ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン

2020-07-25 23:22:54 | さ行

ブルーノ・ガンツの遺作、と観に行けば間違いなし!

予想外にしみます。

 

「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」74点★★★★

 

********************************

 

1937年、ナチスドイツとの併合に揺れるオーストリア。

自然豊かな湖のそばの田舎に暮らす

純真無垢な青年フランツ(ジーモン・モルツェ)は

母親と二人暮らし。

 

が、ある事情から

彼は大都会ウィーンのタバコ店に働きに出ることになる。

 

店主オットー(ヨハネス・クリシュ)に仕事を教わり

都会の生活になじんでいくフランツは

祭りで出会った女性(エマ・ドログノヴァ)に一目惚れ。

 

店の常連客であるフロイト(ブルーノ・ガンツ)に恋の悩みを相談し、

二人は不思議な絆で結ばれていく。

 

だが、ナチスの侵攻は

じわじわと、ウィーンの人々の心を蝕んでいく。

 

やがて、オットーの店にも

いやがらせがはじまり――――?!

 

********************************

 

正直、邦題がいまいちかもですが(笑)

いや、この映画は丁寧で、高潔で、美しい!

多くの人に知ってほしいなあと思いました。

 

オーストリアの湖畔の田舎で

自然と、動物(といっても死体に。笑)に親和している17歳のフランツ。

ちょっと障害があるんだろうか?くらいの素朴さが際立つ青年なのですが

「山の焚火」(85年)を彷彿とさせるのだ!)

 

そんな彼が、ある事情で母の知り合いを頼り、

都会ウィーンに出て、タバコ屋で働くことになる。

 

女の子に妄想する純朴な青年の恋の悩み、

そしてフランツはそれを常連客のフロイトに相談し、

二人のあいだに、交流が始まったりする。

 

しかし、彼の微笑ましい青春の日々が

ナチスの影響で、少しずつシビアになっていく。

 

街が、人が、少しずつおかしくなっていく。

世の中が、何かに侵され、人々が流されていく。

 

いま、この現実を映すような、リアルな不穏の空気に、

ゾクっとさせられるし

 

そんな状況に抵抗する数少ない市民の

小さくも心を鼓舞するエピソードに揺さぶられました。

 

ユトリロの絵画のような町の雰囲気や

主人公が見る夢のシュールさも、味わい深い。

 

そしてフランツ青年をさりげなく指南する

フロイト教授役、ブルーノ・ガンツがまたいいんです。

「恋がわからない!」と悩むフランツに

「恋なんてわからないものだ。水に飛び込むときに水を理解しているか?」とか

うーん、名ゼリフなり!

 

 

不穏に覆われてしまった街で

フランツが、ある意思をかかげるラスト。

その後をあえて描かずに、湖に沈む破片で表した、

そんな哀しみの余韻が、すごく好き。

 

過ちを、繰り返すことなかれ、と

歴史は、映画は静かに伝えているのだと感じました。

 

★7/24(金・祝)からBunkamura ル・シネマほか全国で公開。

「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」公式サイト

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

LETO

2020-07-24 23:53:00 | ら行

イカしたビジュアルとセンスいい音楽。

でもそれだけじゃない「魂」がある。

 

「 LETO-レト-」71点★★★★

 

*****************************

 

1980年代前半。ソ連時代のレニングラードで

西側ロックの影響を受けたアンダーグラウンド・ロックのムーブメントがあった。

 

その中心人物であるマイク(ローマン・ビールィク)が開催した

ある海辺のパーティーに

ロックミュージシャンを夢見るヴィクトル(ユ・テオ)がやってくる。

 

一瞬でヴィクトルの才能を見抜いたマイクは

彼をデビューさせようと面倒を見ることに。

 

が、マイクの妻ナターシャ(イリナ・ストラシェンバウム)も

海辺で出会ったときから

ヴィクトルに何かを感じていたーー。

 

*****************************

 

1980年代、ソ連時代のレニングラードで

トーキング・ヘッズやルー・リードに共鳴し、

不自由ななかで、心を発散させようとした

実在ロックミュージシャンたちの日々を描いた物語です。

 

ちなみにLETO、とはロシア語で「夏=summer」の意味。

 

 

洒落たモノクロのビジュアル、

主人公ヴィクトルのオーラと

その彼を取り巻くピュアな三角関係が描かれ、

いきなりサイコ・キラーとかかかっちゃう?!なセンスで観ても、

まず間違いないといえますが

ただの「洒落た」映画ではない感覚に、戸惑う人もいるかもしれない。

 

なので、「予備知識なし」推奨の番長ですが

この映画に関しては

少々、予備知識が必要かもしれない、ということで

解説いたします。

 

この話は、すべて実在の人、実際のことに基づいているんですね。

 

冒頭、海辺での若者たちの集まりに顔を出した最初のシーンから、

目を惹きつけて離さない、東洋系のヴィクトル。

この人も実在の人物。

 

ロシア人の母とコリアンの父を持ち

映画のとおり、先輩ミュージシャンだったマイクに見いだされブレークした人で

しかし、1990年、人気絶頂のさなかに交通事故で28歳で亡くなってしまうんです。

マジ伝説人物なんですね。

 

そんなヴィクトルを演じる韓国俳優ユ・テオがまたいい!

