維持に依拠する国際協調の維持であれ、その形は様々なものが考えられるのですが、簡単であり最も難しいこの命題を明確に掲げ、そしてその正義への価値観を広く国民と国家が共有できる点を導く険しい過程を越えてこそ、自主防衛の枠組とは実現するのかもしれません。

北大路機関:はるな くらま
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【日曜特集】第2師団創設63周年旭川駐屯地祭【4】道北戦争二〇一X想定勃発!(2013-06-09)

2017-01-29 22:44:16 | 陸上自衛隊 駐屯地祭
■道北戦争二〇一X想定勃発!
 道北戦争二〇一X勃発!、という状況、旭川駐屯地祭の訓練展示がいよいよ本格化しました。第2師団創設63周年旭川駐屯地祭、迫力の機械化部隊が示す北海道防衛の決意を空包により再現したもの、その様子を紹介しましょう。

 第2戦車連隊74式戦車が仮設敵部隊に関する偵察隊の情報を受け前進を開始しました。/旭川駐屯地へ足を運び、式典会場までの案内を頂いた際に当惑したのは、初めて足を運ぶ駐屯地棄権行事では往々にしてある事なのですけれども、いったいこの広大な駐屯地の何処から撮影しようか、というものでした、何しろ旭川駐屯地は広く式典会場もまた広い。

 第2偵察隊の87式偵察警戒車が敵戦車部隊と離隔を採りつつ拘束部隊として警戒に当たる一方、第2飛行隊のUH-1多用途ヘリコプターからレンジャー部隊の新党準備が進む/駐屯地は北海道旭川市春光町に位置しまして、近傍に近文台演習場があります、そしてこの近文台演習場には蝦夷鹿が生活している程に自然あふれる駐屯地なのですけれども、聞けば広大な駐屯地には野良猫野良犬野良キタキツネまでいるというから広さが分かるもの。

 最前線での情報収集に合せ戦術ミサイル部隊が徐々に敵部隊を包囲する、第2対舟艇対戦車隊の96式多目的誘導弾96MPMSが続々と戦闘加入へ向かう。/北海道は広大ですが駐屯地も広大です、旭川駐屯地の駐屯部隊は、師団司令部と司令部付隊、師団隷下第2特科連隊、第26普通科連隊第4中隊、第2後方支援連隊、第2高射特科大隊、第2施設大隊、第2通信大隊、第2飛行隊、第2化学防護隊、第2音楽隊、と並ぶ。

 仮設敵部隊がT-74戦車を以て我が拘束部隊と接触を開始した、105mm後継の125mm戦車砲が羽が部隊を狙う/北部方面隊直轄部隊含めれば、北部方面混成団第52普通科連隊第2中隊、北部方面後方支援隊北部方面輸送隊第101輸送業務隊第2端末地業務班北部方面通信群第101基地システム通信大隊第301基地通信中隊、北部方面会計隊第343会計隊、旭川駐屯地業務隊など。

 96MPMSが展開、60kgという巨大な威力を持つミサイルを10kmの彼方へ光ファイバー画像誘導方式により正確に投射できるこの装備は相手からは彼方の掩砲所から狙われる事を意味し敵戦車部隊の行動を著しく制約できよう/旭川飛行場が旭川駐屯地に位置していまして、これは第2飛行隊のヘリコプター部隊が展開する飛行場なのですが、この滑走路だけで未舗装ながら800mあり、聞けばこの旭川飛行場は陸軍時代に遡り、旭川空港開港前にはこの地方で唯一の飛行場であった、とのこと。

 対戦車部隊の展開と共に高射特科部隊が前進しているのが見える、96MPMSの背後には943式近距離地対空誘導弾により警戒を開始した、自衛隊の防空装備は大戦中の反省から充実しており、空からの脅威へ抜かりはない/第2師団創設記念行事という事で、名寄警備隊区第3普通科連隊長、旭川警備隊区第2特科連隊長、遠軽警備隊区第25普通科連隊長、留萌警備隊区第26普通科連隊長、上富良野警備隊区同第4特科群長、この隷下部隊も駐屯地に勢揃いしていまして、何処から撮るか。

 UH-1からのレンジャー投入と共に既に音もなく120mm重迫撃砲RTが布陣を完了しつつある/キタキツネまでいるという駐屯地はなかなか聞きません、いや、東千歳駐屯地はヒグマが入ろうとしたことがあるのだとか、聞けば千僧駐屯地にはネコ、お隣滋賀県の今津駐屯地にもシカくらいは入るようですが、駐屯地祭の行われる会場にキタキツネ、新鮮ですね。

 普通科部隊最大の火力である120mm重迫撃砲は高機動車派生重迫牽引車により牽引され即座の展開が可能だが、同時に40kmの長距離打撃力を持つ99式自走榴弾砲の展開も始まる。/北海道の旭川、夜の歓楽街の規模は札幌をしのぐほどということで、北海道内の銘酒を前の晩には頂き、ホッケの刺身というホッケといえば開きしか知らない当方に味の革命をもたらせた北海道、じゃがバターに塩辛という驚きもありましたが、翌日、広さに驚くとは。

 戦域優位とは情報優位、OH-1観測ヘリコプターは高度な運動性能を活かし、最前線での情報収集に当たると共に空対空ミサイルを標準装備し相手ヘリコプターを駆逐する事も出来るが、1990年代に250機の調達計画が立てられるも少数調達で終わったことが痛い/しかし、気を付けなければなりません、これだけ広い駐屯地、迷子になったら最後です、キタキツネもいるのですから自販機も無く迷ったまま、仕方なく湧水で渇きを癒せばエキノコックスにやられるかもしれません、冗談はさておき、撮影場所を決めねばならない。

 T-74主力戦車とともにBTR-96装甲車を中心とした仮設敵が、我が方の包囲網が完成する前に突破を図る/撮影位置を選定する際に、開場の一般に立ち入る事が出来る場所を探してみますと、飛行場地区を背景に観閲台が設けられていまして、よくよく見てみますと飛行場地区は一般立ち入りできない、が、交通規制先に観閲台の正面左手に装備品展示会場が配置されている。

 我が74式戦車が105mm戦車砲を向ける、手前の96MPMSの方が1発当たりの威力は大きいが戦車砲は即座に射撃が可能でマスク敵を直撃し破壊する事が出来る瞬発交戦能力が大きい為、目視できる距離での近接戦闘では戦車の優位性に変わりないが旧式化も進む、しかし、写真の背後に見える90式戦車の配備が北海道では大きく進んだ/大規模な行事と観閲行進の規模は非常に大きく車両も多い、という事は分かるのですけれども、しかし、よくよく見てみますと車両行進が行われるのは観閲台正面の車道のみ、横幅が限られますから第7師団東千歳駐屯地祭のような五列六列横隊の観閲行進はなさそう。

 UH-1多用途ヘリコプターが離脱へ向かう、小銃班を空輸可能であるが、斥候小隊のオートバイも輸送可能、また、ミサイルや砲弾の補給など無ければ戦闘が成り立たない補給品の空輸に負傷者の後方搬送、指揮官斥候支援にもあたる不可欠な装備の一つ。/旭川飛行場を背景に車両が通行する、思い出すのは宮城県仙台市若林区霞目、東北方面隊創設記念行事が行われます霞目駐屯地の霞目飛行場でしょうか、東北方面隊創設記念行事の観閲行進規模も凄かった、あの飛行場の滑走路が710mでした、すると撮影適地は、と。

 特科部隊の集結も進む、戦車部隊と多用途ヘリコプターの広報では数十kmの砲兵戦闘が始まろうとしている所だ。/壮大な駐屯地祭の巨大な観閲行進ですので、撮影位置には車両を大量に写せる場所を選びたい、EF18-200mmISの広角中望遠ズームを装着したEOS7Dと120-400mmOSレンズを装着したEOS-50Dを器材としていますので、観閲行進を圧縮効果で撮影する事が可能です。

 99式自走榴弾砲、52口径155mm榴弾砲を自動装填装置により短時間で大量の砲弾を目標へ叩きこむことが可能な、世界の砲兵部隊が理想とする装備品を具現化したもの/式典会場、冷静に見てゆきますと、観閲行進の経路は車両待機位置まで進む時途上に若干の湾曲線形がある、スタンド席は招待客専用という事で使えません、そしてその周辺も撮影場所としては不適、でも湾曲線形、静岡県駒門駐屯地の会場に似ている、という印象か。

 UH-1の離脱、ヘリコプターは防空火器の前に非常に大きな脆弱性を有するため、単体で超越前進するという運用は今日では非現実的で、陸上部隊と協同が不可欠というもの。/湾曲線形の中ほどから見ますと、観閲行進を待機位置から観閲台正面を通り間近によるまで、一手に撮影できるものでして、何か応急の櫓のようなものが配置されているのが気になりますが、ここならばいい写真を撮影できるでしょう、観閲台正面からはかなり遠いが。

 特科部隊が射撃位置へ展開する、87式自走高射機関砲が対空レーダ装置と連携し特科部隊を航空攻撃から防護しているところ。/この撮影位置、湾曲線形を活かした撮影位置はある意味正解でしたが、式典と訓示に祝辞と祝電披露を完了し、観閲行進準備の号令がかかると共に、気付きました、この櫓、師団広報の撮影用だったのですね、即ち櫓周辺は師団広報と通信大隊写真班が展開するという。

 砲兵戦とは現代では火力の投射以前に敵砲兵部隊を叩き潰す対砲兵戦からはじまる、この年最後の参加となった75式自走榴弾砲は日本が初めて完成させた自走装填装置搭載の155mm榴弾砲だ。/陣地変換です、猶予はありません、師団広報と写真班の方々は直前に展開してきますが、この位置では後塵を拝するといいますが、広報の人たちが目の前に立ち、お仕事をするという意味ですので、此処に居ては当方は撮影できない、陣地変換し次の撮影地へ移動する。

 87式自走高射機関砲は当初150両程度が全国の師団高射特科大隊へ配備される構想でしたが、第2師団と第7師団へ配備されたところで生産終了、戦車連隊の直掩防空戦用装備となってしまった。/考えれば当然ですよねえ、意味もなく櫓を組むことはありません、櫓を視れば撮影用と気づくべきでした、第1師団や第3師団はスタンド席に広報の方が撮影位置をとりますが、第2師団は違ったのか、と。しかし、此処、一般観覧者に一番邪魔にならない場所ですね。

 敵機械化部隊が我が96MPMSの防御戦闘を突破し、更に前進を開始しようとしている、切迫した状況となってきます。/陣地変換ですが、簡単です、櫓が邪魔ならば櫓の前に出れば良い、櫓は高く当方一人展開しても広報の方の邪魔にはなりませんし、当方の背後には櫓がありますので、他の観覧者の方の邪魔にもならない、そして何よりここまで隅っこぐらし的な位置には、人が少ない。

 75式自走榴弾砲が射撃を開始する、旧日本軍では固定陣地からの砲兵運用が対砲兵戦において容易に破砕されたものの、単に火力で凌駕されたとの誤解が払拭されず、近代敵砲兵戦への対応能力に後れを取った、陸上自衛隊では1効力射毎の陣地変換により、敵の反撃を回避する。/観閲行進、大迫力でした、土煙を巻き上げながら堂々の機械化部隊、機械化普通科部隊に自走特科部隊と戦車連隊に施設も通信も装甲化され支援装備も新鋭最新鋭並ぶ、地元の精鋭、千僧第3師団にもこれくらいの装備があればもう北朝鮮も中国も怖くないよなあ、と。

 99式自走榴弾砲も射撃を開始する、我が防衛線を突破しようとする敵という状況、強力な打撃力を敵砲兵部隊や第一線部隊へ送り込むべく射撃を行うべく155mm砲身を槍衾の如く構える様子は勇壮そのもの。/素晴らしい観閲行進を撮影する事が出来たのですが、これで素晴らしかった、よかった、帰ろう、とはなりません、観閲行進の次には訓練展示が始まるのですから、この訓練展示を撮影しなければなりませんが、どう考えてもこの通路で撮影できるものはありませんね。

 第2特科連隊の突撃破砕射撃の前に敵機械化部隊の攻撃前進も停止せざるを得ない。/陣地変換、陣地とは返還するためにあるので動かなければなりませんが、当方は単独で展開しているので予備陣地の確保などありません、とりあえず、訓練展示を撮影できる場所に移動しなければなりません、そしてそれは既に満員の式典会場に移動する事を意味する。

 90式戦車の戦闘加入、師団は第2戦車連隊の90式戦車を増強へ派遣、第3普通科連隊の96式装輪装甲車とともに機動打撃部隊を編成し攻撃前進へ向かう。/訓練展示は観閲台の師団長と来賓に一番よく見える位置にて実施されますので、移動するのですが、悲しい事に当方、脚立は持ってきていません、ポケットに入る超小型折畳椅子のみ、ですので、そこから満員の会場を手の伸ばせる限り伸ばしたカメラにて撮影します。

 訓練展示の全景、非常に広い旭川駐屯地の全てを使った訓練展示、どの方向にカメラを向けても道北戦争二〇一Xという空包の戦闘が広がっている、しかし、訓練展示はまだまだこれからだ。/訓練展示は動きがある展示となっていますから、後ろの方からでも前の人の林立する頭越しの隙間から撮影すればなんとかなります、こうして満員の会場に陣地変換し、どうにかこうにか迫力のある訓練展示を勘に頼って撮影、仕上がりのまあ良いものを紹介しました。

北大路機関:はるな くらま
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護衛艦FRAM近代化改修と艦隊維持【10】最終回,海防担う護衛艦第一線作戦能力維持への視座

2017-01-28 22:49:40 | 先端軍事テクノロジー
■護衛艦第一線作戦能力維持
 FRAM改修、その費用は大きい一方、必要な状況では実施しなければならない、しかし必要な状況とは何か、について詳述し、必ずしも必須ではないとの視点を提示しましたが、それでは護衛艦は竣工から退役まで旧式化に任せて良いという訳ではありません。

 護衛艦のFRAM、旧式艦でもFRAM工事を施す事で第一線の任務へ対応する能力を再度得る事が出来るのですが、その分、多くの費用と年単位の入渠期間を要しまして、更に艦艇の延命は数年程度に留まります。延命改修は再度行う事で寿命を更に延伸できますが、重ねる事に改修換装区画が増え、費用も回数と共に増大し、費用対効果を考える必要があるという事は確かでしょう。

 任務を根本から転換する場合、既存艦を除籍し新造する予算と既存艦へFRAM工事を施す、という選択肢がありここではじめてFRAMの期間、新造よりは費用をおさえる事が出来ますし、新造よりも短期間で工事を完了する事が出来る、となるわけでして、すると、既存の護衛艦へFRAM改修を全てにおいて施す事は必ずしも費用対効果にかなうものではない。

 むらさめ型護衛艦、たかなみ型護衛艦へFCS-3を搭載する改修を冒頭に示しましたが、汎用護衛艦としての能力を維持する限り、FRAM工事へ費用と時間を掛けることは合理的ではないことが分かるでしょう、例えば、VLS区画を増大させ巡航ミサイル発射艦とする、ターターシステム搭載艦除籍から後継のイージス艦増勢までの期間を担う艦隊防空艦へ改造する、等の大きな能力強化が求められる場合を除けば、大規模な改修よりは延命に限る、この視点が必要やもしれません。

 一方で、FRAMに至らない程度の改修は実施する必要があります、第一に考えられるのはデータリンク能力の可能な範囲内での強化、第二に情報処理装置のソフトウェア更新を軸とした計算能力向上、第三に重心構造に影響しない範囲でのCIWS改良や電波吸収材の添付、第四に新型航空機や無人機の整備能力等搭載機材の更新、などが考えられるでしょう。

 データリンク能力はとくに重要で、レーダーの能力や搭載火器を具体的に向上させなくとも艦隊にイージス艦や周辺へ戦闘機が滞空しているならば艦隊としての戦闘能力で対処出来ます、情報処理能力についても解析能力が高まる事で従来見逃していた目標徴候を識別へ繋げる事が出来、従来の運用範疇であれば、脅威対象の高度化へも高く対処し得えます。

 勿論、重心構造に関わる改修を緊急に行わなければ任務遂行能力を喪失するような新しい脅威の認識がある場合は別です、例えばイギリス海軍では1982年のフォークランド紛争において搭載する艦対空ミサイルが想定以上の連続した航空攻撃へ対応できないとして、急遽30mm単装機関砲を追加した事例が好例で、設計へ余裕があればとり得る施策でしょう。

 一方、手堅く能力を向上させ続けた興味深い一例があります、海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦です、護衛艦はるな、はHSS-2を筆頭にHSS-2A,HSS-2Bとシーキングシリーズを経て、SH-60J哨戒ヘリコプター、最後には対艦攻撃能力を持つSH-60K哨戒ヘリコプターと、艦載機が更新される非常に素早い方法で、システムとして性能を強化しています。

 個艦性能よりもデータリンクにより艦隊能力を向上させるならば、海上防衛という任務は達成可能です、FRAMにより旧式艦を最新鋭艦並みに強化するという施策は魅力的で、更に予算を節約したようにも見えるのですが、やはり限界があり、これにより肝心の新造艦建造費を横取りしては意味がありません。一方、海上自衛隊の護衛艦定数は48隻、護衛艦寿命は24年ですので毎年2隻を建造しなければ艦隊を維持できませんので、それを下回る以上、延命については確実に実施してゆく事が必要でしょう。

北大路機関:はるな くらま
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平成二十八年度一月期 陸海空自衛隊主要行事実施詳報(2017.01.28/01.29)

2017-01-27 22:05:58 | 北大路機関 広報
■自衛隊関連行事
 寒波がまたしても列島を覆いつつあり、大雪の幕間もこれまでか、という今日この頃ですが皆様いかがお過ごしでしょうか、今週末ですが自衛隊関連行事は行われないようです。

 今週末の自衛隊行事無し、という際にはふんわりと窓の掃除や雑誌の整理や電球の交換等に時間を費やしたいところですが、行事が無い一日だからこそ散策してみたい自衛隊基地巡りについて。横須賀と佐世保に舞鶴では毎日運航か季節運航かの遊覧船が基地の艦艇を視る事が出来ますが、海上自衛隊教育総本山、呉基地でも遊覧船が運航されています。

 呉基地遊覧船は大和ミュージアムへ呉駅からの連絡通路近くにて遊覧船の乗船券が販売されています、呉港はそのまま松山や広島への定期船航路である為、船の往来が多く、また第4護衛隊群や呉地方隊、潜水隊艦隊に掃海隊群と練習艦隊と多数の艦艇が母港としていまして、意外にも米陸軍舟艇部隊等も展開しており、遊覧船は不定期ながらここをまわる。

 ただ、不定期運航であるため、予め呉市観光情報などHPでの確認が必要であると共に、呉基地は基本的に内陸に艦首を向けて停泊しますので後姿を中心に視る事しかできません、一方、こちらも呉水交会から海上自衛隊OBの方が案内を務めてくれますので、手を伸ばせば触れられそうなほど、もちろん触れてはいけませんが、潜水艦等に近寄ってくれます。

 基本話し好きな方が多い事もありまして、基地周辺の良い居酒屋さんや地元ならではの名物に隠れた名物、穴場の観光地から帰り道まで教えてくれたりします。昨今、海上防衛への関心の増大と艦隊これくしょんにアルペジオと基地の街に新しい観光の波が押し寄せていますが、まあ、早めに行動すれば乗船券を入手する事は、経験上不可能ではありません。

