独り居の充実ライフを求めて!

ご訪問を頂きまして有り難うございます

「屋形船ともんじゃ焼きの会」へ参加

2013年09月30日 21時40分01秒 | 千葉実年歴史倶楽部(友の会・同好会を含む)

歴史倶楽部「友の会」会員の皆様へ

6月には「友の会」の新発足の会を盛会裏に行うことができました。
秋の好季を迎え屋形船で「もんじゃ焼き」を楽しみながら東京湾を巡る会を計画いたしました。
飲み放題も付きますので景色を見ながら和気あいあいくつろいだ時間を過ごしていただければとご案内申し上げます。

以上のご案内に長い闘病生活の病の余韻も大地に放ち、皆様と楽しくご一緒させて頂き、健康の有り難さを噛みしめながら幸せのひとときを過ごすことができました。
会長様を初め役員の皆様、お世話になりまして誠に有り難うございました

 開催日時 平成25年9月30日 (月)
 集合場所 JR 京葉線 または メトロ有楽町線 新木場駅改札出口前
 集合時間 11時40分
 会  費  4,000円
 参  加  者 38名 (男女計) 


                      
                             乗船した屋形船

                 

                                                       船内でもんじゃ焼きを楽しむ皆様
 
            前会長永井様を囲んで                     お仲間の皆様と

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日本遺族通信 平成25年9月15日号 遺書と九段短歌   

2013年09月22日 13時18分08秒 | 日本遺族通信


                      平成25年9月 靖国神社社頭に掲示されました遺書 合掌 

妹弟さんを案じながら、親孝行をお願いするまだ19歳の青年「愈々出発だ。喜んでくれ。
此の上は、専心御奉公致す覚悟である。」と。お若いお方のご覚悟に涙が溢れます。
ご健在ならば米寿をお迎えになられた頃に残念です。
どうぞ安らかにお眠り下さい。心からご冥福をお祈り申し上げます。 合掌

昨年の8月号から丁度1年ぶりの遺族通信のご紹介です。
今年は戦後68年を重ねましたが、未だに遺族及び関係者による遺骨収集が行われております。
毎月届きます遺族通信を見る度に、初めて聞く、見る、数えきれない程の多くの地域に派遣されて散華された多くの英霊のご冥福をお祈りするばかりです。 
      


九段短歌は前選者の先生が病気療養からご逝去されましたことに3月号から8月号までの6ヶ月間休載されました。
9月号から前靖国神社権宮司であられた三井勝生先生が選者となられて九段短歌の掲載を頂く運びとなりました。
6ヶ月間の休載はとても淋しく残念でした。
9月号から掲載の報道に  しておりましたが、洋上慰霊の折りに男性遺児のお方が寄せ書きを書かれた日の丸を背負って 「父さ~ん、父さ~ん」 と何度も呼びかけており
ましたことが印象に残りました歌を選んでいただき
ました。
浅学の身ですが、新選者の三井先生に選んで頂けますように100首を目標に精進して参りたく思います。

戦争を知らない国民が多くなり、戦争も遠い過去の事になりつつありますが、事実は事実として継承して参りたく考えております。
私たち遺族は命ある限り鎮魂の歌を詠み続けて参ります。
7ヶ月ぶりに12名の遺族関係者の鎮魂の歌を掲載して頂きましたのでご紹介させて頂きます。
お目を通して頂けましたら幸に存じます。