キム・ギドク監督「殺されたミンジュ」(14年)や

最近ではシム・ウンギョン共演のドラマ「マネー・ゲーム」に出てるそうで

これはチェックせねば!という感じ。

 

で、現実にヴィクトルを見い出した、

当時のロシア・アンダーグラウンドロックの中心人物マイクとその妻ナターシャも実在し

ヴィクトルとのピュア恋も本当だったそう。

 

それを知ると余計に

この映画が深まる気がいたしました。

 

1980年代

歌詞もすべてチェックされ、「お行儀のいい音楽」を求められた当時のソ連。

 

そのなかで

フラストレーションをためていた若者たちが

西側ロックに触発され、自らの解放を願った。

 

モノクロで切り取られた風景には

洒落た感性と同時に、どこかぬかるんで、泥臭い湿り気を感じる。

それは「ここから飛び立ちたい」と願う若者たちの魂だったのか、と思ったり。

 

さらに

本作の監督キリル・セレブレニンコフ(1969年生まれ)についても

知っておくと、より作品度がましまし。

 

彼はロシアで活躍していた監督ですが

2017年、本作の撮影中に国の予算を不当横領した罪で逮捕され

自宅軟禁となってしまった。

状況はいまだ解除されていないのですが

そのなかで、完成させたのがこの映画だそう。

 

うーむ、

汝、不当な圧力に、屈することなかれ、と

リアルなこぶしをあげたくなる、作品なのでした。

 

7/24(金)からヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。

「LETO-レト-」公式サイト

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブリット=マリーの幸せなひとりだち

2020-07-19 03:12:35 | は行

コロナ禍でダンナにイラッイラが募っている

奥さま、必見?(笑)

 

「ブリット=マリーの幸せなひとりだち」69点★★★★

 

**********************************

 

ブリット=マリー(ペルニラ・アウグスト)は

スウェーデンに暮らす63歳の女性。

 

結婚して40年、

専業主婦として夫(ペーター・ハーバー)の食事を作り

アイロンをかけ、家の中をキチンとすることに、人生を費やしてきた。

 

が、

ある日、思わぬことから夫の長年の裏切りが発覚。

 

ぶちキレた彼女は、荷物をまとめて家を出て

仕事を探し、住む場所を探す。

 

が、40年ぶりの職探しはなかなか難航。

そこで見つけたのは

小さな村の、サッカーチームのコーチで?!

 

**********************************

 

 

スウェーデンの、ごく普通の主婦だったヒロインが

夫の浮気発覚で「覚醒」し

荷物をまとめて家を出て

新たな人生を踏み出すことに――?!というお話。

 

シチュエーションは、ままある気もしますが、

ヒロインがあまりにもな仏頂面(笑)の63歳、というのが

なかなかおもしろい。

 

さらに、新たに見つける仕事が

田舎の町でのサッカーコーチというのも意外(笑)

 

子どももいなくて、ましてサッカーのルールすら知らないブリット=マリーですが

それでも子どもたちのあしらいがうまい。

キャラの強さと、「年の功」の力なんでしょうか。

 

しかも、その田舎の町が

移民が多く、貧しい困難地区、というのが、また意味を持っている。

 

そんな世界で、はぐれものであるヒロインや子どもたちは

互いをなんとなく支え合うんですね。

 

なにより

「いい妻でいなきゃ」の束縛から逃れた彼女が

新たな世界で生き生きとしていく、その開放感に共感できるのがいい。

 

 

いい雰囲気の彼氏も出来そうな予感?とかあるんですが

 

でもね

そこから先に彼女が選択する道も

また意外にひねってあって

うむむ、と思わされる。

 

いま、「この状況に、耐えきれない!」となってる人に

この映画、ちょっとした息抜きと

問題への新たな画角を与える気がするんです。

 

主演のブリット=マリーを演じるは

あのビレ・アウグスト監督の妻でもあるペルニラ・アウグスト。

そう、「リンドグレーン」(19年)主演のアルバ・アウグストのお母さんでもある、

 

しかも、本作の共同脚本は義理の息子でもあって

アウグスト一族、すげえ(笑)とか思うのでありました。

 

★7/17(金)から新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。

「ブリット=マリーの幸せなひとりだち」公式サイト

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

パブリック 図書館の奇跡

2020-07-19 01:12:54 | は行

米で公立図書館が

ホームレスの避難所になっている現実に着装を経た作品。

 

「パブリック 図書館の奇跡」71点★★★★

 

************************************

 

米オハイオ州、シンシナティの公共図書館で働く

図書館員スチュアート(エミリオ・エステベス)。

 