 さて撮影の話題、先週も少し触れましたが路線バスと自衛隊関連行事、やはり路線バスの効果は抜群です。最たるものは航空祭でしょう、航空祭では大規模な交通規制を展開しまして、一応市民生活に配慮を、という状況がそれなりにあります。航空祭ではシャトルバスが主要駅と自衛隊基地を結んでいますが、確実に渋滞に巻き込まれますので基地へ向かう所要時間は決して短いものではありません。

 浜松基地航空祭などでは、航空自衛隊広報館と浜松駅を結ぶ路線バスが非常に便利でした。自動車にて特設駐車場に展開した愛知県の友人、所要時間として当方が浜松駅に到着し、ついでなので遠鉄電車を撮影、そのついでに名古屋の大須電気街に立ち寄り、中央線高架下で一杯やり、東海道本線で京都まで到達する時間を経て友人に電話すると漸く豊川、と。

 小松航空祭も小松空港と金沢駅や福井駅を結ぶ路線バスは思ったほど混雑しないという事でした、千歳基地航空祭ではシャトルバスを利用しましたが、基地にて路線バスも運行され便利だとお教えいただきました、百里基地はその限りではなく、那覇基地や築城基地は駅前ですので、速度の利便性は発揮しませんが、第二の交通手段、調べておくと得します。

■駐屯地祭・基地祭・航空祭
・今週末の自衛隊関連行事はなし

■注意:本情報は私的に情報収集したものであり、北大路機関が実施を保証するものではなく、同時に全行事を網羅したものではない、更に実施や雨天中止情報などについては付記した各基地・駐屯地広報の方に自己責任において確認願いたい。情報には正確を期するが、以上に掲載された情報は天候、及び災害等各種情勢変化により変更される可能性がある。北大路機関
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【雪害災害派遣】航空部隊から離隔した警備隊区への連絡ヘリコプター分遣隊配置の必要性

2017-01-26 23:23:22 | 防災・災害派遣
■航空連絡分遣隊が必要
 航空機からの情報収集は迅速かつ五感に依拠した情報を得られ、防衛警備任務から災害派遣まで欠かす事が出来ません。

 山陰地方での記録的豪雪による道路寸断、大量の自動車路上立往生と孤立集落、鳥取県の豪雪被害へ鳥取県知事からの要請に基づき、山陰山陽を警備管区とする第13旅団が災害派遣されましたが、防府から第13飛行隊の悪天候下での中国山地越は困難であったようで、災害派遣と航空偵察、改めて認識させられるのは日本海側の航空部隊に関する現状です。

 防衛省は航空自衛隊美保基地へ中部方面航空隊第3飛行隊を新編し、長年の課題であった日本海側の航空部隊配置を実現させることとなりましたが、これは鳥取県や島根県など日本海側自治体にも防災上の課題から実現が求められていたものです。しかし、第13旅団管区の中国山地に隔てられました地形のほかにも、航空部隊過疎地は数えれば意外と多い。

 例えば第10師団管区の日本海側、第4師団管区の長崎県島嶼部、第8師団管区の鹿児島県島嶼部、航空機の航続距離を考えれば決して不可能な距離ではないのですが、連絡任務や情報収集には警備隊区の長として航空機があるに越したことは無く、自衛隊にはもう少し分遣隊のようなかたちでのヘリコプター配置というものはあっていいのではないか、と。

 具体的には、観測ヘリコプターほどの能力は持たずとも連絡ヘリコプターとして各駐屯地へ臨時発着施設を配置し、分遣隊を送り対応できる程度のものです。この種の任務は無人ヘリコプターにより対応することが望ましいのですが、自衛隊での悪天候下での航空部隊運用では性能面は勿論の事、無人機にはまだまだ運用を制約する条件は多い事は確かです。

 航空法などの法整備、災害時に飛行させ無人ヘリコプターが被災地へ墜落することにより生じる二次被害の可能性など、まだまだ考えなければならない部分は多いのですが、遠隔地へ観測ヘリコプターではなく連絡ヘリコプターを1機2機配置し、適宜運用する、いわば都道府県の防災ヘリコプターのような位置づけの航空機、必要ではないかと考えます。

 無人ヘリコプター、例えば現在の遠隔操縦しステムのような確実な自己完結能力を持つシステムでは規模が大きすぎるとともに、この器材は例えば大規模な電子戦状況下での衛星通信に頼らない自律運用、例えばウクライナ内戦における大規模な電子攻撃に代表される切迫状態へ自己完結能力を以て対応できる利点がありますが、災害時では必要ありません。

 しかし、自衛隊の任務は国土の防衛が第一であり、しかも災害派遣は警察消防にも大隊が出来る部分はあるものの、防衛という任務は国内のほかの期間、警察や消防では代替が利きません、このため、防衛に必要な器材がもつ汎用性をもって災害派遣に充てるべきで、例えば有事の際に用途がなくなるような器材は導入しては、本末転倒というべきでしょう。

 MQ-8、海上自衛隊が導入するMQ-8のような航空機であれば、独立して運用が可能で、かつ最小限度の輸送能力、医薬品や血清の空輸なども可能ですが、負傷者搬送等多用途任務には原型機TH-55と比較しても能力は不十分です。また、MQ-8は地上管制器材の費用が高く、しかも整備は当然必要、まだまだ器材だけを独立して配備することは出来ません。

 後方用航空機という選択肢はどうか、アメリカ陸軍では州兵部隊へ汎用器材としてUH-72,我が国のBK-117と共通部分を持つ航空機を採用していますが、日本へUH-72やBK-117を配備する方式はどうでしょうか。この点国内に生産基盤があり、一つの選択肢としてあり得そうですが、性能が中途半端で、第一線用航空機とはなり得ない点に留意が必要です。

 アメリカ軍も海外派遣へUH-72を投入することは余程の事態、例えば大惨事世界大戦のような状況でない限り想定していないようです、即ち後方器材という位置づけとなりますが、日本は専守防衛を国是としており、後方という概念が有事の際には限りなく薄れる為、後方専用器材を多数配備することは前方資材の予算を蚕食しかねない懸念があります。

 そこで、用途として連絡ヘリコプターに合致するのは、救急ヘリコプターです。自衛隊ではこの種の装備の配備が後回しとされてきました、災害時の連絡ヘリコプターとして、多用途ヘリコプターほど多数を輸送できず、また観測ヘリコプターのような専用観測器材は持たないものの、連絡任務や第一線救急任務を担うとともに副次的に多用途性を持つもの。

 副次的な多用途性とは具体的には連絡幹部の輸送支援や被災地付近の飛行、という任務を持たせる。方面航空隊に方面航空連絡飛行隊をおき、分遣隊の形で、例えば方面通信群から各駐屯地へ基地通信分遣隊を送るように、分遣隊を置きローテーションで駐屯地のグラウンドや演習場廠舎地区等に格納庫とヘリパットを配置し、警備隊区司令の掌握下に置く。

 航空部隊から離隔している駐屯地へ、航空分遣隊を配置し、有事の際には航空救急輸送と連絡任務、平時には多用途ヘリコプターよりもきめ細かな支援運用を行う、という施策は考えられないでしょうか、災害派遣はもちろん、防衛出動でも各種航空機動員され不足する状況で、救急搬送への後方搬送や国民保護任務への連絡幹部輸送、多少は用途がある筈です。

北大路機関:はるな くらま
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【京都幕間旅情】八坂神社 年末年始の除夜祭と白朮祭の情景と共に考えるこの祇園社のはじまり

2017-01-25 23:00:23 | 写真
■大晦日八坂は白朮祭の賑わい
 京都幕間旅情、一週間の幕間に当たる水曜日にお送りする特集、今回は八坂神社の年末年始に舞われる除夜祭と白朮祭、この情景をお伝えしましょう。

 写真特集京都幕間、京都の四条通、最大の繁華街である道筋を進みますと八坂神社、赤い楼門に突き当たります。この場所、中心部の中でも京阪や阪急の駅に近い事から、京都散策、特に中心部でちょっと一杯、という際の酔い覚ましに散策する事も多い場所の一つ。

 年末と年始に除夜祭と白朮祭が執り行われ、火縄にこの火を灯し持ち帰り竈へ灯せば一年間無病息災で過ごす事が出来るというご利益が知られる八坂神社、今回はこの八坂神社の始まりについて、一年最後の除夜祭と一年始まり白朮参りの様子と共にみてゆきましょう。

 八坂神社散策という夜のちょっとした風景巡行を楽しみまして、他の有名な寺社仏閣、特に京都から離れた大都市の寺社仏閣周辺を散策しましたらば、驚かされるのは夜に参拝しようと思いまして足を運べば、その楼門が閉ざされている事が多い、ということでした。

 祇園社、と呼ばれました時代が長く、八坂神社と称されるようになりましたのは明治時代に入って以降との事で、この界隈が祇園の街並みとも呼ばれるのですが、祇園祭、京都に夏を知らす壮大な祭事は、御存じの通りこの八坂神社から始まる疾病祓いの伝統行事です。

 千年の都京都と、京都を示す常套句がありますが、八坂神社は平安遷都よりももう少し古く、その創建は斉明天皇治世下、656年に遡るとのこと。この年は岡本宮が奈良は飛鳥へ造営された時代でもあります、平安遷都以前、都が点々と遷都を続けた狂騒の時代でした。

 舒明天皇の岡本宮遷都は現在の奈良県明日香村雷丘を飛鳥丘と改め、一旦629年に遷都したのですが火災によりあっけなく焼失、田中宮として現在の橿原市へ仮宮を造営したものの舒明天皇が崩御、皇位継承で女帝となった斉明天皇が岡本宮へ再遷都したのがこのころ。

 岡本宮は後飛鳥岡本宮として焼失前の岡本宮と今日では区別されますが、斉明天皇治世下、繰り返される遷都と造営は民衆の労役として非常に大きな負担となっていた時代、八坂神社は高句麗の使者伊利之使主がお釈迦さまの生誕地を守る守護神祀り創建したと伝わる。

 牛頭大王、八坂神社が祇園社と称された頃に祀られた祭神の一柱ですが、この御柱は釈迦の生まれた聖地祇園精舎の守護神としており、牛頭大王の御名が新羅の山岳名と所縁あるとの事から、よく似た風土風情の山城国愛宕山八坂から八坂の名を併せて冠した、という。

 山城国愛宕山八坂、旧海軍の戦艦と重巡洋艦の由来となった地名が重なりますが、八坂神社の始まりはこうした所以がありました。その後、平安遷都を経て京都の都大路の外縁に位置する寺社との位置づけを持ちましたが、貞観年間に入り牛頭大王分祀が執り行われた。

 播磨国広峯へ牛頭大王分祀が執り行われたのですが、貞観年間というのは、貞観富士山噴火という有史以来最大の富士山噴火や貞観三陸地震という、東日本大震災の際に比較される昭和三陸地震や明治三陸地震上回る過去千年間最大の地震津波災害等が起きた時代です。

 貞観年間には貞観播磨地震として、現在の神戸市を中心に尼崎市から明石市までに及ぶ広い地域へ被害を及ぼす地震が発生したばかりの頃でして、民心安定へ播磨国広峯牛頭大王分祀を行う必要があった訳です、これは遷座ではありませんが吏員の一部も移りました。

 藤原基経、藤原氏が生んだ初の関白は876年、八坂神社へ素戔嗚尊を播磨国広峯牛頭大王分祀に合せ祀り、続く疾病祓いの神事が素戔嗚尊の威光を以て討ち払う神事であることに照らせば、この瞬間が八坂神社が今日の姿となった瞬間とも言えるやもしれませんね。

北大路機関:はるな くらま
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【特別討論】日本の“正義”とは何か(前篇)国家が戦争に臨む、独自防衛力整備と不可分の命題

2017-01-24 21:00:57 | 北大路機関特別企画
■日本の“正義”とは何か
 日本の“正義”とは何か、初春討論は第二段としまして、国家が自らを防衛する際の最大の問題について、考えてみる事としました。この検証、アメリカトランプ新政権の発足とともに求められるであろう防衛負担、この命題を考える前提の論理として避けられません。

 いま自主防衛力を問う,としまして全三回に渡り、日本の安全保障問題を、沖縄米軍基地問題を含め、自主防衛力の整備という視点から論じました。在日米軍を日本が代替する事は不可能ではないが、緊急展開と戦力投射は憲法上の制約があり、戦時備蓄の問題があるがこれを超えれば可能と結論しました。しかし戦争を行う国家決意を支えるのは国民です。

 軍事的に日本が独立するためには文民統制の原理を個々人から為政者までの単位で理解しなければ、10式戦車をロシアに対抗して10000両揃えても、あさひ型護衛艦で中国を圧倒するべく100隻揃えても、F-35A戦闘機を1000機取得してアメリカ空軍に伍する態勢を構築しても、軍事的な独立を司る軍事政策と政軍関係を構築する事には繋がらないでしょう。

