独り居の充実ライフを求めて!

ご訪問を頂きまして有り難うございます

京都 詩仙堂の紅葉(TV放映より)

2018年11月25日 01時22分16秒 | 日々の出来事

                             季節によってその姿を変える美しい庭園

江戸初期の文人である石川丈山が1641年に建て、その後31年間隠棲した草庵跡。
狩野探幽が描いた中国の詩仙36人の肖像と詩(詩は丈山が書いた)が四方の壁にかけてある部屋があり(詩仙の間)、そのことから詩仙堂と呼ばれるようになった。
庭は白砂とさつきの刈り込みが美しく、鹿(しし)おどしが快い竹の音を響かせている。(HPより転載)

                       詩仙堂のHPのご紹介  http://www.kyoto-shisendo.com/

 

 

偶然にも詩仙堂の美しい紅葉の放映に出合いましたので急いで  を向けました。
以前に、旅行で訪ねておりますので紅葉の静寂の中に“こつん”と、鹿おどしの枯れた音の幻聴に耳を傾けてみました。
丈山の漢詩も書道展に出品しておりますのでとても懐かしくTVにしばし見とれました。

2007年(平成19年)5月4日の京都旅行の  より
 
                詩仙堂入り口                 座してみる庭園はまさに額縁に収めた名画

 
           詩人36人の額                        ししおどし

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孫は「夏休みこどもミニ作文コンクール」でご褒美を頂きました

2018年11月21日 11時32分59秒 | 未歩ちゃん


          夏休みに「頑張ってよかった」と喜んでおります                 記念のメダル                メダルの裏面

コピーを取らなかったので作品を読むことができませんが、家族旅行の川遊びの様子を100字にまとめたそうです。
昨年も応募したそうですが入賞には至らず、2年目の入賞にとても喜んでおります。
文章を書くことが大好きで、いつも何かを書いております。
2年目の入賞に孫曰く、「100字目が丁度。で終わったので納得できた作品」と。
読書も好きで、図書委員を積極的に頑張っておりますことにこのまま伸びて欲しいと願っております。

ババばかですが嬉しさのあまりいつも孫の話題に失礼いたします。

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孫の授業参観~PTA主催「いちょう祭り」を楽しみました

2018年11月18日 21時58分58秒 | 未歩ちゃん

                       授業参観 平成30年11月17日(土)  午前10:00~11:35 

 
      先生の素敵なご挨拶に思わず に収めさせて頂きました       後期の目標を前期を反省しながら一生懸命に綴っておりました

久し振りに「底辺×高さ÷2」の言葉を耳にしました。
式がわかっていても色々な三角形から、底辺、高さを求めるには直角に目をつけること、高さを同じくした1つの三角形の面積から、底辺を2倍、4倍、2/1にした面積の
求め方など頭の体操になりました。孫と復習したく思います。

           PTA主催「いちょう祭り」 平成30年11月17日(土)  12:00より 於 小学校の体育館

 
  PTA会長さん(赤のTシャツ)はマイクを以って壇上で誘導係             大盛況の各売り場の様子です


                       新鮮な野菜売り場はあっという間に売り切れ状態でした

売店には、美味しい焼きそば、フランクフルート、ポップコーン、あべかわ餅、アイスクリーム等々が並び、それらを求める親子の長い列ができました。
ババも孫家族のために列の一人になって焼きそば他を求め、孫家族にママ友たちも加わって久し振りに賑やかなお茶の会を楽しみました。

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日本遺族通信 平成30年11月15日号 遺書と九段短歌

2018年11月17日 23時17分15秒 | 日本遺族通信


                      平成30年11月 靖国神社社頭に掲示されました遺書 合掌

今号もご家族に寄せる最後のお別れの遺書を拝読いたし涙があふれました。
遺書の1文より「御身、今日の事あるは結婚当日より十分に覚悟に候へばさして驚かる事もこれ無かるべしと存じ候。」と。
お手元に届きましたお手紙をご覧になりました奥様の心中はいかばかりでございましたでしょうか。何回残念!を申し上げても言い尽くせません。
激戦地のレイテ島にて散華されました松本清司様に哀悼の誠を捧げます。合掌