仕事にも人にも実直な彼は

毎朝、開館とともにやってきて閉館までを過ごす地域のホームレスたちとも顔なじみ。

 

一般客の迷惑にならないように微妙な配慮をしつつ

ホームレスたちともうまくやり、なんとか均衡を保っていた。

 

が、ある寒波の夜。

図書館の外で寝ていた顔見知りのホームレスが凍死したことに

スチュワートは衝撃を受ける。

 

そして次の夜。

閉館しようとしていた図書館で、スチュワートは常連のホームレスから

思わぬことを告げられる。

 

「今夜は帰らない。ここを占拠する」――――。

 

そして、なりゆきから

70人のホームレスたちとともに

図書館に立てこもることになったスチュワートだが――――?!

 

************************************

 

昨年、予想外の大ヒットとなった

フレデリック・ワイズマン巨匠のドキュメンタリー

「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」(17年)。

この映画にも図書館がホームレスの避難所になっているという話が登場していまして

ハッ、なるほど。。。と感じたのですが

 

その現実に着装を経て、

俳優のエミリオ・エステベスが主演&監督したのが、本作。

 

 

寒波の夜、図書館に立てこもったホームレスたちと、

彼らに味方した図書館職員スチュアート(エミリオ・エステベス)の一夜を描くのですが

 

そこに

次期市長をねらう嫌味な検察官(クリスチャン・スレイター)

ホームレスになった息子を探す刑事(アレック・ボールドウィン)、

そして

スチュアート自身にも実はある過去があった――――と

三者のドラマが絡み合っていく、という構成です。

 

 

凍死者が出るほどの寒波なのに、シェルターは満杯。

そんなホームレスたちを放っておけない図書館員スチュワートは

「代わりの避難場所」を求める

平和的なデモとして「占拠」を始めたのですが

 

しかし

政治的なイメージアップをもくろむ検察官の偏った主張や

メディアのセンセーショナルな報道によって

スチュアートは心に問題を抱えた「アブない容疑者」に仕立てられてしまう。

 

やがて警察の機動隊が出動。

追いつめられたスチュアートと

ホームレスたちが決断した驚愕の行動とは――――?!とハラハラの展開。

 

 

正直、「映画」としては全体にもうひとさじ、なにかが欲しいところではある。

あるのですが、それでも

いやいや、十分にハイクオリティではあって。

驚愕の収束法もおもしろく、ハッとさせます。

 

なにより、いい題材を使い

すごく入り込みやすく、社会問題を考えさせてくれるなと。

 

ここから先、問題の深部へ進むかは

観る我々に委ねられているんだなと

思うのでありました。

 

★7/17(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

「パブリック 図書館の奇跡」公式サイト

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

誰がハマーショルドを殺したか

2020-07-18 00:27:14 | た行

ミステリー小説より奇!な展開が戦慄。

 

***********************************

 

「誰がハマーショルドを殺したか」74点★★★★

 

***********************************

 

サンダンス映画祭で監督賞受賞のドキュメンタリー。

ミステリー小説さながらの謎解きに、かなり、のめり込みます。

 

ことのはじまりは1961年9月。

当時の国連事務総長だったハマーショルド氏が

アフリカで航空機墜落で死亡する。

しかし

事件は未解決のまま。

 

ホントに事故だったのか? 

誰かがハマーショルドを殺したんじゃないのか?

 

デンマーク人ジャーナリストで監督のマッツ・ブリュガーと

長年ハマーショルド事件を追っている調査員ヨーランのコンビが

その謎を追う、という展開です。

 

彼らは同業者の助けも借りながら、

行き詰まったりしつつも

粘り強く当時の証言者や目撃者を訪ねて証言を集めていく。

 

そこに浮かび上がってくるのは、

謎の組織「サイマー」の存在。

 

その組織が、アフリカで黒人撲滅のため、

超絶に恐ろしい「実験」をしていた――――という話なんですね。

その闇を

ハマーショルド氏がつつこうとしたために消された、ということらしい。

 

ラスト、すべてを知る人物の証言は

確かにすべてのパズルのピースをはめる。

完璧。

 

だが、待って。

彼も、証言者たちも組織も、全てを処分し、証拠を残していないのだ。

果たして、監督たちがたどり着いものは事実なのか――――?

 

その判断は我々にも委ねられているのです。

 

でもね、

利権を求める人間の欲望が、

信じられない恐ろしい陰謀を実行する

その例を我々は実際、いま見せられている。

 

検事長の賭けマージャンどころじゃない邪悪さだけど

悪の構造は似たようなもの。

森友学園改ざん問題で「殺された」赤木俊夫さんのことも思いつつ

現実の「闇」を知ると

この答えがおのずと立ち上ってくる気がするのです。

 

★7/18(土)から渋谷イメージフォーラムほか全国順次公開。

「誰がハマーショルドを殺したか」公式サイト

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする