南の島の土着民風自由人

自分の生活、計画し実行してきましたが、病気や人間関係など思いがけない障害に遭遇しました。

(^_-)-☆ボケたか

2017-04-30 22:47:23 | 複雑

 3024 先週、製品見積もり、二回間違えた。一回は、客先から、高すぎるといってきた。もう一回は、受け取った注文書に値段が,安すぎたと感じたと思ったのにそのままの価格価格で、納品書、請求書を切っていた。

 

二週間ぶりのゴルフ、最近は夕方に、雷雨に見舞われるが、朝から、昼間は快晴に近い、乾季の空の中、快適だったが、そのプレー中、その価格のことを考えてしまっていた。

 

高く出しすぎてしまったのは、客先から、輸入している値段の三倍もするよ、間違いじゃないの?と、指摘された、そんなわけがないと思うが、と言いながら、出した見積書を見た途端、製品の長さを書いた欄があることに気が付いた。はっとした。1Mの価格を出すと。打ち合わせの時に約束してあったのに、なぜか、0,3Mというカット長の値段を出してしまっていた。そして、その価格は、計算した1Mの価格だった。一体、何を考えながら、勝手にカット長を決めて、それの価格にしてしまったのか、思い出せない。HENI君もチェックをしている。彼曰く、なぜ、カットした長さで見積もり書を書いたのか、変に思ったが、太田さんが書いたのだから、間違いないと、そのままにしたという。

 

安すぎた方は、カット長が示されていなかったので、1Mで、見積もりを提出した。そして、その価格は原料の約2倍で出してあった。その後、注文書受け取った。本数と単価が書いてあり、合計金額も書いてあった。何も、変わっていない、普通である。受注のサインをして、受け取ったとメールで返した。別に、変わったことはない。そのまま、製造をして、その価格で請求もした。その請求金額が、なんとなく、ちょっと安すぎたかな、と、感じていた。原料の注文書にも目を通してサインをしているのだが、どうも、原料を注文価格と売り上げがほとんど同じだなと感じだした。そんなに大量にロスを出しているのかな、試作でも原料をかなり使ったし、なかなかうまくできなかったから、そんなものかなと、思っていた。しかし、それにしても、安すぎる、変だと、追加の注文を受け取った時、やはり変だと思った。製品の長さは2.04M、やはり、製品重量からすると安すぎる、見積書をチェックしてみた。1Mの価格が、そのまま、製品の一本の価格になって注文書が来ていたのでした。

 

この、二つのこと、ショックだ。こんな間違い、勘違いをしたことがない、それどころか、ほかの人の誤りを指摘する側に常にいた。忘れ物が多くなったり、つまずくことが多くなったりしていることは、徐々に、歳を感じることだったが、今回のことは、何やら、一挙にボケが来たようなショックだった。やはり、レバラン明けに帰国は正解かなと思った。

 

指摘されて気が付いたし、感じて、気が付いたし、まだ、気が付かないまま、というより、マシかな。

 

ゴルフの後、会社へ寄るため、その道に入った途端、前で、トラックの後輪が沈み込んでいて脱出できない状態で道を塞いでいた。積んでいる土砂をスコップで下している、軽くして脱出しようとしている。20分待ったやっと通りぬけることができた。

ボケ ショック 無意識

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(^_-)-☆切羽詰まる

2017-04-29 22:33:49 | 情報

 3023 いよいよ、電気容量不足が深刻になってきた。不足で粉砕機やコンプレッサーを動かせない事態は続いていたが、4ラインで何とか、現状客先の注文量は何とか、こなせていた。それでも、徐々に受注量が増えていて、いよいよ、4ラインでは足りなくなってきた。休日出勤でこなすしかなくなってきた。昨日も今日も雷雨で停電、4ラインとも4時間ストップした。

すでに、5ライン目は、電気さえ十分なら動かせるようになっている。しかし、動かせない。もう、何か月も待っている、最後は、一か月半ほど前に、一か月後には増やせるという約束がされていた。まだ、である。問い合わせても、返事がない。コミサリスがこの工場の買取の責任者だし、契約者になっているので、コミサリスにも、問い合わせているが、返事がない。どうなっちゃているの?

 

昨日の症状は、どこへ行ったのでしょうか、今日は、来ない。原因は、何でしょうか、医者にもわからない、そういえば、一年半ほど前に、ジャババカ2の工場の時にも、めまいがして、ハラパン クルアルガの救急病棟に行って、着いた時には、治っていたことがあった。今、思い出した。体の中(外傷で痛いことや筋肉痛は日常茶飯事)の痛みは、この何十年も一回もない。日本人が苦しむ、食あたりのような、下痢もない。食欲も排便も順調、だから、目眩の原因は、やはり、歳のせい、神経回路の乱れ、頭脳のどこかが損傷し始めている、のかな。パニック障害の沢山の症状はすでに経験済でよく知っている。そのうち、一つや二つ出ても、パニックにはならない。だから、していれば、パニック障害とは言えなくなる。

躁鬱病でもない。極端な感情が出ることは、まったくない。むしろ、全てのことで、多くの人より、落ち着いている。感情的になることは、まったくと言っていいほどない。頭に血が上るなどということは、ない。どなったこともない。昔、訳のわからないことをいう人が、私に怒鳴ったことがある。即座に、どなり返したことがある。威張るやつは嫌いだ。どなるやつも嫌いだ。

 

その、流石の私も、ちょっと、腹が立っている。そして、何やら、明日、電力会社が来るという。売主は来ない。何しに来るのか、聞いたら、容量を増やしに来るという。本当かな、ヘニー君も私も信じない。

 

ここにきて、LEDランプ用PCカバーパイプの大量注文が入ってしまった。納期の催促が入っている。返事をしなければならないが、他の客先との調性をしてからになる。

 

この製品も増えている一つ、硬質と軟質塩ビの二色成型品です。名前は、これもガスケット。

 

 

1 Mei, Penerbangan Internasional Garuda Indonesia Pindah ke Terminal 3 Bandara Soekarno-Hatta, Tangerang, Selasa (28/3/2017).

