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南の島の土着民風自由人

自分の生活、計画し実行してきましたが、病気や人間関係など思いがけない障害に遭遇しました。

人生の記録

2009-11-30 19:57:24 | 情報

 私のWeb site(ホームページ)
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/
へのアクセスが40000を通過しました。一日平均40回強のアクセスが有ったことになる。
バンカ島にいる間に、どなたかが4万回目のアクセスをしました。オメデトウございます。その方に私の行動をお分けしたいと思います。
これからも、少しずつ内容を増やしていきたいと思っています。どうぞ、いろいろな意味で、参考にしてください。グログの方も、ご愛読下さい。じっとしていられない動きが読めると思います。それと、“情けを人(他人)のためならず“いう精神が基本になっていることを感じてもらえる人にエールを送っていきます。

 10:00頃、ホテルをチェックアウトし、ホテルの車をチャーターし、空港に向かったが、時間があるので、途中、海岸に寄って、景観を楽しんだ。この島には、伝統的家屋の集落はなく、多くは、オランダ人の建物を模した、何の変哲もない、長方形の家で、観光として勧められたのは、鉛の採掘博物館でしたが、日曜日で閉館、土産のTシャツを買っただけで、空港へ着いた。

 今回の旅は、雨季の真っ最中ということで、天気には悩まされたが、それでも、インドネシアですから、濡れても、すぐ乾く、できるだけ、気にしないで行動をした。お陰で、何もかもがぶっつけ本番だった割に、見るべきところはしっかり、見てきたと思う。二日目のガイドに恵まれたと思う。
 ブリトゥンと比較すると、バンカは負ける。両方行って見て初めて分かることですが、ブリトゥンへ行った人はバンカへ行く必要はないと思う。

 バンカからの出発が一時間遅れ、家に着いたのが、20:10だった。坂の上の雲の一部分も見ることができなかった。

 始めて見た木が二種あった。紙の原料になる三つ又のような木と胡椒の木でした。
鉛と錫を掘った跡
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島よりながれ来た?ヤシの実

2009-11-29 17:02:15 | 旅行
夜が明ける前から、雷交じりの大雨、昨日の晩もビスケット今朝もビスケットだけ、食事をする場所が、全部閉まっている。とんでもなく、何もないところへきてしまった。コアシもベチャもない、オジェックもない。一応、町だが、外部から訪れた人にとっては大変不便な町である。昨晩、ホテルで車と運転手を紹介してもらったので、08:00出発と約束をした。
今月末に私が支払いをして、工場を借りる段取りにした。押出用の排水、給水の工事はそれからになるので、どうしても、全面移転は1月になってしまうが、とにかく、現在すでに、購入したり、作ってあったりで、先方に預かって置いて貰っている装置の引き取りができることになった。

 今日の成果はどうだったかというと、スマトラ辺りの雨季は昨日と云い、今日と云い、こんな状態なのかと思わされた。もう、どうしようもないので、このままの状態が一日中続くことを覚悟した。
 今は、P.Bangkaの北東に位置するKota Sungai liatの南、Tanjung Pesona beach resort Hotelに泊まっている。昨日は島の山の中を通って、Pangkal PinangからMuntok、東から西に移動したが、今日は、北の海岸沿いの道を遠廻りして、Tanjung Kelian港Belinyu Pelabuhan港、海岸Tanjung Remodong海岸Tanjung Samak海岸に寄って景観を楽しんだ。10:00頃まで、大雨が続いたが、それから、以後は天気が急激に回復し、澄みきった空気を通しての暑い日差しがきつくなった。
 他のビーチもそうだったが、ホテルのプライベートビーチの状態は、ブリトゥン島にそっくりというか、逆か。同じ起源の島だということが分かる。それともうひとつの共通点は、島中、白っぽい小石を掘り起こした後が広だっていて。今でも、その所々で、何かを採掘している様子がうかがえる。何かというと、鉛Tambang timahを掘った後が広がっているのです。飛行機が島の上に来たとき、その白い土地の広がりは何かと思う。オランダ領時代大変重要な島だったことが想像される。至る所に、オランダ人が住んでいた高級住宅地と家屋が残っていて、インドネシア人の金持ちの別荘として使われているそうです。
きれいな水と奇麗な土
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息抜きになるか?

2009-11-28 08:19:37 | 旅行
今日最初にびっくりしたことはスカルのハッタの国内便ターミナルにコーヒーをジュースの二種類の自動販売機が有ったこと、外の二台はいつ設置したのかもう故障していて使えないという張り紙がしてあった。ボーディングパスカウンターの前の各一台は使えた。インドネシアで無人の自動販売機で人が買っているのを見たのは初めてである。韓国製で、コーヒーの価格が5000と10000Rpで全種類で12種類あった全部ホットでアイスコーヒーはない。紙コップに注がれるのを皆さん、今か今かと待っていた。もうひとつ面白いのはコインで買うことができるらしい、コインを入れるところもある。しかし、インドネシアには現在500Rpコインが最高(今は発行していないが、1000Rpコインを非常にたまに見ることがある)ですから、10枚入れなければならないことになる。
 お札も、5000Rp札を持っていれば問題ないが、1000と2000Rp札でいくつかの組合せがあるが、大丈夫なのでしょうか、心配になりますが、確認はしてありません。こにかく、町中では絶対に設置出来ない自動販売機です。故障しないで、長く、皆さまに浸透し続けてほしいものです。次に国内便ターミナルを使うのはいつになるか分かりませんが、次まで、無事でいてほしい。

バンカ島(スマトラ島の南東の島、ブリトゥン島の北)
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/page0405.html
ビンタン島にも近いといえば近い、先日、船が沈没した場所に近いといえば近い。そこに来ている。バタビアエアー10:00発が、パンカルピナン(Pangkal-pinang)の空港が雲のため閉鎖になっていて、ジャカルタへ向かう飛行機が出発していないし、ジャカルタから出発した他の便がジャカルタへ引き返したという。11:00に空港は再開されたが、私たちの出発は向こうから到着を待ってからだったので、12:30発になってしまった。インドネシアです、それも、雨季です。ビアサ(biasa,普通)である。13:30に到着、到着前,急降下を繰り返したので、機内で、お祈りしている人が多かった。
島の東側から西の海岸の町Muntokまで、空港からのミニバスで向った。景色が良い海岸にホテルがあるかと思い、来てみたら、何もない。ホテルもない、ロスメンだけでした。それも一か所(Penginapan Arwana)でした。そのうえ、食事をするところが全部休み、夕食抜きである。今日は、見るものは何もなかった、明日に期待です。
ところで、今日はイドゥルアドゥハといって、イスラムの犠牲祭である。なんだか、印象としては年中やっているようです。牛やヤギが道端で売られ始められる、10日前くらいから、あまり、いい感じはしない。自分も食べているのだが、実際に殺すのを見たことは全くない。残酷な風景を見ることはできない。この、お祭りだけをとっても、どんな理屈があるにしても、イスラムのこの習慣は好きになれない。
同じくバントゥンの南のパパンダヤンです。
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当てが外れた

2009-11-27 19:04:08 | 仕事
インドネシアで老後を過ごしたい方や、定年退職者の海外再就職などを考えている人はぜひ、参考にしてください。諸手続は簡単で安いです。日本国内で申請し、許可を取るのではなく、インドネシアへ観光ビザ(30日)で入って、インドネシア国内で申請し、ビザはシンガポールで取る方法が一番簡潔ですよ。それらの方法も紹介しています。
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%204.html

 やはり、私が一番望まない方向に進みそうで、急に気持ちが重くなってきた。“プラーラスお前もか”である。自分の領分を主張、死守したい人が、インドネシアへ来るようでは、スタートから、もう、どうでもいいやという感覚になる。昨日今日の様子で、もう先が見えてしまった。始まっても、早く、誰かに任せて、関わり無くす方法をとることになる。仕事を始めた時から私が嫌っていた状態になることは確実です。一つの目標を早く達成して、この場から、離れることになるでしょう。
 
 一昨日、直したばかりのタイヤがパンクしていた、出発30分前に知った。MM2100で待ちあわせの時間まで、1時間前だった。直ぐ、交換しようとしたが、ナットが緩まない。スパナが滑ってしまう。きつく締めてあった上に、ナットの頭が丸くなってしまっていた。どうしようもないので、パンク修理屋(タンバルバン)まで、パンクして、ぺしゃんこのままゆっくり走って行った。500mくらいだったと思う。そこでもなかなか緩めることができなくて、修理終了まで、一時間かかってしまった。スペアータイヤも修理したものだったが、漏れていて、本当は使えないのだが、ないからしょうがない、空気をとにかく一杯入れてもらい、高速を走ってMM2100へ行った。30分の遅刻で済んだ。ところが、待ちあわせの相手が、来ていない。40分待たされた。相手は日本人だった。まるで、インドネシア人のようだ。
 その時の打ち合わせの間に、他の人の運転手にMM2100の中の修理屋へ持って行ってもらって、二本、新品に交換した。タイヤの位置もローテーションしてもらって1万5千くらい支払った。打ち合わせが終わったと同時に車が届いた。

 ついていたと思った。昨日は往復渋滞の中ジャカルタまで行ったが途中のパンクでなくてよかった。また、今日30前に、そこへ出る用事があって、知ったのです。出発の時間に出ていたら、待ち合わせ時間に一時間遅れたでしょう。
 パパンダヤンと仲間たち
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坂の上の雲

2009-11-26 20:22:24 | 情報
ジャカルタタイム18:00から放送するのでしょうか。“坂の上の雲”第一回、バンカ島から戻って、家に着くのは19:00頃になりそう、後半の少しは見ることができるかもしれない、楽しみにしている。
司馬遼太郎の“坂の上の雲”と“吉川英治の”私本太平記“が、私が若いころの大愛読書でした。子規は別にして、秋山真之と足利尊氏の生き方に憧れを感じていた。彼らの行動から感じたことは、上に立つもの”自分に厳しく、他人に優しい“です。”天気清朗なれども波高し“の打電も奥深い意味があるが、それより、”皇国の興廃この一戦にあり、各員一斉奮励努力せよ“とゼット旗を掲げた時の名参謀ぶりが大好きだった。

当時のような大ごとではないが、暫くすると、自分にもこの時の真之の心境を参考にしなければならない時が来ると思っている。
私はインドネシアで仕事の手伝いをしようとした日本人の大部分は、“他人に厳しく、自分に甘い“真之や好古とはまったく正反対の人たちだった。そんな人達の手伝いは、”まっぴら御免“という心境にさせられた。しかし、手伝いをしてしまい、多くのものを与えてしまった。大変,後悔をしている。
こうも、ひどい、人間が多いのかとも思い知らされた。そして、一社は撤退させることに成功した。もう一社は、間もなく、その、具体的行動が始めることができる環境になる。巧妙にやるし、始まれば、私は、早い。撤退するなら、早いうちの方が、ダメージが少なくて済むと思う。

PT,MAKUTAにとって重要な話し合いが行われた。K社が立ち退きの時期を明確にすることです。P社にも寄って、ちょっと気持ちがいい話を貰った。2010年のカレンダーを30部受け取った。前にも書いたかもしれないが、P社のカレンダーの毎月の写真(主にインドネシアの風景)の殆どは、私が提供したものです。その写真の場所は私のウェブサイトhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/のPhoto albumで見ることができます。
 
一日、精神的に大変疲れた。20:00過ぎに家に着いたが、頭の両こめかみが痛む。
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再出発

2009-11-25 08:53:55 | 仕事
TVRI National 92チャンネルで“おしん”を毎日、放送している。何十年も前から、何度も何度も繰り返し放送されている。日本では“おしん”を知らない人口の方が多いと思うが、インドネシアでは、すべての世代が子供のころ“おしん”を見て、育っているのです。“おしん”を知らないインドネシア人は一人もいない。今の子供も、“おしん”を見ています。インドネシアの地方の大部分は日本の“おしん”時代と同じような生活を、今でも、している。テレビとHPとバイク以外は、です。

間もなく発展的解消をするPT.MAKUTA BINA ARTAのホームページです。http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage0012.html
 一年弱のもがきで終わります。

