クハ481-103の駅巡り旅のページ

鉄道の旅を楽しみながらJR線全駅踏破を目指しています。

2008年冬の青春18解禁乗り継ぎ(その4)

2008-12-28 21:12:03 | 四国地区


ホーム撮影を終えて、地面に下がります。あるのは切符売り場だけで待合室はありません。鮎喰駅には2003年8月以来の訪問となりましたが、駅構内表示板が「アクイ」から「鮎喰」に変更されていました。周辺は徳島大学生のねぐらで、アパートだらけです。


徳島大学方面へ向けて周辺散策します。駅前道路のガードは車通しのすれ違いが出来ないほど狭いにもかかわらず、交通量が極めて多く、通過時に恐怖すら覚え、後から到着した465Dの利用客も渡りにくそうにしていました。大掛かりな工事になると思われますが、この危険地帯は何とかならないものか。


ホームから遠方信号機が見えるほど目と鼻の先にある距離ですが、16時8分発の466D(1503+1514)に蔵本駅(B02)まで乗車しました。



蔵本駅も2003年8月以来の再訪となります。今回は駅舎の全貌を撮影しました。右半分にはKIOSKが入居しています。初訪問当時に居たと思われる駅員は配置されておらず、その代わり、左半分には焼肉店が入居していました。最大のお得意様は徳島大生といったところでしょう。尚、駅前には蔵清水がありますが、空きペットボトルがなく今回は見送りです。



交換可能な対面ホームを有し、3番乗り場?には保線用の側線があります。跨線橋は屋根付きです。



2番乗り場の駅名板。徒歩10分の所に蔵本運動公園があり、プロ野球・独立リーグの徳島インディゴソックスのロゴが貼られています。



歩いて数分の所に徳島大学の医学部・歯学部・薬学部のキャンパスがあり、大学病院も併設されています。そのせいか、駅には学生の姿をしこたま見かけます。尚、文系学部(教育学部を含む)のキャンパスは、徳島空港から徳島駅へのバスのルート上にあります。

麻植塚のあたりで既にになっているので、これ以上駅舎撮影を続行できるか不安になってきましたが、16時35分発の468D(1512+1504)に乗ってもなお駅巡りの意欲は衰えず。



16時38分に佐古駅(B01 ?)に到着しました。平成5年完成の高架駅で、トイレや改札は地上階にあります。窓口営業時間は、7:00~11:20と12:20~18:20です。下車してすぐの撮影ですが、条件は「1/15秒 F5.6」でした。これは東口ですが、西口も同じ体裁です。撮影後、西口に廻って横断歩道を渡り、キョーエイにて明日・明後日の買出し。



買い物に大分時間をとられてしまい、駅に戻る頃には夜の世界。申し遅れましたが、佐古駅の構内は島式ホームの1面2線で、上下別または線別ではありません。この後やってきた17時17分発の470D(1235+1246)にて徳島へ向かいました。これを逃すと55分までないので、駅名板は撮り忘れました。


17時20分に徳島駅3番乗り場に到着。少し休憩した後、今日・明日のベースである東横イン徳島駅前にチェックインしました。荷物を置いた後、麺王にて徳島ラーメンで夕食にしました。この後の時間帯はなので、部屋に戻って正解でした。


これが年内最後の記事となる見込みです。来年も宜しくお願いします。では、よいお年を。


つづく


参考サイト  さいきの駅舎訪問

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2008年冬の青春18解禁乗り継ぎ(その3)

2008-12-25 19:51:33 | 四国地区

麻植塚駅から7分ほどで下浦駅に到着。こちらも片面ホーム1面のみの無人駅ですが、線路の向こうは  で、全体像は撮影不能です。


踏切を越えると幹線道路に出て、付近にローソンもあります。しかし、これといった成果の無いまま、1つ徳島寄りの踏切を渡りました。



駅方向に歩いていたら、轟城址を発見しました。今でこそ田園地帯ですが、かつて城があったとは想像しにくいですね。


4人分しかないベンチで同時にやって来たオッサンと特急剣山号の通過を見送り、14時50分発の4462D(1005+1008)に乗車し、下浦の缶詰から開放されました。



14時57分に府中駅(B04)に到着。交換の相手となる459Dが4分ほど遅れ、鮎喰駅での滞在時間が10分以下となることが確実となったので、ここを先に訪問します。阿波池田行きの459Dは15時2分頃入線し、4462Dも4分遅れで発車しました。