国内線のガルーダとスリウンジャヤ、国際線のエアーアジアとメッカ巡礼がターミナル3だったが、5月1日ガルーダインドネシアの国際線もターミナル3に引っ越す。

 

Pembangunan proyek Simpang Susun Semanggi telah mencapai di Jakarta, 75 persen. 25 April 2017.

ジャカルタのシンボル的なスマンギの四葉型の立体交差の外側に改善工事が進められている。8月の独立記念日前には、開通する予定になっている。

 

雷雨、豪雨の後、東に虹、西に落日。“ひんがしの のににじたつみえて かえりみすれば ひかたぶきぬ”

不足 容量 切迫

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(^_-)-☆再発か?

2017-04-28 22:45:24 | パニック障害

 3022 机に向かって、メールのチェックと返信をしていた時、なにやら、頭の中で、ぴちっと、なった。次第に、目が回ってきた。何やら、体中が、ジーンとしてきた。意識が薄れるような気がした。焦った、動機も激しくなった。まずい、このまま、この状態がひどく成ったら、事務所の周りを見回した。4人いたが、下を向いて、何やら、書いたり、パソコンをいじったりしている。目の前の、ヘニー君に、この状態を知らせようかどうしようか迷った。このまま、気を失ってしまうかもしれない恐怖があったから、じっと、様子を伺っていた、椅子の背にもたれて、じっとしていた。目を閉じたが眠ってしまいそうなので、目は開けていた。パソコンの画面を見ているが、操作はできない、なにやら、手が、微妙に震えている。

 

パニック障害の時のように、心臓が一時止まって、目眩がし、くらっとなって、座っていられない状態までにはならなかった。とにかく、そのまま、動かず、じっと、何かが収まるまでそのままにしていようと思った。周りの人は、私の異常には気が付いていない。パニック障害の薬、もう、6年くらい前にもらった、それを、お守りのように持っていた。その一回分を飲んだ。聞いたのかどうか、何回かの目眩を繰り返しながら、だんだん、収まってきた。1時間ほどの後、体や頭の異変は無くなった。その間、時々、私のサインを求めに来る、字が細かいので、老眼鏡を掛けなければ読めない、どうでもいい、いい加減にサインをして返した。

 

それらは、11時ころのことだった。12時過ぎ、皆さんがキャンティーンへ行って、いなくなった時には、喃語ともなかったように、見積もりの案を考えていた。そして、夕方には、運転して自宅に戻った。何事もない。

 

パニック障害(http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0063.html)再発か、事情が違う、環境が全然違う、発症したときには、強烈なPHを受けていた時だった。いまは、快適環境である。初期症状も異なる。だから、違うと思う。じゃ、何だったのか。数年前、シロアムに夜中に駆け込んだ時とも症状が違う、その時も目眩がひどく、何とか、運転して、たどり着いたが、着いたとたんに、治ってしまっていた。その時も、何だっただろうと思った、ことがあった。

 

今朝、7時半に工場に入った時に、8時に終わる夜勤の一人がトイレ掃除をしていた。やってるやってる、と、思った。

 

朦朧としながら、PCをシャットダウンした。体が微妙に震えている。寒気もしてきた。真ん前にいて、給料計算をしているヘニー君に、万が一を頼もうかと思いながら、もしかしたら、私が写す最後の写真になるかもしれないと,撮った写真。KITAGAWAの時から一緒のブディ君もいる。

 

休日の変更を、また、やった。5月の11日と25日は出勤にし、15日と29日に移動する。しかし、個人手金は、11~14日はワカトビ決行を、変えない。

ピクッ 目眩 寒気

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(^_-)-☆基本中の基本

2017-04-27 22:36:09 | 押出成形

 3021 “スタンダード オペレシ”作業標準書は、各種作業別に書かせているが、ついつい忘れがちな、ポントを書いて、作業者が目にする場所に張っておいてある。いくつものことを、考えながら作業していると、肝心なことから、目がそれてしまう。 20年前から、インドネシア人の若者に、押出職人Pengrajin atau tukangプロフェッショナルの集団としては、これくらいことは、コツとしても、話しかけている。 

 

Rugi jika Anda tidak tahu. sebagai professional ekstrusi

1 Kencangkan baut pada posisi diagonal

2 Dalam kondisi pengetatan sabuk pickup, kecepatan tarik berubah dan panjang potong juga berubah

3 Produk bend ke lebih tebal benkok arah sebelah tebal

4 Bahan baku yang meleleh,ketika keluar dari cetakan, itu lebih baik untuk menjadi keras.

 5 Jika Sabuk terlalu kencang  mudah rusak

6 penting air gap(antara melting dan cooling dies)

7 Bengkok Warping Twist Bending Kontami inilah malu sebagai tukang Extrusi

知らなければ損押出職人

1 ボルトは対角の位置で締める。

2 引取ベルトの締め具合で、引き取り速度が変わる。

3 製品は厚い方に曲がる。

4 溶けた原料が金型から出てくるとき、固い方がいい。

5 ベルトを締めすぎると壊れやすい。

6 エアー ギャップは重要。

7 ゆがみ 反り ねじれ 曲がり 異物は、押出職人として恥

まだ、まだ、沢山あるが、ほんの一部です。

 

ウェブサイトに写真をアップしました。ジャングルの様子がちょっとわかると思います。

http://otaenplaext.net/newpage128.html

http://otaenplaext.net/newpage129.html

 

余談 tukangとtekan カタカナで書けば、どちらもトゥカンですね。実際にインドネシア語の発生も、私にとっては、どちらもトゥカンにしか聞こえない。使う状況で意味は分かります。書けと言われたとき、させ、UかE、Gをつけるか、つけないか、迷う。意味は職と圧。インドネシア語ではこんなのが一杯ある。