アラー所有の土地?に住み着いた人達は、いつ、立ち退きを言い渡されるか、それがあって、いつ立ち退きを強制されるか、いつ、強制ぶち壊しにあうか、分かりません。いつかはその時がきます。
 多くの理由は,広幅工事のためです。交通量が増え渋滞がひどくなってくれば、道幅を広げます。その時、立ち退き命令が出され、一定期間待って、その後、警察官とぶち壊し屋が来て、一期に破壊します。何十軒でも百何十軒でも半日もあれば更地にされてしまいます。泣き叫ぶ女性や子供もいますが、まったく、無視されます。ぶち壊しに反対をする第三者は全くいません。当然として、ここもか、もうすぐ、あそこも、と、いう思いで眺めています。
 立ち退き勧告が出て、自主的にその地帯の人達が、建物を解体する場合も数多くあります。ある土曜日曜に、一斉に、自分たちや知り合いが、自分の家や店を解体します。家財道具やテレビなどの家電製品は勿論、瓦や壁板、骨組みの木の棒などを分別梱包します。
其の風景は圧巻です。竜巻が軒並み家を破壊したあと、片付けをしているようです。多くの人々が、寄ってたかって、手作業でやっています。
どこかへ持って行って、空いている土地に直ぐ立て直すのです。泣きながらぶち壊されるのを見ているだけより、はるかに、建設的で現実的です。一日二日できれいさっぱりとしてしまいます。また、二三日後に、一mくらいの小木が二三m間隔に植えられます。そこへ、また、バラックを建てないようにという国の意思表示です。
 その跡を見ると、しっかりタイルの床が敷かれ、いくつもの部屋で仕切られていたことが分かりますが、トイレだと思われる場所がないのもすぐ分かります。
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土地はアッラーの物

2009-11-24 18:23:10 | 生活

 昨日の沈没事故で、23日18:00時点、27人が死体で発見され、187人が無事だと発表されている。何人乗っていたのかデータがないので、行方不明者が何人で、どこの誰かが分からない。船会社が責められているが、インドネシアだから、そういう名簿を作ろうとしても、乗客は協力しないでしょう。だから、作らないのです。飛行機に乗る時のようにIDを要求しない。私も、数えきれない回数フェリーに乗っているが、一度も、パスポートや身分証明になるものを要求されたことはない。

田舎に住んでいる人、田舎から出てきた人、皆さんが、どこにでも住み着いてしまう根拠は、土地はアラーの持ち物で、空いていれば誰が使っても構わないという解釈です。
誰もがこの調子で何処へでも住み着いてしまうので、道の脇、川沿いの土手のいたるところに、「ここは国が所有しています。家を建てたり、物を置いたり、ゴミを捨てたりすると法律によって、罰せられます、懲役何年」いう,看板が立てられている。JABOTABEKだけでも、この看板の費用は膨大だと思う。
 これは、まったく、効果がないから面白い。誰もが、逮捕されるとは思っていないし、刑務所へ送られると思っていない。また、そうなった話も聞いたこといがない。逮捕するなら、何十万人を逮捕しなければならないでしょうか。全国なら何百万人の単位になるでしょう。
 国も地方もその法律を行使することなく、容認している、見て見ぬ振りをしている。下水道や水道はない、電気は近くの電柱から引っ張ってく、電力会社が計器を付ける。
だから、何十年も住みつき、増築、改築する家もあるし、その中から、若い可愛い娘さんが出てくることもあるし、子供がぞろぞろ出てくることもある。仮の家や店ではなく、完全に我が家の土地としている家も多くなる。
 
 しかし、それでも、国や地方が拡幅工事や区画整理を実行するときがいつかは来る。
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頻繁に沈没

2009-11-23 18:25:53 | 生活

 バタム島から出帆した二漕の高速船がカリムン島付近で衝突して、一層が沈没した。22日の朝9時頃だったらしい。Kapal tenggelamである。現在の様子では300人以上の乗客のうち200人ほどが救助された。HAYABUSAという捜索船が多くの人々を救助している。沈む船も捜索する船も日本製の中古船である。
インドネシアは頻繁にフェリーなどの沈没事故がある。今日、カリマンタンのバンジャルマシンの南で、車を運んでいた貨物船と石炭を運んでいた船が衝突したが、双方,航行不能になっただけで、犠牲者はいない。

大きな町の中心地帯以外の道の舗装は道の中心から両側、やっと車がすれ違いできるだけの幅しか舗装をしない、大部分の道の舗装は、バスやトラックのすれ違いはどちらかが確実に、舗装から車輪を落さなければならない。キジャンがバスとすれ違う場合も、バスが左ぎりぎりに寄ってくれない限り、こちらが、アスファルトから方輪を落とさなければならない。
 