徳島線の府中駅は、「ふちゅうえき」ではなく「こうえき」と読み、難読駅名の1つといえます。いまでこそ徳島市郊外の住宅地ですが、江戸時代には阿波国の役所が置かれていたと思われます。



府中駅の駅舎は明治32年1月築ですが、ファザードだけ見ると戦時型駅舎に見えます。数回はリニューアルされていると思われます。特急停車駅で一応窓口はありますが、営業時間は6:50~11:20で、この時間は無人でした。


定刻にやって来た15時18分発の4461D(1254)にて、1駅阿波池田方面に折り返しました。



4分ほどで石井駅(B05)に到着。この駅も交換設備を有します。



石井駅の駅舎は、道路より少し高い位置に聳え立っています。窓口はありますが、営業時間は6:50~11:30、12:30~15:10となっていて、訪問時は既に窓口業務を終えていました。駅舎内にはベンチが無く、列車待ちの地元民もいぶかしんでいました。付近の高校生の利用マナーが余りにも酷く(喫煙の常態化など)、撤去されたと考えられます。これまで1721駅(2008年12月12日時点)訪問してきましたが、待合室にベンチの無い駅は初めてです。



14分ほどで石井を後にします。2番乗り場へは古い跨線橋で結ばれていますが、駅舎側の1番乗り場から発着する上り列車も多数存在します。15時36分発の464D(1513+1506)も1番乗り場からの発車でした。



15時43分に鮎喰駅(B03)に到着しました。高台に位置する、片面ホームのみの無人駅です。


つづく
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2008年冬の青春18解禁乗り継ぎ(その2)

2008-12-22 19:36:29 | 四国地区

2003年に1度降り立ったことがありますが、改めて訪問します。明らかにリニューアルされていると思われますが、駅舎そのものは明治32年8月築です。学駅と同様、窓口営業時間は平日の6:50~11:50のようです。JR化後しばらくはパン屋が入居していましたが、現在は「貸店舗」です。



時間が来たので、駅構内に入ります。2面3線を有し、この駅で特急剣山号に抜かれる普通列車も存在します。その後、駅舎から最も遠い3番乗り場に入線した、11時40分発の454D(キハ47 145+キハ47 1505)にて徳島方面へ移動しました。



3分間乗車しただけで、西麻植駅(B10)に途中下車。片面ホームの東方には吉野川遊園地の観覧車がよく見えます。



この駅も古い木造駅舎を有していますが、無人化されて窓口が閉鎖されています。ここで阿波尾鶏弁当にて昼食です。


休憩終了後、周辺をそぞろ歩き。江川湧水群まで500mありますが、時間が押していたのでまたの機会ということで。12時38分発の4456D(1252)にて隣駅へ移動。



12時41分に鴨島駅(B09)に到着。交換可能な対面式ホームの脇に保線用の側線があります。この駅の跨線橋は屋根があります。



鴨島駅は、旧岩見沢駅を思わせるファザードをもつ木造駅舎で、BIGキオスクと旅行センターが併設されています。


鴨島駅前から伸びる道は、11番札所(藤井寺)に繋がる「空海のみち」として紹介されています。駅を出ると活気の感じられないアーケードが続いてますが、近くには大きなカラオケボックス&ゲーセンがあります。18歳未満の若者にはちょうどいい遊び場ですね。



最後に1番乗り場の駅名票を撮影。下には「麻薬は違法」を意味する啓発ポスター。13時12分発の458D(1503+1514)にて次の訪問駅へ。



6分ほど乗車して牛島駅(B07)に到着。明治32年4月の築ですが、明らかに何回かリニューアルが施されています。駅員は居ないようで、窓口が閉鎖されています。長閑な住宅地の中の駅です。



少し散策した後、構内全体を撮影。交換可能な対面式ホームを有し、屋根の無い跨線橋で結ばれています。その後、455D(1246+1235)にて1つ阿波池田方面へ。



3分ほどで麻植塚駅(B08)に到着。4両分あろう片面ホームのみの無人駅で、スロープにも自転車が無造作に置かれていました。古くからの住宅街の中の駅ですが、駅裏は果樹園です。


18分後の460D(1509)にて下浦駅(B06)を目指しました。


つづく
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2008年冬の青春18解禁乗り継ぎ(その1)