 日本国家における正義とは何か、国家が国民に呼びかけ国民が国家へ付託する全ての選択基準とは何か、国家が荒廃するとも最後に次の世代に残さなければならない価値観とは何か、軍事的に独立する事は外交面での独自政策を明確化し、またその基準は客観的に明白で、世界政治の価値基準との明確な境界線と定義を堅持できるものでなければなりません。

 正義の哲学、西田幾多郎先生くらいしか思い浮かばないのは当方の教養の限界で、日本の正義を正面から論じ体系化を果たした哲学者の理論、難しいものがあります。この点については是非広い議論を望みたいところですが、曖昧模糊としたものではなく正義とはこういうものだ、と確立した概念を持たなければ多種多様な正義の定義に論理が埋没します。

 ロールズの原初状態と配分的正義、正義論に示された自由主義に基づく正義の在り方が、アメリカの正義の定義を体系化している概念だと考えます。原初状態とは云わば生まれた時点での平等を示し、貴族制を排し初等教育に重点を置くアメリカの施策はこの概念を具現化していますし、自由貿易の牽引や人権重視の姿勢もこの哲学の表れといえるでしょう。

 アメリカは軍事行動を行う際に、こうした基準点を持っており、この為一見無計画に軍事行動を行っていると誤解されるものですが、原初状態と配分的正義という体制が危機に曝された際には介入する指針を採っています、東西冷戦の要因となった政治イデオロギー対立の一端には社会主義が自由主義と完全に受け入れられないものがあった点が挙げられる。

 ハンナアーレントの公的領域と活動的生活という人間の条件に示された概念、ジョルジョアガンベンの権力形成の転換点における正統性のあり方を示す例外状態、正義の在り方と正当性のあり方は人類史と同じ重厚な討議と論議の蓄積と体系化や分派と対比に検証と再評価が蓄積されていますが、日本国家が示す正義の形は余りに不明確と云わざるを得ない。

 欧州各国も基本的に正義の定義は有り、これが欧州連合を価値観の共同体と称し得る要素ですが、自国の正義に関する価値観を確たるものとするからこそ、その正義を憲法や公共道徳観に基づく法秩序を構成し、其処に記された正義の定義を国民が国家と共に共有するからこそ、国家が戦争を決意し国民を促す際、国民は支持や参加で応える構図が成り立つ。

 国家の正義とは勿論一元論で突き付けた場合反発を招きますし、二元論として排他的に討議する事は紛争を招きかねませんが、それでも正義の定義へ沈黙を以て示さない事の方が長期的な対立を招きかねません、この国は何を考えているのか、何を以て社会正義としているのか、この基本指針、国家政治システムの計算公式があってこそ一貫した政治が保つ。

 正義とは定義がいろいろありますので、国家間でその正義を討議する事は不毛出るだけでは無く危険ですし、国家が提示する正義を国民が無思慮に受け入れる事もやはり健全な民主主義国家としては危険でもあります。しかし、討議と合意を形成するためには国家がまず正義の定義を示さなねば国民が自発的に討議し調整し合意するという事は有り得ません。

 現在の日本ですが、そもそも外交関係の延長線上の戦争を憲法により禁止しています、しかし、国権の発動たる戦争を禁じているとの憲法の明示ですが、憲法が禁止している戦争の定義は明確ではありません、こういいますのも憲法は武力行使を禁じていますが、この武力行使という単語は国際法上、外交関係の断絶や経済制裁等の非軍事手段も含みます。

 日本の正義の定義について。戦争をしない事が日本の正義なのか、と問われますと、しかし、それでは日本国家は戦争を阻止する事へ、世界政治において発言や経済援助以外の関与は行っていないではないか、という視点で応じられた場合、反論はあまりありません、戦争は国際関係から生じるもので、一方が放棄しても廃絶し得ない事は歴史が示す為です。

北大路機関:はるな くらま
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緊急発進回数883回 西日本沖の中国機行動異常増大!今年度第3四半期までの回数が過去最大

2017-01-23 21:12:21 | 防衛・安全保障
■緊張は九州沖縄から西日本へ
 対領空侵犯措置任務緊急発進回数が883回、一年間ではなく第3四半期までの回数で緊急発進回数が883回という驚くべき数字が防衛省より発表されました。

 緊急発進回数が883回という規模ですが、比較としまして冷戦後最大とされた2015年度の回数が一年間で873回、過去最大の規模は1984年の944回でした。しかし、1984年の944回という規模は米ソ対立が最も激化していた時期であり、冷戦時代でも500回を超える事は稀でした、冷戦後には200回以下が続き、しかし十年経ずして一挙に四倍以上、異常増大というほかありません。

 対領空侵犯措置任務は我が国領空の外縁に設定された防空識別圏内へ国籍不明機が侵入した際に確認し必要であれば領空侵犯事案を抑止するべく実施するものです。この防空識別圏は飛行情報区に合せ設定されていて国際民間航空機関 ICAOが設定し割り当てた航空管制及び航空保安に当たる空域に沿って飛行情報区が設定、併せて防空識別圏としています。

 日本の空の安全は、南西諸島での中国軍機活動増加と、冷戦後一次低調であったロシア軍機の活動再開により、再度緊急発進の回数が増加しました、統計では1991年の604回を最後に2013年までその回数が500回を超えることは無く、特に1998年から2004年までは緊急発進回数が200回を下回っていたほどで、自衛隊の戦闘機数も合わせ縮小されました。

 中国軍機の活動増大ですが、冷戦時代には現在ほど大きく展開されなかった背景として、中国軍機は小型の戦闘機が多く、中国本土から距離を隔てた我が国南西諸島まで飛行する事が難しかった事由を挙げられます、しかし、1992年より長距離を飛行可能なロシア製戦闘機Su-27を運用開始、中国経済の成長と共にSu-27のコピー生産等増強を続けています、エンジン以外は国産化に成功し規模は年々増強される。

 数字の上からも、緊急発進全体での中国機に対する実施は約7割に当たる644回となっており、それでも過去最高となった前年度同期と比較し271回も増加しています。中国からの航空機は南西諸島へ集中し、更にその一部はここ数年から南九州へ及び、今年には北九州方面への展開が確認され始めました。最早九州沖縄の問題ではなく西日本の問題、南西諸島から日本海へ入り既に本州、西日本を狙う経路へ変化しつつあるところ。

 加えて、10機前後の戦闘機を自衛隊が緊急発進させなければならない脅威度、質的な変化が近年の傾向となってきました。中国空軍はH-6長距離爆撃機を運用しており、近年巡航ミサイル爆撃機として運用しています、爆撃機編隊が護衛戦闘機等を伴い、日本列島に沿っての長距離飛行を実施する事例が散見され、一箇所からの緊急発進では対応できません。