 雑草と自負して生きし幼き日戦争遺児の遠き思ひ出              富士吉田市 遺児男性
 昔の男国に捧げし心をばむだと云ひきる今の若者                     呉市 遺児女性
 父の夢家族と共にスマトラへ六十八年(と)せ想ひ出の日々               宮城県 遺児男性
 荼毘にせずば故国に戻れぬ残酷の煙揺らめき幾条(いくすじ)も立つ           
出雲市 妻
 防空壕空襲死語にさせまいと児童らに語るゲストティチャーのわれ            青森県 遺児女性
 兄戦死吾は戦場復員し父母の苦労に恩返しする                     京都市 遺族男性
 パラオ島の霊碑に吊りきし風鈴(すず)のごと今宵の虫の音亡兄よききませ      横手市
 遺族女性
 おさなき日物悲しさに母を待つ父は帰らぬ卓袱台一人               名古屋市 遺児女性
 お浄土で会ふお父さん若いから歯を治療しに行くと言ふ母                南相馬市 遺児男性
 この社亡父の腕にぶら下がる思ひでありてしばし佇む                大阪市 遺児女性
 母逝くは戦死の父の生日なり昭和はかなし二人弔ふ                うきは市 遺児男性
 「父さ~ん」と叫ぶその声波に消ゆ背負し日の丸哀しく揺るる            千葉市私の歌(88首めの掲載)

9月号が未到着のままに、9月18日(水)~19日(木) 千葉県遺族会女性部研修旅行に参加。
遅くても19日には届いておりますことに1日も早く知りたく思いましたが、残念にも  を自宅においたままの旅でした。
子ども達の番号は全く解らず  九段短歌掲載有無のお願いも出来ずに   新しい選者の先生に選んで頂けますことを祈りながらの旅でした。
帰宅後、日本遺族会からの封筒を手にし、掲載を頂きましたことに旅の疲れも忘れ幸せに感謝を致しました

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平成25年度 千葉県遺族会女性部研修旅行

2013年09月20日 17時32分19秒 | 遺族会関係の旅

       1.日    時 平成25年 9月18日 (水) ~ 19日 (木)
       2.研修場所 福島県 磐梯熱海  華の湯
       3.参加者数 80名
       4.集合場所 JR千葉駅北口階段下    9時00分

              JR西船橋駅改札口前    9時30分
【日 程】
1日目 9月18日(水)
千葉駅 → 西船橋駅 → (鬼高PA休憩) 首都高速道路 → 靖国神社昇殿参拝

      
          平日のために静かな靖国神社             靖国神社昇殿参拝記念御朱印

岩崎部長様は卆寿を迎えられ、益々お元気にご指導を頂いておりますことに遺児の一人として感謝を申し上げておりますところです。
ご主人様は26歳で硫黄島で戦死され、部長様は22歳で未亡人に 悲しみを乗り越え、ご苦労を重ねながらもお二人のお子さまを育てるために会社を設立され、
ご商売にご尽力されましたことを伺いました。
現在はご子息様のご家族に囲まれ、今日の繁栄と幸せに感謝をされていらっしゃるご努力の部長様に敬意を表しております。
今も多くの役職にご多忙の中、自叙伝を執筆中と伺いました。
是非、拝読させて戴きたい
上梓の日を心待ちにしております読者の一人です。
昭和28年戦没者妻の会 「婦人部」 を発足する迄のご苦労から現在までのご尽力に想像を絶する多くがありましたこと。

恩給復活の28年は当時ヤミ米1俵8000円の時代に年間23,000円の給付でしたこと。
お仲間の中にはご苦労のままに、ご主人様のもとに旅立たれたお方も大勢お出でですが、平和な世の中に生有ることに大きな喜びですと。
以前、お話しを拝聴させて頂きましたことも思い出しながら、今年も岩崎部長様のお元気なお姿にお目にかかれました喜びと、県内各地から参加されました遺児の皆様と
親しくご一緒出来ました幸せに感謝を申し上げながら靖国神社昇殿参拝に多くの英霊の皆様に心からのお祈りを申し上げることが出来ました。 合掌


      昼食会場の東天紅(HPより)           より東京タワーを望む
上野東天紅(昼食) → 首都高速道路 → 東北自動車道 → (羽生PA休憩) → (那須高原PA休憩) → 磐越自動車道 → 磐梯熱海  華の湯 到着


        研修会及び懇親会場            初めてお願いしましたお宿のサイン 

旅の思い出集について
ご存じのお方もおありでしょうが、私は今春の旅に義姉から「旅の思い出集」について初めて伺い、その素敵な記録集  に感激しました 。
女将さんが歌を詠まれるお方は、短歌や、俳句を添えてくださったり、又、季節の風景を墨絵で表現してくださったり、姉が持参した冊子で沢山の素敵な旅の想い出に
触れることができました。
お願いの方法は、夜のうちにカウンターに冊子を渡してお願いしますと のように書いてくださいます。
「旅の思い出集」とは私が名付けた勝手な題名ですので念のため申し添えます。
素敵な題名を教えて頂きたくよろしくお願い致します。
(注意)出発の時に忘れないで受け取ってくださいね
今までは御朱印を大切に収集しておりましたが、今後は楽しみが一つ増えました。

       
          岩崎部長様を囲んで             一夜さのお宿をご一緒した皆様 

2日目 9月19日(木)
ホテル
 → 磐越自動車道 → 飯盛山白虎隊の墓見学 → 鶴ヶ城見学(昼食) → 磐越自動車道 → 東北自動車道 → 那須高原SA(休憩) → 羽生PA(休憩) →
首都高速自動車道 → 京葉道路 → 西船橋駅着(17時40分) ・ 千葉駅着(18時05分)
1.飯盛山白虎隊十九士の墓見学
白虎隊は戊辰戦争で戦った16~17歳の少年たちでお墓は鶴ヶ城の北東飯盛山の中腹にあります。
火に包まれた城下を望みながら少年たちは若い命を散らしました。
本来は、藩主の警護にあたった予備兵力でしたが、全線から救援の要請があり、急遽、藩主の命令で滝沢本陣を出陣したものです。

会津若松 写真
           
飯盛山の名所「動く坂道」                           鶴ヶ城を仰ぎ見る少年の像
2.さざえ堂見学
正宗寺の僧郁堂が1796(嘉慶元)年に建立した奇想天外の建物で 国の重要文化財。
高さ16.5mの円柱状のお堂ですが、よくみると六角形という不思議なもの。
内部には階段がなく、右回りの螺旋状のスロープを上ると頂上に太鼓橋があり、橋を渡ると今度は左回りの下り坂で背面の出口に出る。
つまり通路しかないというもので、昇降を通じて建物を3度回ることから三匝堂 「仏教の礼法である右繞三匝 (うにょうさんぞう) に基づいて、右回りに三回匝る (めぐる)
ことで参拝できるようになっている」 の名がある。

中心部には 「本朝二十四孝」 の額が取り付けられていますが、その昔は西国札所の三十三観音像が祀られ、一度入ると巡礼を終えたことになるわけで、江戸時代、会津から
西国三十三観音参りに行くのは大変でもっと廻りやすいお参りというわけで町廻り三十三観音ができ、もっと簡単にというわけで「さざえ堂」ができたという事です。

 
              飯盛山に建つ旧正宗寺の円通三匝(えんつうさんそう)堂
3.戸ノ口堰洞穴見学
猪苗代湖から会津地方へ水を引く為に掘られた堰で元和年間から元禄年間まで工事が行われ天保3年から3年間は会津藩士である佐藤豊助が中心となり飯盛山の中腹から
トンネルを掘り進みました。トンネルの長さは約150mとなり工事に刈り出された人夫は5万5千人に達したそうです。完成後は2500ヘクタールの灌漑が可能になり
会津藩にとって大きな恩恵となりました。戊辰戦争の祭は白虎隊士中二番隊20名が鶴ケ城(会津若松城)に戻る際通った洞穴としても有名で、この後飯盛山から城下町が
炎上しているの見て自刃しています。