話はそれるが、インドネシアの運転手は、道を譲るという気持ちより、相手に譲らせるという気持ちが大きいので、ぎりぎりまで、左によらない。意地の張り合いの勝負をする。
また、脇道から、侵入する車は絶対に一時停止をして待つことはない。必ず、バイクでも車でも、止まらないで出てきます。それに恐れをなしてとまる車もない、結局、横から来た車が止まるのですが、直進している車も速度を落とす。こういうことも、渋滞の原因だということを意識していない。割り込みなど、絶対にさせないぞ、方や割り込んでやるぞ、と、ジワリジワリと入ってくる。その前を右にハンドルを切って、通り過ぎようとする。道を譲らなかった車は、直ぐ、二三十m先で、右折か左折して其の道からいなくなったりする。それなら、譲ってやればいいのに、と思う。
 競争や争う対象が違うのではないの、と、思う。経済や科学や製造や町のきれいさ、などで、競って下さいよ、と、思う。

 その、舗装をしてない土の上に家や店を簡単に作ってしまう。一晩で、店がオープンしたり、人が住み始めたりする。一つ、二つ出来ると、次々に出来て、一か月もしないうちに、100m、200mの道の両側に奥行きが2~3mの建物が並んでしまう。彼らは、その土地の人ではなく、インドネシア中のあちこちから、仕事を求めて当てもなく出てきた人達です。そして、生活が始まります。電気も引っ張ってきてしまいます。
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2012年

2009-11-22 17:46:31 | 生活
古代マヤ文明のカレンダーは2012年12月23日冬至で止まっていて、この日が人類最後の日である、という話がまことしやかに語られています。
 このエピソードを元にした映画が「2012」、監督はインディペンデンスデイやデイアフタートゥモラーやゴジラなどで、有名なローランドエメリッヒ監督。この手の映画を得意としているだけあって、かなり迫力あるという。
あと約3年後ってことじゃないですよね、そんな急に言われても、困ってしまいますが、1700年くらい前、3世紀から9世紀にかけて繁栄したメキシコ南東部、グアテマラ、ユカタン半島などいわゆるマヤ地域を中心として栄えたマヤ文明で使われていた、マヤ暦が2012年で終わっていることに由来しているそうです。現在私達が使用しているカレンダーは1582年に作られたグレゴリオ暦を元に作成されていますが、それが作られるよりもずっとずっと以前に、火星や金星の軌道も計算し、極めて精度の高い暦を作り出していたと言われている。

 日本ではどうでしょうか、インドネシアでは2012年が大きな話題になっていて、イスラム教の有名な指導者が、こんな映画は上映禁止にしろとか、ばかばかしいとかいっている。見たタレント連中がインタビューされて、それぞれ、考えを云っている。どうでもいいことですが、ノストラダムスの予言の時と同じで、何も起こらないことは分かっている、人心を乱すつもりではないでしょうが、センセーショナルに伝えての話題つくりにしては、結構、罪が深いような気がする。信じてしまう人が0.1%であっても、膨大な人数になってしまう。

とにかく、イスラム指導者が見てはならい、と、云っているのもかかわらず、というか、上映禁止になる可能性があるので、早く見ておきたいという心理でしょう、インドネシアの上映館は長蛇の列だそうです。

インドネシアのある日系大会社が、2012年末には、今の生産台数から倍にする、と、宣言していて、世界の其の会社の生産量に40%をインドネシアで作るといっている。その年に人類はいなくなるのですが、大丈夫でしょうか。
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最近のインドネシア

2009-11-21 19:03:08 | 生活

 日本の本社が倒産した会社のインドネシア工場がある。インドネシア工場は受注が好調で、客先も、生産がストップしてしまうことを、心配している。かなり、現地では頼りにされている会社で、現地社長さんも有名人である。将来も、かなりの仕事量を依頼される可能性がある。この現地会社を、どこかの会社が、これを機会に、購入しようと動いてもおかしくないと思う。

 昨日Fluoxetine 20mgと,Alprazolam 0.5mg 朝食後、夕食後にそれぞれ一錠飲む。 ジャカルタの日本人医師から処方されたSertraline 50mgとAlprazolam 0.5mg 夕食後、一緒に一錠ずつ飲んでいた、効果が低いように感じていたし、日本の掛り付けからもらった薬が残り7日分になってしまっていた。一時帰国は年末になるし、ちょっと、焦りながら、新たにインネシアの専門家を見つけたかったのでした。
 結局、一種類が違うのと、飲み方が違うのですが、効果のほどは如何に、仕事はしないように、いろいろ考えないように、集中しなければならないことをしないように、と、言われた。このブログを毎日投稿していることも、本当は、良くないのかもしれない。

 象足病はフィラリア(蚊が媒介する紐のように細く長い寄生虫、犬にかかるだけと思っていた)が人間に寄生して腫れるから、足を蚊が刺すので、足に寄生し始める。もう一つ、問題になっているのは、その薬を飲んだ人たちが、亡くなっている。薬が原因では無いと、医者は言っている。

この頃、何となくうれしい情報が入ったり、新しい出会いがあったりして、気分を良くしている。一人、ひそかにtersenyum状態である。
http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage0051.html
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パニック障害の爺さん

2009-11-20 18:18:14 | 生活
インドネシアでは奇妙なことが多い。象足病について書きましたが、今度は、人面鯉ではなく、ワ二の頭をした魚、胴体から尻尾までは明らかに魚、ヒレは魚と同じだが足はない。体長は500mmくらいだが、頭が、200mmくらいある。鱗はシーラカンスのように大きい。誰かが巧妙に繋げたのではないかと疑いたくなる。
お腹から、針金が何本も生えてくる病気といい、こぶ(大きなイボ)?だらけの人間といい、作りものではないかと疑いたくなるが、科学的な分析や研究についての学者からの発言はない。象足病は一人や二人ではなく、そのに住む人たちだけ、数人いるという。なにか、特殊な化学物質がその付近にあるのでしょうか、原因はまったくわかってない。
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/
 夕方、やっと、Dr.Psikiater(精神科医者)がいるLippo CikarangのSiloam病院へいってきた。いろいろな総合病院を訪ねて、パイック障害(Panic Disorder)

http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0063.html

の薬を探した。しかし、パニック障害という病名さえ知らない。とにかく其の道専門の医者に会う必要を感じていた。
 Harapan kularga病院で歯医者に通いながら、総合診療や精神内科などの医者に相談したところ、シロアムに精神病の医者がいるから行ってみたら、と言われた。
 それが、一か月前。火曜日と木曜日の16:00以後にいると聞いた。そこで今月初めの両日に直接行って、医者を待った、其の都度、医者から連絡があって、今日は、出勤できないと電話が入って、無駄足を、ふまされた。一度は、17:00に行ったら、医者から電話が入って、患者はいるかと聞かれ、居ないと答えたら、今日は出勤しないと言われたそうで、その日も、無駄足だった。ついに、予約をすることにした。それが今日の17:00でした。受付で、聞かされたことは、今日は来る予定になっているがまだ来ていないと、言われた。何時になるか分からい。17:30にこちらへ向かっているドクターから連絡が入って、18:30ぐらいまでに着くと。外へ食事に出て、戻って来たのが、18:30でしたが、まだ来てない。結局、医者が着いたのが、19:00でした。ポンドックインダーから、移動だったらしいが、高速道路が事故のため,渋滞だったそうで、申し訳ないと、謝っていた。
 やっと、待った甲斐があって、パニック障害の薬を手に入れることができた。この女医さん、パニック障害については、確かに専門と感じた、医者の方から、症状について聞いてきた。私はそれに対し、あれも、それも、と返事をしただけだった。

 良く効く薬ということで、二種類を処方してくれた。麻薬の一種なので、医者の処方がなければ手に入れることはできないとも、云っていた。二週間分もらって、費用は26万Rp(2600円)でした。
 2週間後にまた予約していくことにした。今後は待たされないことを願う。そして、何より、今回の薬が効くことを祈る。明日の朝食後から飲み始める。
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気の毒な人たち

2009-11-19 14:15:04 | 人間
 私がやっている仕事は、大変特殊で、この仕事を評価できる人は、非常に少ない。とにかく、どんな樹脂でも、どんな形でも、プラスチック押出成形品なら、何で作ってしまうのです。だから、一般の人は一種のミラクル手品を見るようなもので、どうして、できるのか分からない。種はない一種の超能力のようなものです。
今日も、ある会社の方から、押出成形のどこが難しいのですかと、聞かれた。納得してもらえる、説明はできない。インドネシアに押出成形を語ることができるのは、私一人しかいないのは何故でしょうか、と、逆に問いかけます。
 
 もう一つ、私は社員に対しても、インドネシア人に対して、腹を立てたことはない。怒鳴りつけたことは一度もない。部下や教え子達に対し、冷静さを欠いたことはない。
しかし、上司の立場で、私を怒鳴った人、私に冷静さを欠いて、要求をした人に対しては、どなり返すし、はっきり、批判を返す。決して泣き寝入りはしない。私が、間違っていないし、それらの人は、私がすることを理解できないので、感情で、物を言うのです。意見を戦わせるということができないのです。 勘違いを続けるだろうし、そういう人は、私にだけでなく、周りの人たち全部に対し、そういう、接し方をするからです。A社、K社両方ともである。
 サラリーマンを止めたのも、自分で会社を作ったのも、私は性格を分かっているからです。私の方がはるかに貢献しているし、大きな成果を上げているのに彼らにはそれが見えない、見る能力がないのだから仕方がない。私が言うことを聞いて、その通りにすれば何もがうまくいくのに、彼らにその能力がないし、立場を取られてしまうという恐怖心が生じてしまうのです。従業員が全員私の方を向いてしまうという恐怖を感じてしまうのです。

それでは、何故、インドネシアで一種のサラリーマンになったのか、それも、上司連中は、私の仕事を知らない、年下である。
 私の実績や経歴を見て、ある程度任せてもらえると思ったからです。それが、甘かった。彼らにとっては、それが、目の上のタンコブになってしまった上に、感情的な人たちだったのでした。全く、想像できないくらいのプッツンぶりで、私を排除したし、インドネシア人は震え上がってしまう。口答えをして、立場を取り上げられた従業員は何人もいた。与えられた立場だけが、頼りの、怒鳴り方である。だから、立場を取られることを異常に恐れる人達なのです。

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目的は普遍

2009-11-18 19:07:57 | 仕事
ラウラ
  早いもので、車の運転免許証の期限が来てしまって、免許証を買いに行ってきた。昨年と同じ、ジャバベカのカリマラン川沿いでした。
例によって、自分ひとりで、行って来たのですが、その場所に、外国人を手伝う人が、寄生していて、インフーメーションの警察官が、彼を指名し、彼に手伝ってもらうように頼んでしまった。断るわけにもいかず、頼むことにした。必要書類のコピーをその場で、撮って、申請をしてくれた。5分くらいして、呼ばれ、指紋、サイン、写真を済ませてまた10分くらい待った。もう、免許証を手に入れた。「支払はまだだけど」といったら、事務所の奥の方に、先ほどの手伝い人がいて、聞いたら、35万Rpだというから払った。これは、そこにいる警察官に分配するのです。写真を入れましたが、一般的には日本と同じ5年有効です。価格は、書き換えで、6万Rp,新規で7万5千Rpです。外国人は1年有効で、35万Rpでした。何倍でしょうか。30倍くらいです。

 気になっているだろう方たちへ、私の工場はどうなるのでしょうか、今年の四月頃には11月には、どこか、大きな工場に移転し、装置も揃い,積極的に営業をして、お客さんの期待に答えるはずでしたが、未だに、いつ、どこへ、移転、拡張するのか、何も決まっていません。こじんまりと安定してしまっているPT.MAKUTAの現在の場所には仕事や機械を増やすスペースがありません。拡張計画が頓挫しています。私が決める状況にないし、情報も入ってこない、こちらから求めることもできないので、なお、ストレスが増します。
ただ、いつ完了するか分からないK社の立ち退きを待つだけです。2011年になる可能性もある。だから、それまで、なにも出来ない。手も足も出ない、お手上げ状態である。K社のHさん、少しは前進しているでしょうか。本社から、プレッシャーは掛っていないのでしょうか。

 目標は失っていないし、インドネシアにいる最終目的はあきらめていない。
http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage004.html
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安全危険

2009-11-17 17:27:12 | 仕事
カワープティ、バンドンの南の休火山の火口湖、緑と青と白を混ぜた微妙な落ち着いた色をしている。周りには黄色い硫黄の結晶が小山になっている。映画の撮影によくつかわれている。車ですぐそばまで行ける。ジャカルタからは5時間かかるでしょう。
写真集  http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0312.html
 
  ジャカルタの洪水状況は例年になくひどい。11月で、このひどさなので、1月2月の本格洪水季節は思いやられる。ジャカルタへの出張者は、覚悟してきた方がいい。セダンは駄目です。

