犀のように歩め

この言葉は鶴見俊輔さんに教えられました。自分の角を道標とする犀のように自分自身に対して灯火となれ、という意味です。

二十四時間のなかの蝉声

2018-08-12 22:13:53 | 日記

横たわるわれを通過し行く時間二十四時間のなかの蝉声(せんせい)
(上田三四二『鎮守』)

入院していた父が亡くなる数日前、その右足先は壊死しており、血流が保てないために抗生剤も届かない状態でした。文字どおり死と同居する体のなかを、死の時間が通過するのを感じていたのだろうと思います。医師が危篤を告げる2時間前には、見舞いの家族に笑って会釈していたので、意識はしっかりしていたのです。ちょうど、窓の外では蝉が激しく鳴きはじめた頃でした。
死に向かう二十四時間という時間が、蝉の声が浸み通るように体のなかを通り抜けてゆく、死という別の時間をゆっくりと受け容れるような心持ちであったのではないか。そのような穏やかな気持ちで最期を迎えたのであってほしいと、祈るように思います。

冒頭の歌を詠んだ上田三四二は、医師であり自身が大病を繰り返しつつ、死と向き合って、死について考え続けたひとでした。上田さんは著書の中で次のように述べています。

滝口までの距離は死までの生の持時間だが、それは水流となって刻一刻、滝口に向かっている。(中略)滝口を落下してからのちの水流の行方については、私ははじめから思惟を放棄していた。死後は不可欠であり、なまじっか推量をゆるさない。死はある。しかし死後はない。死の滝口は、そこに集まった水流をどっと瀑下に引き落とすとみえたところで、神隠しにでもあったように水の量は消え、滝壺は涸れている。それが死というもののありようだ。(『この世 この生』新潮文庫 12頁)

これはどこにでもあるニヒリズムではなく、吉田兼好の「明日死ぬと思って生きよ」を、上田さん流に解釈した「覚悟」のようなものです。たとえば24時間後に死ぬと思ってみても、その半分の12時間後も、そのまた半分の6時間後、3時間後にも同じような心持ちで生きている。時間はどこまでも分割できて死に近づいているようでも、結局のところ死に触れることができない。つまりはアキレスの亀のように死に追いつくことはできない。
このゼノンの背理のようなものを心理的な梃子とすることによって、一瞬一瞬を、一瞬一瞬の時間の自覚を通して生きる。その無限に微分化された時間の一齣一齣を拾って生きようと覚悟を決めるのが、兼好から学んだ具体的な死とのつきあい方です。上田さんの表現を引用するならば、滝口までの線分的生のうちに自己を生き切ることによって「自己を外部の時間よりずっと遅い刻みをもつ一個の内部時計とする」、そのような兼好の生き方は、「死の恐怖に対処するもっとも姿勢の低い態度であり、またもっとも平静で、神秘的なところのない、現実的な有効性をもつ態度」に違いありません。
冒頭の歌に詠まれた「二十四時間」という言葉も、外部の時間より遅い刻みの「内部時計」を指す、他に代えがたい言葉なのだということがわかります。

滝の水は空のくぼみにあらはれて空ひきおろしざまに落下す
(上田三四二 『遊行』)

この歌は、豪快な滝の水流を詠んだもののようでいて、それが「神隠しにでもあったように」消え去った静寂へと思いを誘います。上田さんは、滝口までの線分的な生を生き切ることと同時に、人のこころを至美、至極に押し上げ、昇りつめさせるものにも眼差しを向けています。兼好の「地平に匍匐するような」立場からいま少し頭を持ち上げてみたいと思うとき、桜の下で死にたいと詠った西行に誘われるのだと、上田さんは述べています。


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