職人 プロ コツ

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(^_-)-☆仕事に戻ったが

2017-04-26 22:24:02 | 

 3020 左足の弁慶の泣き所の左側一帯が。黒ずんでいる。痛みはない。擦り傷がその上にかすかに付いている。いつどこで、打撲したのか、気が付かなかったが、かなり、ひどい黒さだ。お尻の右側が痛い。ここは、見えない。外観どうなっているのでしょうか。強烈な尻もちを着いたからだということは分かっている。特別、動き回る仕事はないから、支障はない。現実に戻っている。

 

棲み処の案内板とゲート

 

昨日の続き。半島が頭とすれば、地図を見ると頭が下を向いている。その上、首の部分は、パンガンダランへの入場料を払ってはいる。そして、半島(頭)に入るには、また、入場料を払ってはいる。東西一か所ずつゲートがある。多くの人は西から入る。西海岸は、頭の部分に延びていて、今は、座礁船があるパシール プティーに続いている、海岸を歩いてゆけないように頑丈な柵が、不格好に、行く手を塞いでいる。それでは、西海岸からボートで、パシール プティーに行く人はどうなの?払わなくていい、船で、また、西海岸に戻るなら、それでいいが、上陸して、船に戻らず、頭に入ろうとする人は、しっかり、入場料を取られる。パシール プティーからジャングル方面に入る細い道が二か所ある、それらに、しっかり、料金を徴収する人が控えている。勿論、東西のゲートから払って入った人は、パシール プティーに行って、また、チャガールアラムに戻っても、かまわない。ちょっとややっこしいが、とにかく、頭の部分のチャガールアラムに入るのは、払わなければ、入れさせないぞという、システムになっている。

http://otaenplaext.net/newpage21.html ここに地図も乗っている。 

 

この前までは、キジャン(鹿)が首の頭寄りに、放されていた。東西チャガールアラムへのゲート付近には、うろうろしていた。今回行ったら、いなくなっていた。そして、ジャングルに入る途中の柵で囲われた場所に、鹿が集められていた。理由を聞いたら、やはり、鹿が悪さをするからだそうだ、人、子供に危害を加えたり、食べ物を食べてしまう被害も多くなったそうだ。ホテルやプンギナパンもドンドン増え、それらに入り込んで、食料をあさる場面も多くなって、クレームが増え、たまらず、一か所に集めてしまったそうだ。

 

サルの被害は相変わらずだ。入場者に、注意をしているが、カメラ、HP,ボトル、ハンドバック、お菓子などなど、サルが奪い取る事例は跡を絶たない。一般人が歩き回れる、パシール プティーから、ゴア ジャパンがある広場、そこから、東ゲートまで、開けた場所が、観光客は歩ける場所だ。サルに襲いかかられる可能性が高い場所だ。私は、通過するだけだが、すれ違う観光客に、必ず、声をかける、セルフィーで撮影中のカメラ、HPを持っていかれた人が、さっきいたよと。どろんこの靴を履いて、ズボンもTシャツも泥だらけの得体のしれない、何人だかわからない爺さんから、声を掛けられて、引いてしまう子供もいる。余談、以前、一緒にいた、日本人が、サルの脛を噛まれたこともあった。何かおいしそうな食べ物に見えたのでしょう。その人、市民マラソン人で、バリやジャカルタマラソンに参加したことがある。すらっとした、きれいな足をしていた。

 

ゲートから入ってすぐの広場から、多分、2~300mくらい東西と南の部分に観光客はガイドと一緒に入ることができる。私がいつも入る自然保護地区へ入るには、ゲートで許可を取らなければならない。要するに、ラフレシアを探したり、滝つぼまで行ったりするには、本人が申請をしなければならないことになっている。しかし、私はフリ-パス、そこのいるほとんどすべて、何の役目か知らないが、制服を着た公務員もガイドも、行けば、親しげに、“私は、この日本人を知っているよ”と、周囲に主張したいよな、歓迎ぶりになる。一般の観光客は、何?この人?というような顔をする。

それはさておき、許可を取らないで、ガイドも使わず、入ってしまって、行方不明になった外国人グループ、捜索騒ぎなった例は、何度か知っている。毒蛇やサソリはいるし、ビアワックもいる。崖も多いし、沢にはいくつもの滝があるし、危険な場所は沢山ある。薄暗くなれば、それを、見分けるのも難しくなる。先日も、私の文章を読んで、ここに来た日本人がいたという。必ず、ガイドを使って、身元をはっきりさせて、特に、申請書は用意されていなと思う(私は書いたことがないので)が、ジャングルの入る申請をしてください。健脚の人なら、途中何回かの休憩をしても、5時間くらいのコースになると思う。朝、7時くらいに入って、昼過ぎに出てくるのが普通です。私は、そのまま、シーフードレストランに直行です。

 

今回、私は行っていないが、ヌサカンバンガンに行くなら、早朝、西海岸から出発がいい、半島の先端まで、潮の流れに逆らうので、相当な三角波を乗り越える。朝のうちのほうが、波の高さは低い。先端を過ぎれば、穏やかになる、ただし、ウネリの高さは、経験したことがない人にとってはびっくりするくらいの上下になる。昼めしを広大な海岸、独り占めで、ロブスターなどシーフードを野性的に堪能できる。遠浅で、水浴びにも適している。はるか向こうに、パンガンダランのこんもりした、亀の背のような。半島が見える。

前日に米やボトルの水、鍋や飯盒、ブンブー(出汁)を予約したボートの持ち主に、お金を渡しで準備をしてもらう。

 

パンガンダランの両肩や胸の部分、東西や北を見て回りたいなら、行けるところまで、ガイドと一緒にバイクで行くのがいい。

http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00087.html

http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00085.html

こんな時もあった。

昨日から、今まで、まともに、投稿できなっかたし、写真もアップできなかったが、治ったようだ。 エンジョイ ハティハティ スナン

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(^_-)-☆パンガンダラン

2017-04-25 22:52:37 | 

 3019 13時には、自宅に到着した。渋滞を気にして、6時に出発、最初から順調で、バンジャールまで、いつものように一時間半(来るときは3時間かかった)だった。その後も順調で、バンドゥン バイパスに入ったのが、5時間の11時丁度だった。チプラランも順調、チカンペック合流から若干混んだが、チバトゥには12時半、我が家まで途中、突然のスコールに見舞われたが、30分で着いた。早く出て、正解だった。途中は、一度も車から降りていない、ウビ チレンビ(焼き芋)を買う時も助手席の窓から、払った。

家に着く前、ハンドルを握る指がつったし、両足も釣った。何とか、途中で休まずに運転ができた。

ニュースによると、各地から大渋滞と事故多発だった。

 

汚いものをお見せします。9年目に入った靴です。ジャングルから出てきたばかりです。何処に行くのも、仕事も、この靴です。何度も接着剤で修理をした。履き心地がいい。山登り、谷歩きでも、私に付き合った。最近は、あまりにも汚くなっているので、汚くなる場所だけに浸かっている。会社は、汚くなる場所だし、しパンガンダランのジャングルには最適だ。、

 

難破船?ではない。密輸船が銃撃戦の上、座礁させられたものだ。一月にも書いたが、すでに、半年以上この状態で放置してある。パシール プティーという、サンゴの切れ端が転がっているサンゴ浜で、西海岸からボートで、わたる人気の海岸だ。シュノーケリングをちょっと沖で楽しんでいる、そういう場所だったが、どうも、この船が原因か、どうか、サンゴ礁が急に少なくなっているという。また、ちょっと、沖は、サーフィンスポットでも人気があった。ところは、この邪魔物で、波が腹側なっていて、波がサーフィン向きではなくなってしまったとか、密輸、密漁船を爆破してしまう、スシ海洋大臣の地元、多くの人は、これを放置しているスシさんを批判している。

 

ヌサカンバンガン、上陸ができるようになっている。麻薬犯の脱獄があって、一時、近づけなかったが、今は、どう解決したのか、行けるから、行こうと言われた。

 

出発前の西海岸、三日間ともこんな感じで大賑わい、泳ぐ人は一人もいない。平均の2mくらいの波が打ち寄せるし、横への流れもかなり早い。それでも、何年も、ここでの水難事故を聞いたことがない、これなら、津波でも来ない限り、水難事故は考えられない。ライフガードが、監視塔から、常に、注意喚起のアナウンスをしている。

順調 打撲 難破船

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(^_-)-☆これが最後か

2017-04-24 22:41:57 | 

 3018 もう、ここへ来るのは、最後になるかもしれないと、ラシッド君に話をしながら、このジャングルの入り口から入った。何回目だろうか。

 

ラフレシア(ブンガ バンカイ)、期待外れというか、予想通りというか、どうも、この地域、雨季が続いているようで、蕾は閉じたままだし、成長も遅いようだ。蕾、一つに会っただけだった。探しに入る人もほとんどいないようで、ジャングルの中は、人が歩いた跡がほとんど消えているし、見つかっても、細い枝が周囲から伸びていて、塞いでいる。沢の苔もかなり目立って濃くなり、歩きにくくしている、何回、滑って転んだろうか。

今回は、アイル トゥルジュン、滝つぼまで降りてみた。急こう配の上り下り、ここへも、日本人を連れて来ることはできない。雨季の終盤、水量はピークだ。本滝へ着く。手前に、滝が現れていて、こちらも結構、豪快だ。この滝は一年のうち、一か月ほどしか、現れない。名前はない。

矢張り、体のあちこちが痛むが、気分は快適だ。パサール イカンでも食事も満腹、美味しかった。とにかく、自分でいうのもおかしいが、ここでは、かなりの有名人、皆さん、寄ってくる。駐車しても切符を渡さない、只でいいという、意思表示だが、私は、出るときに、通常料金より多い金額を渡す。それより。パンガンダランのゲートで入場料は払った時から、多くの人に太田さんが来たぞ、という情報が拡散するらしい。ウミさんのワルンにも情報は伝わっていた。今朝のチャガールアラムの入り口付近でも、待っていましたと言っていた。あらゆる道が大渋滞、駐車場も空きがないのに、私のために、通常は道なのだが、そこに止めさせてもらった。

 

帰国する前に。もう一度。入りたいと思いながら、出てきた。どうだろうか。来れるかな。ぜひ、一緒に来てみたい人がいる、最後になるかもしれない、と、言ったのを、取り消した。

 

写真を沢山乗せたいが、後日のウェブサイトに回す。

蕾 ジャングル ラフレシア

 

日本人が書いた文章を読んだ。「ジャワ鉄道、中国から日本へ」

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170422-00010000-jindepth-int

インドネシアの高速鉄道について、インドネシアは、日本に任せる意向ということを書いている。この人の書いた内容、事情に詳しいようだ。しかし、致命的な間違いがある。地図だ。この地図を使ってはいけない。完全にぼろを出している。この地図を見せられると、日本が、中国が建設受注のバンドゥンまで、それを完成させ、その次、バンドゥンかラスラバヤまでを日本が引き受けるか、バンドゥンまでも、中国は断って、全線、日本に任せるのか、どちらでしょうか、見た人は迷う。そのことの説明がない。書いた人、なぜ、この地図をしましたのでしょうか。意味不明ですね。

私は以前から何度も書いているが、日本に任せようとしているルートは、バンドゥンを迂回しない。はっきりしている。この人も触れているように、もともと、なぜ、バンドゥン?という疑問は、インドネシア人大多数が持っている。

もう一つ、メガワティとジャクウィ大統領の不仲説、これも、大きな疑問です。メガワティさんは、常にジョコさんをバックアップしている。リニさん、言動や判断に疑問を持つ他の閣僚も多いことは確か。中国からの資金のうち10%だけ、高速鉄道関節会社に振込まれたそうですが、もう、2019年中の開業も絶望でしょう。昨日、通ってきた、建設予定地では、その雰囲気はゼロ、ここが建設ルートの近くという、景色は一切、なかった。リニさんは、大丈夫だと、繰り返しているが、これの関係の仕事は無理だ。知識が少なすぎるし、説明も不足。何やら、中国に操られているだけの人のように見える。ジョコさん、彼女を無視するでしょう。

蕾 ジャングル ラフレシア

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(^_-)-☆Pangandaran

2017-04-23 22:45:23 | 

 3017 三連休の初日、渋滞になる前にできるだけ近くに行きたいと思い、2時に出発しようと思っていたが、実際に出発したのは、5時半過ぎだった。案外、順調に、進んだ。タスクのバイパスを過ぎたあたりでは、四時間、これなら、7時間くらいでつくかなと思っていたら、バンジャールから、突然、車がつかえだした。そして、自転車の数が以上に増えた。1時間半のバンシャールとパンガンダラン間、今日は、4時間近くかかってしまった。この間も上り下りで曲がりくなった道、大量の自転車が道をふさいでいるし、サポートの小型トラックも路肩駐車している。モスクの付近には、休憩している集団が道をふさぐ、とんでもない渋滞だ。結局、9時間かかって、到着したのが15時過ぎ。足がつってしまった。

 

そのまま、パサール パンガンダランの中のヘーアーサロンに直行、散髪とカラーリングをした。そこでいうには、タシクからの自転車ツアーだという、3000人。

 

いつものホテルに入ったが、予約が一杯で、今日だけとれた。明日は別の場所を予約した。西海岸のウミさんのワルンで食事をしながら、ラシッド君に明日のガイドを頼んだ。その西海岸の人出、いつもこうだ。予想通りの賑わい、ずっと西の方まで、海岸、人で埋めつくされていた。

 

ちょっと、話は変わる。ちょっと補足

ジャカルタ新聞で、今日、通った高速道路を途中で降りて、スバンの街を通過し、南に向かいバンドゥン方向の山の中、途中にある温泉地チアトルを紹介していた。ここへ行くなら、温泉もいいが、その周辺の環境もいい、インドネシア~~という感じがする。馬にゆられて、茶畑やカカオ農園や滝を巡るのもいい、そして、せっかく、そのあたりへ行くなら、ちょっと南のタンクバンプラフ、ここも、セットでしょ。レンバンまで行けば、サテ クリンチ(ウサギの焼肉)もいいですよ。インドネシアの温泉に浸かっても、何の感激もない、温泉はやはり日本ですから。温泉といえば、一泊二日なら、タシクマラヤの手前からちょっと南のガルットゥが、チアトルより、雰囲気はいいと思う。そして、ちょっと、元気なら、何とっても、エーデルワイズのパパンダヤンでしょ。タンクバンプラフも活火山ですが、そこも活火山です。硫黄が噴き出ています。先日行ったバニュワンギのイジェンに負けていません。

http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage027.html 

http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page005.html

ファミリー ギャザリングで、私は、ジャティルフールを押したのですが、皆さんの意見は、おちびちゃんも楽しめるであろう、チカラカランからひたすら南のボゴール方面に向かう途中のムカールサリという、遊園地に決まったしまった。大分前に前を通過したことがあった、寄る気になれなかった場所で、老人が行っても、小さい孫と一緒ならいいが、一人じゃ、何をしたらいいの、という所だと思う。行きたくないが、話のタネに行くしかない。皆からも参加を期待されている。ゴルフをしていたほうが、いいに決まっている。

 大渋滞 観光地 パンガンダラン

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(^_-)-☆寄付贈与援助

2017-04-22 22:58:39 | 思うこと

 3016 韓国系の会社と付き合いがある。S―PVCチューブを納品している。ボゴールにあるワイヤーハーネスを作っている会社だ。その会社、経営者の韓国人、知っていたのかどうか、インドネシア人スタッフになかに、いわゆるフィーを要求するやつがいて、利益が30%くらいなのに20%を要求していて、私の前のダイレクターが、それを、プロモーション費として、支払っていた。見返りの本人も何パーセントか受け取っていた。私に代わってから、それは、きっぱり、やめにした。それで、仕事がなくなってもいいと思っていた。払っていれば、どうせ、やっていても、利益がないからだ。ところが、その後、ほかの会社に、一時 一部、生産を回していたが、品質的に無理があったようで、元に戻ったばかりではなく、冷蔵庫の関係の仕事が増え、こちらにも注文が増えている。

 

ところが、そのフィーを要求していた連中が、一年ほど前に、韓国人の社長に、私がお酒を渡したのを覚えていて、同じものを欲しいと言ってきた。それなら、安いし、会社からの出費ではないし、品物だし。OKした。今日、納品のついでに渡したようだ。私に感謝と言っていたという。イスラムもこんなものです。

 

ところで、アホックさんに対して、1年の禁錮が検察から求刑されたそうですね。

 

あの世へ財産を持って行けにという話、私は、40歳(会社を作って10年後)くらいの時に、そう確認している。土日も含めて一日平均16時間は仕事をしていた。税金は、当時の私にしてみれば、相当多額を納めていた。その使い方、配分は気にいらなかった。そこで、とにかく、利益を少なくするように手を打った。従業員への配分をできるだけ多くした。会社負担で何かと皆さんに補助も出した。それでも、高額納税を続けた。それが、たまらなく、嫌だった。

仕事をしている時間16時間のうち、10時間分の利益を納税していた。ばかばかしいと思った。そして、そのころ、従業員に10年後に会社を辞めると宣言した。そして、その通り、社長を50歳で辞めた。そして、3年後にインドネシアに来た。当時、毎月100万円の使い道を任せられた(当時も今も、日本人一人に平均、月100万円かかるといわれていたし、言われている)。それを、私は、機械を買ったり、原料を買ったりして、技術指導の資金にした。当時から、家はルマーアバンの田舎に住み、車は自分で買い、運転手は使わず、できるだけ、技術指導、従業員の生活援助や日本語学校費用、また、皆さんと食事やボーリングやアイススケートなど体験、卓球台を寄付したり、工場の裏にバドミントンコートを作ったり、社内のバレーた卓球、チャトルなどの競技会も主催していた。お金を貯めるどころか、自分は節約し、皆さんのために使った。

 

当時の一緒にいた日本人は、社長を含めて、それが、私に対してPHをする理由になった。その後も、会社が変わっても、やはり、その会社の経営を任せられている人からは、追い出された。それでも、お金を持っていても仕方がないし、余分なお金を受けとっても仕方がないから、日本への留学生の保証人になり、資金を提供し、数人の日本での授業料や生活資金の援助もした。20年で、受け取らなかったお金と、使ったお金を合われれば、数億円になっていると思う。今でも、給料は8万円くらい、電気代や電話代は自己負担、車(納品にも使う)は貸してもらっているが運転手はいない、お手伝いさんもいない。お金を貯める必要はない、旅は自己資金、ゴルフは会員費用もプレー費も自己負担、これで、十分の生活をしているし、お客さんへの手伝いもできているし、若い従業員への技術指導もやっている。

 

どうですか、貯めようと思えば、おそらく、10億円以上貯めることができたと思う。しかし、貯めてしまってから、あの世に持っていけないからと言って、配分を始める、与えることを始める、では、ニュースになるかもしれないが、気が付くのが遅い。そんなに、貯めないで、何十年も前から、寄付や贈与や提供をしたら、もっと、よかったと思う。金額の多少ではない、気持ちだ。

 

ブリトゥン、天国でしょ。

明日は、別の天国パンガンダランだ。

寄付 贈与 援助

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(^_-)-☆気持ちは不変

2017-04-21 21:52:03 | 情報

 3015 日本に帰ってから何をするの?と、皆さんに聞かれる。今日見えたお客さんもレバラン後に帰国することを知っていて、やはり、聞かれた。

50歳で、会社の社長を辞めた時、また、53歳でインドネシアに出かける前、何をしたいの?何をするの?今の生活を捨てて、と、多くの人から問われた。その時も、今も、他人から見たら恵まれた環境にいるとみられていたし、見られている。以前は、外国へ行って指導をしたいから、少しだけでも若いうちに、まだ、動けるうちにということだったが、今回は、まだ、動けるからという心境だ。来る前は、それ程、長く、元気で動き回れるとは思っていなかったが、結構、いつまでたっても動き回れる、それなら、動けるから、今度は、日本でも、動いてみようということになった。

それに、もう、家族をほとんど放っておいて20年過ぎてしまったので、邪魔かもしれないが、いれば、妻のボランティア(地域の仕事)の補助など、何かの役に立てるでしょう。それに、孫や娘たちの補助もできるでしょうし、場合によっては、私が日本にいれば、ゴルフ仲間もメンバーが一人増えたと思ってもらえるでしょう。また、場合によっては、押出の技術のことでも相談に乗れるでしょうし、手伝いもできるでしょう。そして、肝心なことは、少し、長期的に体のチェックとメンテナンスができるでしょう。

 

ということで、完全に引き上げることはできないので、できるかどうか、“予定は未定にして決定にあらず”!だから。三年ほどは、半年を目安に両国にかかわることになる。と、皆さんに宣言をしている。社長を辞める前と同じように、気持ちがぐらつかないように。

 

今、何の仕事が一番忙しいというと、水槽の部品を作ることだ。日本の大手アクアリューム販売会社の水槽だ。夏の需要に合わせて、今、作って、5月6月の船に乗せて日本に輸出する。この仕事、季節もの、多忙と暇と落差が激しい。こちらの会社では、できるだけ、仕事量を平均化しようと努力はしている。だから、水槽と関係ない仕事もしている。しかし、下請けの我が社としては、どっと来る仕事を何とかこなさなければならない。今日はH-PVCパイプの両端の面取り(バリ取り)を3時間ほど手伝った。

 

帰ったら、買おうと思っているこの水槽の中にも組み込まれている。日本中のホームセンターやペットショップに置かれる。不良品は出せない。責任重大である。インドネシア人もそのことはわかっている。

財産はあの世へ持ってゆけない、だから、自分が応援したい場所に寄付をする、それは、その通り、そう思う。ただし、違いがある。

 

ジャラン カリマランは大型トラックも通過OKになっているので、すれ違いだけでも渋滞の原因になっている。

不変 動ける 活動

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(^_-)-☆決選投票結果

2017-04-20 22:18:47 | 状況

 3014 インドネシアらしくない選挙結果速報。全てが遅いインドネシアだが、選挙結果が出るのは早い。投票終了後に開票するのではなく、投票が始まったら、開票を始めるのではないかと疑いたくなる。それも。どういう機関が発表しているのか、いくつもの発表がある。最大2%くらいの違いがある。僅差だったらわからないが、今回のようにはっきりしている場合は、負けたほうから敗北宣言をだす。正式結果は、多分、二~三週間先に選挙管理委員会から出るでしょう。それは、どうでもいいことになる。

 

ジャカルタ知事選挙、アホックさんが負けちゃったね。アニスさんが当選だね。予想外の、大差だった。イスラムが大部分の社会、当然といえば当然だが、カリジョドに見るように、彼の実行力は、大したものだと思う。このまま、身を引いては、もったいないと思う。また、まだ、州知事はアホックさんで、交代するのは半年後?でしょうか。どうでしょうか。

ただし、判決がどうなるかだと思うが、市民権はく奪のようなことにならないと思う。

 

Wi-Fiはもう、どうでもよくなった。飾りとして期待していたが、何の音さたもないので、すでにで、電源を切ってしまった。そして、アンドロメダの中で、一番容量が多い機種を買ってきて、事務所の真ん中に置いて使いだした。何の不自由もない。

 

 パスポートを受け取りにサクラへ行ったが、あそこへ行くと、なぜか、航空券の手配を頼みたくなってしまう。今回は、どこにしようかなと、つぶやいたら、ウィウィさんが、ワカトビはまだでしょ、という。彼女とは15年以上前から、知り合いで、私が、インドネシア中を訪問していることを知っていて、多分、まだ行っていないところは、ここだろうと、思ったのだと思う。ジャカルターワカトビ(JAKARTA-WAKATOBI)往復 ウイングス エアー(Wings air)で、4,5ジュタ(約4万円)で予約をした。ワカトビとは、何やら、日本の何かの名前のようだが、スラウェジの二本足の東側南端からもっと南の小島がある付近で、ダイビングスポットとして、かなり、有名だと思う。ダイビングが趣味の人にとっては、あこがれの場所かもしれない。この前,行ってきたラジャ アンパットと類似の場所だと思う。ジャカルタからは、ちょっと、遠回りをして、マッカサールとクンダリの二か所トランジットになる。6時間ちょっとかかる。時差の関係で、行きは5時間半、帰りは7時間だ。

結果 若飛び ワカトビ

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(^_-)-☆ITTEだって

2017-04-19 23:00:32 | 知識

 3013 まず、9;40に出発で、P.BEDに10時、打ち合わせが済んで、11時に出て、高速道路に入ったところで、サクラのビリーさんから電話、パスポートが届いたという。従業員と一緒だったので、そのまま、会社に帰った。午後は予定がなかったし、明日明後日は、予定が入っているので、15時に出てMMへ向かった。朝は渋滞がMMの1km手前からだったが、戻る11時過ぎには、渋滞がチカランウタマのゲートからになっていた。午後三時過ぎには、その渋滞がもっとひどくなっていると思い、ジャラン カリマランでMMへ向かった。のろのろ運転で、1時間かかった。多分、高速を使ったら、二時間以上かかったかもしれない。というのは、MMからの帰り、16時過ぎ、高速で帰った。その時、反対のジャカルタ方面の渋滞は、チカランウタマを通り越し、チカランバラットのゲート付近も通り越し、渋滞の尻尾は、どこまで東に延びているのか確認できなかった。

 

行きのカリマラン通りの様子

 

帰りの高速道路の様子、帰りは渋滞なし、ジャカルタ方面は大渋滞。

 

渋滞の原因の一つは、本来四車線で路肩も走れたから事実上五車線だったのが、車線を増やす工事?をしているため、現在は三車線になってしまっているが、その真ん中の車線で穴ぼこ修理をしていて、その個所は二車線になってしまっている。夕方出れば、チカランからジャカルタのアパートまで5時間かかるという話は、頷ける。本当にばかばかしい。

 

ところで、私の友人の一人が、ジャカルタに5年ほど住みながらEJIPに通っていた人がいる。その渋滞が年々ひどさが増すことに堪り兼ねて、デルタマスのサクラアパート兼ホテルに引っ越してきた。ここなら、EJIPまで渋滞は考えられない。多分、30分も掛からないと思う。ところが彼曰く、ジャカルタはブロックMまで歩いて5分の所に住んでいた。夜、出歩くわけではないが、その明るさと賑わいが、結構,気に入っていたという。デルタマスにきて、渋滞はなくなった通勤時間もほとんど無しに等しくなったが、静かすぎて、寂しいという。運転手を使っているから、渋滞でも眠ってしまっていればいいから、それ程、苦には、ならなかったと、今になって言っている。

 

ということで、今月から一年間のワーキングビザの印がされたパスポートとKITAS(キタス、一種の住民票、インドネシア人ならKTPカーテーペー)を受け取るつもりだったが、キタスカードは廃止だとか。代わりは、何というのでしょうか、電子制限付き住民許可証ITTE(イーテーテーエー、イテテー)とでもいうのでしょうか。紙切れになった。住民証明が必要の時は、以前のKITASと同じようにこれを見せなさい、そして、常に持っていなさいということだ。こっちのほうがなくしてしまわないなと思うが、汚したり濡らしたりできないなと思う。カラーコピーを沢山して、あチコリに分散して保管しておこうと思う。インドネシアは何もかも変わりやすいなと思う。

 

何度も書いたが、運転免許証SIM(今は外国人も5年)を持っていれば、それがIDカードになる。ただし、外国へ出て、インドネシアに再入国するときには、KITASと同じようにこれを見せなければならない。キタスホルダーの通過、カウンターは、名前がITTEホルダーに代わっているのでしょうか。変な話だが、運転免許証が5年というのも不思議で、VISAはほとんど1年だから、切れてしまってもSIMを出せば、インドネシア国内では、身分証明と認められるのが、インドネシアらしい。

 

インドネシア人のための電子KTPでは、大規模な汚職があったらしく、KPKに重要人物が取り調べを受けているし、それがらみかどうか、KPKの捜査員がバイクに乗った男に顔面を襲われたという事件があったばかりだ。

 

手続きに従っただけで、何も問題はない。前回、前々回は、会社の責任者が手続きをなかなかしなかった、というより、仕方がわからなかった、というより、やる気がなかったから、書類を提出していないのに、提出したと言っていたし、要するに、能力がなかったので、なかなか、進まなかったが、今回は、私自身が責任者になっているので、エージェントとも直接連絡しあったし、書類を整える担当者に指示してスムーズに進んだ。

 

明日19日は、ジャカルタ州知事の決選投票日で、ジャカルタは休日ですね。ブカシは休日ではない。

ビザ 簡単 穴修理 

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(^_-)-☆テレビの宣伝

2017-04-18 23:27:52 | 思うこと

 3012 先週の木曜日から、事務所のWi-Fiの受送信気が機能していない、ネットがないと表示されている。そのことについて、すでに書いたが、今日までに直っていない。そして、今日も夕方までにはつけるようになっていない。設置もとに聞いても、気の利いた返事がないままだ。仕方がないから、コンビニへ行って、アンドロマックスのモデム買って、それで、間に合わせている。いつ、使えるようになるのでしょうね。使用料を取っているのだから、使えない期間の分、返金してもらえるのでしょうか。そんなわけないか。インドネシアらしい話です。事務所の連中も、あまり、気にしていないようだ。私だけが、気をもんでいるようだ。

 