従業員に一人で夜勤をさせたり、残業をさせたりしたことはない。万が一事故が在って、一人ではどうにもならない事態になったら、取り返しがつかないことになる心配があるからです。
しかし、自分が現場で仕事をするのは、誰も、他の人がいない時が多かった。他の人に手伝われると,その人に気をつけなければならないし、手伝いを頼んでも、思ったような手伝いができない。かえって、足手まといになるので、一人で、思った通りにやりたいのです。足の骨を折った時も、一人だったのは、その理由だった。
だから、本当は、十分安全については気を使わなければならないのだが、ほとんど、意識して仕事をしたことがない。意識しなくても、感覚的に大丈夫として行動をしてしまうことが多かった。

従業員や一緒に仕事をする人に対し、新入社員教育などには、他の従業員はあまり怪我をしないので、例が少ないため、自分の体験を話して、危険がこんなところにあると、注意を促していた。残っている傷を見せながら、こうならないように話した。

 命にかかわる重大事故は考えにくいが、仕事中、私がやってしまった怪我は誰にでも起きる可能性がある。
 同じプラスチックの成形でも、プレス成形や射出成形は金型を合わせて製品を作るのが仕事ですから、その金型に体の一部を挟まれて潰すという、事故は絶えない。勿論、危険防止のために、両手を使ってボタンを押さなければ作動しないとか、金型にカバーをしなければ型が閉まらないなど、安全装置は講じてあるが、それでも、その安全装置が故障で、閉じてしまうとか、生産中でなく、修理中などで、安全装置の作動をわざとOFFにしてしまうなどの理由で、潰す事故の話は絶えない。
 http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/
ジャカルタから3時間、南、スカブミの山の中 ラフティング
旅行記 http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage033.html
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パワハラと透明PVCの見分け方

2009-11-16 18:46:51 | 日記
忙しいからとか自分がやらなければどうにもならないと思って、休めない、のではない。それほど、私が頼りのわけでもないが、自分の不注意での怪我で、出勤できないというのは自分が納得できないのです。小学校の時から、ずっと、学校へ行きたくない、会社へ出勤したくないと思ったことは一度もない。ガキ大将からしつこく、いやがらせをさせられていた時も、難しい仕事がうまくいかないで、取引先や上司から、いつになったら出来るのと、責められた状態でも、インドネシアで未熟な怒りっぽい、本社の常務からシカトされても、社長連中から強烈なパワハラを受けた時も、現在パニック障害中でも、学校、職場へは、喜んで行っていた。怪我や風邪くらいで、休んだら恥だと思っていた。登校拒否や登社拒否は全く、思ったこともないし、体や頭が拒否反応を示したこともない。
私をパワハラした人達と上下関係でなく対等な立場になっている、今、会って、議論をしたいと思っているいが、彼らは全員が、応じないでしょう。理屈では完全に自分が負けということが、分かっているからです。小学校のころ、私をやっつけようとした(私は気にしていない)ガキ大将の何人かは、同級会に出てこない。

透明の樹脂でパイプやチューブを作った場合、透明度や硬さや弾力性が、基本樹脂で同じでも、それぞれの樹脂に弱点を補ったり、純粋なら、高額になるが混ぜ物をして価格が下がるようにしたり、逆に混ぜ物をして、弱点を強化していたものを混ぜないで、安くしたりすることがある。これを、見分けるのは、作った張本人でも難しい。
そこで、何か、問題が発生した時には第三者、それらの取り引きにかかわっていない機関や会社に分析を頼むしかありません。
 しかし、一つだけ、製品の色の違いが分かる場所があります。それは、切断面です。束にして横から見ても分かりませんが、断面を見ると、黄色みがかったり、青みがかったりして見えます。その濃さも、確認できます。黄色みがかっている原料は酸化防止剤か熱安定剤を少なくしているか、使っていないのです。車のなかに使っている原料は断面が青いはずです。ポリカーボネート(PC)とポリビニールクロライド(PVC)の透明製品については顕著に分かります。射出製品ではこの判定はしにくいです。

2007年 11月過ぎから、ここ、インドネシアで仕事をしながら、毎日積み上げてきたエッセイをテーマ別にしました。
 読んでいただく方が、どこから、読んでいいのか判断しやすいように、また、それぞれの人々の必要性や興味にあわせその時々に読んでいただけるように分類しました。
http://www.ab.auone-net.jp/~bekasi/

 バジャイ ジャカルタの有名な乗り物です。
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