2008-12-19 19:39:02 | 四国地区
 先日は、暗い話題を提供してしまいましたが、ここからは明るい話題でいきましょう。
 このカテゴリーでは、四国地区の駅巡りについて紹介しています。どこまで行けるかわかりませんが、範囲は一応全8路線とします。
 ようやくというべきか、2008年12月13日(土)~15日(月)にかけて、第1次四国地区駅巡りに着手しました。今回の対象路線は、徳島線と鳴門線です。



出発は、来年3月で臨時列車化される、新津0時6分発の快速ムーンライトえちごの新宿行きで。485系K2編成で、指定は全て埋まっており、通路に立っている人もちらほら。真澄カップを投入したこともあり、いつにもまして良く眠れ、長岡停車時も大宮到着放送も記憶になし。

定刻5時10分に新宿に到着しました。東京都内はです。山手線内回り電車(400G=E231系508編成)で品川に向かいますが、何時にも増して人が多いような気がしました。「えちご」乗車中に「青春18」に日付印が入ったので、スムーズに京急に乗り継ぐことが出来、5時52分発の快特で一気に羽田空港へ。



羽田からは、7時20分発の日本航空1431便で徳島空港へ。私にとって初めてのA300-600R(JA8529)で少しばかり興奮しました。2-4-2の8アブレスト(普通席)でセミワイドボディー機の部類に入ります。羽田を離陸した後に東京湾に出て、焼津~潮岬~徳島というルートをとりました。



JL1431便は定刻よりも10分早く徳島空港に着陸し、展望デッキに上がって8時50分発の連絡バスに乗れ、9時20分にはもう徳島駅に到着しました


駅弁を調達した後、9時48分発の445Dに乗車し、徳島線駅巡り開始。1500系(1504+1514+1503)ということで、しばし走行音と乗り心地を堪能していきます。1500系には転換クロスシートが備え付けられ、地元民も「グレードが高い」といいます。省エネ気動車ながらも、可也強力な走行音を立てていきます。



10時29分に学駅に到着です。JR四国は、外国人をはじめとした旅行客にも分かりやすいように、駅ナンバリングを行なっており、四国内の299駅(津島ノ宮、田井ノ浜を除く)には其々記号が付与されています。学駅は徳島線の12駅目とのことで「B12」と付与されています。これ以降、私のブログでは、JR四国の駅で、初めて登場するものについては、横にナンバリングを付与しています。



駅構内です。交換可能な対面式ホームを有しており、屋根の無い跨線橋で結ばれています。



いよいよ駅舎の撮影です。菅原道真公をイメージして桜の模様が描かれた、屋根上の突起物がアクセントになっている木造駅舎です。学業の成就を祈願して入場券を求める人も少なくないですが、窓口の営業は、平日の6:50~11:50に限られています。尚、この地は昔、了慶寺というお寺があり、学徳の高い名僧が居て各地から大勢に人が集い、学問を習いに来たという故事から「学」という地名が付けられたといわれています。



気持ちが良いので、思い切って阿波川島駅(B11)まで駅間徒歩を敢行します。歩き始めて間もなく八幡神社に立ち寄り、旅の安全を祈願。12月中旬になる現在でも銀杏の葉が未だに散っておらず、地球温暖化の影響もありますが、やはり新潟とは気候が違うなと感じました。


その後も県道246号を進んでいきますが、川島役場付近で下水道工事のため可也の迂回を強いられ、11時40分まで阿波川島駅に到着できるかどうか微妙になってきました。


東から北へカーブした後、商店街を通過して少し迂回した形となり、何とか11時30分に阿波川島駅に辿り着きました。


つづく
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「ムーンライトえちご」来春廃止?!