戸ノ口堰洞穴
                                  白虎隊が通り抜けたと言う説明板と洞穴
4.鶴ヶ城見学(国指定史跡)及び昼食
難攻不落の名城とうたわれた鶴ヶ城は、戊辰の戦役で新政府軍の猛攻の前に籠城一ヵ月、城は落ちなかった。
石垣だけを残して取り壊されたのは明治7年のことである。
至徳元年(1384)葦名直盛がはじめて館を築き、改修を経て天下の名城となった。
たくさんの方々の寄付により鶴ヶ城がよみがえったのは昭和40年9月のことである。
平成23年春には幕末時代の瓦(赤瓦)をまとった天守閣としてリニューアル公開されました。

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2013年(平成25年)9月7日 2020年 東京五輪決定

2013年09月13日 07時00分00秒 | オリンピックなどスポーツ関係

2020年の第32回夏季オリンピック大会の開催都市を選ぶ国際オリンピック委員会(IOC)総会がブエノスアイレスで開かれ、7日(日本時間8日)東京が
イスタンブール、マドリードを
大差で破り、1964年の第18回大会以来56年ぶりに開催を決めたと報道されました。
のニュースから少し撮影させていただきましたので記録に残したく思います。

 
            発表まで上記の映像などにドキドキ   でした

 
         IOCのロゲ会長が TOKYO 2020 と発表されました

 
     喜びのブエノスアイレス会場           喜びの駒沢体育館会場

 
お・も・て・な・し のスピーチをされた滝川さんと感動のスピーチをされた佐藤選手

今頃になっての更新は少々時代遅れですが、書道かな条幅昇段試験作品作成に多忙にしておりました。
12日(木)提出完了にホットして久しぶりに  に向かうことができました。
当日は時間的に を見ることは無理と思い、ビデオをセットして休みましたが、不思議な事に4時頃から目が覚めてしまいました。
おかげ様で最初に登壇された
久子妃殿下の素敵なスピーチを拝聴する事が出来ました。
続いて登壇された皆様の手振り身振りの素晴らしいスピーチに感激と笑い
何回も報道されておりましたが、本当に本当に素晴らしいスピーチでした。
再びは叶わない貴重な時間を多くの皆様とご一緒出来ました幸せに感謝の時間でした。

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友人の庭のお花のご紹介     

2013年09月01日 11時32分14秒 | 友人の庭のお花のご紹介

夏の終わりに美しい花を咲かせるこの山草は、暑さと強い日照りに弱いのですが、猛暑のこの夏にも負けませんでした
永年大切に手をかけているので来年も期待できると思います
ぎぼうし玉簪は夜間のみ開花する一夜花で上品な芳香を放ちます

以上のようにお言葉をいただきました。
いつも友人の庭のお花をご覧頂きまして有り難うございます。
厳しい夏の暑さにも負けずに健気にお庭を彩っていただいております
美しいお花のご紹介をさせていただきます。
暦の上では9月を迎えましたが、まだまだ厳しい暑さが続いております。
お訪ねいただいております皆様のご健勝をお祈り申し上げます。

 
           蓮 華 升 麻                 檜    扇

 
           金 水 引                    高 灯 台

 
          狐のカミソリ                   ぎぼうし玉簪

庭のお花の他にご主人様の油彩、奥様の陶芸作品もご覧頂きたくご紹介させていただきます。
   Hide Gallery  http://www6.plala.or.jp/inage3/index.html 

平成25年9月1日 関東大震災記念日 防災の日 の記録 (讀賣新聞より転載)
関東大震災 1923年(大正12年)9月I日午前11時58分に発生。
相模湾北西部震源とするマグニチュード7.9の大地震で、死者は10万人以上に上った。
本年9月1日で90年を迎えた。
軍服製造工場の跡地だった東京都墨田区の「陸軍被服廠跡」は当時は空き地で、地震直後、住民が避難のため殺到した。
現在は都立横網町公園となり、慰霊堂が立っている。合掌

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