ポカリスウェトの売れ方は、半端じゃない。コマーシャルなどプロモーションもうまいと思う。また、ほかの飲み物、アクアやオチャに比べて、ボトルの強度、厚さでも、気いられていると思う。

 

一つ提案がある。道端でもどこでも、コーヒーやオチャ、その他の清涼飲料水?は、粉で小さな袋に入れられていて、10袋くらい繋げられていて、店先に吊るされている、その種類が多い、日本では、まったく見られない風景だ。多くの人が立ち寄って、お湯を入れたり、冷たい水に氷を入れたりして飲んでいる。ゴルフのラウンド中、途中の売店で、私はコーヒーに氷を入れてポリ袋にストローを差し込んだスタイルの飲み物を必ず頼んで飲んでいる、5000Rpで安い。

 

そのほかに飲み物は、ポカリスウェットの粉を買っておいて、空になったポカリのボトルに水とその粉を2袋分混ぜて、冷凍庫で凍らせたものを持ってゆく、ランド中、約5時間で2本、飲みほす。で、提案だが、屠龍の売店にコーヒーと同じように、ポカリの粉袋が吊り下げてあれば、多くのプレーヤーが、ボトル(ゴルフ場では1万Rp以上する)を飲まなくても、5000Rpで、買える。また、道端のワルンやカキリマでも、吊るし売りをしたら、コーヒーと同じように売れると思う。せっかく、一箱5袋入りで売っているのだから、10袋繋がりにして、50袋入りの大袋で売り出したらいいと思う。そうすれば、贈答品にも使われやすい。とにかく、ソスロ系飲料やコーヒーなんかより、もっと、インドネシア人に浸透すると思う。

もっとも、日本人には道端の店での氷はお勧めしないが、インドネシア人も私も、がぶがぶ飲む。

 

日系企業は日本ということを強調したコマーシャルを流している。やたら、変な格好をした侍を登場させているし、着崩れした着物の変なかつらを被った腰元風の登場している。コマーシャルといえば、ライオンが目立つ。扱っているすべての商品のコマーシャルをやっているみたいだし、最後に、ライオンを強調している。宣伝はカオーが負けている印象だが、どちらのほうが儲かっているのかは知らない。グリコも新しい純日本風の新しいコマーシャルを流し始めた。

宣伝 日本 Wi-Fi

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(^_-)-☆最終日

2017-04-17 22:56:05 | 思うこと

 3011 三週間連続の三連休の初回が終わった。今回のような、イスラムがらみではない祭日を含む三連休の場合は、行楽地に出かける人が増える。初日と終日には交通情報を行楽地付近やジャラントールのインター辺りから実況中継がある。渋滞情報だ。今日はアルス クンバリarus kembari Uターン情報である。高速道路は急速に延長されているという印象はあるが、渋滞場所が移動するだけ、とにかく、日常もそうだが、車やバイクの増え方や購買力や行楽欲にインフラが追い付かない。

 

北ジャカルタのタンジュンプリオクのコンテナ港に通じる高速道路もやっと開通したようだ。最も重要な貿易港に。直ぐそばまで来ていた高速道路だったが、そのすぐそば場から日常的に渋滞になっていて、その渋滞が年々長くなっていた。ジャカルタ方面、ブカシ方面からも調節、コンテナ港のカスタム付近まで、行けるようになった。

 

プンチャックの渋滞から始まりバリの様子が長い休みの渋滞情報だった、以前はそれだけだったが、最近は、インドネシア全国の観光地からの情報を伝えている。ボルグドール、チャンディプランバナン、ブロモ、コタソロ、タンゲラン、パンガンダランなどなど、どこもかしこも、人や車があふれている。こういう様子を見ていると、インドネシアの未来は明るいと思う。

 

三日間、会社も一部の人が出勤して、一部の製品の生産を継続した。彼らは、どこへも行けなかっただろうが、オーバータイムもして、稼ぐことができたし、何より、自分たちの会社のための貢献したという、自覚を持っている。技術も蓄積した。

行楽 情報 広範囲

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(^_-)-☆ゴルフ二日目だが

2017-04-16 22:47:58 | 生活

 3010 また、忘れ物、財布を持って出るのを忘れた。7時スタート予定。5時に起きた。朝食や買い物の時間には十分、余裕がった。で、テレビを見ながら、うとうとしてしまった。目が覚めて時計を見たら、6時半。慌てて、身支度し、持ち物を確認し、家から飛び出した。ゴルフ場までの距離は2Kmほど、しかし、追い越せない狭い道が1Kmほど続く、前に車が、超ノロノロ運転、イライラしながら、早く行け、早く行けとしか思っていなかった。ゴルフ場についたのが、7時10分前、ついて気が付いた。財布がポケットに入っていない。取りに帰ってくれば、最低20分かかる。今更、取りに帰るわけもいかない。 6人、2組、一人もキャンセルできない。どうしよう。財布を持ってこなかったことと、スタート時間のことをいって、とにかく、後で払うからと、プレーすることができるようになった。

 

プレーを終えて、ロッカーから出たのが、12時半、財布を取りに家まで行って、払ったのが、13時だった。

 

出かける前の持ち物については、必ず確認している、習慣にしている。そのはずである。それでも、時々、忘れ物をする。なくても、何とかなるものばかりではあるが、ないと、気になる。今日の場合も、何とかなったが、余計な気を使うし、また、脳の容量が少なくなったなと思う。

 

会社では、今日も生産をしている。皆さん、よくやると思う。順調に生産できていれば、私が会社に行っても何もできないので、皆さんに任せている。とにかく、インドネシア人のインドネシア人によるインドネシア人のための会社ということを、彼らは、自覚をしているし、インドネシアでは、自分たちの会社でしかできないものを自分たちは作っているという誇りがある。と彼らは思っていると、私は思っている。彼らは、まじめだ。

 

会社の近所の風景、稲は高く伸びているが、穂がまだ見えない。農家の庭先、私が子供のころの日本の田舎の家もこうだった。日本の70年ほど前にタイムスリップの感。

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