2008-12-17 22:16:37 | 新潟の鉄道
 これから四国旅行の模様をアップしたかったのですが、昨日、私の駅巡りに重大な影響を及ぼすような、信じがたいニュースが入ってきたので論じさせて下さい。
 それは、「快速ムーンライトえちご」が来年3月のダイヤ改正で臨時列車化に向けて検討されているというものである。「快速ムーンライトえちご」というのは、東京方面の「18きっぱー」にとっては北へのつなぎ、新潟方面の方にとっては成田ないし羽田発の早朝便へのアクセスとして重宝されてきた。私のブログを見ると、上りの「ムーンライトえちご」に関する記述が頻出していることがわかるでしょう。指定券さえ購入できれば「18きっぷ」で利用でき、誠に使い勝手の良いれっしゃであった。急用で東京に行かなければならない人にとって使いやすい列車でもあった。今、その「えちご」に白羽の矢が立っているのである。
 では、なぜ、「快速ムーンライトえちご」が存廃論議にかけられているのか。私は、次の2つの理由があると考えている。
 1つ目は、高速バスの隆盛化である。現在、夜行高速バス路線がどんどん拡張し、改正のたびに夜行列車が減少している。
 新潟から東京に出る場合について見てみよう。新潟交通(西武バス、越後交通も共同運行)利用の場合は5250円と「快速ムーンライトえちご」とさほど変わりないが(普通運賃の場合)、ウィーラートラベルを利用した場合、最もグレードの低い席を利用すると2700円で済み(2008年12月18日発の場合)、「えちご」より6割程度安く利用できることがわかる。この帰結はもうお分かりの通りである。
 2つ目は、JR東日本の収益の縮減である。新幹線を中心とした優等列車の利用のおよそ7割は、帰省客・観光客ではなくビジネス客である。アメリカ発の金融危機による経済恐慌によりビジネス需要が大きく減退し、結果としてJR東日本の収益率の急低下につながっている。これにより、オフシーズンの平日の利用率が極めて低いといわれる「ムーンライトえちご」なぞ残してられないという論議が起こっている。
 もし、「予定通り」に来年3月以降、「ムーンライトえちご」が定期列車でなくなるとどのようなことが起こるのか。私は次のように考えている。最初の数年は、「18きっぷ」の時期やGWの時期はデイリー運行しているが、そのうちに年始年末やお盆の数日間のみの運行として利用客離れを狙い、北陸新幹線全通の暁に「さよなら運転」となろうかと予想している。「ムーンライトえちご」の段階廃止は、新潟車両センターに所属する「状態の悪い」485系の淘汰という、もう1つの目的も見え隠れする。
 ここで私が望むことは次の通りである。できれば「快速ムーンライト」は来年の3月以降も現状維持にしてほしい。もし、臨時列車化するにしても、金・土・日曜日の運行は維持し、「18きっぷ」の期間中は毎日運転してほしいものである。ダブってたらゴメンナサイ。



  K1編成



   K2編成
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8連いなほの話

2008-12-11 18:55:53 | 羽越本線

 ここで1つ、「いなほ」関連の話をします。羽越線を走るため、「羽越本線」のカテゴリーに入れさせていただきます。
 2001年3月のダイヤ改正で「白鳥」が廃止となり、「青森いなほ」が日本一ロングランする昼行特急列車となりました。GWや盆や年末年始の時期には、「はくたか」用のR1,R2編成での運行となりました。2005年3月のダイヤ改正で「はくたか」が681・683系に統一され、R1編成やR2編成が定期運用を失いました。やがてR1,R2編成は6連化改造を受け、それぞれR26、R27編成となりました。8連いなほが登場したのは2006年の暮れからです。対象は主に「いなほ7,8」号で、R21、R22、R23、R25のいずれかに3086ユニットを挟み、8連化するというものです。この場合、自由席は6~8号車となります。
 さて、2007年春からの8連いなほの動向について見てみましょう。


1.2007年GW

 2007年の4~5月の「8連いなほ」はR23でした。4月28日の「いなほ7号」から5月7日の「いなほ8号」までの設定ですが、「高田お花見号」の時に既に編成が出来ています。4月下旬には庄内地区の修学旅行輸送の関係で、「いなほ9号」などに入ったりします。上の写真は、4月30日の「いなほ7号」です。(新潟駅にて撮影)


2.2007年夏

 2007年お盆の「8連いなほ」はR22でした。8月8日の「いなほ7号」に始まり、17日の「いなほ8号」で終わりました。編成は7月下旬に組まれましたが、新潟県中越沖地震の関係で柏崎大花火大会が中止となり、長岡花火関連の「三尺玉号」のみにとどまりました。上の写真は、8月13日に新発田駅で撮影された「いなほ8号」です。


3.2007年暮れ~2008年正月

2007年暮れ~2008年正月の「8連いなほ」はR23でした。12月28日の「いなほ7号」にはじまり、1月6日の「いなほ8号」で終わりました。上の写真は、1月3日に新発田駅で撮影された「いなほ8号」です。


4.2008年GW

2008年GWの「8連いなほ」はR21でした。前年と同じく、「高田お花見号」の時に組成され、修学旅行輸送に当たった後に「いなほ7・8号」に運用されました。しかし、プレリリースでは「いなほ7、8号」が8連になるのは5月2日~6日のみでした。上の写真は、4月29日に編成変更により実現した、8連となった「いなほ7号」です(新潟駅撮影)。自由席は、5~8号車となっていました。


5.2008年夏

2008年夏の「8連いなほ」
は、連結器カバーの色が緑から黒に変わったR25でした。予定通り「海中スターマイン号」から運用され、8月8日「いなほ7号」から18日の「いなほ8号」まで専属で入りました。その後は9月の団体列車に使われた後、MM’3086が抜かれて元に戻っています。上の写真は、8月9日に新潟駅で撮影した「いなほ7号」です。


6.2008年秋

11月15日の「いなほ13号」で始まり、翌16日の「いなほ2号」~「いなほ1号」~「いなほ10号」のスジで実現した、突発的な「8連いなほ」です。編成はR21でした。上の写真は「いなほ10号」(坂町駅)です。
新潟DCの関係と思われますが、真相は謎です。


 2007年春から見てきましたが、対象編成はR21、R22、R23、R25のいずれかで、旧「はくたか」編成や新参者のR28については実現していません。こ
の年末の「8連いなほ」には何が対象となるのでしょうか。現在(2008年12月11日時点)全検入りしていると思われるR25が当たるのかな。それとも、「はくたか」マーク付きの8連が実現するのか?この年末の「いなほ」に要注目です。

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遊佐駅再訪レポート

2008-12-04 22:12:13 | 羽越本線
 吹浦駅と同様の木造駅舎だった遊佐駅は、鉄筋コンクリートの合築駅舎に改築されました。普通切符で行くのも高すぎるし、「青春18」を使うにも限られた回数と期間で行くのなら未訪問駅を何駅も訪問しよう、ということで、2008年4月1日の全体オープン以来7ヶ月も躊躇してきました。が、「ゆったり庄内散策パス」が発売されて「えちごツーデーパス」と組み合わせれば酒田まで4500円で往復できるということで、11月8日に遊佐駅再訪に踏み切りました。


 出発は、新津6時15分発の羽越本線823D(キハ110-201+キハ110-203)で。今年4月から新潟県の公立高校が全県1区となったので、新津から高校生が結構入りこんでました。今回のテーマが「羽越本線」ということで、村上で高校生がはけてから菊水の辛口で一杯やりました。沿線は紅葉真っ盛り。
 酒田到着後、一旦出場して230円の普通乗車券を購入し、9時38分発の539M(701系N13編成)への乗り継ぎに成功しました。9時51分に遊佐駅に到着し、普通のおばさまが集札していました。



2008年3月竣工の新駅舎で、3月31日に完成式典が挙行されました。「ゆざっとプラザ」という2階建ての合築駅舎で、2階に遊佐町商工会が入居しています。委託駅で、改札内にはみどりの窓口の他、遊佐町シルバー人材センター、NPO法人・遊佐鳥海観光協会、デマンドタクシー予約センターが併設されています。



南側から見た新駅舎です。トイレはニイ方にあります。真上にもトイレがあります(←意味無いね~)。尚、改札内にはトイレはありません



駅内部の様子です。「ぽっぽや」という特産物直売所が併設されております。向かいには、休憩が出来るスペースがあり、町の情報が見られるパソコンも設置されています。



構内は、改築前の面影を残しており、2面3線あります。



上り列車は1番線(駅舎寄りのホーム)、下り列車は3番線を使用し、中線から発着する列車は皆無です。中線は貨物列車が使用??



駅舎の脇には、いかにも庄内らしい農業倉庫があります。紅葉が真っ盛りだったので絵になりました。羽越本線全駅下車達成の時は余り滞在できなかったので、今回の再訪で得た新たな発見の1つでした。


滞在時間が103分あったので、駅調査のついでに周辺を散策したり、Aコープで地酒2種類などを買ったりして過ごしました。ちなみに、そのAコープはレジ袋持参が義務化された(袋は有料!)スーパーでした。



遊佐11時34分発の534M(701系N35編成)にて酒田に戻りました。昼食後、土門拳記念館や山居倉庫を観光し、「きらきらうえつ」で新潟に帰りました。


おわり
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