 更に中国戦闘機が敵対行動を執っているとの報道、退官者や双方からの発言があります、緊急発進では自衛隊戦闘機は必要な装備を搭載し発進します、中国機から火器管制用レーダーによる照準を受ければ、ミサイル攻撃を回避するIRフレアーという高熱源やレーダー照準を攪乱する特殊金属片チャフが自動散布、退避行動を執ります、この実弾攻撃への照準を回避しなければならない状況が生じ始めているのだ、と。

 自衛隊法84条の対領空侵犯措置に位置付けられるこの緊急発進は、全国七カ所の要撃飛行隊基地より空対空ミサイルと機関砲弾を搭載した戦闘機が五分待機の体制を執っており、全国の防空監視所より運用されるレーダー情報に合せ即座の緊急発進を実施できる体制としています、実弾が搭載され必要であれば平時であっても必要な措置を採る事が可能です。

 戦闘機に実弾を搭載し緊急発進、これは平時と有事の境界線に当たるものですが、境界線の平時側にあっても、緊張度は非常に高いものと云えます。第3四半期までの回数で緊急発進回数が883回、24時間に3回前後という状況は、実のところへ異常とは言い難い状況と云わざるを得ません。そして緊張状態、世界をみれば戦闘に至らない衝突が散見される実情を認識しておくべきでしょう。

 戦闘機同士のミサイルの撃ちあい、不測の事態としまして、世界の緊急発進をみますと、そのまま戦闘状態には至らないものの、空対空ミサイルにより相手を撃墜する衝突事案は発生し得ます、例えば、ロシア軍機のシリア空爆に際し緊急発進したトルコ空軍機が撃墜した事例がありました、一過性でその後に武力紛争に至らなかった為、戦闘ではなく衝突ですが航空戦闘が展開された訳です。

 航空自衛隊は、この状況をあらかじめ想定し、南西諸島と九州への戦闘機部隊増強を継続してきました。冷戦時代、前述の通り南西諸島へは経空脅威は顕在化していませんでしたが、中国機の増大に合わせ、従来、F-4一個飛行隊のみが配置されていた那覇基地の航空隊を首都防空から新しいF-15戦闘機飛行隊を交替させ質的に増強、対処能力を強化しました。

 沖縄空の守りは那覇基地へ、更に北九州からF-15戦闘機1個飛行隊を抽出し那覇の航空隊を航空団へ増強、北九州へも青森県より最も新しいF-2飛行隊を1個飛行隊抽出し増強するとともに、南九州へ配備された旧型のF-4飛行隊を首都防空のF-15と交代させ、首都防空は全て1960年代のF-4飛行隊となりましたが、九州沖縄の防空体制だけ強化されます。

 もう一つ、西日本全般は、在日米軍により大幅に補強されます。2005年の米軍再編日米合意に基づく、アメリカ海軍第5空母航空団が神奈川県厚木基地より山口県岩国基地へ移駐が年内にも完了され、これによりF/A-18C及びF/A-18E戦闘機50機が東日本から西日本へ移駐、更に岩国基地の海兵航空団へ最新のF-35B戦闘機配備が先週から開始、同盟国に助けられた。

 防衛はもう一段、南西諸島へは、鹿児島県島嶼部馬毛島が空母艦載機陸上空母離着陸訓練FCLP予定地として用地取得が進められており、これは空母が入港中にも330mという空母の飛行甲板に戦闘機等を着艦させる技術を搭乗員が維持できるよう従来、小笠原諸島硫黄島で実施されていた訓練を、岩国基地近傍へ移転する事業でしたが、これも防空へ一助ともありましょう。

 しかし、如何に繕おうとも現在の防空能力は限界に達しているのではないでしょうか、防空とは対領空侵犯措置任務だけではなく有事の際に航空優勢を確保し、端的に言うならば、広島長崎原爆投下や大阪大空襲や東京大空襲のような戦火が国民の頭上に及ばないよう、空を守る事に在ります、平時にこれだけ展開させる脅威は有事にもその能力が発揮される。

 ただ、戦闘機の数について一点。280機の戦闘機が現在日本の空を守っています、この規模、緊急発進が200回を下回った時代は260機でしたので20機増強されたとはいえるかもしれませんが、冷戦時代に緊急発進が1984年の944回と過去最大の規模に至った時代には350機の戦闘機が運用されていました、70機は2個航空団に匹敵します。戦闘機部隊が不足している実情を無視してはなりません。

 H-6爆撃機の長距離飛行、中国海軍の空母部隊による太平洋での訓練が開始され、冷戦時代にはそれほど脅威度を受けなかった西日本や中日本、具体的には四国南方海域や小笠原諸島への航空脅威も現実的な脅威として認識するべき時代は遠くないのでしょう。緊急発進の増大は脅威増大の一端でしかありません、防衛力整備の方向性をそろそろ再考する必要性が来ているのではないか、そう考える次第です。

北大路機関:はるな くらま
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【日曜特集】アドミラルパンテレーエフ舞鶴寄港【1】アドミラルトリブツ舞鶴入港記念(2012-08-30)

2017-01-22 22:50:00 | 世界の艦艇
■ロシア海軍ウダロイ級駆逐艦
 舞鶴基地へ現在、ロシア海軍ウダロイ級駆逐艦アドミラルトリブツが寄港中です、そこで今回から【日曜特集】としまして2012年の駆逐艦アドミラルパンテレーエフ舞鶴寄港の様子を紹介することとしましょう。

 アドミラルパンテレーエフはウダロイ級駆逐艦の12番艦として1991年に就役しました。ロシア海軍では同型艦アドミラルトリブツ、アドミラルヴィノグラドフ、マルシャルシャポシニコフ、と共に太平洋艦隊へ配備、艦隊の主力として近代化改修も行われています。

 ウダロイ級は満載排水量8500t、全長163.5m、全幅19.3m、中々の大型艦です。AK-100艦砲にSS-N-14/RPK-3対潜ミサイル、RBU-6000対潜ロケット12連発射機、533mm 4連装長魚雷発射機、AK-630CIWS、針鼠の如く兵装がレゾルブ5システムにより運用される。

 舞鶴を親善訪問へ入港したアドミラルパンテレーエフ、鋭い船体にはあらゆる武装が余すところなく全体へ配備されており、巨大な対潜ミサイルシステムが恰も大型対艦ミサイルの如く前を睨む様子、武装重視の旧ソ連艦を瞬時に悟らせる威厳ある艦容を見せつけます。