遺されましたご家族の皆様のご平安をお祈り申し上げております。
戦争の悲劇は永遠です。世界の恒久平和を祈って止みません。

コメントに頂きましたお言葉よりご紹介させて頂きます。
matsubara様より
幼い男の子を残して戦地に行かれ、どんなに心残りであったことでしょう。
32歳でこんなに格調高い遺書を書かれるとは、どのようなお方だったのでしょう。
日本の損失です。

徳さん様より
いつ見てもこのような遺書を読むと胸が詰まります。
それにしてもこの時代の若者は格調高い文を書けますね。
それだけに余計悲しくなります。

お二方様いつもご丁寧にありがとうございます。御礼を申し上げます。

九段短歌の選者 安元 百合子先生のお言葉より
1首めの「特攻兵の声哀し」特別攻撃隊の発案者と言われる大西滝次郎中将は「特攻などという作戦は外道である」と喝破。戦後、割腹自殺されました。

2首めはハバロフスク地方二次遺骨収集派遣団による遺骨引渡式が9月12日に千鳥ヶ淵戦没者墓苑であり参列されての詠。
酷寒のシベリアと百日紅の対象が印象的。
ソビエト連邦は大戦終結後、約60万の日本人をシベリアに抑留、酷寒の地で重労働を強制しました。
現在、厚労省が抑留死の方の名簿整理を続け、10月にも新たに22人が特定されました。
以上、私自身も学びたくご紹介させて頂きました。

先生がお書きくださった「大西滝次郎中将は「特攻などという作戦は外道である」と喝破」に、私もいろいろと疑問がありますことにHPで調べております。

11月の九段短歌のご紹介をさせて頂きます。お目を通していただけましたら幸いに存じます。

   散り逝きし特攻兵の声哀し録画の像にしばし声出づ          富士吉田市 遺児男性
   極寒の旧ソ連より今還る千鳥ヶ淵に熱き百日紅              東京都 遺児女性
   菩提寺の戦争記録読み返し孫らと語らふ命の重さ            南相馬市 遺児女性
   曾祖母がいるのに曾祖父なぜいない問いし孫たち曾祖父を超ゆ      南相馬市 遺児男性
     
(ひいばあ)     ひいじい

   夏椿終戦の日の庭に咲く戦死せし父と語りたき朝             甲州市 遺児女性
   輝ける満天の星応へなき父のみ霊と洋上に見上ぐ             千葉市 遺児私
   お守りとなほ持ちてをり父の文軍事便の朱印うするる           鳥栖市 遺児女性
   おぼろなる憶ひ出ひとつ自転車の父のそびらに三歳のわれ            一宮市 遺児女性
   国破れ終戦直後の芋ごはんひと粒たりとて残すものかは         佐世保市 遺児男性(鳥海艦長子息)
   栗ご飯炊くたび思ういくさ場の父への陰膳祖母の香            青森県 田中恭子様(友人)

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読書『かみさまは小学5年生』

2018年11月15日 12時29分58秒 | 日々の出来事


                                       質問に答えてくれた
すみれちゃんの手書きの「文字」 (本文中から抜粋)

            かみさまは小学5年生のHPのご紹介  https://wezz-y.com/archives/57886

最初の1ページ・・・すみれちゃんに初めて会った日。
            この本の担当編集である僕は

            「すみれちゃんがみんなに伝えたいことってなーに?」
   
            とたずねた。
     2ページ・・・すると数ヵ月後。
            小学5年生の女の子は、
            手書きの「文字」と
            自分の持つ最大限の「言葉」を使って、
            質問に答えてくれた。 上の右の
    3ページ・・・ その手紙には、
             思いの強さがそのまま筆圧に伝わるかのように、
            消しゴムでは消しきれない
            書きなおしの跡がたくさん残っていたー。

文中、日々、子どもの心と向きあいつづける絵本作家ののぶみさんが、すみれちゃんだけが知る空の上の世界のヒミツを聞き出してくれました。との対談の内容にも
とても興味深く拝読させて頂いております。


                                 

                  すみれちゃんの不思議な心のうちに驚きを覚えながら上記一文のご紹介をさせて頂きました

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孫は俳句の記念品を頂きました

2018年11月13日 19時48分47秒 | 未歩ちゃん

2018.9.28 に紹介させて頂きました 孫の俳句が最優秀句に選ばれました  に俳句をプリントした湯のみ茶碗を頂きました。



ババ馬鹿ですが頂きました記念の湯のみ茶碗ですので記念に収めました


5年生の嬉しい記念になりましたようで毎日開けては眺めて、頂きましたお茶碗では大好きな日本茶ももったいないとまだ飲めないようです。

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平成30年度 学生版秋季昇級試験結果発表

2018年11月11日 08時12分43秒 | 未歩ちゃん

                           

 
           準初段 (提出時) →  初段  → 初段上へ2段跳び昇級に                  提出後の保存作品ですが

      
          初段上(提出時) → 2段 → 2段上へ2段跳び昇級に                    提出後の保存作品ですが 

1年生から私と一緒にお稽古をはじめましたが月例作品提出もままならず、1年生は3回のみ、2年生は5回、3年生は10回、4年生からようやく12回の提出ができるよう
になりました。
1年生時は文字になっておらずにとても心配しましたが、嫌いにならないように叱咤激励に現在に至っております。
4年生からは積極的に毎月提出できるようになり、有り難いことに今までに硬筆は4回、毛筆は5回の写真版掲載を頂きました。
そしてこの度、秋季昇級試験は毛筆・硬筆共に挑戦して嬉しい結果を頂きました。 

しかし、競争することを好まず「こんなに昇級したら怖い」と申して「来春は提出したくない」と。
原因は学校での書写の時間に「毛筆が上手に書けなく、自分としては5級くらいと思うので」と。
本人の気持ちを尊重しながらも続けて欲しい!と願っております。
最後までご覧頂きまして有り難うございました。    

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娘家族が 清里の ペンション 『LaVERDURA(ラベルデューラ)』 へ1泊の旅

2018年11月10日 10時42分16秒 | 我が家・親族

  
            ペンション『LaVERDURA(ラベルデューラ)』 HPより                夜のダイニングルームですと                                                          HPのご紹介  https://la-verdura.club/

 
                朝のダイニングルームと入り口ですが素敵なお部屋に感激しながらお食事も美味しく頂きましたと

三浦友和さんのお姉様、篠塚弘子さんが経営するペンション『LaVERDURA(ラベルデューラ)』で楽しんできましたと報告を受けました。
ペンション『LaVERDURA(ラベルデューラ)』の名前はイタリア語で”野菜たち”の意味だそうです。
「清里の森」という別荘街の中にある4件のペンションのうちの一つです。
清里駅から近いということに、周辺には道の駅やサントリー白州の工場などがあり、色々と遊ぶ場所にも困らないロケーションと。
「ソフトクリームの聖地」とも呼ばれている清泉寮も車で近くにあります。清里高原のリゾート地らしく、テスコートも借りることができるそうです。
6部屋ある客室はイタリア語で野菜の名前がついていて、篠塚弘子さんの手作りの高原野菜を使用した美味しいお料理を楽しましたと。

              ペンション内には三浦友和さんや百恵さんの作品が飾られていましたと

              
     百恵さんは今やハワイアンキルト界では知る人ぞ知る名作家で、キルト展にも毎年大作を出品されていますが、
            ラ・ベルデュールにも百恵さん作の畳2畳ほどの大きなキルトが飾られていました

             
         三浦友和さんの趣味は陶芸だそうで、プリミティブなデザインのつぼなどが飾られていました
                    後方の色紙は三浦友和さんのサインだそうです

お土産を頂きました
  
  お茶うけに限定の信州の味を楽しみました         娘たちの優しさが身に染みました          これはパックですが包装は限定のもみじ色                                                    

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本場の富有柿を頂きました

2018年11月09日 10時12分28秒 | 友人のご紹介



今年も本場の美味しい富有柿を沢山頂戴致しました。

Mさまご厚意の程に心から御礼を申し上げます。
柿は家族揃って大好きですのでご厚意に甘えさせていただきます。
誠に有り難うございました  

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奈良だより「興福寺の中金堂が再建されました」のご紹介 -50-    

2018年11月08日 17時02分05秒 | 奈良だより

奈良の前田様から興福寺中金堂が300年ぶりに再建されました事に写真を添えて説明を頂きましたのでご紹介させて頂きます。

「前田様より」
興福寺の中金堂は、奈良時代に創建されましたが、度重なる戦火や災害などで、
過去に7度焼失しているようです。
今回は300年振りに再建され、10月7日から11日にわたり落慶法要が営まれ、南都諸大寺の僧侶や天台宗総本山延暦寺の天台座主等も参列されました。
10月20日から一般公開され、11月11日まで落慶記念夜間特別拝観と、中金堂のライトアップが行われました。
音楽に合わせて中金堂を照らすLED照明が赤や緑に変化し、拝観者に配られるLED提灯の色も変化し、幻想的な時をすごしました。
 
           猿沢池に映える興福寺の五重塔                                 興福寺東金堂
 
 
                興福寺と五重塔                                 南円堂の左に夕日が沈んで行く
 
 
          300年ぶりに再建された中金堂                                      ①
 
 
                    ②                                              ③
 
 
                    ④                                            ⑤

  ①~⑤ までの写真は中金堂を照らすLED照明が赤や緑に変化し、拝観者に配られるLED提灯の色も変化し、幻想的なすがたです

大切な友人N様からメールに頂きましたお言葉を保存させて頂きます。

奈良・前田様の奈良便り何時も楽しみにしています。
昨日の興福寺中金堂の幻想的な写真に魅せられました。
昭和42年秋~49年春まで新婚時代をJR奈良駅からバスで5分程の住宅公団(UR)で過ごしました。
興福寺、奈良公園、春日大社は子供たちの遊び場でもありました。
懐かしい想い出、何時も前田様の便りを拝見させて頂いておりますが、特に今回の写真の“300年ぶりに再建された中金堂”は素晴らしいお便りでした。

N様の追伸①より
興福寺のこと、日本経済新聞・朝刊「私の履歴書」に11月1日より掲載されていることのご連絡です。
興福寺の貫首“多川俊英氏”の履歴書が掲載されています。
今日の内容は、学生時代大学研究室で「唯物心理学」に出会うことが書かれています。
日経新聞を購読されておられるかは存じませんが、目を通してみてください(購読されていない場合は近くの図書館で)。
履歴書は今日で九回目、月末まで連載されますので、「中金堂」のことが記載されるかもしれません。

N様の追伸②より

送信後、日経電子版を見ましたら下記の履歴書の記事が載っていましたので追伸します。

多川俊映(1)中金堂落慶  https://www.nikkei.com/article/DGXKZO37168480R31C18A0BC8000/

  私の履歴書 11月1日  https://r.nikkei.com/culture/autobiography

... 10月7日、興福寺の本堂中金堂の落慶奉告(ぶこく)法要があり、当日3千人を超える方々にご臨席いただいた。1997年6月に「興福寺境内整備基本構想」を
発表して20年、水面下で事業が動き出してほぼ四半世紀の歳月が流れていた。 ...

台風が近畿地方を直撃するとの予報だったが、それてくれた。
雲間から夏のような陽光が差し、時折、涼風が吹き抜けた。「当山の晴れの日。晴れてくれ」と祈っていた。「多川さんの法力ですね…

以上、N様のメールより転載させて頂きました。
参考までにお目を通していただけましたら幸いに存じます。

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