 一言でいえば重武装、ウダロイ級を含めた旧ソ連艦艇全般への印象ですが、大型の対潜機材を搭載し、東西冷戦の東側諸国を率いるソ連海軍の広大な任務、大西洋と太平洋での本型に求められた対潜任務に当るとなれば大型化は必然的なものであったのかもしれません。

 しかし、大型で重武装過積載という印象をもたらすウダロイ級ですが、設計思想は概ね妥当で中途半端な外洋設計を排して高性能ソナーと戦闘指揮システムを搭載、長距離対潜打撃力と2機のヘリコプターを運用する能力をシステム化した上での外見という視点が要る。

 また、詳細は後述しますが、大型艦であった点、また設計者がそこまで長期視点を有したかは別としてガスタービン艦として高い整備性を有した故のウダロイ級は、続く新装備を受け入れる設計余裕を持ち、ソ連崩壊後の長期運用にも対応出来た点は特筆に値します。

 ロシア海軍ではウダロイ級は北方艦隊へヴィツェアドミラルクラコフ、マルシャルワシレフスキー、セヴェロモルスク、アドミラルハルラモフが配備中でして、対水上打撃力改良型に当たるウダロイⅡ型駆逐艦アドミラルチャバネンコが加えて北方艦隊で運用中という。

 ウダロイ級駆逐艦はソ連海軍が1155型大型対潜艦として建造した水上戦闘艦で1980年より14隻が建造されました。大型対潜艦と呼称される通りウダロイ級は対潜戦闘に重点を置いた艦隊駆逐艦で、12隻が前期型、2隻が後期型として建造、両者著しく形状が違います。

 ソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦同時期に20隻建造されていましてソブレメンヌイ級も1980年に一番艦が竣工していまして、こちらは艦隊防空システム“シチル”を搭載した艦隊防空艦として運用、西側のターターシステムと似た性能を持ち中国へも輸出されました。

 ウダロイ級駆逐艦とソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦ですが、冷戦後の世界においては潜水艦脅威の減退と共に艦隊防空艦が優遇される各国建造趨勢が観られましたが、ソ連を継承したロシア海軍ではソブレメンヌイ級ではなくウダロイ級が維持されることとなります。

 ロシア海軍がウダロイ級を重視した背景には、本級の使い易さという特性から維持されたといえます。こういいますのも、ソブレメンヌイ級は蒸気タービン艦であったのに対し、ウダロイ級はガスタービン推進方式を採用、整備性が高かったという点が大きいでしょう。

 旧ソ連が建造した水上戦闘艦ではありますが、ソ連崩壊後の深刻な経済危機の長期化により後継艦を建造する事が出来ず、北方艦隊と太平洋艦隊に黒海艦隊やカスピ小艦隊等を構成する全ての艦艇老朽化へ代替艦を建造出来ず、20世紀一杯、老朽化に任せてきました。

 しかし、今世紀に入り石油価格高騰などを受け国内油田を再開発すると共にソ連崩壊後の分離独立戦争がひと段落し、代替艦建造に遅まきながら着手すると共に、ソ連時代の老朽艦艇の近代化改修及び延命改修、現役復帰に着手する予算面での余裕が出てきた構図です。

 新型艦は、1990年代にネムストラムシイ級フリゲイトを3隻のみ建造しましたが、これもソ連時代に設計されたフリゲイトで当初はクリヴァクⅡ型フリゲイトやクリヴァクⅢ型フリゲイトの代替へ40隻程度が必要とされていたものを10年かけて3隻のみ建造したもの。

 設計が陳腐化するのではというくらいの不活性な建造速度ですが、昨年より順次完成したアドミラルフロータソヴィエツコヴォソユーザゴルシコフ級フリゲイトは満載排水量4300tと護衛艦はつゆき型等同程度ながらステルス性含め洗練された艦として完成します。

 アドミラルフロータソヴィエツコヴォソユーザゴルシコフ級フリゲイトが優れた設計を採用できた背景にはインド海軍への艦艇輸出と艦艇共同設計という、いわば場数を踏み技術者の継承が可能であったとの天恵ともいえる極めて良好な印ロ防衛協力関係がありました。

 インド海軍は中国海軍のインド洋進出や、ミャンマーのベンガル湾島嶼部での中国海軍基地建設や、インドと長年敵対関係にあるパキスタンへ高度軍事技術提供や核開発協力疑惑等、対立を煽る行動に対し警戒感を強めており、ロシアへ最新技術提供を要請したかたち。

 近年我が国との防衛協力を進めるインド海軍は、度々横須賀基地や佐世保基地へ艦隊を親善訪問させていますが、ロシア艦をそのまま改良した従来型の艦艇に加えステルス性の優れた艦艇を寄港させました、これら設計に当たった技術陣が旧ソ連最高の人材たちです。

 アドミラルパンテレーエフ、舞鶴基地北吸桟橋から眺めただけでも極めて強力な装備が主役されている点が垣間見えます、背負い式の艦砲は、護衛艦しらね型、舞鶴では、はるな停泊で見慣れているつもりですが、ミサイルにロケットとレーダーで満載状態そのもの。

 巨大な対潜ミサイルシステムの装甲発射機はもちろん水上戦闘艦へ533mm魚雷を装備する点だけでも重厚な武装を示しますが、驚かされるのは一部兵装へ垂直発射装置VLSを採用し、外見では見えない部分にもミサイルを満載している点、順次紹介してゆきましょう。

 AK-100単装砲は、100mm砲で背負い式に搭載され、はるな型ヘリコプター搭載護衛艦や、しらね型ヘリコプター搭載護衛艦を思い出させる非常に美しい艦容を構成していますが、近くで見ますと非常に小型であることに驚かされます、100mmと127mmの違い故です。

 AK-100単装砲は射程21km、毎分60発を投射可能な両用砲で、ソ連海軍では従来の76mm艦砲後継として、130mm砲と76mm砲の中間を担う装備として完成しました。マウント重量は34t。尚、自衛隊の54口径127mm砲は58t、127mm砲35t、76mm砲は8tです。

 ソ連海軍ではソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦へAK-130連装130mm艦砲を開発し運用しています、100mm単装砲と130mm連装砲を比較しますとマウント重量は49tでして倍増していますが、しかし単装砲と連装砲で砲身も倍増していて、発射速度も倍となっている。

 2門搭載するならば、艦砲はいっそのこと130mm連装砲一門としたほうが合理的に見えますが、100mm砲弾の重量は16.6kgで、130mm砲弾の重量が33.4kg、100mm砲二門の投射能力は毎分最大1660kgで、しかし130mm連装砲の場合は毎分最大1169kgといい、投射力では100mmに分があるもよう。

北大路機関:はるな くらま
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